どぅばの倉庫 -11ページ目

どぅばの倉庫

煩悩廃棄物倉庫



 私もチアキも、これから避難所になるだろうっていう教室の掃除や、職員室や倉庫なんかにある、使えるかも知れない道具を運んだりって、避難してきた人たちには接しないような作業をしていたの。私たちだけじゃなくてね、校内で活動していた生徒はほとんどがそうだったわ。体育館を担当していたのはね、保健委員と、確か女子運動部だったの。それと、保健の先生他数人の先生たち。
 体育館の中はね、外で活動していたときの雰囲気とは全然違ったわ。何で気付かなかったのかしら?ちょっと考えれば、これだけ酷い、見渡す限りでもあちこちの建物が潰れてるぐらいの地震だったのに、怪我人が少ないわけないのよね。

「こ…これって…」
「あ、あの人大変っ!」

 私は絶句して、最初は足がすくんで中に入れなかったの。でもね、チアキはちょうど、保健の先生…斉藤先生っていうの。斉藤先生が手当てしていた体中血だらけの人を見てね、駆け出したの。

「あ、あのっ!大丈夫ですかっ?」
「あら、藤原さん…?」

 そこに横になっていた男の人は、声は出さなかったけど一応「大丈夫」みたいな身振りをしたわ。でもね、全然大丈夫には見えないの。

「藤原さん、あら、それに沢村さんまで。こっちを手伝ってくれるの?」
「あ、は…はい!」
「ありがとう…でも…ね、見ての通り、物が全然ないでしょう?残念ながらできることは限られてるの。応急処置すらね…はやく救助が来ればいいんだけど」

 先生のまわりには保健室から持ってきたであろう薬や包帯、その他のいろいろな物があったんだけどね、それでも全然足りなかったの。瓶に入ってたものはほとんど割れてしまってたみたい。だから消毒液も足りなくて、できることと言えば止血か、あるいは骨折や捻挫したところを固定すること。あとは励ましてあげることぐらいだったの。
 目の前の男の人は何かの下敷きになったところを助けられたそうなの。腕に何かが深く刺さったみたいで、それを抜いちゃったんですって。そしたら血が止まらなくなって…その時は二の腕をきつく縛られて、それはもう、縛られた下の方が紫色になるぐらいきつくよ。それでも血を流しすぎたみたいで、もうろうとしていたわ。このままだと大変なことになるかもって…

「先生…ちょっとどいてください!私が何とかします!」
「えっ?ふ、藤原さんが?」
「あ、先生。チアキに任せてみてください…なんとかなると思います」
「ちょ、ちょっと…」

 私は無理やり先生を引っぱって、後をチアキに任せたの。先生は「何をするつもりなの?」って何度も聞いてきたんだけどね、チアキを見ているうちに言葉が止まって…目の前の男の人の血が止まって、傷口がふさがっていく様をじっと見ていたわ。

「ふうっ、終わりました。でも多分、血は元には戻ってな…」
「藤原さんっ!い、いま、今何したのっ?」
「あ、あの…」

 チアキの言葉を待たずに、先生は興奮した様子でね、よくわからないことを言いながら「何で?何で?」って繰り返してたの。チアキがね、だんだん泣きそうな顔になっていったわ。

「先生、信じられないかもしれないけど、チアキはこういうことができるんです。だから…」
「あ、あの…他に大変な人は…」
「そうね、そうよね、これならみんな助かるわ。後で話を聞かせてちょうだい。とりあえずあそこの人を…」
「だめだよっ!」

 急に後ろから声がして、振り向いてみるとアキラだったわ。

「あ、アキラっ!こっちに来てたの?」
「中原先生に聞いて今来たとこ。それより藤原はもう何人か診たの?」
「ううん、まだこの人だけ…だけど…?」
「それならよかった…」
「ちょっとっ!何がいいのっ?怪我人はまだたくさんいるし、藤原さんがなんとかできるなら…」
「先生、ちょっと話を聞いてください」

