悲しいことを超える技術は、生きていく上で非常に大切なスキルかもしれない。


先週、ご家族を亡くされた方とお話する機会があったので、立ち止まって振り返ってみた。


私、どうしてこんなに今、楽しくて元気なんだっけ?


この2年間、どうやって過ごしたのか思い出してみた。


たくさんの本を読んだな。色んな人とも会って励まされたし。


それだけじゃないな。去年、一昨年の手帳をひっぱり出してきてパラパラめくっていたら、こんな言葉が見つかった。


「人間は、すべて天からの借り物で生きているんです。貯金も、家も、自分の体という肉体も全部天からの借り物なんです」


その言葉でとても楽になったのか、悲しみの原因である「執着心」からフワっと解放された記憶がある。


悲しみや喪失感は、執着心という厄介者のが多いに原因していると思う。


泣いて沢山涙を流すのが乗り越え方の一番だと思っていたが、どうも私はそのやり方はあまり効かなかった。


「二度と戻らないものにいつまでも心を傾けていることからの脱却」なんだという気付きがあったのです。


そっか・・・。なくしてしまうことは、悲しいだけじゃない。自分が天から授かった自分を輝き続けさせれば。


辛さから脱却し元気で幸せになる自分を自らプロデュースするかが試練ならば、悲しみと向き合って暮らす試練


よりもずっと楽しくクリアできると思う。


笑っているのも人生の時間、泣いているのも人生の時間。人生の時間の使い方は、命の使い方なんですね。


明日、亡くなった主人の三回忌です。そのお言葉をくださった世田谷の勝国寺のご住職にもこの話してきます。


おかげさまで、とても元気になりました。


全国の過労死家族会のみなさんもはやく元気になって楽しい毎日が送れますことをお祈りしています。


寺本 清子