あるところに、小さな国がありました。その国には王様がいました。とても賢くて、そして心の優しい王様でした。国の人々が豊かに暮らせるよう、いつもいろいろなことを考えて、そして、暮らしを便利にしていきました。王様のおかげで、その国で暮らす人々には、ちょうどいいくらいの食べ物と、ちょうどいいくらいの仕事と、子供達にはちょうどいいくらいの遊ぶ時間がありました。
それでも王様はいつも、その国をもっと豊かにしようと考えていました。
ある日、王様は国の学者をあつめて会議を開きました。
「我が国の畑でとれる食べ物は、すべて食べられるわけではないようじゃな?」
学者たちは答えました。
「はい、おっしゃるとおりです。畑でできた食べ物は、その内の少しばかり、虫に食べられてしまいます。」
王様は言いました。
「では、その虫を退治して、畑でとれる食べ物をすべて食べられるようにしよう。」
学者たちは研究をかさね、ついに畑をあらす悪い虫を退治する薬が完成しました。
ところがその夜、王様の部屋に一匹のカエルがやってきました。
「王様、王様。どうか私の話を聞いてください。」
王様はびっくりして聞きました。
「なんじゃ?カエルか。いったいどうしたというのじゃ?」
カエルは答えました。
「畑を代表してきました。王様、どうかあの薬、王様の学者たちが発明したあの薬を使わないでほしいのです。」
せっかく発明した薬を使わないでくれと言うのです。王様がわけを聞くと、カエルは話しはじめました。
「あの薬を使われると、私たちはみんな、病気になってしまいます。それに、王様たちが退治しようとしているあの虫は、私たちのたいせつな食べ物なのです。」
王様はおどろきました。自分たちの食べ物がたくさん取れるようにするための薬は、カエルたちの食べ物をうばう薬だったのです。なやむ王様に、カエルは話をつづけました。
「それに王様。じつは畑には、王様たちには見えない、もっと小さな虫がいて、彼らは畑の食べ物を育たないようにしています。王様たちが退治しようとしている虫は、子供の頃は葉っぱを食べますが、大人になるとその小さな虫を食べます。だから、王様たちがあの薬を使うと、最初はよくても、だんだんとその目に見えない小さな虫がふえてきて、いつかは食べ物が育たなくなりますよ。」
王さまは「うむむ…」とうなって、しばらく考えました。そしてこう言ったのです。
「うむ、そなたの話はよくわかった。畑に住むものがそう言うのであればそうなのじゃろう。効果のない薬を使うわけにもいかないし、なによりそなたたちの食べ物をうばってしまうわけにもいくまい。あの薬を使うのはやめよう。」
カエルはとびはねてよろこびました。
「王様、ありがとうございます。私たち畑に住むものは、みんな食べたり食べられたりしていますが、ぜんぶがいなくなったりしないように決まりを守って生活しています。お礼にその決まりをもういちど話しあって、少しでも王様たちの食べものが多く取れるようにがんばりたいと思います。」
それには王さまもよろこびました。
「ほう、畑に住むものたちが協力してくれるのはありがたい。ぜひ、おねがいしよう。」
カエルはすぐにでも畑で会議を開きますと、大いそぎで帰っていきました。
そんなことがあって、その小さな国は、ちょっとだけ豊かになりました。その頃、まわりの大きな国では、畑の虫と、目に見えないくらいの小さな虫まで退治する薬が発明されて、もっと豊かになりました。それでも王様は、カエルたちのために薬は使いませんでした。
またある日のこと、王様は国の学者たちをあつめて会議を開きました。
「我が国はとても小さい。だから畑が少ない。どうにかして畑をふやすことができれば、もっと国を豊かにできるのではないか?」
学者たちは答えました。
「はい、おっしゃるとおりです。畑がふえればその分、食べ物もふえます。ですが、我が国はまわりを山と海にかこまれており、これいじょう畑をふやすことができません。」
王様は言いました。
「では、その山や海を畑にする方法を考えようではないか。」
学者たちは研究をかさね、山を切り開いて畑にする機械と、海をうめたてる機械が、ついに完成しました。
ところが、それらの工事の計画をたてる会議をしていたとき、そこにお客さんがやってきました。あのときのカエルです。
「王様、お久しぶりです。きょうは私のお友だちの話を聞いてほしくてやってきました。」
カエルがそう言うと、うしろからゾロゾロとクマやリスやおおかみ、そして海の魚やカメが入ってきました。
