「そ、それで…チアキ…さんは、どうなったんですか…?」
「それっきり。消えちゃったわ。」 「き…えた?」 妹はもう、声も出せないくらい、複雑な顔をしてうつむいてしまった。 「その後ね、私が目を覚ました時には雨も風も弱くなって…そして台風は来なかったわ。いいえ、来なかったんじゃなくてね、もともと台風なんてなかったの」 「……どういう…」 「そのままよ。みんな、台風も、それにチアキのことも忘れてしまってたわ。先生も、友達…クラスメイトも」 「そんな…」 「それって、チアキさんの魔法で…?」 「それは…わからないのよ。そんなことができるなんて私は聞いてないし…でもね、チアキに抱きしめられた後、私が気を失ったのも…あの時それを見ていたみんなが動けなかったのも…ね。もしかするとチアキの魔法なのかも」 「魔法で…記憶が消せるなんて…」 「あら、そのあたりは定かではないのよ。橋本のおじい様も、全ての魔法に説明がつくとはおっしゃらなかったし、そもそも、説明できたと言っても全部、予想だったでしょう。やっぱりね、『魔女のことは魔女にしかわからない』のよ」 「でも、何でおばあさんだけ…その…覚えてるんですか?」 「そうね…あの時、チアキに抱きしめられた時…チアキが考えていることが全部私に流れ込んできたの。自分の体をね、全部使ってでも台風を消すんだって。台風のところまで飛んでいって何かしたみたい。そこは私には理解できなかったわ。その他にもいろいろ。今までありがとう、とか、アキラをよろしくね、とか…そして、その中でもチアキが特に強く、強く私に伝えてきたのは…」 『カナだけは私を忘れないでね。私はカナの中にずっといるから』 妹は泣き出した。彼女も。なんともいえない、しんみりした空気の中、僕はやっとの思いで続きを聞いた。 「それで、どうなったんですか?」 「雨も止んで、救助活動も進んで、私は小学校の方で避難をしていた妹達と、それと仕事先の近くで避難していた父と再開したわ。アキラのご両親も無事だったの。無事だった人たちはそれぞれ親戚を頼るなりして生活を始めて…もちろん、一部の人は辛い避難所生活だったけど…それでも仮設住宅ができたり、復旧活動も進んで…」 「チアキさんは…やっぱり…」 「そうね、しばらくの間はね、私はチアキを、いえ、チアキがいた、存在した証拠を探したんだけど…だめだったわ。チアキのお母様…『藤原さん』は実際、私の家の近所には住んでたみたいだけど、子供はいなかったってことになってたわね。私は周りから変な目で見られながらも頑張ったけど…ダメだったわ」 「そ…そんな…」 「あ、勘違いしてはだめよ。チアキはたまたま、そういうことになっちゃったけど、でも、橋本のおじい様のお話にもあったとおりね、魔女の人生はそれぞれ。もちろん、普通の人のそれも同じことですけどね。」 「あ、アキラ…さんはどうだったんですか?」 「そうね、じゃあ、直接聞いてみる?」 え?って、僕らが三人ともあっけに取られているうちに、おばあさんは部屋の入り口まで行って少し開けた後、大きな声でこう言った。 「あなたー、ちょっといらしてくださいな!」 「えっ?ちょっと待って!おじいさんがアキラさん?」 僕ら三人とも驚いたけど、特に彼女が驚いて大きな声を出した。この瞬間、彼女の興味は魔女よりもおじいさん…アキラさんになったのかもしれない。いろいろと質問したいことが次から次に浮かんできてる顔だった。 そして、おじいさんが部屋に入ってきた。 「もうお話は終わったのかな?」 「ええ、大体ね」 「こ…こんにちは…」 「こんにちは。家内は話が長かったでしょう?」 おばあさんは「失礼な」って、僕達に向ける笑顔とはちょっと違う、それでも優しく笑って言った。 おじいさんは、やっぱりおばあさんと同じようにとても上品な感じで、きっと紳士っていうのはこういう人のことを言うんだろうなって思った。 