私もチアキも、これから避難所になるだろうっていう教室の掃除や、職員室や倉庫なんかにある、使えるかも知れない道具を運んだりって、避難してきた人たちには接しないような作業をしていたの。私たちだけじゃなくてね、校内で活動していた生徒はほとんどがそうだったわ。体育館を担当していたのはね、保健委員と、確か女子運動部だったの。それと、保健の先生他数人の先生たち。
体育館の中はね、外で活動していたときの雰囲気とは全然違ったわ。何で気付かなかったのかしら?ちょっと考えれば、これだけ酷い、見渡す限りでもあちこちの建物が潰れてるぐらいの地震だったのに、怪我人が少ないわけないのよね。
「こ…これって…」
「あ、あの人大変っ!」
私は絶句して、最初は足がすくんで中に入れなかったの。でもね、チアキはちょうど、保健の先生…斉藤先生っていうの。斉藤先生が手当てしていた体中血だらけの人を見てね、駆け出したの。
「あ、あのっ!大丈夫ですかっ?」
「あら、藤原さん…?」
そこに横になっていた男の人は、声は出さなかったけど一応「大丈夫」みたいな身振りをしたわ。でもね、全然大丈夫には見えないの。
「藤原さん、あら、それに沢村さんまで。こっちを手伝ってくれるの?」
「あ、は…はい!」
「ありがとう…でも…ね、見ての通り、物が全然ないでしょう?残念ながらできることは限られてるの。応急処置すらね…はやく救助が来ればいいんだけど」
先生のまわりには保健室から持ってきたであろう薬や包帯、その他のいろいろな物があったんだけどね、それでも全然足りなかったの。瓶に入ってたものはほとんど割れてしまってたみたい。だから消毒液も足りなくて、できることと言えば止血か、あるいは骨折や捻挫したところを固定すること。あとは励ましてあげることぐらいだったの。
目の前の男の人は何かの下敷きになったところを助けられたそうなの。腕に何かが深く刺さったみたいで、それを抜いちゃったんですって。そしたら血が止まらなくなって…その時は二の腕をきつく縛られて、それはもう、縛られた下の方が紫色になるぐらいきつくよ。それでも血を流しすぎたみたいで、もうろうとしていたわ。このままだと大変なことになるかもって…
「先生…ちょっとどいてください!私が何とかします!」
「えっ?ふ、藤原さんが?」
「あ、先生。チアキに任せてみてください…なんとかなると思います」
「ちょ、ちょっと…」
私は無理やり先生を引っぱって、後をチアキに任せたの。先生は「何をするつもりなの?」って何度も聞いてきたんだけどね、チアキを見ているうちに言葉が止まって…目の前の男の人の血が止まって、傷口がふさがっていく様をじっと見ていたわ。
「ふうっ、終わりました。でも多分、血は元には戻ってな…」
「藤原さんっ!い、いま、今何したのっ?」
「あ、あの…」
チアキの言葉を待たずに、先生は興奮した様子でね、よくわからないことを言いながら「何で?何で?」って繰り返してたの。チアキがね、だんだん泣きそうな顔になっていったわ。
「先生、信じられないかもしれないけど、チアキはこういうことができるんです。だから…」
「あ、あの…他に大変な人は…」
「そうね、そうよね、これならみんな助かるわ。後で話を聞かせてちょうだい。とりあえずあそこの人を…」
「だめだよっ!」
急に後ろから声がして、振り向いてみるとアキラだったわ。
「あ、アキラっ!こっちに来てたの?」
「中原先生に聞いて今来たとこ。それより藤原はもう何人か診たの?」
「ううん、まだこの人だけ…だけど…?」
「それならよかった…」
「ちょっとっ!何がいいのっ?怪我人はまだたくさんいるし、藤原さんがなんとかできるなら…」
「先生、ちょっと話を聞いてください」