 急に取り乱した先生を落ち着かせてからアキラが話したことはね、とても大事なことだったの。そう、わかるでしょう?チアキの魔法は無限に使えるわけじゃないのよね。チアキが魔法を使えば使うほど、チアキのためにたくさんの食べ物がいるわ。食べなければ、チアキが倒れてしまうかもしれない。確かに、その時の学校には少し余裕があったかもしれないけど、ねえ。避難生活で食べ物を真っ先に消費してしまうわけにはいかないものね。

「そ、そんな…じゃあ、やっぱりこの人たちの手当ては無理…」

 先生はとてもがっかりしていたわ。私たちが教室の掃除をしている間も、ずっと怪我をした人の相手をしていたみたいでね、だいぶ疲れていたのよ。でもね、先生がもう今にも泣きそうになったとき、チアキが言ったの。

「あの…でも、何もしないわけには…いかないと思います…」
「でも、」
「アキラ君、少しぐらいなら大丈夫。だから、例えばこの人みたいにね、すぐに血を止めないとだめな人とか、他に命に関わるぐらいの怪我をした人だけ…ね」

 確かに、何かできるのに見てみぬふりはできないわね。それに、チアキ本人がそういってるわけだし、私たちは何も言えなかったの。

 結果的にはね、そうするべきではなかったのかな?ううん、もちろん、手当て…って言うのかしら?とにかく怪我が治った人たちからは、最初は変な顔されたけど…それでもすごく感謝されたわ。
 でもね、最初のうちはひどい怪我の人は少なかったけど、後からどんどん増えていったわ。私たちの学校を中心にして、集まった元気な人たちが救助活動をしていたおかげでね。チアキの仕事は増える一方。それに、本当に危険な人だけじゃなくてね、近くの保育園から集団で避難してきた子供たちも「かわいそうだから」って、チアキは手当てをしてあげてたの。

「チアキ…チアキっ?」
「う…ん?カナ?な、何…」
「もうやめようよ!」
「ん、だめ…まだたくさん…」
「藤原さん…もう、もういいのよ…大丈夫、もうすぐ救助隊が来てくれるから…」
「藤原、もう限界だよ。藤原が倒れたら、この後もし大変な怪我をした人がきたらどうするのさっ!」

 アキラの説得でやっと、休憩することを決めたチアキは、もうね、そのときにはフラフラだったの。私の肩につかまってやっと歩いてたわ。

 チアキを休ませる為に校舎に戻る途中で中原先生に会ったの。

「藤原…どうかしたのか?」
「ちょっと頑張りすぎちゃって…」
「あ、先生。今食べ物ってどうなってます?藤原、食べないと持たないんですけど…」
「え?いや、この状況じゃ食料は貴重だからな…勝手に食べるわけにはいかんだろう?」
「…ア、アキラくん…大丈…夫…だから…」

 先生はチアキの様子にびっくりして、事情を聞いてくれたの。アキラが説明してくれたわ。人目につかない、避難所としては使われない部屋…結局は校長室を選んで、そこに食べ物を運んでくれたの。缶詰やお菓子、ジュースばかりだったけど。それでもチアキは最初、貴重な食料を自分がたくさん食べることを拒否したわ。三人で説得して、どうにか食べてもらってね。しばらく休んでもらうことにしたの。
 ちょうどその頃、待ちに待った救助、消防やレスキュー隊、自衛隊も次々に到着して、その後の怪我人はその人たちが引き受けてくれたの。でもね、本当はチアキが手当てすれば助かったかもしれない、それで亡くなった方もいたわ。もちろん、チアキには言わなかったけど…やりきれなかったわね。

 ただ、それでも、学校の生徒達が組織的に動いたおかげで、避難所の確保や食料の確保、怪我人の処置なんかが早かったから、被害は少ない方だったみたい。これはチアキの功績だって、私はそう思っててね、もちろん今でも思ってるわ。だからチアキが休んでる間も、とにかく一生懸命頑張ろうって、そう思ってたの。そんな時だったわね。雨が降り出したのは…