「おお、これはいったい、なんのさわぎじゃ?」
王様たちがおどろいていると、動物たちを代表してクマが話しはじめました。
「カエルさんから、王様なら話を聞いてくれると聞きまして、おねがいにまいりました。」
「うむ、わしはこの国に住むものの話ならなんでも聞くぞ。もうしてみよ。」
クマは、ありがとうございますとおじぎをして、話しはじめました。
「実は、山を切り開いたり、海をうめたりすることをやめていただきたいのです。」
せっかく機械を発明したのに、畑をふやすのをやめてくれと言うのです。でも王様は、これにもきっとわけがあるのだろうと思って、クマの話をつづけさせました。
「わたしたちは山で暮らしています。そこをけずられて畑にされてしまうと、わたしたちは住むところがなくなってしまいます。それに、食べ物もなくなってしまうのです。」
魚がつづけて言いました。
「海をうめるのも同じです。りくに近いあさいところは、私たちの住み家である海そうやさんごしょうたちが暮らしています。かれらはうごくことができません。それに、りくからはなれた深い海は、水も冷たいし、こわい大きな魚たちがたくさんいるので私たちは暮らしていけないのです。」
学者たちは聞きました。
「山や海を少しずつ分けてもらうことはできないのかね?」
こんどはカメが答えました。
「たしかに、少しずつなら私たちも暮らしていけるかもしれません。でも、海や山は、ながい時間をかけて、ゆっくりと今のかたちになりました。ところが、きゅうにかたちをかえてしまうと、今まではだいじょうぶだった大雨でも山がくずれたり、あらしでみなとがこわれたりしやすくなるのです。」
王様と学者たちは、動物たちといしょに話し合いをしました。そして、畑をふやす計画を中止したのです。王さまは言いました。
「山に住むもの、海に暮らすものが言うのであればそうなのじゃろう。国の人々を危険にさらすわけにはいくまい。なにより、そなたたちがこまってしまうのは気のどくじゃ。この国で暮らすものすべてが幸せでなくてはいかん。」
動物たちは大よろこびです。クマが言いました。
「王様、ありがとうございます。お礼に私たちは、山でとれるくだものを、できるだけ王様たちに食べてもらえるよう、少しがまんすることにしましょう。」
おおかみが続けて言います。
「それなら私たちは、この国の人が飼っているひつじやにわとりをおそうのをやめることにします。」
魚も負けずに言いました。
「じゃあ、私たちは海が危ない日をおしえてあげましょう。きょうは船を出さないほうがいいですよって。」
王様たちもよろこびました。どうぶつたちは口々にお礼をいいながら帰っていきました。
そんなことがあって、その小さな国は、また、ちょっとだけ豊か豊かになりました。その頃、まわりの大きな国は、どんどん山を切り開いて国を広くしていました。海をうめたてて工場をたくさん作りました。そして、もっともっと豊かになっていきました。それでも王様は、動物たちのために、山を切り開いたり、海をうめたりすることはしませんでした。
王様の国は、少しずつ、少しずつ豊かになっていきましたが、その国に暮らす人々の生活は、それほどかわりませんでした。ちょうどいいくらいの食べ物、ちょうどいいくらいの仕事、そして、子供たちのちょうどいいくらいの遊ぶ時間が、少しずつふえただけ。でも、みんな幸せでした。
ところが、どんどん大きく、豊かになっていったまわりの国々は、もっと豊かになるためにケンカをはじめました。戦争です。戦争に勝った国は、とてもとても豊かになりました。戦争に負けた国は、とても貧しくなりました。
その話を聞いて、王様と学者たちは会議を開きました。
王様は言いました。
「諸君も聞いていると思う。まわりの国々が戦争をはじめたのだ。戦争に勝てば、国はとても豊かになる。負ければとても貧しくなる。我が国はどうしたらよいか?」
学者たちはこたえました。
「わが国は小さくて、今のままではほかの国と戦争しても勝てません。まずは軍隊を作らなくてはならないでしょう。」
「それに、武器もありません。新しくて強い武器を、たくさん作る必要があります。」
会議は何日もつづきました。軍隊を編成する良い方法、武器の開発について、王様たちはいろいろ話し合いました。
ところがある日、お城にたくさんのお客さんがやってきました。あのときのカエルと動物たちです。それに今度は、国にすむ人たちまでいます。
