お店への投票。
・自分でも、普段から、
良いお店、良い志のお店には、通うようにしているのだけれど、
最近、また、あらためて、それがたいせつなんだな、
と感じるようになった。
・まぁ、ぼくの欠点として、
気をつかってしまうから、適度に匿名で、いられる
知り合いにあわない、ということも、
また、重要なのですが、それは、置いておいて。
・消費税があがって、安いのは魅力的なのは事実だし、
あまり、浮世離れの、料金設定は、
また、なんだか落ち着かないです。
ちょうどいい、なんだか心地よい、
そんな、お金の使い方が、気持ちを豊かにするのかな、
とも、考えます。
満足感というものは、お腹いっぱいより、
腹八分目が、いいように。
・自分達が、お金で交換してもらう、満足感と引き換えに、
ぼくたちは、そのお店、企業の、
幸福感や、考え方や、理念に投票しているような形で、
消費する、という気持ちが、必要な時期なのかなぁ、
とも、おもいます。
豊かな幸福感や、満足感を、お金で交換し、
投票し、そして、また、
その、お金は、そのお店、企業の、
勤めている人の、お給料になり、新たな投資できるお金になり、
その、お店、企業の与えてくれる、満足感や幸福感は、
もっと、洗練されていく、継続していく。
いいお店に通うのは、投票しているのだと、
そのお店が好きです、考え方でも、雰囲気でも、優しさでも、と。
・そんな、形で、経済活動はこれからは、安いだけではなく、
そういうものが、街を豊かに、人を豊かに、するのだと思いました。
今日も読んでくれて、ありがとう、つきつめれば、医療もそうだね。
良いお店、良い志のお店には、通うようにしているのだけれど、
最近、また、あらためて、それがたいせつなんだな、
と感じるようになった。
・まぁ、ぼくの欠点として、
気をつかってしまうから、適度に匿名で、いられる
知り合いにあわない、ということも、
また、重要なのですが、それは、置いておいて。
・消費税があがって、安いのは魅力的なのは事実だし、
あまり、浮世離れの、料金設定は、
また、なんだか落ち着かないです。
ちょうどいい、なんだか心地よい、
そんな、お金の使い方が、気持ちを豊かにするのかな、
とも、考えます。
満足感というものは、お腹いっぱいより、
腹八分目が、いいように。
・自分達が、お金で交換してもらう、満足感と引き換えに、
ぼくたちは、そのお店、企業の、
幸福感や、考え方や、理念に投票しているような形で、
消費する、という気持ちが、必要な時期なのかなぁ、
とも、おもいます。
豊かな幸福感や、満足感を、お金で交換し、
投票し、そして、また、
その、お金は、そのお店、企業の、
勤めている人の、お給料になり、新たな投資できるお金になり、
その、お店、企業の与えてくれる、満足感や幸福感は、
もっと、洗練されていく、継続していく。
いいお店に通うのは、投票しているのだと、
そのお店が好きです、考え方でも、雰囲気でも、優しさでも、と。
・そんな、形で、経済活動はこれからは、安いだけではなく、
そういうものが、街を豊かに、人を豊かに、するのだと思いました。
今日も読んでくれて、ありがとう、つきつめれば、医療もそうだね。
トトロ。
・となりのトトロを観ていたら、
なんだか、むかしが懐かしくなってきてね。
当時は、佐藤さとるさんの、「誰もしらない小さな国」を、
読んで、こんな素晴らしいファンタジー、
しかも、それは、あたかも、現実とつながっている物語が、
あるなんて、と思いました。
小人達が、まるで、ほんとうにいるような。
でも、確かに、存在してるんだ、
ぼくらの、こころの中に。
そう思う。
・そういう意味では、トトロもぼくの中では、
物語を通して、存在してるんだよなぁ。
ぼくの心の中に。
そういうものを、もってるって、
いろんな知識を詰め込むより豊かなんですよね。
想像の世界が、あるいは、幻想的な世界を、豊かな別の世界を、
もっていることに、よって、
より、現実というものを、しっかり見つめられるのかなぁという、
気がします。
それぞれの人の中に、こどもの頃も、そして今も、
そして、ぼくも、
誰も知らない小さな国の、コロポックルや、
トトロや、好んで読んだ小説や、映画の人物は生きている。
物語は生きている。
それって、すごく豊かな事だし、
