人間の生き方 | 作家 福元早夫のブログ

作家 福元早夫のブログ

人生とは自然と目前の現実の、絶え間ない自己観照であるから、
つねに精神を高揚させて、自分が理想とする生き方を具体化させることである

 デヴィッド・リカード1772年1823年)は、自由貿易を擁護する理論を唱えたイギリス経済学者である。

 

 各国が、比較優位に立つ産品を、重点的に輸出することで、経済厚生は高まる、とする「比較生産費説」を主張した。

 スミスマルクスケインズと並ぶ経済学の黎明期の重要人物とされる。その中でもリカードは特に、「近代経済学の創始者」として評価されている。

 

 リカードは、17人兄弟の3番目として、ロンドンで生まれた。彼の家は、スペイン系およびポルトガル系のユダヤ人で、彼が生まれるほんの少し前に、オランダからイギリスへ移住して来た。

 

 14歳のときに、リカードはロンドン証券取引所で、父親エイブラハム・リカードの仕事に加わった。

 21歳のときに、リカードは家族の正統派ユダヤ教の信仰を拒絶して、クエーカー教徒のプリシラ・アン・ウィルキンソンと駆け落ちする。

 これによって父親から勘当されることになり、ケンブリッジ大学を中退して、自ら株式仲買人として独立することになった。その後、リカードはユニテリアン派の教徒となっている。

 

 リカードの証券取引所での成功は、彼を裕福にして、42歳となった1814年に仕事を引退した。

 グロスター州ギャトコム・パークに邸宅を購入して、生涯の住処とした。1819年には、アイルランドの都市選挙区であるポーターリングトンから、庶民院(下院)に出馬して、当選した。

 それからは代議士として、自由貿易を主張し、また、穀物法の廃止を主張した。

 

 1821年には、トーマス・トゥックジェームズ・ミルトマス・ロバート・マルサスジェレミ・ベンサムなど著名な経済学者とともに、政治経済クラブの設立に尽力した。

 

 1823年に、耳の伝染病のため51歳で急逝した。遺産として7500万ポンド(約150億円)を残した。

 

 リカードは、ジェームズ・ミルの親友であって、ミルは彼に、政治への大志や経済学の著述を勧めた。

 他の著名な友人の中に、マルサスやベンサムがいる。

 

 死の10日前に、論敵でもあったマルサスに対して、手紙で「議論が私たちの友情を決して傷つけなかった。君が私の説に賛成してくれたとしても、そのことで今以上にあなたを好きになることはありません」と記している。

 

 リカードは、1799年アダム・スミスの『国富論』を読んで、経済学に興味を持つようになった。

 そのほんの少し前の、1797年イングランド銀行が、金本位制を停止して不換紙幣の増発から、インフレーションを招来することになったが、これについて1810年にリカードは、『白石高騰について--紙幣暴落の証明』という小論を発表して、貨幣数量説に立って金本位制への復帰を主張した。

 

 リカードは、『経済学および課税の原理』の第7章で、比較優位理論による自由貿易の利益を論証した。

 またリカードは、『経済学および課税の原理』の第3版の第31章「機械について」で、固定資本(機械)が導入されることによって、労働者が失業する可能性はあるかという問題を取り上げた。

 

 リカードは、『経済学および課税の原理』の第2版まで、機械の導入による失業の可能性はなく、機械の導入は労働者にとって利益になると考えていたが、1821年に刊行した『経済学および課税の原理』の第3版では、短期的には失業の可能性を認めている。

 

 リカードで特に有名なのが、穀物法をめぐるマルサスとの論争から生まれた自由貿易の主張と地代論である。

 自由貿易による利潤蓄積の増大は、国富の増進と労働価値説に拠った収穫逓減による結果としての地代の形成を、『経済学および課税の原理』で主張した。

 

 ただ、論争する点が多かったマルサスの主張についても、彼が『人口論』で言及した人口に対する見解については同意して、『経済学および課税の原理』の議論で前提としている。

 

 リカードの等価命題 とは、 国債の発行は将来の増税を予想させるため、人々はこれを織り込み、消費を抑制するために、財政支出による経済効果は現時点で増税することと変わらないとする仮説である。

 ロバート・バローの提起によって有名になったことから、「リカード=バローの中立命題(等価命題、等価原理、等価定理)」とも呼ばれる。

 

 賃金の鉄則 -とは、賃金を上げようとするいかなる試みにもかかわらず、労働者実質賃金は生活できる最低のレベルの金額にとどまるだろう、という主張である。フェルディナント・ラッサールによる。

 

 日本を代表する経済学者である森嶋通夫は、経済学史における「特別な巨人」としてアダム・スミス、リカード、カール・マルクスケインズの四人を挙げているが、特にリカードを「近代経済学の父」として評価している。

 

 リカードの学説は、マルクスとワルラスによって後世の経済学に影響を与えている。リカードの労働価値説はマルクスの経済学の中心的枠組みになっていて、ヒルファディングローザ・ルクセンブルクなどの、マルクス主義者によって発展させられた。

 

 また、リカードの差額地代論は、希少性理論としてワルラスによって発展させられて、後の新古典派経済学に貢献した。

 

 リカード(1772―1823)は、イギリス経済学者で、アダム=スミスと並ぶ古典学派代表者である。

 労働価値説分配論・差額地代論国際貿易に関する比較生産費説など創見が多く、マルクス影響を与えた。

 

 人間の生き方について彼は語っている。

「労働力は、それらが売られたり、買われたりする限りにおいては、すべての他の商品と同じく、ひとつを行うのに必要なものから成っている」