どぅばの倉庫 -5ページ目

どぅばの倉庫

煩悩廃棄物倉庫

 山の頂上付近から明かりが漏れていた。魔界の中心に位置する最高峰の岩山。その山頂には魔王が住んでおり、魔族たちは山をくりぬいて城として使っている。明かりの出所は魔王の居住部分の階下、謁見の広間からだった。

「以上で精霊界の報告を終わります」

 通常、魔界には光はない。火を焚くか、あるいは魔法によって光を作り出す。魔界に住む者たちは光を必要としないし、明るいからといって困ることもない。実際、魔王もそうなのだが、彼だけは活動する際、明るいことを好んでいた。

「続きまして、人間界の報告です」

 魔界・精霊界・人間界は、全く別の異世界なのだが、それぞれが微妙に重なっていて、そのため無関係ではいられない。生物や物資の行き来も可能で、異世界の物資や技術には重宝される物もある。
 彼が魔王として君臨して50年程度。30年程前に人間界で、古代の生物の死骸が地下で熟成された液体が発見され、魔界の食糧事情は大きく改善された。しかし、人間にとっては毒で、その液体を採掘することで周囲が毒沼と化してしまう。魔族と人間との間で争いが続いていた。

「アスト大陸の第7採掘所予定地付近のロキの村と呼ばれる集落について、立ち退きが完了しました。反抗勢力はほとんど殺しましたが、それでも村人の半数以上は無事、移転先での生活を始めています」
「…そうか」

 興味なさそうに魔王が答える。実際、彼には興味がなかった。すべての魔族が自分に膝を付き、頭を垂れる。その状況にうんざりしていた。そもそも彼は、なぜ自分が魔王なのかを知らない。魔王になる前は何だったのか、それとも生まれたときから魔王だったのか、それすらわからない。気が付いたら魔王だったのだ。

 彼の前の魔王は、人間世界を滅ぼそうとしていた。酷く人間を嫌っていて、魔族達にはすべての人間を殺すように命令していた。征服しようとしていたわけではなく、ただ壊そうとしていたのだ。魔王になったばかりの頃、その話を聞いた彼は、それなら自分は壊すのではなく、征服して自分のものにしてしまおうと考えた。この暗闇の世界から飛び出して、光のある人間世界で暮らそうと思ったのだ。

「魔王様はこの城から出ることはできません。すべての魔族や魔物たちの魔力の源である魔王様が、それほどの大きな力が移動してしまうと、世界の均衡が崩れ、崩壊してしまいます」

 側近の言葉は、いともたやすく魔王の望みを打ち砕いた。

「適当に自分達で考えて好き勝手やれ。面倒事を俺に持ってくるな」

 結局魔王が自発的に取った行動は、このたった一つの命令と、八つ当たりで側近一人を殺したことぐらいで、後はその他の側近達が適当にこなしていた。満足をしているわけではないが、こうやって静かに暮らすことにそれほどの不満はない。頼んでもいないのに逐一報告を受けることにうんざりはしていたが……

 そんな魔王にある日、少しだけ興味を引く報告が入った。人間界に「勇者」と呼ばれる人物が現れたとのことだった。

 時がすぎて、おじさんの畑では、たくさんの作物がとれました。それほど大きくはないけれど、ずっしりと重くてみずみずしくて、おどろくほどおいしい野菜でした。少年が、ふとまわりを見渡すと、そこはやっぱり岩がごろごろしていて、何もないあれ地でした。少年にはそれが、とてもふしぎなことに思えました。

 
 おじさんの畑に野菜ができるようになっても、少年の場所はあいかわらずあれ地のままでした。その日、少年ががいつものようにそこにクワをふりおろしていると、おじさんの小屋にお客さんが来ました。


「誰?」


 帰っていくお客さんを見送ってるおじさんに、少年は聞きました。


「町の人。ここに畑作っちゃいけないんだってさ」
「えっ」
「いや、別に出ていけっていうんじゃなくて、しようりょうを町にはらってくれって」
「ただでいいんじゃなかったの」
「うん、そう聞いてたんだけど・・・」


