「以上で精霊界の報告を終わります」
通常、魔界には光はない。火を焚くか、あるいは魔法によって光を作り出す。魔界に住む者たちは光を必要としないし、明るいからといって困ることもない。実際、魔王もそうなのだが、彼だけは活動する際、明るいことを好んでいた。
「続きまして、人間界の報告です」
魔界・精霊界・人間界は、全く別の異世界なのだが、それぞれが微妙に重なっていて、そのため無関係ではいられない。生物や物資の行き来も可能で、異世界の物資や技術には重宝される物もある。
彼が魔王として君臨して50年程度。30年程前に人間界で、古代の生物の死骸が地下で熟成された液体が発見され、魔界の食糧事情は大きく改善された。しかし、人間にとっては毒で、その液体を採掘することで周囲が毒沼と化してしまう。魔族と人間との間で争いが続いていた。
「アスト大陸の第7採掘所予定地付近のロキの村と呼ばれる集落について、立ち退きが完了しました。反抗勢力はほとんど殺しましたが、それでも村人の半数以上は無事、移転先での生活を始めています」
「…そうか」
興味なさそうに魔王が答える。実際、彼には興味がなかった。すべての魔族が自分に膝を付き、頭を垂れる。その状況にうんざりしていた。そもそも彼は、なぜ自分が魔王なのかを知らない。魔王になる前は何だったのか、それとも生まれたときから魔王だったのか、それすらわからない。気が付いたら魔王だったのだ。
彼の前の魔王は、人間世界を滅ぼそうとしていた。酷く人間を嫌っていて、魔族達にはすべての人間を殺すように命令していた。征服しようとしていたわけではなく、ただ壊そうとしていたのだ。魔王になったばかりの頃、その話を聞いた彼は、それなら自分は壊すのではなく、征服して自分のものにしてしまおうと考えた。この暗闇の世界から飛び出して、光のある人間世界で暮らそうと思ったのだ。
「魔王様はこの城から出ることはできません。すべての魔族や魔物たちの魔力の源である魔王様が、それほどの大きな力が移動してしまうと、世界の均衡が崩れ、崩壊してしまいます」
側近の言葉は、いともたやすく魔王の望みを打ち砕いた。
「適当に自分達で考えて好き勝手やれ。面倒事を俺に持ってくるな」
結局魔王が自発的に取った行動は、このたった一つの命令と、八つ当たりで側近一人を殺したことぐらいで、後はその他の側近達が適当にこなしていた。満足をしているわけではないが、こうやって静かに暮らすことにそれほどの不満はない。頼んでもいないのに逐一報告を受けることにうんざりはしていたが……
そんな魔王にある日、少しだけ興味を引く報告が入った。人間界に「勇者」と呼ばれる人物が現れたとのことだった。