「おじいさんがアキラさん?………なんですか?」 真っ先に彼女が聞いた。 「ははは、そうですよ。何しろ、家内の話には僕の知らない僕が登場するでしょう?だから聞いてると恥ずかしくてね。ご挨拶もせずに失礼しました」 「いえ…こちらこそ…勝手にお邪魔してて…すみません」 「じゃあ、やっぱり覚えていないんですか?」 「ええ、まったく。ただね、家内の話を聞いていると、なぜか全くの他人が経験した出来事のようには思えなかったんです。それに…」 話しながら、おじいさんはおばあさんの横に腰を下ろした。 「それにね、僕には家内の話を信じるだけの根拠があるんです」 「そう…なんですか?」 「ええ。と言っても、それほどたいしたことではないんですが…実際、僕のおばあさんも、魔女のお世話になっているんです」 「あ、聞きました!橋本さんですね」 「そう。だからきっと、チアキちゃんという魔女がいたんだと思うんです」 「チアキはね、結局自分以外の魔女とは会えなかったわね。でも、あなたたちは違うかもしれないわ。これから先、魔女本人、あるいは他の、私のような魔女を知っている人に出会うかもしれない。その時は、もし私たちがまだ生きてたら是非お話を聞かせてくださらないかしら?」 「え?あ、いいですよ。な?」 頷く妹。彼女もOKみたいだ。そして彼女が聞いた。 「おばあさんは、この話は誰かにされたんですか?」 「いいえ、まあ、チアキを探している頃はいろいろな人にしたんですけどね。それこそおじいさんにも。でも、 おじいさん以外誰も信じてくれないし、なんとなくね、魔女か、あるいは関係した人にしか話す必要がないんじゃないかって思って…」 「私はね、だからあなたたちが来てくれたことがとても嬉しいの。橋本のおじい様が言ってたわ。魔女の話は語り継がれるって。私はね、たとえみんなが忘れてしまってても、誰か一人でもいいから、覚えていて貰えればそれでいいのよ。チアキが確かにこの世界に存在していたこと。私達を地震から守って、私達の町を最悪の危機から守ってくれた、小さな魔女がいたってことをね。あ、こんな言い方したらチアキに怒られちゃうかしら?結構本人も気にしてたの。だって、クラスで一番小さかったのよ」 「私が伝えます。きっと…チアキさんがいたこと、私がみんなに伝えます」 妹が小さな声で、でも力強く言った。妹がこんなふうに、魔法が使えるようになってから、こんなに何かを強く言ったのは初めてだったと思う。ここへ来てよかった。妹がおばあさんの話を聞いて、何を思ったのか、あとでゆっくり聞いてみようと思った。 おじいさんとおばあさんは、彼女から質問攻めにあっている。ちょっと暗い話になっちゃったから、彼女なりの気配りなのか、それともただの好奇心か…まだまだ終わりそうになかった。 きっと、これから先、僕たちの元にも魔女がやってくるのだろう。その時のために、三人でいっぱい、いっぱい今日の話をしようと思う。絶対忘れないように。おばあさんのためにも。チアキさんのためにも。できるだけたくさんの魔女に伝えたいと思う。妹の、かっこいいエピソードなんかも増えるといいな。 そうやって、魔女たちの物語は、ずっと、永遠に続いていくんだ。 ―――Never End. |
しばらくはね、三人で母のところにいたんだけど…離れたくなかったけど…ね、ずっといるわけにもいかないじゃない?母は、私達はその時初めて知ったんですけど、遺体安置所になってる武道館に連れて行かれたわ。私達は泣きながら教室に戻ったの。もう、何もする気が起きなかった…
教室に戻ると一人の男の子がぐずってたの。幼稚園にあがる前ぐらいかしら?教室に避難していた人たちも、まあこんな状況だからって、特に悪く思う人はいなかったと思うの。でもね、それでもやっぱり少しイライラしてたり、泣き声が余計に気分を暗くさせたり…それを感じたのか、若いお母さんでね、おろおろしていたわ。
