【再掲】自分の人生を生きる、創る。 | 加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

毒親育ち、アダルトチルドレン、恋愛依存(DV)などの実体験を元に、"わたし" を生きる方法を伝えています。
▶︎セッション実績…2013年〜 5000件以上
▶︎メディア…NHK(クローズアップ現代+/あさイチ他)/朝日新聞/他多数。
▶︎著書「ワタシの母は毒親でした。」




全ては自分の選択で、自分で人生も世界も創っている。

知ってしまった今のわたしからしたら、

母のことを毒親と呼んでいたそんな時期が懐かしく、

そして、

わたしには必要だったんだなって思える。

たった2年ちょっとで、人生は変わる。


「わたし、今死んだとしてもいいな~♪」

そう思うようになったのは、去年の春くらい。

やりたいことをやるようにし始めたら、悔いが残らなくなってきたから。

母とのことで悩んでたときは、極端に死にたくなったり、ちくしょー!ってムキになったり、してたけど笑


誰かを許さない、許せない、憎しみ、恨み、視界に入るだけで、その場に凶器にでもなるものがあったら、殺しそうなるほどの怒り。

その裏にある、ひどく悲しく、ひどく寂しかった想い。

ぽっかり空いて、満たされない心。

埋めようとしても埋めようとしても、埋まらない穴。


一時的に、埋まったんじゃないかと勘違いすることもあった。

埋まったと錯覚した心に、キレイなお水を入れようとした。

けれど、どれだけキレイな水を入れても、水はすぐによどんでしまう…

そして、埋まったかと思った穴は、また、開いてしまう…


許せない想い、憎しみ、恨み。

その対象が、自分がこの世に存在するのに必要不可欠な親というものだった。

「なぜこの親の元に生まれたのか。
選べるなら、絶対他を選んだ!!」
と、運命を何度も何度も呪った。


苦しかった。

本当の笑顔なんて、なかった。


「家族なんて」
と突っ張ってきた。

けれど、心の奥底では、寂しくて、悲しくて、

温かい家庭が、うらやましかった。



「どうしてひどいこというの?

どうしてたたくの?

どうしてあのコとあそんじゃいけないの?

どうしてとじこめるの?

どうしてゆるしてくれないの?

わたしわるいことした?

どうしてあやまりにいかなきゃいけないの?

どうしてまっくらなやまおくにとじこめるの?

どうしてわかってくれないの?

さいごまではなしをきいてくれないの?

だきしめてくれないの?

どうして…

わたしがわるいこだから?

わたしがわるいこだから、いけないのか…

じゃあイイコでいるから。




でも、もうイイコのふりするのもつかれたよ

もうじゆうに、なりたいよ…」



どんなわたしでも、愛されたかった。

条件なんて、つけてほしくなかった。

”そのままのわたしでいいんだよ”
って、ずっとずっと、誰かに言って欲しかった。

のどから手が出るほど、欲しい言葉だった。
{D2D0DD6D-028D-4607-9286-77A1174E964B:01}
「そのままのナホでいいんだよって言われたかった…」

と生まれて初めてのカウンセリングを受けた26の冬、ダムが決壊したかのように泣き崩れた。

欲しすぎた言葉に気づき、自分の中にあった、押し込めてきた深い悲しみと寂しさが、あふれて出てしまった。

無意識に押し込めていたわたしの悲しみと寂しさはあまりに大きかったようで、それは、怒りへと、殺意へと、

徐々に形を変えていった。



まるまる4年怒り続けた。

その間、絶縁もしたし、勝手に結婚もした。

けれどわたしの人生は変わらなかった。

苦しくなるばかりだった。



そして3年前、誰かを許さない、許せない、憎しみ、恨みを持ち続けたまま、わたしがわたしらしく幸せを感じるのは難しい

って、分かった。

ひとしきり、

母親を恨み恨み恨み倒して、憎み憎み憎み倒して、

やりきってやりきってやりきったら、

やっと、わかった…

「自分が、変わるしかないんだ…」
って。 

だからね、

許せない人がいる人は、一度恨んで恨んで恨み切ってもいいとわたしは思う。

ちょっと疲れるけどね、好んでもつ種のエネルギーじゃないから。

わたしみたいに、

「包丁持ったらやばい…」
と、手が出そうになったときは、物理的距離を取るなり家を出るなりしたりとか、

無意識に何か着火して手遅れになってもいけないから怒りを手放すためにプロのカウンセラーのところへ行った方がいいけれど(怒りを手放すワークを教えるよ)、

人は、やりきると、どこかで諦め、手放せるから。

恨み憎む気持ちを感じまくったら、その下にある悲しみや寂しさに気づいて泣けるよきっと。


自分のことも、嫌いになりたくったの、わたし。

自分が変わるしかないと思い、自分と向き合って行ったら、このあと書くけれど、どん底に落ちました。

母親のことを憎んでたときよりもね。


でも落ちたらね、自分で上がるしかないのももうわかったから、上がってこれた。

そこからは自分を受け容れ始めるということを、し始めれたよ。

し始めるしかないよね。


だからわたしはある意味落ち切らないと、わからないことも手放せないこともあるかもねと思うんだよね。



”そのままのわたしでいいんだよ”  

は、わたしがわたしに言って欲しかった言葉だった。

ありのままのわたしを許していなかったのは、わたしだった。

わたしを悪い子だって仕立て上げてたのは、わたしだった。

誰よりも愛おしくこれまでそのときそのときを必死で生きてきたわたしを許していなかったのは、罰していたのは、わたしだった。

”そのままではいけない” と、条件をつけ、条件通りの自分になろうと理想を押し付けていたのは、わたしだった。

きっかけはどうあれ、すべての犯人は、わたし。

大切な自分を、一番いじめていたのは、わたし。

親じゃ、ない。


そりゃいつまでたっても、自分を好きになれなかったわけだ…

生きててもいい自信なんて、もてないわけだ。
 


わたしを幸せにするのは、わたしの責任。

わたしを不幸にするのも、わたしの責任。

すべての源は、わたし。





許せない、許さない、憎しみ、恨み、怒りというあまりほしくない感情というのは、いつか消えるものとも限らない。

ときが経てば、消えることもあるかもしれない。

誰かに話を聞いてもらったら消えるものとも限らない。

聞いてもらったら、消えることもあるかもしれない。

傷つけてきた相手を許せない気持ちというのは、わたしも体験したからわかる。

でも、同時に相手を傷つけてもいる。

「許さない!」と思うことから生じる言動行動が、相手を傷つけている場合もあるということだ。

それらをもったままで、幸せなのだろうか。

それもったままだから、悩んでいるのではないのだろうか。


自分で向き合えば、手放すことができる。

怒りの奥にある悲しみや寂しさに気付いてあげることができる。

自分を幸せにすると決めることができる。

全ての源は、わたし。

親じゃない、わたしの責任なんだ。

わたしの人生の舵は、わたしがしっかり握る。



一生懸命生きてきたわたしを、わたしはもっともっと幸せにしてあげたいし、信じたい。

へんちくりんに癖付けてきたけど、癖をできるだけとって、そのままのわたしをもっともっと受け容れてあげたい。

ただ必死に生きてきた大切なわたしという人を、大切にしてあげたい。

もっともっと、わたしに還るんだ。





最後のおはなし会、やります。

大丈夫、人生はいつからでも変えられる。

それは、あなた次第。

自分の人生を、創り出そう!!



・親子関係・毒親・アダルトチルドレンについて語るおはなし会
1月20日(水)名古屋 
≫申込受付中





ナホ