 チアキが大声で悲鳴を上げたとたん、足元がグラグラゆれてね、「あ、地震だ」って思った時にはもう、周りの人たちはみんな立っていなかったわ。
 ものすごい、それはもう、校庭の地面が波打っててね、なす術もなく倒れていったの。そのまま立ち上がれずに、そうね、地面にしがみついてる感じかしら。地面が揺れてる音なのか、建物が崩れてる音なのか、誰かの悲鳴なのか、その区別もつかないくらい、とにかくね、頭の中でゴーーーって鳴ってて、もともとしゃがみこんでた私とチアキは震えながら抱き合ってたの。

 実際にゆれた時間はどれくらいだったのかしら?すぐだったような、数十分続いたような…揺れが収まったかどうかもわからなかったわ。体がね、ずっと揺れてる気がするの。
 みんな言葉もなく、学校から見える変わり果てた街の風景を呆然と眺めてたわ。

「さ…沢村?今の…何…だ?」
「わ…わかりま…せん…ち、チアキ?」

 チアキは私にしがみついてガタガタ震えてたわ。

「藤…原…なら、わ、わかるのか?沢村…は、こ、これ、これがわかってて…非常ベルを…」
「え、えっと、わかってたって言うか…チアキ…の、様子がおかしかったから…ち、チアキが逃げろって…」
「ふ、藤原には、不思議な力があるんです…」

 アキラが先生と私の間に入ってね、簡単に説明してくれたわ。もちろん、チアキに予知能力があるなんてことは私たちも知らなかったから半信半疑だったけど、私がチアキを信じて非常ベルを鳴らしたんだって。

 校庭は大パニックだったわ。その後も何度か余震があったし、学校の外では突然爆発したかと思うと、そこで火事が起きてたし。怖くて泣いてた子もいたわ。
 でも、先生達がどうにかこうにか騒ぎを収めて、私たちを整列させてね、しばらく対策を練ってたわ。先生も生徒も、何人かはすぐに学校の近くの崩れた家や、あるいは自分の家かしら、思い思いに飛び出そうとしてたの。でも、校長先生がね、それはちょっと待ってって。

「みなさんの気持ちはわかりますが、こういう時こそ落ち着いて行動しましょう!まずは各クラス全員いるか、けが人はいないかを確認してください」

 各クラスの委員長が確認している間に先生達は打ち合わせ。それほど長い時間ではなかったわね。

 私はチアキに大丈夫?って声をかけながら、背中をさすってあげてたの。その時はもう、だいぶ落ち着いてたわ。するとね、ふと二人の男子が先生たちのところに歩いていくのが見えたの。一人が肩を貸して…地震でみんなが倒れた時、運悪く捻挫をしてしまっていたのね。一年生だったわ。

「先生、一人怪我人です」
「そうか…参ったな。今すぐ治療はできないから、すまないが向こうの方で少し休んで…あれっ?どうした?そっちも怪我人か?」

 私とチアキのことよ。なんとチアキがその子たちの様子を見るなり立ち上がってね、私もつられて、一緒にそこまでいっちゃったのよ。

「見せて…」
「ちょ、チアキ…いいの?」
「うん…そんな状況じゃないから…」

 先生達が見守る中、チアキはその男の子の引きずってる足に手を触れたの。その様子は、そこにいた先生たち、それに列の前の方にいた子たちも見ていたわね。奇跡の瞬間よ。

「先生方、よろしいですか?」

 校長先生の一声で先生たちは我に返って、話し合いに戻ったわ。

「あ、あの…ありがとうございます」
「いいよ。もう大丈夫だと思う。気をつけてね」

 男の子たちにチアキはどんなふうに映ったのかしら?顔を真っ赤にしてもどって行ったわ。戻った先でちょっと騒がしかったのは、きっとチアキのことを話してたのね。

 先生達の話し合いが終わると、それぞれが動き始めたわ。あ、内容はね、運動部男子は若い先生たちと学校の外の様子を見に行って、困ってる人を助けたり、消火の手伝いをしたり、残った人たちは学校内の掃除よ。それに、やっぱり地震のショックで気分が悪くなった子もいたから、女子の一部はその子達の面倒を見たり。
 その前にね、チアキと私、それとアキラは中原先生に呼ばれてたの。