「どうしたんですか?」
声をかけたのはアキラ。息が詰まりそうな私達の雰囲気をどうにかしたかったのか、それとも単に気になっただけなのかはわからなかったけど、お天気のせいか誰もが無気力で、他人に関心を持たないような雰囲気の教室で、ひときわしっかりして見えたわ。私にはそれは、純粋に頼もしく思えたのよ。
「あ、ごめんなさいね。この子、風邪をひいてて…」
「救助隊の方には診てもらったんですか?」
「一応聞いてはみたんだけど…みなさん、それどころじゃなくって…昨日、雨で濡れちゃって…あ、風邪薬は持ってるのよ。ただね、ここが蒸し暑いからかしら…」
雨のおかげで気温はそこまで高くはなかったけど、その分むしむししてたの。風も通らないから、そのお母さんは一生懸命うちわで扇いであげてたんだけど…子供には辛かったのね。
「…ちょっと…いいですか…?これ、借りますね」
チアキはそう言って、その子のおでこに乗っていた濡らしたハンカチを取ったの。「え?」ってそのお母さんが声を出したとたん、チアキの魔法でね、ハンカチが凍りついたの。
「あ、ちょっとやりすぎたかな…?これくらい?」
チアキはそう言って、柔らかく、でもある程度凍った状態にしたハンカチをその子のおでこに乗せてあげたの。それからね、自分の手をぎゅっと握り締めたかと思うと、その手を開くと小さな氷のかけらがあってね、
「はい、あーん…ちょっとは涼しくなったかな………………ご…ごめん…ね…このぐらい…しか、してあげられないの…」
そのお母さんが何かを言う前にね、お礼なのか、それとも今何をしたのか聞きたかったのかはわからないけど、とても何か言いたげな顔だったわね。でも、その前にチアキが泣き出したの。
「藤原…ここで泣くのはよくない…出ようか…沢村も…」
「…うん」
「あ、あのっ…」
「えっ?」
「あ…ありがとうね。い、いろいろある…みたいだけど、みんな…みんな大変だけど…お互い頑張りましょう」
その子のお母さんもね、チアキをみていろいろ思ったんでしょうけど、察してくれたみたい。温かい言葉だけをかけてくれたわ。でもね、アキラが「はい」って返事をしただけで、私とチアキは振り向く気力もなかったの。
「私、きっと何かできるって思ってた…」
教室から出た私達は、どこにも行き場所がなくて…でも、じっとしてるとね、余計に悲しくなるような気がして…だから、校舎内をずっと歩いていたの。時々、一言二言、言葉を交わしながらね。
「私には魔法が使えて、それも、橋本のおじいさんが言うには、とても強い力で、いろいろなことができて…」
「藤原…」
「なのに…なのにっ!何でこうなのよっ!何もできないじゃないっ!もう…バカみたいっ!何のためにこんな力があるのよっ!」
無力な自分たちを痛感していたわ。私はチアキの叫びに答える気力もなくて、何であの時、「母さんを綺麗にしてくれてありがとう」って言えなかったんだろうって、今でも後悔しているの。
「あ、先生…」
アキラが気付いて声をかけたのは中原先生。今思えば、先生は本当に辛い役割だったわね。違う人かと思うくらい、暗い顔をしていたわ。
「おお…お前たちか…沢村は…大丈夫か?」
「…はい」
「その…悪いな…先生じゃ何の力にもなれない…」
「…はい」
どんなに先生が気を使ってくれても、私にはそうやって返事をするのがやっと。アキラもチアキも何も言えなくて…先生も話題を変えるしかなかったわ。
「そ、そうだ、お前たちは何か食べたのか?」
「…いえ」
「ダメじゃないか。昨日、ちゃんと食べるように言っただろう。よし、先生が持ってこよう。実はな、食べ物には結構余裕があるんだ」
先生は私たちに校長室で待っとくように言って、私たちが返事をする前に走って行ったの。
「今日の夕方、あるいは明日朝一番に、避難所の人はより安全なところへ移動することになったんだ」
食は進まなかったけど、先生が目の前にいて、箸がとまるとね、すぐ怒るの。無理にでも食べて元気出せって。
