連作小説「神への道」 | 作家 福元早夫のブログ

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人生とは自然と目前の現実の、絶え間ない自己観照であるから、
つねに精神を高揚させて、自分が理想とする生き方を具体化させることである

連作小説 「神への道」

第一部 「少年記」

第三十六作

うそぬきの滝近郊の作物

「ゴボウなど」

 

「……ごぼうぬきとよく人が言うが、ゴボウを土の中から引きぬくように、いっ気に引きあげることなんじゃ」

 夕食のときである。キンピラゴボウをハシにはさんで祖父がいった。晩酌の焼酎の湯割りをひと口のんでから、さらにことばをつづけた。

 

「会社などで、人材をよそから引きぬいて採用したり、戦争反対のデモ隊の人たちを排除して、警察が検挙するのために引き抜いたりするときにも、ごぼうぬきがつかわれておるわな。ラジオがニュースでそういうておった……」

 

「……徒競走などで、いっ気に何人かをぬき去るときにも、ごぼうぬきがよくつかわれておりますな。足の早い人は得ですわな」

 キンピラゴボウをご飯にのせて祖母がいった。

 

タケルは運動会は楽しみであったり、苦手だったりしたものだった。短距離走が苦手で、障害物競走などが得意だったからである。足が早いのは、遺伝だと思っていた。たしかに、親が早ければ子も早いのである。

 

 小学校のころである。親子競争があった。小学生が二人と、母親と父親の4人のリレー競技である。子たちが先に走る。母親がバトンをとって、つぎに父親がゴールをめざして全力疾走するのだった。

 

 親と子がよく似た走り方をする。早い家族もいる。そうでないのもいる。周囲がわいわい叫んで声援をする。勢いがあまって、母親か父親が転んだりする。すると、大笑いの渦が校舎にこだましたものだった。

 

 父親が太平洋戦争で戦死して、母一人子一人の家族も何人かいた。父親がいないのだから、笑うに笑えなかったかもしれない。昼食は運動場でゴザを敷いて、弁当を広げた。

父親がいない母親と子が、幕の内弁当に箸をのばしていた。正月料理のようだった。レンコンやゴボウの煮しめが見えた。

 

 中学生になってからである。タケルは長距離走が得意だった。小学生の高学年のころに、忘れ物をして、取りに帰らされたから、鍛えられたのである。

 

家から学校まで、往復で5キロはあった。走った。ソロバンを忘れたのである。

「家に帰ってとってこい……」

先生がこういう。取りに帰って学校へもどった。ソロバンの授業は終わっていた。

 

 中学生になっての1500メートル走は、よくかり出された。忘れ物で基礎ができていた。運動会が近づくと,地域の子があつまって、田んぼ道で練習をするのだった。

 

 馬は足が早い。馬のフンを素足で踏めば、早く走れるはずである。牛はのろい。踏んではならない。ところが馬のフンからばい菌がはいって、運動会のときに足に繃帯をまいて、見学している子がいたりした。

 

 地区対抗リレーがあった。人気だった。4人が一組になった、集落ごとの試合である。学校内で一番に足の早いのが、タケルと同じ地区にいた。

 

「……順位は気にせんでいい、とにかく走ってきて、バトンさえしっかり渡してくれたら、それで十分じゃ」

 タケルにそういう。短距離走は苦手だったけど、他は女の子ばかりである。男の子がタケルのほかにいないのである。

 

 ヨーイ・ドンで低学年の一人が走り,二人目が走って、つぎにタケルが走った。どんけつである。間を詰めなければならない。

足が遅い。自分でもはっきりとわかる。歯をくいしばった。バトンを落としてはならない。気持がバトンをつかんだ右手にだけしがみついて、足はとまっているようなだった。

 

 アンカーに宝物のバトンを手わたした。大役を果たしてタケルは、その場に倒れた。学校内で一番の短距離走者は、どんけつからぐいぐいとゴボウ抜きにしていく。早い。トップになって、まだひき離していく。早すぎる。タケルは目をみはった。

 

 あれで秀才だったら、とタケルは思った。だけど天の神様は、運動神経だけを与えたのである。努力に勝る天才はないといって、自然界にやどる神々たちは、一人に、何もかもは与えないのだタケルはわかったのだった。

 

 夕食をすませたタケルは、囲炉裏端で作物図鑑に目をとおしていた。祖父と祖母は、お茶を飲みながらキンピラゴボウにハシをのばしていた。

 

「ゴボウはキク科で、日本だけで利用されている根菜である。古い時代に中国から伝わってきた。摂氏20度から25度でよく生育する。長大種では、根の長さが1メートル50センチにもなる」

 

「ゴボウは春に種まきをして、秋に収穫している。夏まきや秋まきも行なわれている。葉茎は、高さが150センチにもなる。原産地はヨーロッパである」

 

「ゴボウは多肉な長い根をもっている。葉は大型の、心臓の形をしている。裏に白い毛が生えている。夏になると、紫色の花を咲かせている。果実は利尿薬として使われている」

 

「レンコンはスイレン科で、ハスの根茎である。水の底に伸びていく地下の茎に、養分がたまって太った部分である。食用になっている。ハス根とかハスの根とか呼ばれている」

 

「レンコンは4月の末ごろに種ハスを植えて、秋にレンコンを収穫している。レンコンには、10個くらいのアナがある。気道とよばれる。通気をよくする。その節から、葉や芽をつけて、ひげ根を出していく」

 

「ハスはハチスの略称で、スイレン科の多年草である。インドが原産である。古くに中国大陸から渡来した。夏になると、白色や紅色の花を咲かせている。ふつうは16弁である。昼間に花が咲き,夕方にはしぼんでいる。果実も食用にされている」

 

「食用ユリはユリ科で、オニユリやコオニユリなどの、ユリ根とよばれるりん茎を、食用にしている。日本の全国に自生して、栽培もされている。球根の直径は、4センチから6センチくらいで、苦味がない。株芽や木子や、実生やりん片などで増殖していく。高さが1メートル50センチくらいになる」