どぅばの倉庫 -6ページ目

どぅばの倉庫

煩悩廃棄物倉庫

「はい・・・あ、いえ、休暇は確かに取ってるんです。ただ、どうしても連絡が取りたくて・・・はぁ、朝から・・・行き先とかは・・・そうですか。わかりました。ありがとうございます。帰宅されたら、私に電話するよう伝えて頂けますか?遅くなっても構いませんので・・・はい、よろしくお願いします」




「坂本、どうだった?山田と連絡は取れたか?」


「駄目ですね。携帯がつながりません。今は自宅にかけてみたんですが、妹さんしかいませんでした」


「休暇中に電話するのは気が引けるが、これはちょっとな・・・山田に聞いてみないと対処できない。しかし、つかまらないのか」


「土日も働き詰めが普通、なんて人ですからね。たまには休ませてあげたいという気持ちもあるんですが・・・」


「とりあえず、俺は先方に行って、状況を確認してくる。お前はここを頼むよ」


「はい。私はもう少し山田さんを捜してみます」


「ん、それは構わんが。あてはあるのか?」


「山田さんの親友という方に面識があるんで、連絡先を探してみます。休日なら一緒にいるかもしれません」


「そうか、解った。向こうに着いたら連絡する。できるものなら山田抜きで片付けたいしな」


「そうですね。よろしくお願いします」
















「はい、もしもし、は・・・? あぁ、雄介の職場の・・・いや、ここには来てないよ。うん、知らないなぁ・・・わかった、会ったら伝えておくよ」






幼馴染である、親友、山田雄介の職場の後輩からの電話だった。雄介と連絡が取りたいらしい。


小さい頃から「末は博士か大臣か」と言われるくらい優秀で、なおかつお人よしで面倒見のいい雄介には、僕もずいぶん世話になった。いや、現在進行形で世話になってるか。もう、仕事やめて二ヶ月経つし。


その雄介だが、今どこにいるかというと・・・






「ん?もしかして俺に電話だったのか?」






僕の部屋でゴロゴロしていた。






「あぁ、前に飲んだときお前が連れてきた坂本って後輩から。なんかトラブルみたいだった。会社に電話してほしいって言って」


「そりゃー大変だー」






棒読みかよ。珍しく他人事のような反応だ。何かあったのか?






「今日はお前、携帯鳴ってもずっと出てないじゃん。だから一応、いないことにしといた。良かったか?」


「あぁ、悪いな」


「平日の昼間に僕の家でだらだらしてていいのかい?」


「お前が言うな。ハロワ行けハロワ。俺は有給だ。なにもしないってのも、たまにはいいもんだな」


「みんながむしゃらに働きすぎなんだよ。もっと欧米や僕を見習うべきだ」


「年間休日の格差は、笑えないのを通り越して笑えるな。でもお前は働け。まず、仕事を探せ。あと嫁も探せ」






前の仕事も雄介が一緒に探してくれた。仕事についてのアドバイスをしてもらったこともある。そこを辞めてしまったあとも、愛想を尽かさずこうやって気にかけてくれる。本当にお人よしだ。


そんな雄介も、唯一、金だけは貸してくれない。いや「ちょっと小銭が無かった」程度ならもちろん貸してくれるし、それくらい返さなくてもいいと言ってくれる。だが、「今月食費が足りそうにない」と相談したことがあるのだが、まさか食材を持って家にきてくれるとは思わなかった。その後、その食材で食いつなげるように、しっかり料理まで教えてくれたのだ。うちの冷蔵庫には、雄介の手書き簡単レシピがたくさん貼り付けてある。「金は貸さない。力と知恵は貸す」というのが雄介のモットーらしい。ちなみに雄介にも嫁はいない。