「安全なところって…?」
「誰がどこって決まるのはまだ先だが、出発までには決まる。『災害対策本部』といってな、まあ、県やら国やらの偉い人たちなんだが、そこがそう決めたんだ」
「だって、まだ見つかってない人が…」
「もちろん、救助隊が救助活動は続ける。だが、明日の夜にはここも台風の暴風域に入ってしまうんだ」
「行方不明者を見捨てて……」「そうは言ってもっ!」
ドン!って、先生は机を叩いてね…今無事でいる人たちの安全が最優先だって…わかってくれって…
台風はそれほどに驚異的な強さで、大地震の後の緩んだ地盤はとても危険だし、何より、町中瓦礫の山なのに、そんなところに台風がきたら避難所にも何が飛んでくるかわからないって。災害対策本部ってところは、救助活動はもちろんだけど、今はとにかくみんなが非難できるように道路の応急処置と車の手配をしているって。実際ね、台風が来ればもう…恐らくはね、私達の町は復旧どころか、一から作り直さないといけないくらいの被害になりそうだったの。
「でも…先生…もし、僕らが逃げて…それから、台風が来て…まだ見つかってない人たちは、どう…なるんですか…?」
「…それは…それは救助隊がなんとかしてくれるはずだ…」
いくら子供の私たちでも、その先生の言葉は言葉通りには受け取れなかったわ。絶望的ってことね…私の父、
チアキのお母様、アキラのご両親…他にもたくさん…でも、私達は黙るしかなかったの。食べ物に余裕があるっ
て、そういうことだったのね。
全然おいしくない食事。それを、その後は無言で、時々先生から食べるように促されながら食べ終えた後、「さあ、先生は休憩終わりだ。これから他の人たちにも説明をしに行かなきゃならん。お前たちは出発の指示があるまでゆっくり…」
「先生っ!」
チアキが突然立ち上がってね。私はね、ああ、そういうことならチアキは、時間のある限り怪我人の手当てをさせてくださいって頼むんだって、そう思ったの。でも、チアキの口から出たのは全然関係のないこと。
「台風って、低気圧の塊ですよね?」
「あ…ああ、そうだが…」
「ちょっと、チア…」
「まさか…藤原?」
「じゃあ、そこの気圧が高くなればいいんですよね?」
「だ、ダメだよ藤原っ!」
「アキラ君は黙っててっ!どうなんですか?」
とても真剣な、そして強いチアキの顔。今まで見たことないくらい。
「いや…質問の意味がわからんが…そう…なのかな?」
「行ってくる!」
「ふ、藤原っ!沢村、とめてっ!」
「キャッ!」
チアキは私を押し倒すと、すごい勢いで出て行ったの。何がなんだかわからなくて…すぐにアキラが私の手を引っぱり上げてチアキを追って行ったものだから、私もついていくしかなかったの。
私達は校舎の入り口のところでチアキを捕まえたの。チアキはね、そこにいた大人に「今台風はどの辺ですか?」って言うようなことを聞いていたわ。
「藤原っ!はやまるなっ!」
「ちょっとチアキ!何なの?」
「カナ…アキラ君…私にできることわかったよ」
「だから何なのよ?」
「何で私が魔女なのか…こんなに強い力を持ってるのか…私のやるべきことがわかったよ」
「藤原っ!ダメだ…」
「いやっ!ごめんねカナ…説明してたら…決心が鈍っちゃうかも…」
チアキはそう言って、泣きながら私に抱きついてきたの。私は何がなんだかわからなかったけど…その時ね、チアキの考えてること、想いが全部…私の中に入ってきたのよ。たくさん、たくさん…
私はその想いに押しつぶされそうになって…体が動かなくなって…意識が薄れていく間にね、外に飛び出したチアキを見ていたの。雨のせいかしら?チアキのまわりに濃い空気が集まっているように見えて…チアキはね、こっちを向いて笑ったわ。それからね、
「よいしょっ!」
って言ったかと思うと、すごい勢いで空に消えていったの。
