どぅばの倉庫 -2ページ目

どぅばの倉庫

煩悩廃棄物倉庫

 勇者と剣を交えながら、魔王はおかしな感覚にとらわれていた。胸の奥が痛む。その度に、目の前の勇者が、別の生き物の形をした何かに見えた。
 しかし、いくら成長したとはいえ、魔王に比べれば勇者はまだまだ弱い。溢れ出る魔力で強化した魔王の肉体は、スタミナが切れることもない。強さの次元が全然違うのだ。

「例えお前が俺を殺しても、人間界は平和になどならない。世界最強のお前が人間界に戻れば、今度はお前自身が人間達の畏怖の対象だ」
「…殺す…殺してやる……俺は勇者だ…勇者だ……」

 これはいけない、と魔王は思った。確かに彼は、今までにないほどの高揚を感じていた。この時間がいつまでも続けばいいと思っていた。しかし、もはや勇者は殺戮人形と化している。

「勇者よ…」
「死ね!死ねえ!!!勇者の俺が…お前さえ殺せば…お前さえいなければ……」
「……俺と友にならぬか?」

 勇者の動きがピタリと止まった。それに併せてか、魔王も動きを止めてしまった。特に考えて発した言葉ではなかったが、それは、全世界の時を止めてしまったかのように感じた。

「ふざけるなああああああっ!!!!!!」

 再び動き出した時の中で、魔王は自分の腕が切り飛ばされるのを感じた。その瞬間、何もかもわかってしまった。何から勇者に話すべきか、そう考えている間に、金属がゆっくりと体の中に分け入ってくるのが見えた。勇者の剣が魔王の胸を貫いた。

「話さなければならないことがあるのだが…それほど時間はなさそうだな」
「お前の話なんか…」
「聞け。友となりたい、と言ったのは…本心だった……」
「…………」
「もし、お前が俺の言葉に…何かを感じたのなら、そうだな…そこに転がっている腕をもって…いけ…必ず必要に…なるだろう……」
「…何を企んでいる?」
「何も企んでなど…おらんよ……我が、友よ……調べ…ればわかる…魔力…何も…ただの…だ……だが、必ずひつ……」

 最後の言葉を待たずに、魔王は突然青い炎に包まれ、そして消滅した。

「くそっ!!!」

 勇者は転がっていた魔王の腕をとり………道具袋に入れた。


――― 5年後


「お、俺は…勇者だ……勇者なのに…」

「なぜ…こんなことなら…ちくしょう、ちくしょう……」

「…これじゃあ、もう…剣も………あ…あの時……」


――― 6年後


「魔王様、以上で精霊界の報告を終わります」

「続きまして、人間界ですが………


 ついにその時がやってきた。鬼神のごとく魔王軍と戦った勇者は現在、魔界の中心にある山の麓にいた。

「魔王様。勇者がやってきました。兵士達が応戦していますが……」
「応戦しなくていい。全て下がらせろ。ここまで通せ。お前も事が終わるまで隠れていろ」
「了解しました。では、お任せいたします」

 嬉しいのか、それとも楽しいのか。魔王の心臓が早鐘を打つ。やっと勇者に会えるのだ。
 カツーン、カツーンと、勇者の足音がだんだん大きくなり、そしてついに、謁見の広間の扉が開かれた。

「…お前が…魔王か?」

 魔王の目の前に現れた男は報告どおり、鍛え抜かれた体に光り輝く武具をまとい、そして、酷く荒んだ目をしていた。

「よく来たな、我が同胞よ」
「ふざけるな!俺は勇者だ!魔王であるお前の同胞?冗談じゃない!」
「ふむ…必死に自分を「勇者だ」と納得させることで、心の痛みを押し殺してきたか」

 キンッ!と空間が割れる音と同時に、魔王に雷撃が襲い掛かる。問答無用、ということなのだろうが、魔王はまだ語り足りなかった。

「お疲れのようだな。少し休まんか?」
「うるさいっ!」

 魔王は本心からそう言ったのだが、今度は激しい炎の塊が魔王に向かう。その炎を払ったかと思ったら、炎の中から勇者が現れ切り付ける。魔王は軽くいなすが、それでも、何度も何度も切り付けてきた。

「お前のせいで、俺の故郷や、友達の村、兜を守っていた国、ほかにもいろいろ…お前が殺したんだ!!!お前が、何千、何万人と殺したんだ!!」
「俺が「滅ぼせ」と命令したのは、兜を守っていた国だけだな」
「…は!?嘘吐けっ!!!」
「お前が兜を取れそうに無いから手伝ってやっただけだが…あの国が兜の魔力で守られているなんてウソだ、と証明してやるためにもな」
「助かりたいからって適当な事を……!!」