「明日・・・は寒そうだから来週、いや来週もまだ寒いか。来年になったら本気出すよ」


「俺の家で同じこと言ったら蹴るからな。今日はお前の家だから自重しておくが」


「そういえば最近、雄介の家に行ってないな。恵ちゃんは元気かい?」


「恵なら、大学が冬休みでずっと家にいるよ。だからなんとなく、俺の居場所がなくなる。レポートだなんだと、手伝わされるしな。ってか恵はお前にはやらんぞ」






いや、そんなつもりはなかったが。まぁ、それほど悪い話でもないな。雄介をお義兄さんと呼ぶのは遠慮したいところではあるが、いよいよとなったらそれもアリかもしれない。しかし、僕がいよいよなる頃には、もう恵ちゃんが嫁にいってるかも・・・うむむ・・・






「なに考え込んでやがる。俺はいい考えを言ったつもりはないからな。とりあえず仕事探せ」


「ぐうの音も出ないね。まぁ、それはいいとして、社会人として働いてる雄介は会社に連絡しないのかい?」


「なんで?」


「なんでって・・・坂本君は困ってたみたいだが」


「俺は休日だろ」






それはそうなんだが。いいのか?おい、その「なにが?」って顔やめろ。なんだそのキャラは。お前のそんな顔初めて見たぞ。話し辛い・・・






「悪い悪い。ちょっとふざけてみただけだ。そんな顔すんなって」


「いや、それは僕が言いたかった。さっきのお前の顔の方がありえん」


「でも、そんなに変か?いや、顔じゃなくてな。たまの休みなんだから、ゆっくりしたいじゃないか」






少なくとも、僕の知っている雄介はそういう人間ではない。電話どころか、会社まですっ飛んで行く場面だ。






「まあ、急なトラブルでの休日出勤は、いつものことだな」


「それが今日に限ってどうしたことだい?恵ちゃんのことも珍しいな。レポートを手伝うのが嫌なわけではなかろうに・・・学会に出せるレベルの課題が完成して、発表の時に恵ちゃんが困るって結果になりそうなもんだろ」


「うん、それは夏にあった」






あったのか。あんたどんだけ能力高いんですか。本当に末永く仲良くしてください。






「恵はめちゃくちゃ怒られたみたいだな。そして家では俺が恵に怒られた。頼まれたから手伝ったのに、理不尽だろ。それでいて、また手伝わせようとするんだぜ?恵のレベルに合わせて、適度に手を抜いて、間違えればいいのか?会社の奴らも、同じようなもんだろ。休暇中の申し送り資料はすべて準備している。なにが起きても自分達の手で解決すべきだろ」


「いや・・・それは、その、たぶん、イレギュラーなことが、あって・・・」






何で僕が弁護してるんだ?






「いや、すまんな。でも、あるんだよ。矛盾してること言うけど、イレギュラーで普通なんだ。どれだけ準備しても、想定外のことが起きる時は起きる。その対処までが仕事だろ。聞いてないから解りません、じゃ駄目なんだよ。ああ、もうっ!どいつもこいつもなにもかも、俺のところに持ってきてっ!!俺はなんなのっ!?辞書なのっ!?グーグルなのっ!?ウィキペディアなのっ!?」




「・・・・・・」


「・・・・・・」




「すまん。なんだか一気に吐き出した」


「雄介、ごめんな」


「お前が謝るところじゃないだろ」






違う。僕はいつも、雄介に頼ってばかりだ。困ったことがあったら、雄介に電話して。家に行って。それで、なんとかしてくれるのが、あたりまえだと思っていた。もしかすると、一番迷惑をかけているのは、僕かもしれない。






「雄介にとって、そんな重荷になってたとは・・・」


「誰が言った?」


「えっ、と・・・」


「誰が重荷だなんて、言ったんだよ?」






今、雄介が言って・・・ない、な。うん、確かに言ってない。






「でも、そういう意味じゃないのか?」


「違うね。俺は人から頼りにされるのが好きだ。頼りにされる自分を誇りに思う。同僚からも、家族からも。もちろんお前からも。そして、ありがたいことに、俺は応じられる能力を持っている。まぁ、必ずってわけじゃないが。頼りにされて、助けてやれることが、なによりうれしい。好きでやってるんだよ」