「王様にお願いがあってみんなできました。」
王様は言いました。
「もちろん、この国に住むものの言葉じゃ。何でももうしてみよ。」
みんなを代表して一人の男が、ありがとうございますとおじぎをして話しはじめました。
「王様、どうか戦争をするのをやめてほしいのです。この国はとても小さくて、それでもみんなで働いているから、食べる物にもこまりません。でも、軍隊を作るとなると、たくさんの大人たちが必要になります。畑をたがやす人、暮らしに必要な道具を作る人、そんな人たちが軍隊に入ってしまうと、国中の人たちがこまってしまいます。」
クマがつづけます。
「それに王さま、武器を作るにはたくさんの鉄が必要です。鉄を作るためには山をほりおこしてたくさんの石をあつめなければなりません。」
とりたちも口をそろえて言いました。
「それに、たくさんの火だってひつようです。そのためにはたくさんの木を切らなくてはいけません。」
そしてまた、代表の男が言いました。
「もちろん、武器を作るのにもたくさんの人が必要です。王様、これではこの国に住むものたちが生活できなくなってしまいます。」
王様はこまりました。これではほかの国がせめてきたときに、この国をまもることができません。すると、ある学者が言いました。
「王様、我が国はとても小さく、まわりの国とくらべてもそれほど豊かとは言えません。ですから、我が国はどこにもせめないから、そのかわりこの国にもせめてこないでもらえるよう、ほかの国と約束をしてみてはどうでしょうか?」
自分の国より豊かでない国をせめても意味がないから、自分たちがほかの国をぜったいにせめないと言えばだいじょうぶだろうというのです。それはいい考えだと、みんな口ぐちにほめました。
「よし、わかった。それではさっそくまわりの国ぐにに使いをおくろう。」
王様の国はとても小さかったので、まわりの国々はちゃんと約束してくれました。小さな国の人びとは、いままでどおり幸せに暮らしました。
まわりの国々はたくさん戦争をして、勝って、負けてをくりかえしました。たくさんの畑がつぶされ、たくさんの山がもえて、たくさんの人が死にました。王様の小さな国だけはずっとそのまま、ちょうどいいくらいの食べ物、ちょうどいいくらいの仕事、そして、子供たちのちょうどいいくらいの遊ぶ時間がありました。
その小さな国は、世界で一番豊かな国になりました。
あるとき、突然ほかの国がせめてきました。約束をやぶったのです。王様の国は、どうするかの会議を開くまもなく、すぐになくなってしまいました。
そんなことがあって、世界には一つも、幸せな国はなくなりました。
あの小旅行はとても有意義なものだったわ。魔女さんの話も聞けたし、それにね、橋本さんは理科の先生だったって言ったでしょう。自由研究も手伝っていただいたの。とても元気なおじいさんでね、一緒に渓流までいったのよ。魚釣りもお手の物、魚や虫や草についてもいろいろ教えてくれて、時折チアキが見せる魔法に驚いたりよろこんだり、とても楽しかったわ。
橋本さんや、アキラのおじ様、おば様とお別れして家に帰った後も、夏休み中はずっと三人一緒。チアキの魔法の特訓?とは違うわね。どこまでできるか試してみるためにね、お弁当とかおやつとか食べ物をたくさん持って、それはもう、毎日がピクニックね。
チアキはどんどん魔法を上手に使えるようになったんだけど、限界を見ることはなかなかできなくて…何が得意かってことも、結局よくわからなかったわ。
「何か、こう、ものすごい力ってなかなか出せないね?」
「そうかな?僕は十分すごいと思うけど…?」
「だってほら、何ていうか…チアキの周りで不思議現象がチマチマ起こってるだけみたいな…」
「ちょっと、私にどうしろって言うの?」
何度も何度もチアキの魔法を見てたものだから、私にはだんだん物足りなくなってたのね。もちろん、限界以上の力を出したらチアキが危ないかもしれないっていうのは頭にあったんだけど…私のイメージする『魔女』っていうか、『魔法使い』ね。もっと派手さがほしかったのよ。
「例えばさあ、あの木を吹き飛ばすとか…一瞬で燃やしちゃうとか…」
「できるわけないじゃんっ!」
「いや、できるかどうかは別として…危ないよ?」
「う…まあ、そうなんだけどさ…あっ!そうだよ!何か足りないと思ってたんだ!」
「…何?」
「呪文よ!」
あるいは魔法の名前ね。ほら、ファンタジー小説やゲームの中では、魔法使いは呪文を唱えるでしょう?
