どぅばの倉庫

どぅばの倉庫

煩悩廃棄物倉庫

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「何をしているの、早くお茶を入れてちょうだい」

 突然の声に驚いて顔を上げると、僕の知らない、いかにも上流階級といった女性がテープルについてこちらをにらんでいた。「知らない」人だとは思うが、なんとなく見覚えがある。はて、どこで会ったんだか・・・

「言葉も分からないの?」
「いや、分かりますが・・・」
「なら、早くして。あなただって、時間がないのでしょう?」

 確かに、そろそろ原隊に復帰しないといけないはずだ。でも、そもそもここはどこで、僕はどうしてこんなところにいるのだろう?それに彼女は誰だ?随分と綺麗な人だが、僕の記憶にはない。でも、不思議と初めて会ったという気もしない。ということはずっと、昔の知り合いか?
 とりあえず時間もないし、紅茶を入れることにしよう。

 そういえば、紅茶を入れるのは久し振りだ。自分で入れて飲む習慣なんてないから、親父の連れてきたあの子に入れて以来か。




「ジーク、この婚約はどうあっても受けてもらうぞ」
「やれやれ、親父殿も頑固ですね」
「私はお前が軍に入るのも反対だったんだ。この婚約だけは受けてもらう。レーヴェレンツ家の嫡男の務めを果たせ」

 思えばあの頃は若かった。商売のことと自分の家の繁栄しか考えていない父へ常日頃から反発を繰り返していた。

「家のための閨閥作りですか。もっと進歩的に生きることはできないんですか?」
「お前は何も分かっていない。フロイント家は最近金回りは良くないとはいえ、現国王陛下の親戚にあたる。リーザ嬢は三女だ。こんなにいい話は他にない」
「親戚といっても、かなり遠かったかと思いますが。それに、リーザ嬢はまだ子供だって聞きましたよ。相手が9歳じゃ婚約も何もないでしょう」
「綺麗事だけでは生きていけんのだ。なぜ、それが分からん・・・とにかく、先方は明日こちらにいらっしゃる」

 思えば軍への志願も、家業を継いで親父のような人間になりたくないの一心だった。口では国のためと言っていたが、実態はそんな情けないものだったのだ。どんなに親父から逃げようと思っても、結局はたまの休暇に呼び出され、そして、言いなりになるしかない。そうして僕は、9歳の婚約者と会うことになった。



 リーザ嬢は本当に子供だった。僕が29歳だから、彼女が結婚できる頃には僕は40歳近くになっている。親父は正気なのか?僕はいつ死ぬか分からない軍属なんだが。

「つまらなそうね」
「うん?」
「つまらなそうねって言ったの。殿方がレディに大してそんな態度をとるなんて、無礼にも程があると思わない?レディを楽しませるのが紳士というものでしょう?」

 子供とはいえ、身分は彼女の方が上だ。僕と彼女が結婚することで、我がレーヴェンツ家がフロイント家と同格、国王陛下の親戚となり、貴族の仲間入りするわけだ。くそ食らえ。

「え、あ、いや・・・これは失礼しました。鬼ごっこでもします?」
「ふざけないでっ!子供だと思って馬鹿にしているの?あなたはそんなに立派な大人なの?」
「た、大変、失礼しましたお嬢様・・・」
「ふんっ、まぁいいわ。お茶を用意して」

 なんですと?上流階級では、未来の旦那様に茶を入れてもらうのが流行りなのか?

「聞こえなかったのっ!?お茶を入れなさいと言ったの!!」

 何故か9歳の少女のいいなりになって、紅茶を準備することになった。もちろん紅茶の知識なんかないし、普段も自分で飲まない。試行錯誤の結果、とりあえず紅茶のような液体をカップに注いでお出しした。

「お味はいかがですか、お嬢様」
「最低ね。温いし、お茶の味が出てないわ」

 ああそうですか。

「でも、あなたの心遣いはしっかり味に出てるわ。優しい味ね」

 確かに、熱すぎて火傷でもされたら困るし、待たせすぎてもいけないとも思った。そもそも僕自身、あまり物事をいい加減に済ますことが好きじゃない性分だったのもある。でも、そうとられるとは思わなかった。