「こんな聞き方をするのはなんだが、状況が状況だから単刀直入に聞く。藤原は何か、不思議な力をもってるのか?」
「…はい」
「そうか…わかった。詳しくは聞かない。沢村、さっきはすまなかった」
「へっ?あ…いや、それはいいです…」
「まあ、後でゆっくり謝るよ。それと、ありがとう。君達のおかげで全校生徒が無事だった」
「いや、あの…」
「もし、あまり知られたくないことだったら伏せておくよ。多少の噂にはなるかもしれんが…ところで藤原は向こうの連中は何とかならんか?」

 地震のショックで気分が悪くなった子達のこと。影で横になってる子もいたわ。

「あの…怪我ならなんとかなる…みたいですが…すみません…」
「そうか。いや、謝ることないさ。それだけでも十分、礼を言わなきゃならん。なんせこんな状況だからな。あまり見せたくないかもしれんが…もし何か他にも特別なことができるなら是非手伝ってくれ」
「…わかりました」

 その後は忙しかったわ。いいえ、みんなね、つとめて忙しくしてたの。不安をどうにかしてはぐらかそうとしてたのね。
 先生達の言う「こういうときこそ落ち着いて、自分勝手な行動をとらないように」っていうのは、実際のところみんなは納得できてなかったと思うわ。誰でも自分の家や家族が気になるでしょう。でもね、それでも黙々と先生の指示通りに働いたの。正直言うとね、私は怖くって、崩壊した街が危ないってのも怖かったし、もし自分の家族が最悪のことになってたらって考えるのも、それを見るのも怖かったのよ。
 私たちが掃除をしていた頃はまだ、どことも連絡が取れていなかったわ。警察や消防署も。どこもみんな大変だったのよ。でも、先生達は学校が避難所になるだろうって。だから、避難する人たちを迎え入れるためにも、一生懸命働こうって。そればかりを考えることで随分楽になったと思うわ。実際、既に何人かは近くの人が避難するつもりで来てて、掃除を手伝ってくれてたの。
 それと、わりと近くにスーパーがあって、そこも大変なことになってたんだけど、店長さんがね、回収できたものは全部避難所に持っていっていいって言ってくださったの。だから食べ物も飲み物も結構あったし、学校には貯水槽があったから水も出たわ。何より、ほとんど無事だった生徒達が組織的に活動してたおかげでね、結構活気に溢れていたのよ。もちろん、空元気かもしれないけど。

「人がいっぱいになってきたね」
「うん…どうしよう…」
「何を?」
「怪我を…してる人がいるの…」

 チアキはね、避難してきた人たちの中に、怪我人がいることが気になってたのね。だから私達は先生に断って、その時とりあえずの避難場所になってた体育館に行くことにしたの。

「義を見てせざるは勇無きなりってね」
「そうは言っても…やっぱり怖いよ?」
「何が?」
「…変なふうに…思われないかな…?」
「大丈夫だよっ!…って言いたいところだけど…ねぇ…あ、でも、少なくとも魔女さんはみんなから感謝されてたはずだよっ」
「…そう、そうだよね」

 そう言いながらも、体育館まで同じようなやり取りを何回か繰り返したわ。それからね、体育館に着いて…そんなことを言ってられない現実を見てしまったの。

 二学期が始まってからも、朝はチアキと二人で登校、休み時間は三人でおしゃべり、昼休みはチアキとアキラは図書室、そんな毎日を過ごしていたの。そうね、ちょっと変わったことと言えば、チアキが放課後、付き合いが悪くなったぐらいかしら。と言っても、夏休みの終わりごろからずっとなんだけど、ちゃんと理由はあってね。お父様が帰ってきてたのよ。
 チアキはね、お父様が大好きで、でもお仕事が大変なんですって。小学校六年生ぐらいの頃だったかしら?その頃から外国へ行ってたの。年に数回帰ってくるだけだったのよ。
 だからね、学校が始まって一週間もしないうちに、急遽また外国に戻ることになって、とても落ち込んでたわ。遠い南の海に台風が発生しててね、とても大きくて強い台風よ。ちょうど帰る予定だった頃にこちらの方に最接近、あるいは上陸ってところだったわ。普段はあまり台風の来ない地方なのにね。お仕事に遅れるわけにもいかないでしょう?だから、早めに帰ることになったの。
 チアキの様子が変だったのは、きっとそういう理由だろうって思ってたのよ。