チアキは開いた口がふさがらないって顔をしてたわ。
「あの…沢村の言いたいことはわかるんだけど…」
「…それって重要なことなの?」
「重要でしょう?その方がかっこいいし、きっと魔法も強くなるよ!」
「強くって…」
「考えとく…」
私はいつの間にか興奮して話をしてたんだけど、二人は逆にあきれてしまって…でもね、チアキはちゃんと試してみてて、数日後には効果が現れてきたの。
「呪文ってわけじゃないんだけど…」
「うん、それは『気合』だね」
「しかも『よいしょ!』って…」
私のイメージが、もう、音を立てて崩れたわ。いえね、魔法はすごかったのよ。大きな木が一本まるまる凍りついたんですから。でも、「よいしょっ!」はないわよねえ。あ、もちろん木はすぐ元にもどしたわよ。
「だって、なんて言っていいか…」
「ブリザード!とかでいいんじゃない?」
「そんなの恥ずかしくていえないよ!」
一応ね、試してみたのよ。でも、「よいしょ!」の方が強いみたい。他にも試してみたんだけど、呪文の効果はあったような、なかったような…そんな感じだったわ。
「多分『呪文』って、言葉自体には意味がないんじゃないかな?」
「どういうこと?」
「だから『よいしょ』でもいいんじゃないかなってこと。例えばさ、一冊の本を持ち上げるとき、僕らは特に何も言わないよね?でも、何冊もの本を縛って束にすると、持ち上げるときに『よいしょ』って言うわけだ」
「だから、それって掛け声でしょ?」
「うん。でも、沢村の言うところの『技の名前』を叫ぶようなものだと思うんだ。呪文を詠唱するのも能力を使う前に集中するためのものなんじゃないかな?」
「じゃ、私は何を言っても魔法が使えるってこと?」
「実際、そうだよね。何も言わなくても使えるし。だから、力一杯魔法を使いたいときは使う前にしっかり集中して、声を出しながらの方がいいのかな?とにかく一気に出せばいいんじゃない?」
「そんなー…」
私はね、その頃ってやっぱり、夢見る少女ってのとはちょっと違うかもしれないけど…それでもチアキには『かっこいい魔女』でいて欲しかったの。特に理由はないわ。強いて言えば、自分がなり得ないものへのあこがれかしら?
「集中…って、どうやってすればいいのかな?」
「うーん、藤原の好きにすればいいんだろうけど…例えば、昔話に出てくるみたいな悪い魔女がいたとして…誰かをカエルにしようとしてるところを想像してみて」
「…で?」
「う、例えが悪いかな…?僕のイメージでは、何かしばらくブツブツ言って、『カエルになれー!』って叫ぶ感じなんだけど…」
「あー、わかるわかる!その『ブツブツ』が呪文だね!」
「そうそう。で、別に呪文じゃなくても小さい声で『カエルになれカエルになれ…』って呟いててもいいんじゃないかな?」
「う…かっこわ…」
「カエルになれーーーっ!」
「ひゃっ!」
「うおあっ!」
チアキはね、実際にやってみようと思ったみたいで、でも集中しすぎちゃってつい、会話に出てきた「カエルになれ」を叫んでしまったの。
「…ごめ…間違えた…」
「うぷっ…あははははははは!チ、チアキいー!なっ何言って…あははははっ!」
「ふ、くっくっく…藤原…僕ももう…はっ…ははははははっ!」
「ちょ、何よっ!ちょっと間違えただけじゃないっ!」
「ふ、藤原が人をカエルにする魔法を知らなくてよかったね。っくっく…」
私とアキラはお腹を抱えて笑ったわ。チアキは真っ赤になって、まるで怒ったようにもう一回やってみるって。目を閉じてうつむいて、じっとしてたの。私たちはまだ笑ってたんだけど、だんだんとただならぬ雰囲気に気が付いて顔を見合わせたわ。
ふとチアキをみると、チアキの周りに砂ぼこりが立っててね、前に見た風が集まってる感じ。私とアキラはその風を避けるように少しずつチアキから離れていったんだけど、チアキの周り、そうね、五メートルぐらいかしら?砂ぼこりは少しだったわ。でも、チアキの髪は逆立ってるし、何より空気が変なの。ごめんなさいね、上手く説明できないわ。
