連作小説 「神への道」
第一部 「少年記」
第三十八作
うそぬきの滝近郊の作物
「ヤマイモの仲間」
祖父とよく、ヤマイモを掘りにいった。小学生の高学年のころである。山クワを祖父がかつぐ。タケルはアンペラの袋を手に持つ。竹の子を採りに行くときと同じ格好であった。
山道を深く登っていく。静寂のなかで、自分の吐く息が、はぁ、はぁ、と聞こえる。枯れ葉を踏む足音が、ザクッ、ザクッと合唱する。祖父と二部合唱であった。
ヤマイモのツルと葉は、アサガオに似ているから分かりやすい。葉をみつけて、ツルを根もとへと、たどっていく。たいがいが足場の悪い、ややこしい所に生えている。ヤマイモを掘るのは難しいのである。
南九州のこの地では、焼酎に酔ってから、ぐだぐだ言って人にからんでいくことを、ヤマイモを掘るという。ややこしい、扱いに難しい人物に変身しているからである。
祖父が山クワを振るう。口をへの字にして、格闘していく。額に汗が光る。イモが顔をのぞかせた。でっかい。長い。ウナギのようである。肌の色が白い。
祖父が慎重に土をのけていく。赤子の服を、ぬがせてやるときのやさしさである。キズをつけてはならない。折ってはならない。深くさらに深く掘っていく。
「これで今夜の焼酎がうまかよ……」
祖父の土色の顔が、夕日に赤く染まって、もはや酔ったようであった。
夕食のときであった。すり鉢でねったヤマイモにしょう油をかけて、祖母が食卓においた。晩酌の焼酎の湯割りを手にした祖父がタケルにいった。
「……山のイモがウナギになるとことわざにあるが、あるはずのないことが、実際におこることがあるんじゃ。物はよく変わるのよなあ」
食卓についた祖母が、ヤマイモを口にしてから祖父にいった。
「……昔の僧侶は、殺生戒を守らんとならんかったから、魚の肉も獣の肉も、口にすることは許されんかった。そこでじゃった、ウナギをヤマイモじゃとゆうて、寺にひっそりと取りよせて、食べておったらしかですなあ」
ヤマイモの実のムカゴ採りは、学校の帰りに子ども仲間と決めた。いうなれば課外授業だった。三人ばかりで山を登って行く。一人がコウモリガサをもっている。ほかは布袋である。
ヤマイモの葉とツルを探して、深い山の中を右往左往するのである。タケルたちは南九州産の日本山猿であった。そんな気持になって、目を凝らしていった。ムカゴがあった。キャッキャッと叫んで、跳びあがる。山サルになりきっているのだった。
ヤマイモの葉のつけ根に、エンドウ豆のような、うす茶色の丸い実が、たわわに寄りそっている。山ザルたちはまず賞味する。ねばねばしている。腹を空かしているから、何を口にしてもうまい。顔を見あわせて、にんまりとする。
一人がコウモリガサを広げて、逆さに持つ。受け皿である。ツルが木にからまっている。いま一人が、木をゆさぶる。タケルたちはサルそのものになった。
むかごが雨になって降ってくる。別な一人が、カサからこぼれたムカゴを、ひろい集めていく。布袋に仕分けをして、三人で分けていくのだった。
山を下ると、祖母が待っていた。手渡すと、夕食はムカゴめしである。塩でうす味をつけて、米と炊く。うまい。赤飯よりも、エンドウの豆飯よりも、ソラマメご飯よりも、ねばりけがあって、このうえなくうまいのだった。
夕食のときである。晩酌の焼酎の湯割りを手に祖父がいった。祖母はムカゴめしを口にしはじめた。
「……ヤマイモをカバヤキにするとことわざにあるが、早計がひどすぎるのよなあ」
「……ヤマイモを変じてウナギになるともいいますなあ」
ムカゴめしをうまそうに食べながら祖母がいった。祖父がこういった。
「ヤマイモをいきなり焼いて、ウナギの蒲焼きになるはずはなか。それにはまず、ヤマイモをウナギに変えることが先決なんじゃ……」
湯飲み茶わんの焼酎の湯割りをひと口のんでから、祖父がタケルにいった。
「……生まれたばかりのわが子を、医者にするつもりだからというて、いまから医療器具を買いととのえたりするのは、早計というものなんじゃ」
こういってから祖父は、さらにタケルにこう言って聞かせた。
「……山の芋ウナギとならずなんじゃ。世の中には、とてつもない変化といったもんは、どこにもなかとよ。わが道を歩いていくしかなか。それが希望なんじゃ」
夕食がすんでタケルは囲炉裏端で作物図鑑に目をとおしていた。祖父と祖母はお茶をのんでいた。
「ヤマイモのなかまでヤマトイモは、ヤマノイモのうちで、イモが団子のように、丸形の系統のものである。生育には時間がかかる。高温には適している。乾燥にはたいへん弱い。近畿地方では水田に栽培している。品質はひじょうにすぐれている」
「ナガイモは、ナガイモの代表的な品種である。イモは長い棒のように、肥大している。1メートルをこえているものもある。生育が早いので、1年イモとも呼ばれている。火山灰地や表土の深いところで作りやすい。日本の全土で栽培されている」
「山芋(やまのいも)」は、ヤマノイモ科の多年生の蔓草である。日本の各地の、野や山に自生している。根の塊りは、長い円柱形をしている。茎は細長く、左巻きに他の植物にからみついていく。オスとメスの異なった株がある」
「ヤマイモの葉は対生していて、長い心臓の形をしている。夏に白い色の、穂のような花を咲かせている。花が終わると果実をむすんでいる。それとは別に、ムカゴと呼ぶ丸い芽を、葉のつけねに作っている。これで増殖していく。地下の根茎と、ムカゴを食用にしている」