アイスクリーム屋さんの青い目が、まるで湖の水面のように波だったかと思うと涙があふれた。
「君は、心のどこかで、あの日のことを後悔しているね。
サーヤが死んでしまったのは、
外へ連れ出した自分のせいじゃないかって」
その時、あのオルゴールの調べがひときわ高く響いて、ぼくはハッとした。
「思い出したかい?…そう、サーヤがつくった曲、
いつも口ずさんでいたメロディーさ」
アイスクリーム屋さんはしずかに言った。
「サーヤが死んでしまったのは、君のせいなんかじゃない。
この音楽は、サーヤから君への贈り物なんだよ。
一生で、いちばん楽しい日をくれた
君への”ありがとう”なんだ」
バサバサバサッ…その時、大きな鳥が空にはばたくような音がした。
瞬間、目をあけていられないほどまぶしい光が、あたり一面に満ちあふれた。
やっと目をあけた時には、アイスクリーム屋さんも馬車も、すっかり消えてしまっていた。
けやきの葉が、さやさやと風になっているだけ・・。
ぼくの手には、ひとつのアイスクリームが残されていた。“WING”に描き入れた模様と同じ、二枚のつばさのかたちをしたアイスクリーム…それは、まるで天使の羽のようだった。
あれから、いくつ夏を数えただろう。
ぼくたちも大人になった。
トムは、人をびっくりさせるような絵をいまも描いている。ただし、家の壁にではなく、白いキャンバスの上にね。
恥ずかしがりやのソフィーは女優になった。われるような拍手に包まれて、彼女は今日も舞台に立っている。
ぼくは設計技師になった。毎日、大きな机に向かって、座り心地のいい椅子や、いろんな乗り物のデザインを考えている。ぼくの夢は、からだを自由に動かせない人たちでも、こわがらずに一人で出かけられるような、そんな乗り物をつくることなんだ。そう、自由にはばたく『つばさ』のような乗り物をね。
完成したら、きっとあの模様を描くだろう…エンジェルの羽のような二枚のつばさを。
ぼくは信じてる。
いつか晴れた夏の日に、あのアイスクリーム屋さんの馬車がまたやってくることを。
だからその日のために、とっておきの楽しい日をつくって、待つとしよう…。
太陽がすこしかたむいて、けやきのすきまから、チラチラとこもれびがゆれていた。
いつのまにか、馬車の前には、もうぼくしか残っていなかった。
ぼくは、どうしてもアイスクリーム屋さんの前に立てずにいたんだ。
なぜって?それは…いちばん楽しかった日のことを思い出すのが、とてもこわかったから。
ぼくが、馬車の前を立ち去ろうとしたその時、それまでかすかに聞こえていたオルゴールの音色が、馬車の中から、ひときわ高く響き始めた。
『ああ、なんてなつかしい音楽だろう…』
ふと気がつくと、アイスクリーム屋さんの目の前に、ぼくは立っていた。
アイスクリーム屋さんの”瞳”は、彼のうしろに広がる夏の青空とおなじ…どこまでも澄んだブルーだった。どうしたんだろう…その目を見つめていると、さっきまでの不安などすっかり消えて、とても素直な気持ちになれる。
まるで夢見るように、ぼくはただ、あの『いちばん楽しかった日』のことを思い出していた。
その日、ぼくはサーヤと一緒だった。
サーヤはぼくの妹…生まれたときから体が弱くて、ずっと病院のベッドの上で育った。だから、水しぶきをあげて泳いだことも、思いきり走って草むらにねそべったこともない。サーヤのただ一つの楽しみは、毎日、ぼくから外の世界の話しを聞くことだった。ラテン語のヒルダ先生のポケットに、トムが今日カエルを入れたとか、食いしんぼうのビルが、古いドーナツを10個も食べておなかいたになった…なんて、どうでもいいような話だったけれど、サーヤは、ほんとうに楽しそうに聞いていた。
「たった1度でいい、
自分の目で外の世界が見られたら
楽しいだろうな…」
ある日、サーヤがつぶやいた。
まるでひとりごとのような、小さなつぶやきだったけれど、ぼくはその時、こころに決めたんだ。
『サーヤに外の世界を見せてやろう』
ぼくが最初にしたことは、サーヤを連れ出すための『手押し車』をつくることだった。手押し車は、家の地下室で、ひそかに何日もかけてつくった。設計図を書き、木を切って、やすりをかけ、くぎを打ち…仕上げにはうすいブルーのペンキを何度もぬった。
こうして、手押し車はとうとう完成した。なかなかの出来だったと思う…でも、何かが足りない気がして、ぼくはしみじみ、手押し車を見つめていた。
『そうだ、車に名前をつけよう!』
ぼくは手押し車に“WING”という名をつけた。生まれてから、ベッドの中だけで暮らしてきたサーヤに、自由にはばたく『つばさ』をプレゼントしたかったんだ。そして、絵も描いたよ。エンジェルの羽のような2枚のつばさが、今にも空にはばたこうとしている。ぼくは、そのつばさのマークを手押し車の両脇に白いペンキで描き込んだ。
そして、ついにその日がやって来たんだ。