「だけど、実は俺は、あんまり強い人間じゃない。その意味ではお前の言う通り、重荷なのかもな。でも、重荷だけど、宝だ。誰にも渡したくない。抱えていられるのが、俺なんだ。今は少しだけ、手をはなした。そうしたら力が抜けて、つい一緒に、弱音がこぼれた。まぁ、現実問題として、人に頼ってばかりなのも、どうかと思うしな。俺しかできない仕事、なんて立派そうに聞こえるが、実際は駄目だ。誰でもできるように工夫すべきだろう。かと言って、誰もが俺を頼りにしなくなったら・・・それは、好ましいことなんだろうとは思うけど・・・きっとその時、俺は少し悲しい」




「雄介もたまには、人を頼っていいんじゃないか?」


「嫌だ。俺は、頼れる男でいたいんだよ」






さいですか。まったく、面倒見がいいのに、面倒な奴だ。大丈夫、そんな顔しなくても、今聞いた話は誰にも言わないし、僕も忘れることにするよ。






「・・・・・・」


「・・・・・・」




「会社に電話するかい?」


「あぁ、あたりまえだろ」






本当、頼りになるやつだ。

 彼とともに居たかったのだが、奥さんは私を棺に入れず楽器屋に売った。それが私のためだったのか、それとも別の理由からなのかはわからなかった。ただ、お別れの時、ケースを開けて私に言った「お幸せにね」という言葉は、彼女の心の底から出たものだと思う。
 前の持ち主のことを何も言わなかったためか、私にはあまり高い値段はつかなかった。それを中年の女性が買った。金持ちの衝動買いだったようだ。あまりケースを開けられることもなく、ひさしぶりでケースを開けたのは若い男だった。私を譲り受けたらしい。時々私を弾いてくれたが、数年で売られた。それからまた別の人に買われた。その後数人、所有期間は長かったり短かったり。そして今は、電車の中で十三歳の女の子が私を持っている。去年、子供用のバイオリンから私に換えたのだ。

 ケースの向きが変わった。駅についたようだ。彼女は多分これから、祖父と祖母の待つ家に行く。彼女に私を買い与えたのはその二人だ。二人とも彼女のバイオリンを聴くのを楽しみにしている。私も彼女が好きだ。まだあまりうまくないが、彼女に弾かれた時の音がなんとなく好きだ。

「こんにちはー!」
「おお、よく来たね」

 彼女は挨拶もそこそこ、テーブルの上のお菓子を少し食べて、手を洗う。目に見えるようだった。

「食べるのと洗うの、順序が逆だろう」

 笑い声が聞こえて、ケースが開いた。祖父と祖母が座って、もう聴く体勢になっている。

「さあ、どれくらいうまくなったのかな」
「あんまり期待しないで」

 そう言いながらも、彼女は楽しそうにぴんと背筋を伸ばしてかまえる。

 静かな音がつむぎだされてゆく。こんなにうまかったかな。少し驚いていた。そういえばバイオリンの先生も、最近上達が早くなったと彼女をほめていたっけ。

「このバイオリンになってから、練習が楽しくなったんです」

 彼女は嬉しそうに言っていた。
 観客の二人は目を細めて聴いている。ふと、彼女のことを思いだした。あれから五十年ほど経った。おそらく生きてはいまい。私の父もしかり。私だけが残って、今でも音を出している。何もかもが私を置いて去っていった。けれどあの時愛した彼は私の中に溶けて、私の出す音のどこかに彼がいる。今、彼女が弾く曲の中にもそれははっきり聞こえて、私を遠い世界へ連れていくようだった。