「チアキー、そろそろ元気になろうよー。チアキのだーい好きなパパさんはまた帰ってくるよー」
「そういうわけじゃないんだけど…」
「藤原は昔っからパパっ子だね」
「えっと…うん、それはそうなんだけど…」
「パパの次にだーい好きなアキラがいるじゃん」
「ちょ、沢村っ!」
「……………」

 なんだかね、チアキの反応はいまいち。いつもならすぐに怒るところなんだけど…アキラも私に何か言うのをやめて、顔を見合わせたわ。

「その…何ていうかね、何か…変?なの…」
「何が?」
「…わからない」
「チアキが変だよー」
「うん、変なんだ」
「えっ?」
「だってね、パパにはずっといて欲しいって思うんだけど、もちろん無理なのもわかってるからだとは思うんだけど…でもね、パパが早めに帰ることに決まったときね、私も『その方がいい』って思ったんだ」

 もちろん、お父様のお仕事のこと気づかってだとは思うのよ。でもね、チアキは自分ではそれが信じられなかったんですって。成長して、理解できるようになって、だからわがままを言わなくなった、というのともちょっと違うって。むしろ、早く行ってしまったほうがいい、って思ったみたいなの。

「パパさんよりアキラが一番になったとか…?」
「沢村、いい加減に…」
「だから…そういうんじゃないのよ…」

 明らかに変だったわ。私たちと会話はしてるけど、心ここにあらずって感じかしら。その日からチアキは「怖い」という言葉を口にするようになったの。

「なんだかね…怖いの…」

 二年生になってから、チアキにはいろいろなことがあっわ。ううん、もっと前から、一人で悩んでいたでしょう?だから、お父様が帰ってきて、すぐ行ってしまって、ちょっと気が抜けて疲れが出たんでしょうって、私もアキラもそう思っていたの。


 台風上陸はほぼ確定になって、もう二、三日で最接近、あるいは上陸って頃、お天気はそうね、雨は降ってなかったけど、ずいぶんどんよりした日だったわ。今にも降りそうな感じ。
 お昼休み、私は相変わらず外に遊びに行ってて、もうすぐ午後の授業が始まるって頃、教室に帰る途中、くつ箱のところで息を切らしたアキラに会ったの。

「沢村っ!ちょっと!藤原が変なんだっ!」
「へっ?」

 大急ぎで駆けつけた私が見たのは、廊下で泣きじゃくるチアキ。何かに怯えるように。何事かと他の子たちも見にきてて、それなりの人数が集まってたわ。

「ちょっと、チアキ!どうしたの?何かされたの?」
「カ、カナぁーーーっ!」
「別に誰も何もしてないんだ。藤原が急に『もうダメだ』みないなことを言って泣き出して…」

 さっぱりわけがわからなかったわ。まわりの子達も、どうしていいかわからなかったみたい。何人か声をかけたらしいんだけど…それで誰かが、私を呼んでくるのがいいんじゃないかって、それでアキラが走ってきたのね。

「チアキ!ちょっと落ち着いて!どうしたの?」
「カ…ナ・・・、イヤ!もうダメなのっ!ここ…うえっ、ダメ…」
「何?何がダメなの?」
「うえっ…げふっ…ここ、ここーーーっ!」
「ここ?ここがダメなの?何で?」
「こ…怖い…怖いのっ!うえええー、カナーっ!逃げてーーーっ!」
「ちょ、それじゃわから…」
「何かよくないことが起きるのか?藤原?」

