――― 1年後
「勇者は「破邪の剣」を手に入れるために、サイラント大陸北のカノープ島へ向かうようです」
「なんだ、その剣は?強いのか?」
精霊の加護を受けた武具というのは確かにある。しかしそれらは、過去数千年の歴史の中で、精霊王が人間のために作らせた武具で、全世界でも幾つかしかない。魔王は何故か、そのすべてを知識として知っている。が、「破邪の剣」に心当たりはなかった。
「わかりません。何でも、邪悪なものを切り裂く剣であると」
「聞いたことがないな。そもそも「ジャアクナモノ」とは何だ」
「それもよくわかりません。北サイラント地方では有名な話のようで、勇者はその情報と渡し船を得るために、金貨10万枚分の食料を自費で買い付けたようです」
「…食料だと?」
魔王が人間について最も理解できないのは、人間同士で戦争をすることだった。魔族に争いがないわけではない。しかし、それらは個人間の問題で、種族間や地域間での戦争はない。
それでも「自分の領地が狭くなったから広げるために」とか、「人口が増えて食料が足りなくなったから」といった理由ならまだいい。彼らは「信じている神様が違う」などという、わけのわからない理由で戦争をするのだ。北サイラント地方は戦乱続きで、難民同士ですら、食料を奪い合っていた。
「人間には「アイ」があると聞いたが、お互いをアイで助け合わないのか?」
「その「アイ」というものは、私は初耳ですが…勇者は買い付けた食料と引き換えに、カノープ島にある「勇者の墓」に「破邪の剣」がある、という情報を得たようです」
「ん?そんなところに勇者の墓はないが…」
「ご存知なのですか?」
魔王も言ってから首をかしげた。魔王は城から出ることはできない。それは間違いない。ならば城の外、ましてや人間界の小さな島のことなど知る由もない。だが、なぜかそこに勇者の墓がないことだけは断言できた。
「まぁ、いい。で、その剣はあるのか?」
「ヤミール兵士長の隊に偵察に向かわせたところ、墓らしき岩に、ボロボロの錆びた剣が刺さっていたようです」
「それが破邪の剣か?」
「おそらく。しかしながら、錆を少しだけ採取して分析したところ、人間界で一般的な兵士が持つ、鋼で出来た剣であることがわかりました」
勇者はどうやら騙されたらしい。そして、ここ数ヶ月、全く無意味な行動をとることとなったのだ。損害もかなり大きい。
魔王の知っているアイとは、お互いに助け合うというような意味だった。実際は自分の欲しいものを手に入れる行為なのだろうか。
人間は、同じ人間を騙してでも生き延びようとするらしい。魔族や魔物は、最悪食料を食べなくても、魔王さえ健在なら死ぬことはない。しかし、人間は違う。食べなければ生きていけないのだ。その生命力のなさが、かえって怖いところなのかもしれない。
魔王はこの勇者のことが気になって仕方がなくなっていた。なぜ?どうして?非合理的だ、無意味だ、それでも勇者はやるのだ。それが「アイ」というものなら、いったい勇者は何を手に入れようとしているのだろう。
魔王自身にとって一番大事なのは、自分が静かに生活することだった。魔界の事、魔族や魔物のこともどうでもよかったが、人間界についてなど輪をかけてどうでもよかった。それでも彼の側近達は今まで以上に律儀に報告するようになった。
「現在、勇者はサルカッドの町から民間船でアスト大陸に向かっています」
「勇者は7年前に野生の魔物の群れに襲われて壊滅したリーグル村の生き残りとの事です」
報告しろという命令は一度も出したことはなかった。だが、報告するなとも言ったことはなかった。そう命令してもよかったのだが、城から出ることのできない魔王にとって、これらの報告は唯一の外界とのつながりなのだ。
「最近では、アスト大陸の野生の魔物では歯が立たなくなっているようです」
「第4採掘所のゴルオン将軍がやられました。現場は壊滅状態ですが、そのままでは広範囲にわたり毒沼化してしまう恐れがありますので、勇者が離れ次第、バリー将軍を向かわせます」
ほんの気まぐれな命令で倍以上に膨れ上がった報告を、今日もまた、うんざりしながら聞いていた。
――― 3ヵ月後
「現在、勇者は精霊の玉を手に入れるために、グラダ霊峰麓の第12採掘所に向かっているようです。ホングレイ将軍には、勇者を適度に痛めつけて、その後、適度にやられつつ逃げるように伝えてあります」
精霊の玉は、人間界から精霊界へ通じる門の鍵となる。人間界から魔界へ通じる門もあるのだが、そこは、もの凄い数の人間界にいる野生の魔物達が、魔界から漏れてくる魔力に誘われて集まっているため、人間には通ることが難しい。たとえ通れたとしても無事ではすまないため、現実的ではないのだ。比べて、精霊界には魔物は少ない。勇者は精霊界経由で魔界に行くつもりだった。
「ホングレイは、その「精霊の玉」とやらを所持しているのか?」