そういうものを、もっている人は、
より、現実を物語を通して、わかっているんじゃないか、
と、ぼくは思う。
そして、その、こころの中は、豊かな音楽が(かなしくとも、たのしいも)
流れて、形はどんなものであれ、
まっとうな物語が存在している。
ぼくは、そう思う。
そして、そういうものを共有できる人って、すごく大切だと思う。
どうであれ、自分の中に、
そういうものがあるのは、豊かなんだ。
さて、仕事にいってきます。
なんだか、むかしが懐かしくなってきてね。
当時は、佐藤さとるさんの、「誰もしらない小さな国」を、
読んで、こんな素晴らしいファンタジー、
しかも、それは、あたかも、現実とつながっている物語が、
あるなんて、と思いました。
小人達が、まるで、ほんとうにいるような。
でも、確かに、存在してるんだ、
ぼくらの、こころの中に。
そう思う。
・そういう意味では、トトロもぼくの中では、
物語を通して、存在してるんだよなぁ。
ぼくの心の中に。
そういうものを、もってるって、
いろんな知識を詰め込むより豊かなんですよね。
想像の世界が、あるいは、幻想的な世界を、豊かな別の世界を、
もっていることに、よって、
より、現実というものを、しっかり見つめられるのかなぁという、
気がします。
それぞれの人の中に、こどもの頃も、そして今も、
そして、ぼくも、
誰も知らない小さな国の、コロポックルや、
トトロや、好んで読んだ小説や、映画の人物は生きている。
物語は生きている。
それって、すごく豊かな事だし、
そういうものを、もっている人は、
より、現実を物語を通して、わかっているんじゃないか、
と、ぼくは思う。
そして、その、こころの中は、豊かな音楽が(かなしくとも、たのしいも)
流れて、形はどんなものであれ、
まっとうな物語が存在している。
ぼくは、そう思う。
そして、そういうものを共有できる人って、すごく大切だと思う。
どうであれ、自分の中に、
そういうものがあるのは、豊かなんだ。
さて、仕事にいってきます。
適切な依存。
・薬局では、できないことは、当然あります。
あるいは、境界線を超えて、
いろんなことの要求が、エスカレートしてくることがあります。
この辺に、ついては、ずいぶん、考えさせられました。
ほんとは、なんとかしてあげたくても、
それは、できない。
もう、物理的なものです…。
サービスということも、ありますが、限界はどうしても、
あるものです。
・そして、いろいろ考えてみたのですが、
自立と依存で、考えれば、
自立はしていなくては、ならない。
ひとは、本来、孤独なものです。
人は、それぞれ違うものです。
同じ人はいないのだと思う、当然ながら。
・ただ、絆という言葉があるように、
ひとは、助け合わなければいけません。
ひとは、あたたかいものであり、こころ、があります。
つまり、できる範囲で、自分の生活を犠牲にしないで、
やることを、きちんとやったうえで、
「適切な依存」が、大切だと思うのです。
・お酒に依存して、アルコール中毒に、なっては生活が破綻します。
ぼくにいえることですが、タバコに依存すれば、マナーが悪ければ、
迷惑、そして、健康を蝕みます。
これは、悪い依存の例。
ただ、お酒も、タバコも、やめます。
これも、もちろん、いいと思います。
これは、おすすめですよね?
理想的です。
でもね、タバコは別として、お酒をまったく飲まないのも、
やっぱりつらいですよね。
比喩ですが、そういうものだと思います。
・うまい人は、お酒でしたら、適度に、楽しく、
飲んで、そして、英気を養うのでしょう。
だから、自立しながらも、
適切な依存が、できれば、
ご迷惑をかけずに、人間関係、友情や、社会がうまくまわっていくと、
ぼくは、思います。
過度な依存は、いろんな意味で、
良い結果は、生まないと思うのです。
適切な自立と依存は、
「できることを、やろう。」
という事になると思います。
できないことは、続きません。
できることを、薬局でも、やっていきたい。
・自立しつつも、適切な依存を、しながら、
楽しくやれたら、良いなぁ。。。
これは、ほんとうに、
お酒との、つきあいに、似ていますね。
だって、人間だもの…。。
病や、悲しみ、喪失は、だれにでも起こる事です。
そういう時は、やっぱり、助け合わなければ!!