「ねえ、アキラ…」
「…ん?」
「チアキ…浮いてない?」
「えっ!あ、大変だっ!」
アキラは慌ててチアキに近づこうとして、そして空気の壁に弾き飛ばされたの。私には何が大変なのかわからなかったけど、アキラが転んだのを見てただことではないと思ってね、思わず叫んだの。
「チアキっ!だめーーーっ!」
「へっ?」
チアキが私の声に気が付いて、ふとこっちを見たとたん、チアキのまわりにあった変な空気はなくなったように思ったわ。見えてたわけじゃないけど、そんなふうに感じたのよ。
「えっと、何が…あれ?なんでアキラ君倒れてるのっ?」
「あ、いや…僕はいいんだ。思ったより強かったもんだから…」
「チアキは今、何をしようとしてたの?」
「へ?えっと…前みたいに風を…心の中で『風よ集まれ』ってずーっと繰り返してたの」
「も、もしかするとなんだけど…もし、その後藤原が『よいしょ』って言ったら、藤原はどこか遠くに飛んでいっちゃったかもしれないんだ」
「えーーーーっ?」
チアキには全然そのつもりはなかったみたい。ただなんとなく、強い魔法を使おうと思ってただけみたいね。とりあえず無事でよかったわ。
それからはとにかく『強い魔法』の練習をして、本当に大変だったのよ。チアキがたくさん食べるし、それにね、一日に何度もできないの。でもね、特訓?の成果はあったわ。火・水・氷・電気の魔法は、それこそ普通の生活には必要ない、ファンタジーの世界で怪物をやっつけるときにしか使わないぐらいすごいことができるようになったのよ。それと、風の魔法を使ってね、家を軽く飛び越えるぐらいのジャンプができるようになったり、ものすごく速く走ったり。それにね、雲を晴らすこともできたの。すごいでしょう?アキラは気圧がどうとか上昇気流がなんとか言ってたけど、よくわからなかったわ。雨を降らすほどの力はなかったけど、その力がもっと強ければできるはずだって。
私たちの中学校二年生の夏休みは、そうやって過ぎていったのよ。
次の日は朝から、そうね、あなたたちと同じように、結構早い時間から橋本さんを訪ねたの。
「さて、ばあさんのことか。何から話すかのう」 「あ、あの…その前に気になる事が…」 「なんじゃ?」 「あの、おじいさんが知ってるかどうかはわからないんですが…なぜ『魔女』って呼ばれてるのかって思って…男の場合は『魔法使い』なんですか?」 アキラが言うには、別に「超能力者」でもいいんじゃないかって。だって、「魔女」だと悪い人みたいでしょう? 「なるほどの。まあ、ワシの知っている限りでは『魔女』の能力は女限定らしい」 「えっ!そうなんですかっ?」 「ふむ。そのへんはなぜかは知らん。そういう話じゃ。あと、ずーっと昔になるとわからんが、ちょっと前までは『不一致』と呼ばれとったらしい」 「不…一致…?」 「もしかしてWitchですか?」 「何それ?」 「おお、ようわかったの。何のことはない、英語を聞き間違えたか、わざわざ字をあてたのかってところじゃ。それ以前はなんと呼ばれていたのかはわからん。おそらく、奇術師とか…まあ、そんなとこじゃろ。ばあさんが会ったのも『魔女』だったと聞いとる。別の『魔女に関係した人』ってのは男だか女だか聞いとらん。『不一致』というのはその人から聞いたらしいが、まあ、どちらの話にも魔法を使う男は出てこんかったそうじゃ」 私たちも他の魔女に会うことがあるのかしら?なんてことも話したんだけど、結局よくわからなかったの。それはそうよね。魔女さんから聞いた話を私たちにしてくれてるだけなんですもの。 でもね、突然ポンッと手をたたいて、「じゃが、ワシらが考えた結果、わかったこともある」って。 