「いえ、精霊の玉はグランダール王国の国宝です」
「それならば、勇者はグランダールの王から貰えばよいではないか」
「交換条件というやつでしょうか。何かをしたら何かを得られる、人間はそういったルールを好むようです」
そもそも、勇者は全ての人間の敵である自分を殺すために旅をしている。それと国宝を渡すことでは、交換条件にならないのだろうか?魔王には意味がわからなかった。
「では、その玉はその国にとって、なくてはならない物なのか?」
「精霊界に行くための鍵は他にもありますし、持っていたとしてもあの精霊王が人間を迎え入れるとは思えません。勇者なら別かもしれませんが」
「…それなのにホングレイを殺すのか。ますます意味がわからん」
「将軍は帰還魔法が使えますので、殺されることはないかと」
「…そうか」
魔王には人間達の考えていることが全く理解できなかった。
「現在、勇者はサルカッドの町から民間船でアスト大陸に向かっています」
「勇者は7年前に野生の魔物の群れに襲われて壊滅したリーグル村の生き残りとの事です」
報告しろという命令は一度も出したことはなかった。だが、報告するなとも言ったことはなかった。そう命令してもよかったのだが、城から出ることのできない魔王にとって、これらの報告は唯一の外界とのつながりなのだ。
「最近では、アスト大陸の野生の魔物では歯が立たなくなっているようです」
「第4採掘所のゴルオン将軍がやられました。現場は壊滅状態ですが、そのままでは広範囲にわたり毒沼化してしまう恐れがありますので、勇者が離れ次第、バリー将軍を向かわせます」
ほんの気まぐれな命令で倍以上に膨れ上がった報告を、今日もまた、うんざりしながら聞いていた。
――― 3ヵ月後
「現在、勇者は精霊の玉を手に入れるために、グラダ霊峰麓の第12採掘所に向かっているようです。ホングレイ将軍には、勇者を適度に痛めつけて、その後、適度にやられつつ逃げるように伝えてあります」
精霊の玉は、人間界から精霊界へ通じる門の鍵となる。人間界から魔界へ通じる門もあるのだが、そこは、もの凄い数の人間界にいる野生の魔物達が、魔界から漏れてくる魔力に誘われて集まっているため、人間には通ることが難しい。たとえ通れたとしても無事ではすまないため、現実的ではないのだ。比べて、精霊界には魔物は少ない。勇者は精霊界経由で魔界に行くつもりだった。
「ホングレイは、その「精霊の玉」とやらを所持しているのか?」
「いえ、精霊の玉はグランダール王国の国宝です」
「それならば、勇者はグランダールの王から貰えばよいではないか」
「交換条件というやつでしょうか。何かをしたら何かを得られる、人間はそういったルールを好むようです」
そもそも、勇者は全ての人間の敵である自分を殺すために旅をしている。それと国宝を渡すことでは、交換条件にならないのだろうか?魔王には意味がわからなかった。
「では、その玉はその国にとって、なくてはならない物なのか?」
「精霊界に行くための鍵は他にもありますし、持っていたとしてもあの精霊王が人間を迎え入れるとは思えません。勇者なら別かもしれませんが」
「…それなのにホングレイを殺すのか。ますます意味がわからん」
「将軍は帰還魔法が使えますので、殺されることはないかと」
「…そうか」
魔王には人間達の考えていることが全く理解できなかった。
「ユウシャというのはなんだ?」
なんとなく聞き覚えのある、しかも胸の奥に突き刺さる感じがする単語だった。
「はっ、それが、その……魔王様を打ち滅ぼすために人間界で選ばれた刺客のようなものであります」
いつになく歯切れが悪いのは、言いにくい事だからなのか、あるいは魔王からの質問が珍しかったからかもしれない。
「強いのか?」
「か、確認された勇者についてはまだわかりません。ですが……」
「何だ?」
「その…先代の魔王様は、勇者との戦いにて命を落としております」
「…そうか」
魔王は強い。実際に誰かと戦ったことがあるわけではない。しかし、何故だかわからないが強いということは知っていた。魔族が百人束になってもかなわないだろう。魔王というのは魔力の溢れ出る泉のような存在で、魔族や魔物に限らず、人間たちの使う魔法や魔法の道具も、魔王の影響を受けている。もし魔王がいなくなれば、数年のうちには精霊界、人間界から魔法も魔族も魔物もいなくなってしまうし、魔界そのものもなくなってしまう。それならいっそのこと、自我を持つ「魔王」ではなく、ただの泉か、あるいは石像のような何かにしてくれればよかったのにと、彼は常々そう思っていた。
しかし、その「魔王」という存在を倒すほどの「ユウシャ」とはいったいどういう存在なのだろうか。確かに、魔力と相反する精霊の加護を受けた武器があれば、人間でも自分に傷をつけることぐらいは可能かもしれない。しかし、何故だかわからないが、精霊王は人間が嫌いなのだ。あれが人間に協力するとは思えないが、いや、もしかすると「ユウシャ」だけは違うのかもしれない。
