【連載小説】
風に咲く白い花
(連載第十九回)
(五)の1
「家に大きなネズミがいる。困ったものじゃ。どげんしたらよかろうか」
祖母が囲炉裏端で、祖父に話している。夕食のあとだった。祖父は応えない。聞いて聞かないふりをしている。タケルが中学校の三年生のときであった。
修学旅行は九州一周だった。鹿児島本線で博多へむかう。一組から七組まであったから、団体の貸切列車である。楽しいはずである。福岡市内を見学して、一泊するのである。
翌日は別府である。高崎山でサルと遊んでから、湯の煙を浴びて入浴すると、やがて御馳走がでてくる。夢のようである。また一泊して、帰りは日豊本線で太平洋を眺めて、鹿児島にもどってくるのであった。
旅行の費用は、新聞配達の収入でタケルはやっと工面した。だけど、小遣銭がない。祖母は百円でいいという。目的が社会見聞なのだから、金はいらない。目と耳と口があれば、目的は達成するという。土産物などいらないから、気をつかうことはないというのである。
級友たちは、千円だ、二千円だという。五千円だといって、威張っている医者の子もいた。百円では、こころぼそい。五百円でいい、と財布をにぎっている祖母にタケルは頭をさげた。
目をむいた祖母が、サルになった。手で目にフタをしてから、こんどは耳にフタをして、さらに口にフタをした。得意の三猿である。お金の相談を口にすると、決まってこうしてから言うのである。
「見ザル、聞かザル、言わザルでございます。どうか何ごともなかったことにして下され」
そっちがサルなら、こっちはネズミになってやる。タケルは布袋に米ビスから、一升マスで新しい白米を移し取った。ずっしりと重い。
買ってくれるところがある。この地の子どもたちが、現金収入を得る場がある。兄貴分たちに、連れて行かれたことが何度もあるのだった。行くと、駄菓子屋の老婆が、手にした米と引き換えに、百円札を数えて渡す。
気がとがめる。祖父の米作りの苦労が目に見えてくる。サルには、棒で叩かれるにちがいない。そのときは早足で、馬小屋の屋根裏へ逃げたらいい。