「いい?あなたはリーザの婚約者なんだから、それに恥じないように生きなくてはいけないの。その代わり、私も
あなたに恥じないように生きるわ」

 紅茶を入れたことは、僕から見ればおままごとのようなものだった。けれども、そのおままごとによって彼女が示したのは真摯な好意の吐露であり、そして、金と欲にまみれた政略結婚を神聖なものとして受け止めていることの表明だった。親が決めた結婚の中でも、幸せを見出す努力をしていた。僕には、こんなにも真剣に何かに向き合ったことがあっただろうか?
 僕は、この馬鹿げた婚約が実らないことを半ば確信していたし、それこそが正しいことであるとすら思っていた。でも、この子のこの想いだけは裏切る訳にはいかないと思った。なぜなら、その真っ直ぐな言葉が、瞳が、感情が、これ以上、僕に逃げることを許してはくれなかったからだ。
 誰かに恥じないというのは己に恥じないということだ。逃げてばかりの僕に、それはなんと難しいことだろうか。それでも、せめて彼女が思うような人間であろうと努めよう。それが少女の真摯な想いに自分ができる唯一の、大人としての矜恃の守り方だ。だから、誰にも恥じることのないように、今度こそまっすぐに胸を張って生きようと、その時心に決めた。

 僕と彼女が会ったのは、その後ほんの数回だけのことだ。そして僕は戦地に赴き、戦争に明け暮れた。銃火をかいくぐり、敵陣を突破し、塹壕の中で味方と生死を共にした。軍人として、この国の人間として、恥ずべきことがないように、務めを果たすべく懸命に生きた。果たせたのかどうかは正直言ってよく分からない。そして、今日まで彼女と会うことはなかった。そうだ。この人はリーザだ。

 


「さて、お味はいかがですか、お嬢様」
「・・・三十点」
「おや、手厳しい」
「・・・思い出したのね」
「ええ、すっかり綺麗になりましたね、リーザお嬢様。もうどこに出しても恥ずかしくないレディだ」
「ありがとう、嬉しいわ。どこかの誰かに釣り合おうと必死に努力したの」
「僕が釣り合えているのかが心配になるぐらいですよ」
「それこそ、無用の心配ね。あなたの活躍は今や、全ての国民が知るところよ。でも、レディを待たせる癖だけはいただけないわ」
「それは失礼。でも、そればっかりは中々ね。さて、そろそろ、いかないと」
「また逢える?」
「そうですね、いつか、また・・・そうだ、その時にはあなたのお子さんにもお会いしたいな。きっと、昔のあなたに似て美しいお子さんになるでしょうね」
「・・・勝手な人ね」
「ええ、知らなかったんですか?」
「知らない訳がないじゃない。こうやって何年も待ちぼうけにした癖に」
「それに関しては申し訳ないと思っていますよ。心の底からね。だから、こうして会いに来たじゃないですか」
「でも、ゆくのでしょう?」
「ええ・・・それが決まりですから。さようなら、リーザお嬢様」
「またね、中佐殿・・・いいえ、二階級特進したのだから准将殿かしら?」




「お嬢様、遅くなってしまって申し訳ございません。ただいま、お茶をお入れしますね」

 専属のメイドが、あわてた様子で部屋に入ってきた。少々そそっかしいところがあるけど、私はこの子を気に入っている。何事にも一生懸命に取り組んでくれるのだ。あの人のように。

「大丈夫よ。客人に入れていただいたわ」

 いつしか少女の頃は遠くなり、私だけが歳をとる。

「お客様がいらしたんですか?申し訳ありません。何のおもてなしもできずに・・・」
「親しい方だったから、気にしなくてもいいのよ。それに、もう帰られたわ」
「はぁ・・・えっと、どうやって?ここまで誰にもお会いしませんでしたが・・・あら?これ茶葉の分量がデタラメじゃないですか?」
「・・・そうよ、来た頃のあなたと同じ。まったく、いつまで経ってもお茶を入れるのが下手な男ね」

