――― 1年8ヵ月後
魔族達の報告を通して魔王は、勇者がどういう人物か理解を深めていった。同時に、人間がどういう生き物なのかも分かってきた。卑怯で、愚かで、臆病で、利己的で、非合理的で、他人を信用せず、愛などというものは幻想に過ぎない。人間がが勇者にしてきた事を見ればよく分かった。
なぜ、勇者はこんな人間を救おうとしているのだろう?仮に自分を倒したとしても、人間が平和に暮らせるわけが無い。魔王はそう、確信していた。
「勇者が精霊界の門へ向かう途中、軍事国家のビザン帝国軍から攻撃を受けたようです」
「人間が勇者を襲ったのか?」
「はい…どうやらビザン帝国でも勇者が現れたらしく、他にも、敵対している宗教国家のマハル共和国でも勇者が現れており、お互い、どちらの勇者が正統かを争っているとの事です」
人間にとって、基本的に魔界の生き物とは、単なる畏怖の対象だった。天災のようなものだった。積極的に人間を襲う種族も稀にはいたが、それ以外は「見付けたら喰う」程度で、野生の魔物も危険な野生動物と大差ない。力ある人間は戦い、力ない人間は逃げ、運のない人間は喰われた。
先代魔王の時代は、明らかに敵だった。人間界を滅ぼそうというのであれば、人間も自分を守るために戦うしかない。世界で連合し、軍を整え、策を練って魔族を追い払った。そして、刺客として勇者を魔界に送り込み、魔王を殺すことに成功した。
では、現在はどうか。毒沼採掘の問題があり、先代程ではないが、やはり敵対している。魔界の王たる魔王は人間界共通の敵なのだ。それなのに、人間同士が争い、さらには魔王を殺すための刺客たる勇者を襲う。魔王は勇者が気の毒になってきた。
「勇者は無事なのか?」
「無傷ではありませんが、わりとすぐに決着が付いたようです」
「勝ったか?」
「はい。話になりません。勇者は先発の一個師団を壊滅したあと、そのまま軍本部に強襲、偽勇者とその仲間3人を叩き切ってその場を離れたとのことです」
「ほほう、そうかっ!」
その報告を聞いて、珍しく魔王は感情を表に出して喜んだ。魔王軍でも、それほどのことが出来るのは数名だろう。着実に成長しているのだ。あの時、気まぐれで出した命令が、今や魔王にとって最重要事項となっていた。
「もう、人間の枠を超えているな」
「ビザン帝国はこの事実を隠蔽しようとしているようですが、偽勇者自身がかなり大規模に軍を動かしたようですので、世界中に知れ渡るのは時間の問題かと」
「人間を殺したのは初めてではないか?」
「そのようですね」
「勇者が魔界に着いたら、軍単位で対応せねばなるまいな」
「魔王様…楽しそうですね?」
魔王になって50数年、彼はこんなに楽しい気持ちになったのは初めてだった。
――― 1年5ヵ月後
「して、勇者は今、どうしている?」
最近、魔王は自分から勇者のことを聞くようになった。魔王は毎日、魔界・精霊界・人間界の報告を受けることになっている。その報告の時間のほとんどが人間界、特に勇者についての報告に割かれるようになった。
「現在は、その…ユグリス国王暗殺の疑いで牢に入れられたようです」
「ほう、勇者もついに人間を見限ったか」
「いえ、濡れ衣です。真犯人は女王派のようです。国王の次男の母親にあたります」
人間界でよくある、後継者問題だった。たまたまその日、勇者が王と謁見し、国宝である大地の鎧を譲ってもらえないか願い出ていた。さすがに国宝をその場ではいどうぞと渡すわけにはいかないと、ユグリス国王は大臣達と話し合うため、後日の回答を約束した。暗殺騒ぎが起きたのはその夜の出来事だった。実行犯達は、処刑される際、首謀者は勇者だと言った。
「勇者なら暗殺などせずとも、その場で皆殺しに出来るのだがな…」
「それもあって、怒らせたくないようです。誰も手を出せないらしく、処刑は保留となっています」
「濡れ衣は晴れそうにないのか?」
「難しいですね。どうされますか?」
「しばらく様子を見よう」
数日後、勇者は国外追放となった。その際、大地の鎧は、麻袋いっぱいの宝石と交換ということになった。
――― 1年7ヵ月後
勇者はかなり強くなっていた。魔物どころか、魔族ですら歯が立たなくなってきている。1対1なら将軍クラスにも引けをとらないであろう。魔族達は、適当に痛めつけたら逃げるように心がけていた。