 アキラが割って入ったおかげで、ちょっとだけチアキは泣くのをやめて、アキラと私の顔を見ることができたの。アキラの質問に首を何度も縦に振って、また泣き出したわ。

「は、はや…うえっ、早く…みんなも…」
「チアキ、あわてないで。ちゃんと答えてね。ここが危ないの?」

 泣きながら頷くチアキ。

「みんな危ないの?」

 これも肯定。

「どこに逃げればいいの?」
「そ…と、げふっげふっ!…と、そとに…」

 私はすっと立ち上がって、みんなを見たの。アキラも同じことを考えたみたいね。何か、そうね、決心したような顔をしてたわ。

「みんな聞いた?ここ、危ないって!」
「いや、それは聞こえたけど…」
「じゃあ、すぐ他の子たちにも伝えて外に逃げて!」
「ちょ、そんなこと言われても…」
「ごめん、僕らは藤原が言ってることを信用できる根拠があるんだけど、それをみんなに説明する暇はないみたい。ただ、藤原が言うなら、とにかくここは危ないんだと思う」
「そんなの信じられるかよ…」

 それはそうよね。普通、いきなりそんなことを言われても信じてもらえるはずないわ。でもね、チアキの様子を見る限り、とても緊迫した状況だったの。だから私は、すっと無言で立ち上がって人ごみをかきわけて、廊下の反対側の壁に向かったの。

「沢村、何を…」


ジリリリリリリリリリリリリリーーーっ!


 そこにいたみんなはあっけにとられてたわ。なんてことするんだ、って、そんな顔。そして、学校中が大変な騒ぎになってるのも感じ取れたわね。

「とにかく、みんな逃げて!何事もなければ私のいたずらでいいからっ!」

 私はチアキをアキラに任せて、校舎の他の階にもある程度まわって「校庭へっ!」って叫びながら出て行ったから、私が外に出たときはもうだいぶ人が集まってたわ。チアキとアキラは既に先生数人に囲まれててね。私もそこに走って行ったの。

 チアキはさらに酷く泣いていたわ。

「チアキ、大丈夫?」
「か、カナあーっ!もう、もうダメ…何かくるっ!」

 チアキの様子はただことではなかったけど、私たち以外の人はみんな、何で非常ベルが鳴ったのか、校庭に避難する必要があったのか全然わかってないでしょう。すぐそばで先生とアキラが話をしてて、私にも声がかかったわ。

「沢村、どういうことだ?」
「あ、えっと、あの…何か危なかったみたいで…」
「非常ベルを鳴らしたのは沢村か?」
「…はい、あの、それは…」


バシィィィィッ!


 担任の中原先生。目が飛び出るかと思ったわよ。一発で顔がはれあがるほどの平手打ち。話してる途中だったから口の中も切れて、血がボタボタと垂れて…チアキが何かを叫びながら私をかばうように覆いかぶさったのだけわかったわ。

「沢村ぁ!やっていいことと悪いことがあるだろっ!」
「先生、ちょ、ちょっと…」

 他の先生たちが懸命に中原先生を抑えて…みんな、ただのいたずらだと思ったのね。あなたたちには信じられないかもしれないけど、私たちの頃だと「非常ベルを鳴らす」といういたずらはね、これぐらいの罰を受けても当たり前って、みんなそう思ってたわ。
 ただ、本当に「いたずら」ってことで、私が怒られるだけで丸く収まってくれればよかったんだけど…

「カナァーっ!ごめんね、ごめんねっ!」
「ち、チアキ…だ、大丈夫…だよ…」

 泣きじゃくりながら私に謝るチアキ。もう、その間にね、私の顔は元通り。その様子はそこにいた先生たちもはっきり見てて…中原先生が、そのことについてだったのかしら?何かを言おうとしたときだったわ。

「ダメ!ダメぇーーーーっ!」
「チアキっ?チアキっ?」
「何か、来る…イヤァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」


ドドドドドドドドドドドッ…………ドドーンッ!!!!!


 そんな音がしたのかどうか…それすらわからなかったけど、でもね、私はそんなふうに感じたわ。