 待ちくたびれども、待ち人は来るはずもなく、時だけが彼の人を超えてゆく。

「でもね、優しい味なのよ・・・」
 町から離れた森の近くの小屋に一人で住んでいるトミは、ごく普通の一般的な男性である。
 起床した彼はいつもの様に顔を洗い、朝食のパンケーキとミルクを完食するとすぐにカバンと地図を用意した。無論、出かける準備である。
 しかし地図とカバンを持って外に出るのは日課ではない。ましてや散歩でも無く、ただ単に今日は友人のでアーロンと約束しているだけである。アーロンはトミの唯一の親友であり、もちろんアーロンにとってもトミは親友だった。

 トミとアーロンは先日こんな話をしていた。
「なぁ、アーロン。どうしたらお前の様に沢山の友達や親友ができるんだ?俺は昔はともかく、今交友関係があるのはお前だけだ」
 丁度今コーヒーを飲み干した直後のアーロンは困った顔で、
「そんな事聞かれてもね・・・学校の旧友などとはたまに遊んだりしないのかい?」
と、逆に質問を投げかけた。
 その質問にトミはこう答えた。
「愚問だな、旧友との交友関係が今でも無いから俺の友達はお前だけなんだ。友達が二人以上いたらこんな質問はしないだろう」
 アーロンは更に困った顔で、
「二人以上って・・・一人増えるだけでもいいのかい?一人だけの親友が僕じゃ不満?」
と、渋々答えた。
 トミは質問合戦の会話を終わらせる様に答える。
「そういう訳では無いさ。問題はそこじゃ無い。まぁ、いいよ。お前だけでも不満はない」
最後に『少しだけ寂しいがな』と付け加え、トミは諦めた表情で口を閉じた。
 しばらくアーロンも空になったコップの中を見つめていたが、やがてトミの方を向き、
「分かった、じゃあ僕の友達を紹介してあげるよ。一人でいいのかい?」
 トミは少しだけ嬉しそうな顔をする。割とポーカーフェイスなトミだが、アーロンには嬉しそうなのが分かっただろう。
「そいつぁ有り難いな。あぁ、一人で十分だ。感謝するよ」
と言ってコーヒーを飲み干した。