そんなことを考えていた魔王は、ついこんな命令をしてしまった。
「そのユウシャとやらを殺すな」
驚いたのは側近の魔族たちだった。
「その…魔王様。い…今のうちに始末しておいた方がよろしいのでは……」
「今なら始末できるのか?」
「人間は「成長」をすることで強くなると聞いております。勇者になったばかりであれば可能かもしれません」
「ならばそのユウシャを「セイチョウ」させよ。人間はおろか、魔族ですら太刀打ち出来ないほどにな。絶対に殺すな」
「な、なんとおっしゃ……」
「くどいっ!」
ゴウッという音とともに、一人の側近が炎に包まれ、そして消えた。
「貴様らも聞いていたな?ユウシャをセイチョウさせろ、殺すな。異論のある者は前に出ろ。殺してやる。希望は太く強いほど、折れた時に絶望するのだ。人はおろか、魔族、精霊にすら「ユウシャこそは最強である」と知らしめろ。俺がユウシャの首をいともたやすく引きちぎり、その血を啜ってくれる。人間どもは恐怖で震え上がり抵抗する気力すら失うだろう。後はお前らの好きにするがいい。奪い、殺し、血をすすり、望むままに行動しろ。そのためのお膳立てを俺がしてやるのだ。一切の反論は許さん」
ほんの出来心だった。確かに少しだけ興味をもったのだが、言い終わったとたんに、魔王にとってはどうでもよいことになっていた。
「さすがは魔王様です!」
「魔王様万歳!」
「魔王軍万歳!」
その場にいた魔族達が口々に褒め称える。面倒なことになった、と、魔王は少しだけ後悔した。
なんとなく聞き覚えのある、しかも胸の奥に突き刺さる感じがする単語だった。
「はっ、それが、その……魔王様を打ち滅ぼすために人間界で選ばれた刺客のようなものであります」
いつになく歯切れが悪いのは、言いにくい事だからなのか、あるいは魔王からの質問が珍しかったからかもしれない。
「強いのか?」
「か、確認された勇者についてはまだわかりません。ですが……」
「何だ?」
「その…先代の魔王様は、勇者との戦いにて命を落としております」
「…そうか」
魔王は強い。実際に誰かと戦ったことがあるわけではない。しかし、何故だかわからないが強いということは知っていた。魔族が百人束になってもかなわないだろう。魔王というのは魔力の溢れ出る泉のような存在で、魔族や魔物に限らず、人間たちの使う魔法や魔法の道具も、魔王の影響を受けている。もし魔王がいなくなれば、数年のうちには精霊界、人間界から魔法も魔族も魔物もいなくなってしまうし、魔界そのものもなくなってしまう。それならいっそのこと、自我を持つ「魔王」ではなく、ただの泉か、あるいは石像のような何かにしてくれればよかったのにと、彼は常々そう思っていた。
しかし、その「魔王」という存在を倒すほどの「ユウシャ」とはいったいどういう存在なのだろうか。確かに、魔力と相反する精霊の加護を受けた武器があれば、人間でも自分に傷をつけることぐらいは可能かもしれない。しかし、何故だかわからないが、精霊王は人間が嫌いなのだ。あれが人間に協力するとは思えないが、いや、もしかすると「ユウシャ」だけは違うのかもしれない。
そんなことを考えていた魔王は、ついこんな命令をしてしまった。
「そのユウシャとやらを殺すな」
驚いたのは側近の魔族たちだった。
「その…魔王様。い…今のうちに始末しておいた方がよろしいのでは……」
「今なら始末できるのか?」
「人間は「成長」をすることで強くなると聞いております。勇者になったばかりであれば可能かもしれません」
「ならばそのユウシャを「セイチョウ」させよ。人間はおろか、魔族ですら太刀打ち出来ないほどにな。絶対に殺すな」
「な、なんとおっしゃ……」
「くどいっ!」
ゴウッという音とともに、一人の側近が炎に包まれ、そして消えた。
「貴様らも聞いていたな?ユウシャをセイチョウさせろ、殺すな。異論のある者は前に出ろ。殺してやる。希望は太く強いほど、折れた時に絶望するのだ。人はおろか、魔族、精霊にすら「ユウシャこそは最強である」と知らしめろ。俺がユウシャの首をいともたやすく引きちぎり、その血を啜ってくれる。人間どもは恐怖で震え上がり抵抗する気力すら失うだろう。後はお前らの好きにするがいい。奪い、殺し、血をすすり、望むままに行動しろ。そのためのお膳立てを俺がしてやるのだ。一切の反論は許さん」
ほんの出来心だった。確かに少しだけ興味をもったのだが、言い終わったとたんに、魔王にとってはどうでもよいことになっていた。
「さすがは魔王様です!」
「魔王様万歳!」
「魔王軍万歳!」
その場にいた魔族達が口々に褒め称える。面倒なことになった、と、魔王は少しだけ後悔した。