魔物もあまり襲い掛からなくなったため、旅は少し楽になったようだが、最近の勇者はあまり、人間の住む場所に行かなくなっていた。
「勇者はマーゴニア大陸の三日月の塔にて、月鏡の盾を手に入れたようです」
「何だそれは?」
「強度はそれなりにあるようですが、精霊の加護は受けていません。なんでも、太陽の冠・大地の鎧・月鏡の盾を揃えると、精霊界に行けるようになるとか」
「精霊の玉では駄目だったのか?」
精霊界へ行くには鍵が必要で、確かに勇者はそれを持っていた。使い方がわからなかったのだろうか?誰かに教えに行かすべきだったかと、魔王はそう思ったのだが、どうやら違うらしい。
「精霊の玉を取ってすぐ、精霊界の門まで行ったようですが、そこの門番に、門を開けるにはそれらの装備も必要だと言われたようです」
精霊王の人間嫌いも筋金入りだった。
「して、勇者は今、どうしている?」
最近、魔王は自分から勇者のことを聞くようになった。魔王は毎日、魔界・精霊界・人間界の報告を受けることになっている。その報告の時間のほとんどが人間界、特に勇者についての報告に割かれるようになった。
「現在は、その…ユグリス国王暗殺の疑いで牢に入れられたようです」
「ほう、勇者もついに人間を見限ったか」
「いえ、濡れ衣です。真犯人は女王派のようです。国王の次男の母親にあたります」
人間界でよくある、後継者問題だった。たまたまその日、勇者が王と謁見し、国宝である大地の鎧を譲ってもらえないか願い出ていた。さすがに国宝をその場ではいどうぞと渡すわけにはいかないと、ユグリス国王は大臣達と話し合うため、後日の回答を約束した。暗殺騒ぎが起きたのはその夜の出来事だった。実行犯達は、処刑される際、首謀者は勇者だと言った。
「勇者なら暗殺などせずとも、その場で皆殺しに出来るのだがな…」
「それもあって、怒らせたくないようです。誰も手を出せないらしく、処刑は保留となっています」
「濡れ衣は晴れそうにないのか?」
「難しいですね。どうされますか?」
「しばらく様子を見よう」
数日後、勇者は国外追放となった。その際、大地の鎧は、麻袋いっぱいの宝石と交換ということになった。
――― 1年7ヵ月後
勇者はかなり強くなっていた。魔物どころか、魔族ですら歯が立たなくなってきている。1対1なら将軍クラスにも引けをとらないであろう。魔族達は、適当に痛めつけたら逃げるように心がけていた。
魔物もあまり襲い掛からなくなったため、旅は少し楽になったようだが、最近の勇者はあまり、人間の住む場所に行かなくなっていた。
「勇者はマーゴニア大陸の三日月の塔にて、月鏡の盾を手に入れたようです」
「何だそれは?」
「強度はそれなりにあるようですが、精霊の加護は受けていません。なんでも、太陽の冠・大地の鎧・月鏡の盾を揃えると、精霊界に行けるようになるとか」
「精霊の玉では駄目だったのか?」
精霊界へ行くには鍵が必要で、確かに勇者はそれを持っていた。使い方がわからなかったのだろうか?誰かに教えに行かすべきだったかと、魔王はそう思ったのだが、どうやら違うらしい。
「精霊の玉を取ってすぐ、精霊界の門まで行ったようですが、そこの門番に、門を開けるにはそれらの装備も必要だと言われたようです」
精霊王の人間嫌いも筋金入りだった。
――― 1年3ヶ月後
「現在は砂漠の大陸、オルグニアのファリス王国にいるようです」
おおよそ人が住めるところではないが、大陸全土で宝石が取れるため、国は潤っていた。魔族たちは宝石のことを「色付きの石」と呼んでおり、ただそれだけで特に価値のないものとみていた。
「石が必要なのか?」
「いえ、太陽の冠と呼ばれる、精霊の加護を受けた兜があるようです」
「…今度は本物か?」
「はい、報告によれば。ですが、現地の人間が、これがないと魔物の侵略を許す、とかで渡す気がないようです」
「精霊の加護にそんな力があったか?」
「多少はあるかもしれませんが…身に着けた者を守る程度でしょう。あの大陸は暑いので魔物が住みたがらないだけです。まぁ、動物もほとんどいませんが。唯一あるオアシスは、人間が高い城壁で囲っていますし」
人間達はいったい、何を考えているのだろう?本当に自分を殺す気があるのだろうか?本当に勇者は期待されているのだろうか?ここのとこ魔王は、そんなことばかり考えていた。
「勇者はそれを奪い取る気はないのだな……」