 何もないあれ地ならどうしようと勝手でも、作物がたくさんとれる畑だとそうはいかないのかもしれません。でもここは、本当なら畑になんてならないはずのあれ地でした。


「しょうがないよ」


 おじさんは少し、寂しそうに笑いました。


「お金はらうの?」
「いや、ここを出ていこうと思ってる」


 少年は言葉につまりました。


「最近はここの畑を売ってくれという人も多いからね。色々めんどうになりそうだし、ここを売って別のところに行って、そこでまた畑を作ることにするよ」


 少年は、おじさんに初めて会った時のことを思い出しました。あの時おじさんは、今までにも何度かこういうところを畑にしたことがある、と言っていました。きっと、そのたびにこうやって、だれかにゆずってきたのです。

 いっしょに行きたい。とつぜん、そんな思いがこみ上げてきました。どこに行っても、どんなにあれた土地でも、おじさんが行けばそこは畑になり、作物がとれるのです。それは世の中で一番すごいことのように思えました。

 でも、行けるわけはありません。少年はまだ、ここにある自分の場所を畑にすることすらできていないのです。


 旅立つおじさんの荷物は、ほんの少しでした。


「道具はやるよ。元気で」


 そう言われて、少年は小さくうなづきました。


 おじさんが畑にした場所は、今は別の人のものだけど、今も変わらずたくさんの作物が取れます。少しはなれたところにある少年の場所は、少しずつ畑にはなり始めました。でも、まだほとんど作物はできません。いつか。いつか。そう思いながら、少年は今日もたがやしています。


 あれ地が続くちへいせんに向かって、だんだん小さくなっていったおじさんの後ろ姿を、少年は今でもよく思い出します。どこか遠い、少年の知らない、ここと同じようにあれはてたその土地にも、みずみずしい野菜がとれる畑がぽつんとあるのでしょうか。そう思うと、少年はなぜか、泣きたいような気持ちになります。いつか。いつか。そう思いながら、少年は自分の畑をたがやすのです。


 とある町から、少しはなれたところに広いあれ地がありました。岩がごろごろしていて本当に何もない、遠くに行く人や、遠くから来る人がたまに通るだけの場所でした。少年はそこが好きでした。小さい頃から少しも変わらない、何もない場所。ただ一つ、背の高い岩があって、ときどきその上ですわったり、ねっころがったりしていました。


 ある日、少年がいつものように岩にのぼると、いつもとちがうのに気がつきました。何もない、誰もいないはずなのに、いつのまにか小さな小屋がたっています。ふしぎに思ってしばらく見ていると、中から大きなおじさんが出てきました。おじさんは、少しうろうろしたあと、小屋からクワを出してきて地面をたがやし始めました。

 少年は岩からおりて、おじさんに近づきました。


「何やってんの?」


 少年は聞きました。


「ん? いや、畑を作るんだ。ここなら町から近いし、ただでいいらしいから」
「こんなとこ、畑になんかならないよ」
「なるさ。大丈夫だよ」


 おじさんは手を休めずに言いました。クワは速く、力強く、でもおじさんはのんびりとした表情で、それがどこかちぐはぐでした。


「大丈夫って・・・」
「今までにも何度か、こういうところを畑にしたことがあるからね」


 おじさんはそう答えました。


 それからしばらく、少年はたびたびおじさんをたずねました。しだいに、おじさんが言っていたことはうそではない、と思うようになりました。おじさんの手でほりおこされて、こやしを入れられたあれ地は、たしかに畑に変わっていきました。まるで、魔法のようでした。


「いい土地だよ、ここは」


 おじさんは楽しそうに言います。


「きっとたくさん、しゅうかくできる」

 
 岩の上にのぼると、あれ地の中、くっきりと線を引いたように、ちがう地面ができました。まるで、死んでいた地面がそこだけ生き返ったようでした。小さい頃からここを見てきた少年には、ちょっとしんじられないことでした。


「あのさ・・・。ぼくにも畑、作れるかな」
「さあ。道具だったらほら、そこにあるの使っていいよ」


 少年は自分の場所を決め、クワをふりおろしました。カチカチの地面にはクワの跡すらつきません。どんなにがんばっても、地面は何もかわらないまま、次の日には体中が痛くなりました。