 そして昨日、アーロンから明日に紹介してあげるよ――つまり今日に――と手紙が来た。という訳でトミはせっせとアーロンの家に足を運んでいる訳だ。
 アーロンの家へは森を迂回した道を行かねばならない。が、トミは森の中を歩いていた。整備もされていないが、トミ曰く『この道が一番近いから』ここを通っているらしい。だが・・・
「参った・・・地図を持ってきたにも関わらず道に迷ってしまった」
 森で道に迷ってしまうとは絶望的である。地図に書いてある目印も見当たら無いし、家に帰れるかも分からない。こうなっては仕方がない、当てもなく歩くだけだ。
 幾ら歩いてもあるのは木、木、木。この森はかなり広いのだ。無事に帰れる保証は無い。だが、かなりの時間歩くと、遂に一筋の光が見えた。
 それは普通の小屋だったが、今のトミにとっては神々しい光を放つ教会に見えた事だろう。ただ、この小屋は何となく山小屋では無く、人の気配がした。とりあえず、トミはノックをした。
「どうぞ」
返事はすぐに返ってきた。トミはゆっくりと、扉を開けた。
 扉を開けた先に見たのは、熱心に何かを書く20歳前後程の青年の姿だった。少し目をトミにも向けたが、引き続き何かを書いていた。
「それは何を書いているんだい?」
トミが質問した。
「小説だよ、僕は小説家なんだ」
 青年はペンを止め、黒くしっかりとした眼差しがトミを見つめた。
「何か用かな?」
青年が質問する。トミは少し苦笑し、
「友人の家に行く途中、迷ってしまったんだ」
その後に『この森から出る方法を教えてくれ』とも付け加えた。
 青年は少し笑いを浮かべた、トミはその表情に少し怒りを感じたが、眩しい笑顔に何かを感じる所もあった。
「あぁ、そういう人も多いね」
青年の言葉にトミは思わず首をかしげる。青年は笑って、
「迷ってこの家に来る人が何人もいるんだ、そういう意味」
そう言ってトミの傾いた首を直すのだった。
 すると同時に、トミの腹の虫が鳴った。トミは頬を掻きながら、
「かなり歩き回ったからな・・・参ったよ」
と言った。すると青年もまた笑顔の眩しさを明るくする。
「なら、僕の昼食のシチューを分けてあげるよ」
と言った。よく見れば青年の書きかけの小説の隣には、シチューが置いてあった。
 トミは少し困った顔をしたが、彼に分かっただろうか。
「お気持ちは嬉しいが、君の昼食を奪うわけにはいかない」
諦めた口調でそう言った。それよりも地図が欲しいとも言った。
「たくさんあるから大丈夫」
と言い、青年はキッチンに行った。
 彼がキッチンに行く間、トミにとって目を引く物があった。小説である。題名は「肉料理と香辛料」という題名だ。トミはその料理のレシピ本と間違える様な題名を見た瞬間、思わず笑ってしまった。だが、ざっと見たところ内容は調理方法が書いてある訳でもなく、普通にシェフを目指す少年と少女の話のようだ。
 青年はキッチンからシチューを持ってくると、机に置いた後に『感想は?』と聞いた。トミは少し笑いながら
「素人の俺に言える事はあまり無いかもしれんが・・・中々斬新なタイトルだね」
と、微妙に賞賛した。
 青年は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って、
「ありがとう、みんなその作品を見るといつも、題名が変じゃないか?とか言ってくるんだ。君は初めて題名を褒めてくれた。ぜひ名前を聞かせてもらえないかな?」
と、トミに聞いた。
「トミだ」
と、席に座りシチューを食べ始めた。 
「僕はエンシオ」
青年は名乗った。
「そんな題名にしたのは・・・そうだな、斬新な物に人は目が行くでしょ?だから、多くの人の目に止まる様に・・・と思ったんだ」
少し誇らしげだった。
「それは良いアイデアだな」
と、トミは答えた。
相当腹が減っていたらしく、シチューはすぐに完食された。
「ごちそうさま、ありがとう。飯まで食わせて貰ったのに悪いが・・・地図をくれないか?」
と地図を求めた。
「それなら、今書くから待ってて」
 エンシオは新しい紙を使って地図を書き始めた。森の地図、というとおかしいかもしれないが、エンシオは迷って来る人の為に木の形状や道を詳しく覚えていた。地図を書きながらエンシオはこう言った。
「ここに居ると、色々な人と出会えるんだ。森の中に住んでるけど、寂しく無いよ。そして、出会った人とたまに街で会ったりするから、人が来る度に友達が増えた気がするんだ」
と、嬉しそうに言った。
 その言葉に、トミは少し何とも言えない感覚に襲われた。似た様な話の件で友人の所に行くつもりだったからである。
「さっきも言ったが、俺は友人の家に行くつもりなんだ。何故なら、先日・・・こんな話をしたんだ」
トミはあらすじをエンシオに話した。エンシオも、途中で地図を書き終えたが、真剣に聞いていた。そして、その話を聞き終わったエンシオは大笑いし、トミがそろそろ怒ってやろうかと思った頃に
「そうか・・・成る程・・・分かったよ、そういうことか」
と、一人でブツブツ言っていた。
「どうしたんだ?」
少し怒りを含んでいる声を発するトミ。
「何でも無いよ・・・じきに分かるさ。それより、地図を書き終わったから、行くといい」
と、地図を差し出した。何となくその言葉が癪に触ったが、トミは無言で地図を受け取った。
「ありがとよ、飯もうまかったぜ」
とだけ言い、去っていった。