「藤原ぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!!!」
アキラがそう叫んだのが、そのときの私の最後の記憶よ。
教室に戻ると一人の男の子がぐずってたの。幼稚園にあがる前ぐらいかしら?教室に避難していた人たちも、まあこんな状況だからって、特に悪く思う人はいなかったと思うの。でもね、それでもやっぱり少しイライラしてたり、泣き声が余計に気分を暗くさせたり…それを感じたのか、若いお母さんでね、おろおろしていたわ。
「どうしたんですか?」
声をかけたのはアキラ。息が詰まりそうな私達の雰囲気をどうにかしたかったのか、それとも単に気になっただけなのかはわからなかったけど、お天気のせいか誰もが無気力で、他人に関心を持たないような雰囲気の教室で、ひときわしっかりして見えたわ。私にはそれは、純粋に頼もしく思えたのよ。
「あ、ごめんなさいね。この子、風邪をひいてて…」
「救助隊の方には診てもらったんですか?」
「一応聞いてはみたんだけど…みなさん、それどころじゃなくって…昨日、雨で濡れちゃって…あ、風邪薬は持ってるのよ。ただね、ここが蒸し暑いからかしら…」
雨のおかげで気温はそこまで高くはなかったけど、その分むしむししてたの。風も通らないから、そのお母さんは一生懸命うちわで扇いであげてたんだけど…子供には辛かったのね。
「…ちょっと…いいですか…?これ、借りますね」
チアキはそう言って、その子のおでこに乗っていた濡らしたハンカチを取ったの。「え?」ってそのお母さんが声を出したとたん、チアキの魔法でね、ハンカチが凍りついたの。
「あ、ちょっとやりすぎたかな…?これくらい?」
チアキはそう言って、柔らかく、でもある程度凍った状態にしたハンカチをその子のおでこに乗せてあげたの。それからね、自分の手をぎゅっと握り締めたかと思うと、その手を開くと小さな氷のかけらがあってね、
「はい、あーん…ちょっとは涼しくなったかな………………ご…ごめん…ね…このぐらい…しか、してあげられないの…」
そのお母さんが何かを言う前にね、お礼なのか、それとも今何をしたのか聞きたかったのかはわからないけど、とても何か言いたげな顔だったわね。でも、その前にチアキが泣き出したの。
「藤原…ここで泣くのはよくない…出ようか…沢村も…」
「…うん」
「あ、あのっ…」
「えっ?」
「あ…ありがとうね。い、いろいろある…みたいだけど、みんな…みんな大変だけど…お互い頑張りましょう」
その子のお母さんもね、チアキをみていろいろ思ったんでしょうけど、察してくれたみたい。温かい言葉だけをかけてくれたわ。でもね、アキラが「はい」って返事をしただけで、私とチアキは振り向く気力もなかったの。
「私、きっと何かできるって思ってた…」
教室から出た私達は、どこにも行き場所がなくて…でも、じっとしてるとね、余計に悲しくなるような気がして…だから、校舎内をずっと歩いていたの。時々、一言二言、言葉を交わしながらね。
「私には魔法が使えて、それも、橋本のおじいさんが言うには、とても強い力で、いろいろなことができて…」
「藤原…」
「なのに…なのにっ!何でこうなのよっ!何もできないじゃないっ!もう…バカみたいっ!何のためにこんな力があるのよっ!」
無力な自分たちを痛感していたわ。私はチアキの叫びに答える気力もなくて、何であの時、「母さんを綺麗にしてくれてありがとう」って言えなかったんだろうって、今でも後悔しているの。
「あ、先生…」
アキラが気付いて声をかけたのは中原先生。今思えば、先生は本当に辛い役割だったわね。違う人かと思うくらい、暗い顔をしていたわ。
「おお…お前たちか…沢村は…大丈夫か?」
「…はい」
「その…悪いな…先生じゃ何の力にもなれない…」
「…はい」
どんなに先生が気を使ってくれても、私にはそうやって返事をするのがやっと。アキラもチアキも何も言えなくて…先生も話題を変えるしかなかったわ。
