翼(前) | どぅばの倉庫

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煩悩廃棄物倉庫

 そのアイスクリーム屋さんの馬車が、ぼくたちの町にやってきたのは、とてもよく晴れた夏の昼下がりだった。馬車は、町でいちばん大きな、けやきのこかげに止まっていた。中からかすかに聞こえてくるオルゴールのしらべ…なんて、こころにしみるメロディーだろう。

「夢のように甘くておいしいアイスクリームはいかが?
ひんやりひろがる幸せの味…
世界でいちばんおいしいアイスクリームだよ」

 ひょろりと背が高いアイスクリーム屋さんの売り声は、まるで歌のように心地よかった。とろけるように甘いバニラの香り…いつのまにか、馬車のまわりには、町中の子どもたちがならんでいた。みんな、ポケットにお金をにぎりしめて。ところが、アイスクリーム屋さんは、お金を受け取らずにこう言ったんだ。

「このアイスクリームはお金では買えないんだよ。
でも、だいじょうぶ。手に入れるのはとっても簡単!
ぼくの目を見て、
いちばん楽しかった日のことを思い出すだけさ」

「ただ思い出すだけ?」

 すっとんきょうな声をあげたのは、町でいちばんのいたずらっ子、
トムだった。

「そうだよトム、口に出して話してくれなくてもいいんだ。
 ただ、その日のことを思い出してくれさえすれば…
 それが、このアイスクリームの代金なんだから」

 はじめて会ったはずのアイスクリーム屋さんが、どうしてトムの名前を知っているんだろう…それに、『いちばん楽しかった日の思い出』が、アイスクリームの代金だなんて聞いたことがない。ぼくたちは、おもわず顔を見合わせて、首をかしげた。

 その時、おずおずと、一人の女の子がアイスクリーム屋さんの前に立った。おどろいたことに、それは、町でいちばん”恥ずかしがり屋”のソフィーだった。いったい、ソフィーがどんなことを思い出しているのか、ぼくたちにはわからなかった。でも、ソフィーの目をじっと見つめていたアイスクリーム屋さんは、しばらくすると満足そうにうなずいて、こう言ったんだ。

「ああ、なんて楽しい思い出だろう…
 はじめて海を見たとき、裸足で砂浜をかけたとき、
 君はほんとうにうれしくてドキドキしていたんだね。
 波の音も、光る水しぶきも、どんなにステキに思えたことか…」

 アイスクリーム屋さんはそう言うと、どこからともなく、パッと大きなアイスクリームを取り出してソフィーにわたした。あんなきれいなアイスクリームを見たのは、はじめてさ!コバルトの海の色をしていて、白い波のもようがついているんだから…。

「ソフィー、君は今日までずっと、
 そのことを誰かに伝えたかったんだね。
 これからは、ステキだと感じたことは、みんなに伝えてごらん。
 きっと、聞いた人も幸せになれる…このぼくのようにね」

 ソフィーの目は、おどろいたようにパチクリしたあと、キラキラ輝きはじめた。あんなうれしそうなソフィーを見たのは、ぼくたちもはじめてだった。

 トムのときは、彼の目を見つめながら、アイスクリーム屋さんは、笑いをこらえるのに、たいへんそうだった。

「お父さんが、やっと白くぬりかえた家の壁いっぱいに、
 口から火をふく怪獣の絵を描いたとはね。
 しかも、高いはしごによじのぼって…
 もし、落っこちたら大変だったよ」

 トムは、叱られた子犬のようにうつむいた。すると、アイスクリーム屋さんはトムの顔をのぞき込んで、ウインクしながらこう言ったんだ。

「でも、あの怪獣は、サイコーにイカしてた!」

 トムがもらったアイスクリームが、どんなだったかわかる?そう、トムが描いた怪獣そのまんまさ。まるでいまにも動き出しそうだったよ!

 子どもたちは、つぎつぎにアイスクリーム屋さんの前に立って『いちばん楽しかった日』のことを思い出した。それから一人ずつ、ちがうアイスクリームをもらって帰っていった。だって一人ずつ、ちがう『いちばん楽しい日』をもっていたからね。