朝の食事が終わったところで、ぼくはサーヤを背中におぶって、こっそり病院を抜け出した。そして、あらかじめかくしておいた“WING”にサーヤをのせた。“WING”をはじめて見た時、サーヤがどんなによろこんだかわかるかい?ぼくは、それだけでも、手押し車をつくってほんとうに良かったって思ったよ。
ガタガタ道や坂道を、しずかに行くのはむつかしかったけれど、人に見つからないよう気をつけて、病院のうらから森につづく小道を行くことにした。
その日はとてもよいお天気でね…長い冬のあとにやって来た春が、森のいたるところで楽しい歌を口ずさんでいたよ。
生まれたばかりの緑の葉っぱが、風にゆれて、光りながらサヤサヤとなるのを聞いて
「サーヤ、サーヤってみんながよんでる!」
小さな妹は声をたてて笑った。
アリがいそがしげに動くすがたに歓声をあげ、レース編みのようなクモの巣が、太陽の光りにキラキラ輝くのをキレイと言った。草、土、花のつぼみ…ひとつひとつ自分のゆびでたしかめながらサーヤは、ほおずりをした。
お昼は、きれいな水が流れる小川のほとりでピクニック。病院ではいつも少ししか食べないサーヤが、ぼくのつくった、ぶかっこうなサンドイッチを、おいしい、おいしい…と全部たいらげたのにはおどろいたよ。
町の子どもたちが遊んでいる広場のはずれに“WING”を止めたころには、空はもう、夕焼けで赤く染まりはじめていた。
「あっ、きっとあれがトムね…それからあの太ってる子がビル」
ぼくの話しによく登場する子の名前を、ピタリと当てながら、サーヤは、みんなが駆け回る様子をとても楽しそうに眺めていた。
夕焼け空が、サーヤの頬をバラ色に染めていた…。
そのアイスクリーム屋さんの馬車が、ぼくたちの町にやってきたのは、とてもよく晴れた夏の昼下がりだった。馬車は、町でいちばん大きな、けやきのこかげに止まっていた。中からかすかに聞こえてくるオルゴールのしらべ…なんて、こころにしみるメロディーだろう。
「夢のように甘くておいしいアイスクリームはいかが?
ひんやりひろがる幸せの味…
世界でいちばんおいしいアイスクリームだよ」
ひょろりと背が高いアイスクリーム屋さんの売り声は、まるで歌のように心地よかった。とろけるように甘いバニラの香り…いつのまにか、馬車のまわりには、町中の子どもたちがならんでいた。みんな、ポケットにお金をにぎりしめて。ところが、アイスクリーム屋さんは、お金を受け取らずにこう言ったんだ。
「このアイスクリームはお金では買えないんだよ。
でも、だいじょうぶ。手に入れるのはとっても簡単!
ぼくの目を見て、
いちばん楽しかった日のことを思い出すだけさ」
「ただ思い出すだけ?」
すっとんきょうな声をあげたのは、町でいちばんのいたずらっ子、
トムだった。
「そうだよトム、口に出して話してくれなくてもいいんだ。
ただ、その日のことを思い出してくれさえすれば…
それが、このアイスクリームの代金なんだから」
はじめて会ったはずのアイスクリーム屋さんが、どうしてトムの名前を知っているんだろう…それに、『いちばん楽しかった日の思い出』が、アイスクリームの代金だなんて聞いたことがない。ぼくたちは、おもわず顔を見合わせて、首をかしげた。
その時、おずおずと、一人の女の子がアイスクリーム屋さんの前に立った。おどろいたことに、それは、町でいちばん”恥ずかしがり屋”のソフィーだった。いったい、ソフィーがどんなことを思い出しているのか、ぼくたちにはわからなかった。でも、ソフィーの目をじっと見つめていたアイスクリーム屋さんは、しばらくすると満足そうにうなずいて、こう言ったんだ。
「ああ、なんて楽しい思い出だろう…
はじめて海を見たとき、裸足で砂浜をかけたとき、
君はほんとうにうれしくてドキドキしていたんだね。
波の音も、光る水しぶきも、どんなにステキに思えたことか…」
アイスクリーム屋さんはそう言うと、どこからともなく、パッと大きなアイスクリームを取り出してソフィーにわたした。あんなきれいなアイスクリームを見たのは、はじめてさ!コバルトの海の色をしていて、白い波のもようがついているんだから…。
「ソフィー、君は今日までずっと、
そのことを誰かに伝えたかったんだね。
これからは、ステキだと感じたことは、みんなに伝えてごらん。
きっと、聞いた人も幸せになれる…このぼくのようにね」
ソフィーの目は、おどろいたようにパチクリしたあと、キラキラ輝きはじめた。あんなうれしそうなソフィーを見たのは、ぼくたちもはじめてだった。
トムのときは、彼の目を見つめながら、アイスクリーム屋さんは、笑いをこらえるのに、たいへんそうだった。
「お父さんが、やっと白くぬりかえた家の壁いっぱいに、
口から火をふく怪獣の絵を描いたとはね。
しかも、高いはしごによじのぼって…
もし、落っこちたら大変だったよ」
トムは、叱られた子犬のようにうつむいた。すると、アイスクリーム屋さんはトムの顔をのぞき込んで、ウインクしながらこう言ったんだ。
「でも、あの怪獣は、サイコーにイカしてた!」
トムがもらったアイスクリームが、どんなだったかわかる?そう、トムが描いた怪獣そのまんまさ。まるでいまにも動き出しそうだったよ!