「そ、そうだ、お前たちは何か食べたのか?」
「…いえ」
「ダメじゃないか。昨日、ちゃんと食べるように言っただろう。よし、先生が持ってこよう。実はな、食べ物には結構余裕があるんだ」
先生は私たちに校長室で待っとくように言って、私たちが返事をする前に走って行ったの。
「今日の夕方、あるいは明日朝一番に、避難所の人はより安全なところへ移動することになったんだ」
食は進まなかったけど、先生が目の前にいて、箸がとまるとね、すぐ怒るの。無理にでも食べて元気出せって。
「安全なところって…?」
「誰がどこって決まるのはまだ先だが、出発までには決まる。『災害対策本部』といってな、まあ、県やら国やらの偉い人たちなんだが、そこがそう決めたんだ」
「だって、まだ見つかってない人が…」
「もちろん、救助隊が救助活動は続ける。だが、明日の夜にはここも台風の暴風域に入ってしまうんだ」
「行方不明者を見捨てて……」「そうは言ってもっ!」
ドン!って、先生は机を叩いてね…今無事でいる人たちの安全が最優先だって…わかってくれって…
台風はそれほどに驚異的な強さで、大地震の後の緩んだ地盤はとても危険だし、何より、町中瓦礫の山なのに、そんなところに台風がきたら避難所にも何が飛んでくるかわからないって。災害対策本部ってところは、救助活動はもちろんだけど、今はとにかくみんなが非難できるように道路の応急処置と車の手配をしているって。実際ね、台風が来ればもう…恐らくはね、私達の町は復旧どころか、一から作り直さないといけないくらいの被害になりそうだったの。
「でも…先生…もし、僕らが逃げて…それから、台風が来て…まだ見つかってない人たちは、どう…なるんですか…?」
「…それは…それは救助隊がなんとかしてくれるはずだ…」
いくら子供の私たちでも、その先生の言葉は言葉通りには受け取れなかったわ。絶望的ってことね…私の父、
チアキのお母様、アキラのご両親…他にもたくさん…でも、私達は黙るしかなかったの。食べ物に余裕があるっ
て、そういうことだったのね。
全然おいしくない食事。それを、その後は無言で、時々先生から食べるように促されながら食べ終えた後、「さあ、先生は休憩終わりだ。これから他の人たちにも説明をしに行かなきゃならん。お前たちは出発の指示があるまでゆっくり…」
「先生っ!」
チアキが突然立ち上がってね。私はね、ああ、そういうことならチアキは、時間のある限り怪我人の手当てをさせてくださいって頼むんだって、そう思ったの。でも、チアキの口から出たのは全然関係のないこと。
「台風って、低気圧の塊ですよね?」
「あ…ああ、そうだが…」
「ちょっと、チア…」
「まさか…藤原?」
「じゃあ、そこの気圧が高くなればいいんですよね?」
「だ、ダメだよ藤原っ!」
「アキラ君は黙っててっ!どうなんですか?」
とても真剣な、そして強いチアキの顔。今まで見たことないくらい。
「いや…質問の意味がわからんが…そう…なのかな?」
「行ってくる!」
「ふ、藤原っ!沢村、とめてっ!」
「キャッ!」
チアキは私を押し倒すと、すごい勢いで出て行ったの。何がなんだかわからなくて…すぐにアキラが私の手を引っぱり上げてチアキを追って行ったものだから、私もついていくしかなかったの。
私達は校舎の入り口のところでチアキを捕まえたの。チアキはね、そこにいた大人に「今台風はどの辺ですか?」って言うようなことを聞いていたわ。
「藤原っ!はやまるなっ!」
「ちょっとチアキ!何なの?」
「カナ…アキラ君…私にできることわかったよ」
「だから何なのよ?」
「何で私が魔女なのか…こんなに強い力を持ってるのか…私のやるべきことがわかったよ」
「藤原っ!ダメだ…」
「いやっ!ごめんねカナ…説明してたら…決心が鈍っちゃうかも…」
