昨日、東京高等裁判所へ裁判傍聴へ行ってまいりました。


なんとあの厚生労働省の外郭団体である特殊法人の労働福祉事業団の職員の過労死の事件です。


信じられないでしょ?労災保険料の一部で作っている天下り先・・・じゃなくて労働福祉事業団とは、労働者の福祉目的のために作られた目的のモノであるはずが。なんで?どうして?の気持ちで傍聴してました。


具体的に言うと被災者は、労災病院の薬剤師さんです。


言うまでも無く、組織でデータ改ざん、隠蔽です。それを、正当化して発言する国側の弁護士さんも大変だな。と思って苦々しく傍聴していた。


時間も10年近く経っています。頼む!頑張っていた被災者の家族に勝訴させて。と、必死に思う。


困ったもんだ。サービス残業の上で支えられているお茶を飲んで過ごしている天下り先のおっさんたちよ。


「天下るために頑張ってきたんだもん」って言わせておく?それとも、これをきっかけに社会変えてく?


私が懸念しているのは、私たちの子供たちの代に頑張っても成果が認められずに報われない社会が続いていたらどうしようという不安があります。


はっきり言って、今の20代、30代、40代、社会に歪められている人が多すぎて。お会いするサラリーマンの方にまっすぐなエネルギーが出ている人が少ないんですよ。


ノーワークノーペイ、働いた分のお給料は払われる社会になりますように。サービス残業は悪という社会にしていきましょう。











2008年に精神疾患で労災認定を受けた人は申請者のうち927人のうち269人で、去年より一人多く過去最高。


このうち過労自殺(自殺未遂も含む)は66人。ちなみに、過労による病気や死亡で労災認定されたのは377人で、去年より15人減。


過労死は前年比16人増しで02年に次ぐ高さ。申請者は889人。その中で1ヶ月100時間以上が207人、160時間が24人居たそうです。


私の予想では今後ますます増えていくと思います。っていうか、この数字、氷山の一角に過ぎません。みんな、被災して泣き寝入りが9割以上としか考えられない数字ということです。多分、請求できる事実があるのとその要件を知っているかそうでないかの違いです。


そこで、最近質問された論点2つについて。


1.仕事の上でうつになったら労災申請できるの?って近所のママに聞かれたことと、

2.こんな不況にも過重労働ってあるの?と、出版社の人に聞かれたことです。


1.業務起因性(仕事のせいでという理由)のうつは、本人または代理人(弁護士さんなど)が自分の勤める会社の住所を統括する労働基準監督署に申請をします。この書類作成は弁護士先生に頼むのが最短距離です。


2.こんな不況だから、ヒラリーマンや現場の労働者にしわ寄せです。最近顕著に裁判にあがっていてサービス残業をしている業種は、飲食業、建設業、運送業、医療現場などサービス業中心と、職種は、飲食調理関係、営業、SE、医師、看護士、学校の先生、なんと!公務員、その他技術者などなど。


労災申請なんて、会社や職場の事業主なんてやってくれるわけがないという事実を知って欲しいです。

労災認定されると、会社は最大で保険料が一気に45パーセントアップ!なんてこともあるんです。

会社のイメージダウンに繋がりますから、私なんか主人の居た会社に弁護士を通して企業名を口封じの約束です。だから、労災申請を会社がすすんでするなんてことはまず無いです!!!みんな、泣き寝入りしないでよ!私でよかったらどうすればいいか教えてあげるからさ!それよりも、会社に殺されるな!




今日の思い出した一言


「権利の上に眠る者は保護されず」・・・請求は自分(代理人も含む)ですること。解らなかったら、相談してね。

労災について日本一の弁護士先生も教えてあげるよ!



寺本 清子




悲しいことを超える技術は、生きていく上で非常に大切なスキルかもしれない。


先週、ご家族を亡くされた方とお話する機会があったので、立ち止まって振り返ってみた。


私、どうしてこんなに今、楽しくて元気なんだっけ?


この2年間、どうやって過ごしたのか思い出してみた。


たくさんの本を読んだな。色んな人とも会って励まされたし。


それだけじゃないな。去年、一昨年の手帳をひっぱり出してきてパラパラめくっていたら、こんな言葉が見つかった。


「人間は、すべて天からの借り物で生きているんです。貯金も、家も、自分の体という肉体も全部天からの借り物なんです」


その言葉でとても楽になったのか、悲しみの原因である「執着心」からフワっと解放された記憶がある。


悲しみや喪失感は、執着心という厄介者のが多いに原因していると思う。


泣いて沢山涙を流すのが乗り越え方の一番だと思っていたが、どうも私はそのやり方はあまり効かなかった。


「二度と戻らないものにいつまでも心を傾けていることからの脱却」なんだという気付きがあったのです。


そっか・・・。なくしてしまうことは、悲しいだけじゃない。自分が天から授かった自分を輝き続けさせれば。


辛さから脱却し元気で幸せになる自分を自らプロデュースするかが試練ならば、悲しみと向き合って暮らす試練


よりもずっと楽しくクリアできると思う。


笑っているのも人生の時間、泣いているのも人生の時間。人生の時間の使い方は、命の使い方なんですね。


明日、亡くなった主人の三回忌です。そのお言葉をくださった世田谷の勝国寺のご住職にもこの話してきます。


おかげさまで、とても元気になりました。


全国の過労死家族会のみなさんもはやく元気になって楽しい毎日が送れますことをお祈りしています。


寺本 清子