子どもたちは、つぎつぎにアイスクリーム屋さんの前に立って『いちばん楽しかった日』のことを思い出した。それから一人ずつ、ちがうアイスクリームをもらって帰っていった。だって一人ずつ、ちがう『いちばん楽しい日』をもっていたからね。
「夢のように甘くておいしいアイスクリームはいかが?
ひんやりひろがる幸せの味…
世界でいちばんおいしいアイスクリームだよ」
ひょろりと背が高いアイスクリーム屋さんの売り声は、まるで歌のように心地よかった。とろけるように甘いバニラの香り…いつのまにか、馬車のまわりには、町中の子どもたちがならんでいた。みんな、ポケットにお金をにぎりしめて。ところが、アイスクリーム屋さんは、お金を受け取らずにこう言ったんだ。
「このアイスクリームはお金では買えないんだよ。
でも、だいじょうぶ。手に入れるのはとっても簡単!
ぼくの目を見て、
いちばん楽しかった日のことを思い出すだけさ」
「ただ思い出すだけ?」
すっとんきょうな声をあげたのは、町でいちばんのいたずらっ子、
トムだった。
「そうだよトム、口に出して話してくれなくてもいいんだ。
ただ、その日のことを思い出してくれさえすれば…
それが、このアイスクリームの代金なんだから」
はじめて会ったはずのアイスクリーム屋さんが、どうしてトムの名前を知っているんだろう…それに、『いちばん楽しかった日の思い出』が、アイスクリームの代金だなんて聞いたことがない。ぼくたちは、おもわず顔を見合わせて、首をかしげた。
その時、おずおずと、一人の女の子がアイスクリーム屋さんの前に立った。おどろいたことに、それは、町でいちばん”恥ずかしがり屋”のソフィーだった。いったい、ソフィーがどんなことを思い出しているのか、ぼくたちにはわからなかった。でも、ソフィーの目をじっと見つめていたアイスクリーム屋さんは、しばらくすると満足そうにうなずいて、こう言ったんだ。
「ああ、なんて楽しい思い出だろう…
はじめて海を見たとき、裸足で砂浜をかけたとき、
君はほんとうにうれしくてドキドキしていたんだね。
波の音も、光る水しぶきも、どんなにステキに思えたことか…」
アイスクリーム屋さんはそう言うと、どこからともなく、パッと大きなアイスクリームを取り出してソフィーにわたした。あんなきれいなアイスクリームを見たのは、はじめてさ!コバルトの海の色をしていて、白い波のもようがついているんだから…。
「ソフィー、君は今日までずっと、
そのことを誰かに伝えたかったんだね。
これからは、ステキだと感じたことは、みんなに伝えてごらん。
きっと、聞いた人も幸せになれる…このぼくのようにね」
ソフィーの目は、おどろいたようにパチクリしたあと、キラキラ輝きはじめた。あんなうれしそうなソフィーを見たのは、ぼくたちもはじめてだった。
トムのときは、彼の目を見つめながら、アイスクリーム屋さんは、笑いをこらえるのに、たいへんそうだった。
「お父さんが、やっと白くぬりかえた家の壁いっぱいに、
口から火をふく怪獣の絵を描いたとはね。
しかも、高いはしごによじのぼって…
もし、落っこちたら大変だったよ」
トムは、叱られた子犬のようにうつむいた。すると、アイスクリーム屋さんはトムの顔をのぞき込んで、ウインクしながらこう言ったんだ。
「でも、あの怪獣は、サイコーにイカしてた!」
トムがもらったアイスクリームが、どんなだったかわかる?そう、トムが描いた怪獣そのまんまさ。まるでいまにも動き出しそうだったよ!
子どもたちは、つぎつぎにアイスクリーム屋さんの前に立って『いちばん楽しかった日』のことを思い出した。それから一人ずつ、ちがうアイスクリームをもらって帰っていった。だって一人ずつ、ちがう『いちばん楽しい日』をもっていたからね。