急に取り乱した先生を落ち着かせてからアキラが話したことはね、とても大事なことだったの。そう、わかるでしょう?チアキの魔法は無限に使えるわけじゃないのよね。チアキが魔法を使えば使うほど、チアキのためにたくさんの食べ物がいるわ。食べなければ、チアキが倒れてしまうかもしれない。確かに、その時の学校には少し余裕があったかもしれないけど、ねえ。避難生活で食べ物を真っ先に消費してしまうわけにはいかないものね。
「そ、そんな…じゃあ、やっぱりこの人たちの手当ては無理…」
先生はとてもがっかりしていたわ。私たちが教室の掃除をしている間も、ずっと怪我をした人の相手をしていたみたいでね、だいぶ疲れていたのよ。でもね、先生がもう今にも泣きそうになったとき、チアキが言ったの。
「あの…でも、何もしないわけには…いかないと思います…」
「でも、」
「アキラ君、少しぐらいなら大丈夫。だから、例えばこの人みたいにね、すぐに血を止めないとだめな人とか、他に命に関わるぐらいの怪我をした人だけ…ね」
確かに、何かできるのに見てみぬふりはできないわね。それに、チアキ本人がそういってるわけだし、私たちは何も言えなかったの。
結果的にはね、そうするべきではなかったのかな?ううん、もちろん、手当て…って言うのかしら?とにかく怪我が治った人たちからは、最初は変な顔されたけど…それでもすごく感謝されたわ。
でもね、最初のうちはひどい怪我の人は少なかったけど、後からどんどん増えていったわ。私たちの学校を中心にして、集まった元気な人たちが救助活動をしていたおかげでね。チアキの仕事は増える一方。それに、本当に危険な人だけじゃなくてね、近くの保育園から集団で避難してきた子供たちも「かわいそうだから」って、チアキは手当てをしてあげてたの。
「チアキ…チアキっ?」
「う…ん?カナ?な、何…」
「もうやめようよ!」
「ん、だめ…まだたくさん…」
「藤原さん…もう、もういいのよ…大丈夫、もうすぐ救助隊が来てくれるから…」
「藤原、もう限界だよ。藤原が倒れたら、この後もし大変な怪我をした人がきたらどうするのさっ!」
アキラの説得でやっと、休憩することを決めたチアキは、もうね、そのときにはフラフラだったの。私の肩につかまってやっと歩いてたわ。
チアキを休ませる為に校舎に戻る途中で中原先生に会ったの。
「藤原…どうかしたのか?」
「ちょっと頑張りすぎちゃって…」
「あ、先生。今食べ物ってどうなってます?藤原、食べないと持たないんですけど…」
「え?いや、この状況じゃ食料は貴重だからな…勝手に食べるわけにはいかんだろう?」
「…ア、アキラくん…大丈…夫…だから…」
先生はチアキの様子にびっくりして、事情を聞いてくれたの。アキラが説明してくれたわ。人目につかない、避難所としては使われない部屋…結局は校長室を選んで、そこに食べ物を運んでくれたの。缶詰やお菓子、ジュースばかりだったけど。それでもチアキは最初、貴重な食料を自分がたくさん食べることを拒否したわ。三人で説得して、どうにか食べてもらってね。しばらく休んでもらうことにしたの。
ちょうどその頃、待ちに待った救助、消防やレスキュー隊、自衛隊も次々に到着して、その後の怪我人はその人たちが引き受けてくれたの。でもね、本当はチアキが手当てすれば助かったかもしれない、それで亡くなった方もいたわ。もちろん、チアキには言わなかったけど…やりきれなかったわね。
ただ、それでも、学校の生徒達が組織的に動いたおかげで、避難所の確保や食料の確保、怪我人の処置なんかが早かったから、被害は少ない方だったみたい。これはチアキの功績だって、私はそう思っててね、もちろん今でも思ってるわ。だからチアキが休んでる間も、とにかく一生懸命頑張ろうって、そう思ってたの。そんな時だったわね。雨が降り出したのは…