連作小説「神への道」 | 作家 福元早夫のブログ

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人生とは自然と目前の現実の、絶え間ない自己観照であるから、
つねに精神を高揚させて、自分が理想とする生き方を具体化させることである

連作小説 「神への道」

第一部 「少年記」

第四十作

うそぬきの滝近郊の作物

「マメ科の仲間・その2

 

「……まゆ毛に火がつくとことわざにあるが、自分のまわりに危険が近よっておる。気をつけんとならん、こういうことなんよ」

 夕食のときである。晩酌の焼酎の湯割りをいれた湯飲み茶わんを手に祖父がいった。エンドウ豆とワカメを煮込んで、皿にもって食卓においてから祖母がいった。

 

「まゆ毛は、人の大切な目を守ってくれますなあ。マブタやまつ毛などは、うえからくるつよい光をさえぎってくれますし、ホコリや雨のしずくが、目にはいるのを防いでくれますなあ……」

 

 それに応じて祖父がいった。

「……まゆ毛はその第一の関門なんじゃ。そこに火がついたんじゃ。もはやじっとしているわけにはいかんがね」

 

 エンドウ豆の煮込みを口にしてから、焼酎をひと口のんで祖父がタケルにいった。

「……よかか、人は誰も、気を張って生きていかんとならん。絶えずわがが居場所を確かめて、軸足をかためて、目を輝かせておらんといかん。そうせんと、希望や幸福を見うしなって、手にすることはできんようになるからじゃ。よかか、わかったかタケル」

 

 タケルは黙って聞いていた。祖父は酔った目になってことばをつづけた。祖母はエンドウ豆の煮込みをまえに、ご飯をたべていた。

 

「……このあいだ、ラジオが語ってきかせたが、瞳は心よりも真実を多く語ると、こういうたとは、レオナルド・ダビンチじゃったげな。どこの誰かおいどんは知らん。人の心は見えない。心には嘘がある。ウソは見えない。ところが、目の中の嘘は、見やぶることができる。目はウソをつくことができないからである、こげんいうとった」

 

 タケルが子どものころだった。味噌も醤油も、家で作っていた。祖母は大忙しであった。大豆と麦を大きな釜でセイロをのせて蒸す。

つぎに蒸したダイズとムギをとりだして、それにミソ麹(こうじ)を混ぜて、醗酵させるのだった。

 

 竹で編んだ大きな、平たいバラ(器)に、味噌の原材料があちこちに置かれている。ミソコウジがカビくさい。梅雨どきである。家の中がじめじめしている。鼻が曲がってしまいそうなくらいに臭いのである。

 

 全体の醗酵がはじまったら、大きな木製のタルに入れて、寝かせていく。やがて大豆と麦がとけあって、みそ汁に使えるようになっていくのである。

 

 醤油は日本特有の調味料の一つである。うま味とから味があって、特有の香りがある。まさしくおふくろの味である。

 

祖母はカマドで走り回っている。

「……ネコの手も借りたい」

こういいながら、寄ってきたミケネコを、じゃまだといって足で蹴飛ばし、追っぱらっている。

 

 大豆を大きな釜で炒る。茶色のコゲがつくまで、火であぶるわけである。取りあげて、こんどは麦である。同じ要領である。釜で炒って、さらにあぶって、色をつけていく。

 家のなかに、大豆と麦のこげたニオイがこもる。カマドはマキの燃える火の海である。首にタオルをまいた祖母は、汗をぬぐうのも忘れて動きまわっていく。

 

「……まこて、眉毛に火がつく思いじゃ」

 こういって、カマドにさらに炊き木をくべていく。緊張を長く強いられるわけである。

 大きな木の樽に、あぶられた大豆と麦が投げこまれる。そこへ醤油麹(しょうゆこうじ)が飛んでいく。大量の塩がふりかけられる。最後に水である。それは祖母の目分量だった。寝かせておくと、やがて醤油になっているのだった。

 

 醤油づくりの材料に使った大豆と麦は、味がついているからそのままで食用になった。温かいご飯にのせて食べるとうまい。

お茶づけにしたら、もっとおいしい。おかずのないときは、これで十分であった。最高のタンパク源であった。タケルは三度の食事に食べた。弁当にもはいっていた。

 

夕食がすんでタケルは囲炉裏端で作物図鑑をよんでいた。祖父と祖母はお茶をのんでいた。

 

「エンドウはマメ科で、若いサヤ(果実)や、豆を食用にしている。多くはツル性である。ツルのないわい性種もある。白色や赤紫色の花が咲く。種の色にも,緑と黄色がある。マメ類のなかで最も寒さに強い。苗の時期には、摂氏マイナス4度からマイナス7度位まで耐えている」

 

「エンドウの生育の適温は、摂氏15度から20度である。暑さには弱い。ふつうには、10月から11月に種まきをする秋まきである。4月の春まきもされている。エンドウは,区別しやすい形質がある。自然の状態でもほとんど他花に受粉しない。雑種が完全な種をつくる」

「エンドウは、遺伝の実験材料に使われている。原産地はヨーロッパおよび西アジアである。豌豆(えんどう)の名は、古い時代に豆類を、中国に輸出していた大豌国(だいえんこく)に、こじつけたものともいわれている。中央アジアのフェルガナ地方にある国である」

 

「インゲンはマメ科で、別名でサイトウと呼ばれる。若いさや(果実)や種を食用にしている。ツル性とツルなし性の2種がある。生育の適温は、摂氏15度から20度である。寒さにも暑さにも、ともに弱い。強い酸性土には適さない」

 

「ふつうは4月から5月ごろに種まきをして、6月から7月ごろに収穫している。原産地は南アメリカである。インゲンは、ゴガツササゲの別称で、主に関東地方で呼ばれている。関西地方では、フジマメと呼ばれている」

 

「エダマメはマメ科で、熟するまえのダイズを収穫して、種を食用にしている。生育の適温は、摂氏25度位である。短日性である。品種によっては、違いもある。4月から7月に種まきをして、7月から10月には収穫している。およそ3ケ月で食べられる。原産地は中国である」

 

「枝豆は大豆が未熟なうちに、枝ごと切りとったものである。ゆでて塩を加えると、ビールとよく合う。いくらでも食べてしまう」

 

「ナタマメはマメ科で、若いサヤを、12センチから20センチ位のころに収穫して、福神漬けなどに利用している。成長したサヤは、30センチ位になる。幅が5センチほどである。高温性で生育期間が長い。4月に種まきをして、8月ごろに収穫している。原産地は熱帯のアジアである」