 地図に従い歩いている途中、トミは考えた。エンシオの言葉・・・一度出会った人はもう友達・・・。その魔法の館に住むエンシオはとても幸せなのだろう。人に恵まれるのは素敵な事は分かるが、自分には遠い話に思えた。
 「また会ったらもっと話ができるだろうか」
 「そうだ、俺はエンシオと友達になったのだ」
 「俺は、魔法の館とその主に魔法をかけられたのだ」
 しばらくそんなことを考えているうちに、森を抜け、知っている道を歩き、アーロンの家に着いた。ノックの音に気づいたアーロンは
「遅かったね?トミかい?」
と返事をした。
「あぁ、森で迷ってしまった」
と、トミは言った。エンシオの事は言わなかった、特に言う必要も無いと思ったからだ。それよりもトミには気になる事があった。
「紹介してくれるのは誰だ?」
 アーロンは少し笑って
「あぁ、ごめん、今はいないよ。これから僕達がその人の家に行く予定なんだけど。あ、名前はエンシオって言うんだ。」
「エンシオ・・・」
 まるで小説みたいな展開だ。残念なのは異性ではない――運命の人にはなれない――事である位だろう。トミは大笑いして、こう言った。

「そいつなら、さっき友達になったぜ」
ああ、おなかすいたわ。
私ったら、何でこんなとこ歩いてるのかしら?それに、何だか鳥たちが騒いでる。

「カーラ ガ キタゾ」
「ハラペコ カーラ」
「アレデ レディ ダッテ」

ちょっと、何よっ!
かってにさえずっときなさい!私がここでおなかをすかしてるのは、予定通りなんだから。

「カーラ ガ マタ イイワケシテル」
「レディ ナノニ ミットモナーイ」
「ハラペコ カーラ ミットモナーイ」

いいわけじゃないわよ。だって、この道をまーっすぐいけば、とーってもあまーいぶどうがすずなりになってる、ぶどうの木あるんだから!
そう、私はそこに向かって歩いていたのよ。

「サッキマデ ココ ドコ シラナカッター」
「ウソツキ カーラ」
「ハラペコ カーラ」

うるさいっ!もう、あっちへいって!でないと石をぶつけるわよっ!

「レディ ナノニ ミットモナーイ」
「ミットモナーイ」
 パタパタパタ・・・

なんなのかしら、あのバカ鳥たちは。私はぶどうの木に急いでるんだから・・・
あ、見えてきた。あまくてずっしりおもたい実が、ふさふさいーっぱい実る、私のとっておきのぶどうの木。ペコペコのおなかを、あま~いぶどうでいっぱいにできるなんて、なんて私はしあわせものなんでしょう。
・・・あら?ひ、ひとふさものこってない!?なんてことなの!きのうまではたしかに、もうちょっとで食べごろのぶどうが、いっぱいいーっぱい、すずなりになっていたのに!!

「ブドウ オイシカッタネー」
「オナカ イッパイ ダネー」
「カーラ ハ タベレナイネー」

あの子たち・・・そ、そんな・・・せめて、一個だけでもどこかに・・・
あっあんな、ところに!でも・・・あそこはいくらなんでも、高すぎるわ・・・
で、でも・・・がんばって、登って・・・登って・・・
きゃああああー?!

「カーラ ガ オチター」
「レディ ナノニ キ カラ オチター」
 パタパタパタ・・・

ふ、ふんっ!なによっ!私は木に登れないんじゃなくて、レディだから登るのをやめただけよ。それに、あのぶどうは「すっぱいぶどう」に違いないんだから。あんなぶどうなんか、惜しくもなんともないわ。
お、おなかなんて減ってないんだから・・・ぐ、ぐずっ・・・
泣いてだって、いないんだから・・・えぐっ・・・

「あ、あの・・・」

きゃあっ!だ、だれ!?

「これ・・・」

あら、あなた、イヴォン?い、いったい何の用?

「・・・木の上に、あったやつ」

これって・・・あなたが?