チアキはそう言って、泣きながら私に抱きついてきたの。私は何がなんだかわからなかったけど…その時ね、チアキの考えてること、想いが全部…私の中に入ってきたのよ。たくさん、たくさん…
私はその想いに押しつぶされそうになって…体が動かなくなって…意識が薄れていく間にね、外に飛び出したチアキを見ていたの。雨のせいかしら?チアキのまわりに濃い空気が集まっているように見えて…チアキはね、こっちを向いて笑ったわ。それからね、
「よいしょっ!」
って言ったかと思うと、すごい勢いで空に消えていったの。
「藤原ぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!!!」
アキラがそう叫んだのが、そのときの私の最後の記憶よ。
他の人はどうだったかわからないけど、私はすっかりわすれていたの。台風が接近中ってこと。
「あ、雨だ」
「降り出しちゃったね…」
「じゃあ、火事が収まるかな?」
「だといいんだけど…でも、建物の下にもし誰かいれば、救助しにくくなるんじゃ…」
「あ、そうか!大変だ!」
「大変…なんだけど、僕らにはどうしようもないよ…」
私とアキラはガラスが割れてしまった窓を板でふさぐ作業を手伝ってたの。停電してたから明るいうちにやってしまわないといけないでしょう?板が足りなくてね、教室の棚を壊して、とにかく雨や風が防げるようにしないといけなかったの。
雨が降り出してしばらくして、学校の外で活動してた生徒達が戻ってきたわ。もうね、なんて表現していいかわからない、とにかく暗い顔をしていたの。学校の外はね、とにかく地獄だったそうよ。
どうにかこうにか、割れた窓をふさぎ終わって、でも、徐々にね、この大地震の被害、というか…悲劇をね、実感していって…電気も復旧しないまま夜をむかえたわ。それに、他の避難所の情報も少しずつ入ってきて、とりあえず私の妹たちは無事だったみたい。でも、私とアキラの両親、チアキのお母様は不明のまま…
夜にはチアキも少し回復してて、私たち三人は同じ地域だったから、あ、教室をね、地域ごとに分けて避難所として使ってもらっていたの。その真っ暗な教室で、三人で何を話すでもなく、一つだけ残っていた窓をぼーっと眺めてたわ。不安に押しつぶされそうで…怖くて眠れなくて…でも、いつの間にか寝てしまってたわね。私とチアキは手をつなぎながら。幸い、夏だったから寒くはなかったわ。
「雨、止まないね…」
「うん、今夜から本格的に強くなるってラジオでいってた…」
当たり前のことだけど、目が覚めても雨がさらに強くなっている以外は状況は全然変わってなくて、だいぶ風も強くなってきた分、むしろ悪くなってたかしら。私たちの教室の、誰かが持ってきてたラジオのニュースからは、少しずつ減っていく行方不明者数と、どんどん増えていく死亡者数が、一時間おきぐらいに私たちの不安を大きくしていたわ。
「藤原ー、調子はどうだ?」
「あ、先生」
中原先生が様子を見にきてくれたの。ぱっと見でわかるぐらい疲れていたわね。一睡もしてなかったそうよ。
「ありがとうございます。大丈夫です」
「ちゃんと食べてるか?」
「…いや……」
「おいおい、頼むからちゃんと食べてくれ…まあ、先生には詳しくはわからんが…それがみんなの為にもなるんだろう?」
「それなら…また、怪我人の手当ての手伝いに…」
「ああ、それなんだが…現場に行くのはダメだ。どうしても必要なとき斉藤先生が判断して呼んでくれることになってる」
「え…何で…?」
「うん、昨日の藤原を見てな、斎藤先生に詳しく聞いてみたんだ。一人手当てするたびに目に見えて疲れていたそうじゃないか…無理はいけない」
「そ、そんな…」
「不満か?」
「な、何かできることがあるのに、それをしないって…」
「ちょ、チアキ…落ち着いて…」
「だって…」
チアキはね、その日も怪我人の手当てをしようって思ってたみたいなの。でもね、それが原因でチアキが倒れてしまったら…って思うと、チアキの好きにさせるわけにはいかないものね。