 勇者が剣を振りかぶったところで、魔王は大きく離れた。

「くっ…ちょこまかと……」
「俺が命令したのは「面倒事を持ってくるな」「お前を殺すな」「兜の国を破壊しろ」これだけだ。お前はなぜ俺を恨む?」
「う…ウソだ…みんな、みんな言ってた…!!みんな、魔王が悪いって…家がなくなったり、家族が殺されたり、全部魔王の仕業だって……!!」
「お前の村は、人間の戦争で山が焼けたために、そこから逃げ出した魔物の群れに襲われたわけだが、それも俺が悪いのか?」
「だ、黙れっ!俺はお前を倒して、みんなと平和な世界を取り戻すんだ!!」

 魔法を連発するも、着弾した場所に魔王はいない。勇者は魔法での攻撃をあきらめ、また剣を振り回し始めた。魔王もそれに併せ、自分の魔力を物質化した剣で応戦する。 

「みんなとは誰の事だ?自分の国から犠牲を出すのが嫌で、報酬でお前を釣った国か?お前が買った食糧を奪い合って殺し合う難民か?世界の命運より、自分可愛さで兜を渡さない国の連中か?馬鹿な女王の言葉を疑いもせず、無実のお前を投獄した人間達か?お前が俺を殺そうと躍起になっているうちに、自分たちが正しいとお互いを殺しあう国家か?」
「そ、それはお前が……」
「もう一つ教えてやろう。お前が心臓をえぐり出したユニコーンはここ数十年、精霊界でのんびり暮らしていた老人だ。まんまと精霊王に使われたな」
「もうしゃべるなぁああああああああああ!!!!!!」

 勇者の叫びが山頂から魔界中に響いた。

――― 2年後


「勇者はついに、精霊王の城までたどり着いたようです。ですが……」

 精霊王の人間嫌いは、魔界では有名な話だった。しかし、人間は自分達に精霊の加護があると信じている。滑稽な話だった。

「で、どんな無理難題を吹っかけてきた?」
「やはり、わかりますか。魔王様はルフェウス将軍を覚えておいででしょうか?」
「確か、ユニコーンの……」

 彼が魔王になってしばらくした頃、引退した将軍だった。現在は精霊界で隠居している。

「内々に、彼を討伐しその心臓を持ってこい、との要求が出たそうです。その見返りとして、勇者の持つオリハルコン製のただ頑丈なだけの剣と月鏡の盾に精霊の加護を付与し、さらには魔界への門の通行も許可すると」
「精霊王がユニコーンを殺すよう命じたのか?」
「はい。魔物のユニコーンなら問題ないのでしょうが、魔王軍の将軍職を務めた者となると、精霊界でもいろいろあるのでしょう」

 ユニコーンは確かに魔物だが、その気性はおとなしく、精霊族にも騎乗等の活用で人気があり、精霊界で生まれるものも多い。稀に精霊界でも、知性を持つ魔族として生まれることもあるが、精霊族との関係は概ね良好だった。ルフェウス将軍も精霊界生まれで「故郷で静かに暮らしたい」というのが、引退前の彼の口癖だった。

「我が軍の功労者をむざむざ殺させるのも忍びないが…何ともならんのか?」
「難しいですね。精霊王は彼の心臓を所望していますから」
「何故、心臓を必要とするのだ?」
「…わかりません」
「関係のない者まで巻き込むのは、人間も精霊も変わらんな……」

 魔王は随分変わった。勇者の動向に一喜一憂するようになったばかりでなく、魔界や魔族のことにも目を向けるようになった。人間のことを知れば知るほど残念な気持ちになったのだが、それは精霊についても同じなのかもしれない。
 勇者はきっと、精霊王の言うとおりルフェウスのもとに行くのだろう。そして、魔物だから、と何の疑いもなく、彼の心臓をえぐり出すのだ。
 魔王はだんだん、勇者が哀れになってきた。彼はいつ、どこで、誰から勇者と呼ばれるようになったのだろう?自分の意思すら持たず、人に言われるがままに勇者の役割を演じ、自分で善悪の判断すらつけられなくなっているように思えた。





 勇者は、精霊界で罪のないユニコーンをこれ以上ない方法で虐殺したとして、精霊王から魔界へ追放された。