万能ヘッドホン対決の勝者は……いややっぱりER-4系がベストじゃないかなぁ…… | 雑駁なる道楽著述

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 AKG K701が届いたので早速使っている。思えば七年前、私がヘッドホンの購入を検討していた頃に候補として上がっていたのが、現在使用しているATH-AD2000、今なおも評価されるHD650、そしてK701だった。特に低音寄りだったHD650は早々に除外したが、K701は最後まで迷った。AD2000は側圧の高さもあって今ひとつ踏み切れなかったのだ。しかしちょうどその頃アニメ“けいおん!”が放映され、作中でK701がちらりと登場したことでこのヘッドホンに“澪ホン”という豚臭いあだ名が付けられてしまい買うに買えなくなったことで、消去法的にATH-AD2000の購入を決意した。
 ER-4シリーズのような中高音の綺麗なフラットを欲して購入した本機であるが、私の想像していたものとはまた異なった音を出しているように思う。
 私がもともと使っていたATH-AD2000はK701に比肩する万能機と言われていたものだが、傾向としては若干低音寄りのフラットである。K701はそれに比べると中高音寄りとされていた。ただ様々な周波数特性の測定結果を見ると、必ずしも中高音寄りと思えないような結果になっていたりする。思うに、これは2-3kHz前後のピークがあるか否かによるものだ。

 私の聞く曲は女性ボーカル中心なので何より重要なのは人間の声がよく聞こえるかどうかなのだが、K701はこれがとても特徴的というか、不可思議な鳴らし方になっている。ATH-AD2000は低音から高音にかけて音圧が緩やかな右肩下がりになっており、これが私の感じていた“ボーカルの遠さ”および“音の篭り”の主たる原因であった。ER-4シリーズを聞いているとよく分かるのだが、人間の耳が音の透明感を感じるために重要な周波数帯は2-3kHz前後であるようだ。このあたりの詳しい話は“フリーフィールド”や“ディフューズフィールド”などの単語を調べると納得できるかもしれない。人間の耳というのはその構造上、フラットな音をフラットに感じず、特に2-3kHz帯の音を鋭敏に感じ取るのだ。これに対して、敢えてこの周波数帯の音を強調するような特性を持たせることによって、あたかも生の演奏を目の前で聞いているかのような臨場感を再現しようとしたイヤホン、ヘッドホンが数多く存在し、ER-4シリーズはその最たるもので、K701もその流れを汲んでいる。前者はそもそも補聴器メーカーであり、人間の耳にとって最もリアリティのある音を追求した結果が高音強調著しいER-4Sなのである。矢鱈に高音が強調されているようでいて、実はそれこそが人間が耳にする音を最もよく再現しているのだ(それが音楽鑑賞用ヘッドホンとしての最適解だと主張するつもりはない)。

 話をK701に戻そう。私がこのヘッドホンを聞いたときに感じた第一印象は、“高解像度なプラネタリウム”である。言葉で説明するのが難しいのだが、閉空間の中で各方向からとても繊細な音が届いているかのような印象なのだ。非常に透き通っていて空気感があり音の到来方向がよく分かるのに、空間的な広がりがある距離以降途絶えているかのような。際立って明るい星と深い暗闇とはとても明瞭に識別できるのに、中間色が乏しく鮮やかさにかけるような。
 ATH-AD2000の音はこれとは全く異なる。ATH-AD2000は何というか、頭の中でスピーカーを鳴らしているような音である。音場も糞もない代わり、頭のなかで豊かに響く。その分音の出処がはっきり掴めずにぼやけてしまっており、ゆったり寛いで聞くにはとても落ち着きがあって良いのだが、中途半端な音作りが多いJPop系音楽を聞いていると音がごちゃごちゃ塊になって聞こえてきて、個人的な不満の一つだった。
 考えてみると当然のことかもしれない。K701もディフューズフィールド補正を多少なり意識したヘッドホンなので、反響のある密室を想定した音作りを行っているのだ。対して日本のメーカーは大抵独自基準に基づく音作りを行っており、ATH-AD2000も(機械的な測定においては)とてもフラットな音になっているので、頭の中のスピーカーという印象はそう間違ってはいないように思う。……なんて尤もらしく言ってみたものの、多分原因の大半は単にドライバと耳との距離がとても近いからであろう。面白いことに、AD2000を装着した状態でイヤパッドが皮膚と軽く接触する程度まで手で浮かせると、相対的に高音が強調されるように感じる。低音が逃げているのか妙な共鳴でも起きているのかは定かでないが、ヘッドホンのドライバと耳との距離、それを決定づけるイヤパッド、側圧などが音に対して微妙に影響することをやや示唆している。

 そういう意味では、ER-4とK701の傾向は似ているといえば似ている。楽器の音が周辺から粒のように聞こえてきて、特にkHz程度の細い音がとても奇麗だ。ただ音一つ一つを具に見ていくと決して同じではない。最も顕著に異なるのは、おそらく500Hz-2kHzの音圧だ。この周波数帯は女性ボーカルの主要な周波数帯だと思われ、ここの音圧がいわゆるボーカルの近さに影響する。ER-4シリーズは中音域から2.5kHz程度にかけて滑らかな増加傾向にあるのだが、K701はやや凹んでいる。この違いが僅かな“音の掠れ”のように聞こえてしまうのだ。ER-4がとても素直で自然な鳴らし方をするのに、K701はバンドストップフィルタ的な薄膜で塞き止められ、やや不自然な聞こえ方になっている。例えばエレキギターやシンバルのような刺激的な音はよく聞こえるのに(これらの刺激音は主として1kHzより上の高音域の音圧が影響する)、楽曲の主役を張るような中音域が妙に遠く感じられるのである。ボーカルに関してはそれが最もよく表れており、“声がやや遠いのに若干の掠れ、刺さりがある”という珍妙なことになっていた。試しにイコライザで500Hz-2kHzにかけて少し持ち上げてみると、ボーカル周辺はER-4とよく似た音になった。

 何というか、とても惜しいヘッドホンだ。イコライザで調整しなくてもいいヘッドホンを見繕ったつもりがそうもいかないらしい。ATH-AD2000は高域が足りなかったが、こちらは中域が足りない。ボーカル曲を効くにはあまり向いていないようだ。ただAD2000に比べれば私好みの繊細さを獲得してくれたので、foobar2000でイコライザを通して常用することになりそうである。BGM程度にゆったり再生したいとき、音一つ一つをじっくり聞きたいときとでAD2000と使い分けることにしよう。
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