「いいか藤原、自分を犠牲にしてまで人を助けることは、確かにいいことだ。でも、度を過ぎるのはよくない。それは藤原を大切に思っている人を悲しませることにもなるんだ。わかってくれ」
「そうだよチアキ。必要あれば呼んでくれるって言ってるし、他にもできること探そう!」
「他に…?」
「藤原、僕らには藤原みたいに魔法は使えないけど、それでも昨日は教室を掃除して、窓を板でふさいだりできたんだしさ。怪我人の手当ては専門の人がやってくれるんだし、藤原にはもっといろいろなことができるはずだよ」
「そうそう、チアキにしかできないことがあるはずだよ。もっといろいろ考えよう!」
「私に…?」
納得したのかどうかはわからなかったけど、とりあえずね、チアキは先生の言うことを聞くことにしたの。
何かできることを探そう、って思うまではよかったけど…実際はね、できることはもう、ほとんどなかったの。よく考えればそれも当然ね。見たとおりの中学生だったし、一番役に立つであろうチアキの容姿は小学生?とは言わないまでも、とても頼りなく見えたわ。
先生達を頼って何か指示を頂こうかと思ったんだけど、先生達も忙しくてね。具体的にはね、運ばれてくる遺体の身元確認よ。地震が起きたとき、お昼間だったでしょう?だからね、亡くなった方の多くは、お昼間家にいるお年寄りか、あるいはね…生徒の母親だったの。もう、その時は既に何人か先生に呼ばれて…そして目を腫らして帰ってくる子達を見ていたわ…できるだけね、明るく振舞わないとやってられない状況ではあったけど、でも…明るく振舞うわけにはいかない、そんな、どうすることもできない感じ。
「できることって…あんまりないね…」
「うん…」
「この雨じゃ、学校から出ることもできないな」
「ねえ、カナ?お洗濯ってどうしてるのかな?」
「へ?こんな時に洗濯?」
「いや、あの…服とかじゃなくて…」
「ああ、そうか!藤原が言いたいのはタオルとかのことかな?」
「うん、そう。きっと集めれるだけ集めて使ってると思うんだけど…この雨じゃ洗っても乾かないんじゃないかなって」
「なるほど!チアキなら一気に乾かせるわけだ!きっとそれくらいなら手伝わせてもらえるよ!」
「うん!」
三人でいろいろ考えてね、できることを探すために話をしていたの。そして見つかった。私とアキラは洗濯を、洗い終わったものをチアキが乾かす。水は外にバケツを置いておけばいくらでも溜まるし、使われていない校長室に縄を張ればタオルぐらいたくさん干せるわ。そんな作業計画を立ててね。でも、その計画が実行されることはなかったの…
私達が計画を告げるために中原先生を探していたらね、中原先生も私を探していたの。
「さ、沢村…ちょっと…いいか?」
「あ、先生!探してたんです。あの…」
「いや、大事な話があるんだ…」
「…へっ?」
本当に…本当に大事なお話だったわ。そう、私の母がね…やっと避難所に来てくれたの…遺体でね…
変わり果てた姿…って言えばいいかしら?ごめんなさいね。あまり…説明したくはないの…私の家は完全に倒壊してたみたい…その瓦礫の下から発見されたそうよ。そればかりか、雨や汚れ、そんなものまで全部含めて…それだけでは母とはわからないかもしれないその遺体が身につけているものはすべて、私には見覚えのある…紛れもない母のものだったわ…
私は自分の服が汚れるのも気にせずにね、抱きついて…何度も「母さん!母さん!」って叫びながら泣いたの。
チアキも泣きながら母に抱きついてきてね…「おばさん!おばさん!」って叫びながら…傷の手当てをしたの…潰れてるところ…雨を吸ってぶくぶくになってるところ…全部…数分もしないうちに…それはそれは綺麗な遺体になったわ。怪我一つない、何で死んでるのかわからないぐらい…でもね、当たり前だけど、命はもどらなかったの。