「こいつがほしかったんじゃないのか?」

え、そんな、私はべつに・・・

「物欲しそうに上を眺めて、腹を鳴らしてればまるわかりさ」
「・・・な、なによっ!私にほどこしをしようっていうの?私はそんなすっぱいぶどうなんかいらないわよ!」
「食べてもないくせに、なんでそう言い切れるんだよ?」
「食べなくったって、わかるわよ!そんなぶどう、腐ってるか熟れてないに決まってるんだから」
「心配無用さ。ちゃんと味見はしておいたよ」

このっ・・・なによっ!バカにしてっ!!
いつ私が、そんなことしてほしいって言ったの?そんな・・・そんなぶどうなんか・・・

「あなたの食べかけの、汚いぶどうなんかいらないわよっ!!」
「そう・・・」
「わかったら、とっとと私の前から消えて!二度と、あなたの顔なんか見たくない!!」
「そうするよ・・・」
「ばかにしてっ! みんな、私のことをバカにしてっ!!みんなみんな、だいっ嫌い!!」
「余計なことして、悪かった・・・」



・・・・・・
私ったら、また・・・
また、やっちゃったのね・・・
そう・・・こんなことも、あったかしらね・・・
・・・ずっと、ずぅっと、むかしのこと・・・
あんな・・・ことも・・・




コンコンコン・・・・・・

う、うん・・・夢だったのね・・・あまり思い出したくないのに・・・

コンコンコン・・・・・・

イヴォンには謝れないままだったなぁ・・・あ、はいはい。もう、こんな時間に誰かしら?まったく、ひとの寝入りばなに・・・あっ!

「寝入りばなって・・・まだ宵の口だよ。こんな夜にもうひとりで寝るのかい?」
「あ~らイヴォン、ずいぶんおひさしぶりね。一言多いのもあいかわらずで、何よりよ」
「ひさしぶりなのに、そんなにとんがるなよ・・・いや、先によけいなことを言ったのは僕だけどさ」

あら?イヴォンにしては、めずらしく素直ね。何か企んでるのかしら?

「で、こんな夜とやらになんの御用?」
「・・・たいした用事じゃないんだけどさ。届け物をしにきたんだ。クリスマスプレゼント」

あっ!そういえば今日は・・・なんてことかしら。クリスマスイヴに仕事に疲れてひとりで寝てるなんて!それに・・・イヴォンが私にプレゼント?どういうことなの!?

「こ、これなんだけど・・・」
「お酒?ワインかしら?」
「おぼえているかい?あのときの、ぶどうだよ」

え・・・?そ、それって?

「すっぱかった、あのぶどうだよ」
「す、すっぱかっただなんて、あれは、私が・・・」
「いや、確かにあのぶどうは、すっぱかったんだ。青臭くて、熟してなかったんだ。けれどあれから、何度も踏みつけられて、しっかりつぶされて、そして長い間、樽詰めになって、じっくり寝かされて。ようやく、少しは飲める味になったと思うんだ。だから、その、味見だけでもしてもらえると嬉しいんだけど・・・」

そ、そんな、イヴォン、私はあの時・・・

「あの時は、憎まれ口をたたいてごめん」

だって、それは私が・・・

「カーラが、手の届かないぶどうをずっと見上げてたのを見てるとね、無性に腹がたったんだ」
「・・・どういうこと?」
「僕もね、ずっと、傷つくのが怖くて、手の届きそうに無い高嶺の花を、眺めてるばかりだったから」

えっ?それって・・・

「邪魔したね。それは置いていくから、捨てるなりなんなり好きにして。それじゃ」

ちょっと待ってよっ!

「まったく、もう。イヴォンはやっぱり相変わらずね」
「なんだよ」
「クリスマスイヴに、レディにひとりで、ワインを飲めとおっしゃるのかしら?そんなだから恋人もできないのよ」
「今から寝るつもりだったカーラに言われたくないよ・・・」

ほんっっっとうに一言多いわね。まあ、お互い様だからいいわ。

「せっかく来たんだから、ゆっくりしていって。とびっきりのフリカッセをご馳走するわよ」
「・・・いいのかい?」

もちろん。そのかわり、二人の再会に乾杯したあとは「高嶺の花」とやらの話をじっくり聞かせてもらうわよ。