「まあ、わかったというか、おそらくこういうことじゃろうって思っているだけじゃがの。ときに、小さい魔女さんよ」 「あ、はい。藤原…です…」 「ふむ、藤原さんとやら、お前さん、どんなことができる?」 「あの…物を熱くしたり冷たくしたり、燃やしたり、風をおこしたり…あと、物を濡らしたり乾かしたり、怪我を治したり…電気がビリビリってなったり、えっとそれから…」 「なんと!そんなにいろいろできるのかい?たいしたもんじゃ」 橋本さんはすごく驚いてたわ。私達は『魔女』ならみんなできることって思っていたの。でもね、魔女さんは怪我を治せるってのが主な能力で、他にはね、ちょっとだけなら物を暖めたり冷やしたりできたそうよ。でも、その能力の「強さ」って言えばいいのかしら?チアキの方が強かったみたい。 「はっはっは、こりゃばあさんの自慢話はできんのう。まあいい。で、その魔法なんじゃが、その中のいくつかにどういう原理でそうなっとるのか予想をたてたんじゃよ」 「ほ、本当ですかっ?」 「ああ、例えばの、小さい魔女さんほどの力はないにせよ、ばあさんもお茶を温める程度のことはできたんじゃ。これは、ばあさんが手のひらから熱を出しとった」 「わ、私の手も熱くなります…」 チアキはその力が強いから、何かに火をつけることもできるみたい。魔女さんにはできなかったそうよ。魔女の力も個人差があったのね。 「じゃあ、なんで手が熱くなったりするんですか?」 「そう思うじゃろ?ワシらも不思議だったんじゃが…人間の体ってのはな、熱を出すことができるじゃろう?」 「えっと、風邪ひいた時とか…ですか?」 「それじゃよ。要するにその人間そのものにある能力を都合よく調節しているだけなんじゃないかって思ったんじゃよ」 「ええっ?そんなことが…?」 「まあ、なぜできるのかは知らんが、確かに風邪をひいた時に熱が出るのは、風邪の元になるウィルスをやっつけるためじゃ。そういった能力の延長なんじゃないかとな。人間の脳ってやつは、実際に使われているのはほんの一部分じゃ。普通の人が使っていない部分、そこら辺に秘密があるんじゃないかってのがワシの考えじゃよ」 そういう話はね、その頃の私たちでも聞いたことがあるわ。今ではちょっと考え方が違うかもしれないけど、人間は脳が持ってる力をすべて使っているわけではないって所は同じね。 「ばあさんが得意としていた『怪我を治す』能力も、本人のそれについては恐らく人間の自然治癒力を強めたものなんじゃろう。で、他人に対しては何らかの方法、あるいは力でその人の自然治癒力を高めたんじゃよ。そう考えると、あの異常な食欲も説明がつくんじゃよ」 「魔女さんもだったんですかっ?」 「そう、ばあさんだけでなく、歴代の魔女たちは皆、大食いだったらしい。」 「でも、何でそれが魔法と…?」 「実はの、ちょっとした怪我ならわからんのじゃが、大きな怪我をばあさんの力で治してもらった人は、十人が十人、その直後ものすごく食べるんじゃ。峰時さんも例外ではなかった」 「えっと、それが何か…?」 「人間は何もないところから熱を出したり傷を治したりはできんじゃろう?要するに、魔法を使うには『エネルギー』が要るんじゃよ」 目からウロコというのはこのことね。本当かどうかは別として、私たちのモヤモヤを晴らしてくれる一言だったわ。チアキもそう言われてみれば思いあたるふしがあったみたい。一生懸命魔法を使わないように隠してた、でも、無意識で魔法を使うこともあった、だからたくさん食べる日とそうでない日があったのね。 「お前さんがたの言う『風を起こす』というんはばあさんにはできなかったが、これは何らかの方法で手元の気圧を変化させとるんだろう」 「気圧ですか?」 「気圧はわかるか?天気予報なんかで聞くじゃろう。風はな、気圧の高い方から低い方に空気が動くから起こるんじゃよ」 「おじいさんすごーい!」 