「まったく、不思議だ」

 曲が終わり、彼女の祖父が感心したように頭をふった。

「大人の音だ。大人の悲しみだ」
「へへへ」

 彼女は照れ笑いしながら私をケースにしまった。闇の中に、楽しそうな話し声が聞こえてくる。私はふかぶかと落ち着いて、さっきの演奏の余韻にじっくりとひたった。

 何かおかしいと思っていた。私から出る音色はいつもと変わらなかったけれど、弾くたびに彼の何かが崩れていくような気がした。彼が弾くたび、私の不安は大きくなっていった。

 ある日、ケースは開かなかった。ほとんど毎日私と顔を合わせていた彼が、私を取り出さなかった。その次の日もケースは開かなかった。その次の日も。次の日も。何かあったのだろうか。おそろしい時間が過ぎていった。
 ケースが開いた。しかしそこにいたのは彼ではなく、奥さんだった。暗い顔で私を取り出し、弦をゆるめた。
 すうっと心が冷たくなった。毎日のように私を弾いていた彼は、弦をゆるめることなどほとんどなかった。私を弾けなくなるようなことが彼に起こったのか。いつまで弾けないのか。何があったのか。
 奥さんは私をていねいに拭いた。その手が震え、途中で止まった。奥さんは泣いていた。

「もう……助からないって……転移してて……もう……」

 人間の体のことは私にはわからない。けれど、それでもわかることはあった。彼は死ぬのだ。もう、私を弾かなくなるのだ。

 まるで自分が石になったように、何も考えられなかった。どれくらいの時間が過ぎたのだろう。持ち上げられ、どこかに運ばれていった。ケースが開いた。私をのぞきこむ顔、語りかける声。

「久しぶりだな」

 彼だった。ひどくやせて、顔色が青黒くなっていて、でも彼だった。その優しい手で、いつものように私を取り出してくれた。

「放っておいて悪かった。ここに連れてこようかって、あいつは何度も言ってくれたんだけど……」

 奥さんがこちらを見て笑っていた。

「こんなになっちゃったところ、お前に見せたくなくてね。つい意地張ってるうちに、もうそろそろ死ぬみたいでさ。あわてて連れてきてもらったんだよ」

 死ぬという言葉も悲しく響かなかった。彼が目の前にいる。そしてまた私を弾いてくれるのだ。しかし彼は、私をしばらく黙ってながめた後、そのままケースにしまおうとした。私はあわてた。弾かないつもりなのか。どうして。

「あなた。弾かないの」
「うん……。今の僕じゃ、いい音出せないから」
「また意地張って」

 奥さんはちょっと叱るように言った。

「七歳の頃から弾いてるんでしょ。あなたが一番ヘタだった頃のことも、そのバイオリンは知ってるのよ」

 奥さんはわかってくれていた。私の気持ちをわかってくれていて、代わりに言ってくれた。感謝の気持ちが、今まで奥さんに対して抱いていた他の気持ちを溶かしていった。そうだ、奥さんは私と同じだった。ずっと彼を愛していて、そして彼を失おうとしているのだ。
 彼は苦笑いして音を合わせ、弾き始めた。音色が病室に広がり、廊下にあふれてゆく。いつもと違う、聴いたことのない音だったけど、私にはわかった。これはすすり泣きの音だ。病室をのぞきこむ顔が現れ、どんどん増えていった。
 彼がそっと弓を離すと、外から拍手が起こった。奥さんは拍手しながら涙を流していた。

「なんだ、感動した?」

 彼がおどけたように言った。奥さんは涙をふいて言った。

「そのバイオリンはねえ……私のことが嫌いだったのよ」
「え?」
「私の前だと、なんだか音がいつも固かったもの。でもさっき、私が弾けって言ったから許してくれたみたい。現金ね」

 彼はきょとんとした顔をしていた。奥さんはくすくす笑った。私も多分笑っていた。
 それから一ヶ月もしないうちに、彼は死んだ。家族にみとられて、そして私も、いすの上でケースを開けてもらっていた。