「ファリスの王は、兜は渡せないが旅の路銀になるならと、麻袋いっぱいの色付きの石を餞別に渡したとか。人間にとっては、かなり価値のあるものです。勇者はそれを受け取って、近々国を出る気でいるようです」
魔王は少し感心した。一応、協力するふりはするのだ。わが身可愛さに本当に必要な協力は拒み、どうでもいい協力は惜しまない。そして、自分達は勇者に協力した、と胸を張るのだろう。間違った情報をもとに、自分達は安全だと信じているから始末に終えない。
「ふむ、勇者も苦労しているようだ。たまには俺も手助けしてやろう」
「どうされますか?」
魔王はおもむろに立ち上がると、あたりを見渡した。側近が3名、その後ろに将軍職が10数名。その内のほとんどは今回の報告に帰って来た人間界の採掘所担当だが、まぁ十分だろう。
「人間界の任務がある者は戻れ。バンツァー、ユグリナンド、クミヌは、それぞれの軍を率いてファリス王国を攻めよ。勇者は適度に痛めつけるだけで絶対に殺すな。それ以外は皆殺しでいい。城壁や建物も徹底的に破壊せよ。太陽の冠とやらは、壊さない程度にな」
「少々過剰なのでは……?」
「かまわん。そのかわりすぐに終わらせろ。周辺に魔物がいないのなら魔界から連れて行け」
珍しく破壊的な命令に、3将軍は早速準備に取り掛かった。魔王は、自分自身が早く勇者に会いたがっていることを自覚した。そう、勇者の、人間界のペースに合わせていたら、いつまでたっても自分の下にたどり着かない、そう思ったのだ。
こうして、ファリス王国は一夜のうちに滅んだ。光り輝く太陽の冠以外、何も残らなかったという。
「現在は砂漠の大陸、オルグニアのファリス王国にいるようです」
おおよそ人が住めるところではないが、大陸全土で宝石が取れるため、国は潤っていた。魔族たちは宝石のことを「色付きの石」と呼んでおり、ただそれだけで特に価値のないものとみていた。
「石が必要なのか?」
「いえ、太陽の冠と呼ばれる、精霊の加護を受けた兜があるようです」
「…今度は本物か?」
「はい、報告によれば。ですが、現地の人間が、これがないと魔物の侵略を許す、とかで渡す気がないようです」
「精霊の加護にそんな力があったか?」
「多少はあるかもしれませんが…身に着けた者を守る程度でしょう。あの大陸は暑いので魔物が住みたがらないだけです。まぁ、動物もほとんどいませんが。唯一あるオアシスは、人間が高い城壁で囲っていますし」
人間達はいったい、何を考えているのだろう?本当に自分を殺す気があるのだろうか?本当に勇者は期待されているのだろうか?ここのとこ魔王は、そんなことばかり考えていた。
「勇者はそれを奪い取る気はないのだな……」
「ファリスの王は、兜は渡せないが旅の路銀になるならと、麻袋いっぱいの色付きの石を餞別に渡したとか。人間にとっては、かなり価値のあるものです。勇者はそれを受け取って、近々国を出る気でいるようです」
魔王は少し感心した。一応、協力するふりはするのだ。わが身可愛さに本当に必要な協力は拒み、どうでもいい協力は惜しまない。そして、自分達は勇者に協力した、と胸を張るのだろう。間違った情報をもとに、自分達は安全だと信じているから始末に終えない。
「ふむ、勇者も苦労しているようだ。たまには俺も手助けしてやろう」
「どうされますか?」
魔王はおもむろに立ち上がると、あたりを見渡した。側近が3名、その後ろに将軍職が10数名。その内のほとんどは今回の報告に帰って来た人間界の採掘所担当だが、まぁ十分だろう。
「人間界の任務がある者は戻れ。バンツァー、ユグリナンド、クミヌは、それぞれの軍を率いてファリス王国を攻めよ。勇者は適度に痛めつけるだけで絶対に殺すな。それ以外は皆殺しでいい。城壁や建物も徹底的に破壊せよ。太陽の冠とやらは、壊さない程度にな」
「少々過剰なのでは……?」
「かまわん。そのかわりすぐに終わらせろ。周辺に魔物がいないのなら魔界から連れて行け」
珍しく破壊的な命令に、3将軍は早速準備に取り掛かった。魔王は、自分自身が早く勇者に会いたがっていることを自覚した。そう、勇者の、人間界のペースに合わせていたら、いつまでたっても自分の下にたどり着かない、そう思ったのだ。
こうして、ファリス王国は一夜のうちに滅んだ。光り輝く太陽の冠以外、何も残らなかったという。