「はっはっは、こう見えても理科を教えとったんじゃよ」 「先生だったんですか?」 「もう、辞めてから二十年近く経つがの」 「他のもわかるんですか?」 「うむ、電気はの、これも人の体に元々そなわっとる。脳波なんて言葉を聞いたことあるじゃろ?あれは電気信号なんじゃ。物を濡らすにも『水』なら人間の体には豊富にある。空気中にもな。物を乾かすのも、周りから水分を奪うことができれば説明がつく。ばあさんにできた程度の物を冷やす魔法は、恐らく気化熱、って言ってわかるか?水分が蒸発するときには周りから熱を奪うんじゃ。その原理だと思っとったがの。お前さんたちの言う『物を凍らせる』ほどの力は得られん。まぁ、これも気圧を操る力の応用じゃろう」 なるほどなるほどって、アキラは目を輝かせて聞いていたわ。圧縮された空気をどうとかこうとか…ごめんなさいね、私ではうまく説明できないわ。理科の教科書にも載っているようなことみたいだから、後で調べてみてね。 「しかし、小さい魔女さんは本当に何でもできるんじゃのう」 「他の魔女さんはできなかったんですか?」 「ワシが聞いた限りじゃ、たいていどの魔女も得意なものが一つあって、まあ、ばあさんの場合は怪我を治すってことじゃの。で、あとはたいして役に立たない程度の魔法じゃったよ」 「私、どこまでできるのかなあ?」 その頃のチアキは、まだ自分の能力を把握しきれてなかったわ。もちろん、どんなことができるかってことなら、いろいろと試してはいたんだけど、じゃあ、どのくらい熱くできるのか?とか、どれほど強い風を起こせるのか?とかね。今度、どこか人目につかないところで試してみましょうって、そんな話をしてたの。 「まあ、確かに試してみんことにはわからんとは思う。じゃが、気をつけねばいかん」 「何をですか?」 「さっきも言ったように、魔法を使うにはエネルギーがいるじゃろう?もし、気付かずに自分の限界を超えてしまったらどうなる?」 「…どう、なりますか?」 チアキのとっても不安げな顔を覚えているわ。私だって、えっ?魔女さんが亡くなったのももしかして…って思ったわよ。 「実はワシにもわからん」 「えー?」 「ばあさんができるのは『怪我を治す』じゃったからの。ばあさんが治せんかもしれんぐらいの怪我人ってのは、たいていすぐに救急車で運ばれる。峰時さんの時は、たまたま居合わせただけじゃ。まあ、あのくらいでも大丈夫だったようじゃが…要するに、怪我を治すには怪我人が必要じゃが、能力の限界を超える怪我、あるいは一度に大勢の怪我人には会ったことがないからわからないんじゃよ」 わっはっはって大きな口をあけて笑ってたけど、チアキの方は笑い事じゃなかったわね。何でもできるチアキは、いつでも限界まで挑戦できるんですもの。 「だから、試すのも一日少しずつにせんといかん。いや、もしかすると大丈夫かもしれんが、それは魔女にしかわからんじゃろう。大事をとっておいたほうがええ」 「魔女さんは、その、食べたらすぐに回復したんですか?」 私にはアキラの質問の意図がわからなかったわ。あなたたちはどうかしら?つまりね、食事を取れば、それがすぐにエネルギーになるわけじゃないでしょう?食べたら食べただけ、もちろん体重は増えるけど、すぐに太ったりはしないわよね。 「それもわからん。ばあさんは確かに魔法を使った後は大食いじゃったが、疲れて魔法が使えんという事態は経験したことないんじゃ」 「そうですか…じゃあ、そのことも頭に入れて試さないとですね」 「なんだかんだ言って、それでも結局は、魔女のことは魔女にしかわからんようじゃの。しかし、お前さんは賢いのう」 もちろん、アキラのことよ。チアキはどうだかわからないけど、私はね、実はほとんど理解できなかったの。私にはその後の魔女さんとの馴れ初めとか、普段の生活とか、そういった話の方が興味深かったわね。 |