でも、また、それでも、人間だもの…、があります。
自分の道を進みながら、「適切な依存」が、
人と人との関係なのかなぁ、と思う。
それは、本当の意味での、Happyな助け合いだと思います。
飲み過ぎには注意だし、おいしく飲みたいし、
歳をとれば、飲み方もわかってきますよね。
・人のお役に立てるということは、
ひとに、助けられるという事は、
自分は人間だと、自覚し、
酔いすぎないで、
つまり、自分は欠点をもった人間で、できることには限りがあること、
そうでありながら、それをわかったうえで、できることを考えていく事。
・つまり、おいしくお酒を飲む事に、
似ていると思います。
極端にいえば、人間関係は、おいしくお酒を飲む事に、
似ているのではないかなぁ、と思うのです。
そういうひとは、お酒との良い関係を、築いていますよね。
ぼくも、お酒はあまり…ですが、
コーヒーとのよい関係は、続いています。
・ぼくだったら、コーヒーとの関係が、
人間との関係で理想的かなぁ。
だれにも、迷惑をかけていないし、コーヒーを大切に淹れているし、
コーヒーに助けてもらってるし、
かといって、健康を崩していない、
コーヒーに過大なお金は、かけていないし、コーヒーを飲む事で誰かの負担になっていない。
(タバコは、他人に迷惑をかけている!!)
そして、胃に負担がかからないようにも、しています。
いい香りは、喜ばれますし。
適切な依存。。
ぼくは、コーヒーは素晴らしいなぁ、って思ってますし、
コーヒーも、豆を大切にすれば、それに答えてくれます。
適切な依存と、自立が、生きる上で、
大切だし、適切な依存は、必要な事です。
人間ですから、当然。
だって、それは悲しい世の中かなと、ぼくは思うのです。
ただ、適切、というのが、大切なのだけれど。
・お店との関係や、家族や、友人や、患者さんのことを、
考えたら、そんなことが、
ふと、浮かんできました。
あまり、まとまった文では、ないのですが、
これは、薬局を営むうえでも、
考えている事です。
やさしさの、上に、きびしさも自覚しないと、
成長しないのですね、
と、自分に、いいきかせています。
追記:ちょっと、はいった喫茶店の、
若い人の言葉遣いが、今時すぎて、
おじさんは、読書に集中できませんでした。。
あるいは、境界線を超えて、
いろんなことの要求が、エスカレートしてくることがあります。
この辺に、ついては、ずいぶん、考えさせられました。
ほんとは、なんとかしてあげたくても、
それは、できない。
もう、物理的なものです…。
サービスということも、ありますが、限界はどうしても、
あるものです。
・そして、いろいろ考えてみたのですが、
自立と依存で、考えれば、
自立はしていなくては、ならない。
ひとは、本来、孤独なものです。
人は、それぞれ違うものです。
同じ人はいないのだと思う、当然ながら。
・ただ、絆という言葉があるように、
ひとは、助け合わなければいけません。
ひとは、あたたかいものであり、こころ、があります。
つまり、できる範囲で、自分の生活を犠牲にしないで、
やることを、きちんとやったうえで、
「適切な依存」が、大切だと思うのです。
・お酒に依存して、アルコール中毒に、なっては生活が破綻します。
ぼくにいえることですが、タバコに依存すれば、マナーが悪ければ、
迷惑、そして、健康を蝕みます。
これは、悪い依存の例。
ただ、お酒も、タバコも、やめます。
これも、もちろん、いいと思います。
これは、おすすめですよね?
理想的です。
でもね、タバコは別として、お酒をまったく飲まないのも、
やっぱりつらいですよね。
比喩ですが、そういうものだと思います。
・うまい人は、お酒でしたら、適度に、楽しく、
飲んで、そして、英気を養うのでしょう。
だから、自立しながらも、
適切な依存が、できれば、
ご迷惑をかけずに、人間関係、友情や、社会がうまくまわっていくと、
ぼくは、思います。
過度な依存は、いろんな意味で、
良い結果は、生まないと思うのです。
適切な自立と依存は、
「できることを、やろう。」
という事になると思います。
できないことは、続きません。
できることを、薬局でも、やっていきたい。
・自立しつつも、適切な依存を、しながら、
楽しくやれたら、良いなぁ。。。
これは、ほんとうに、
お酒との、つきあいに、似ていますね。
だって、人間だもの…。。
病や、悲しみ、喪失は、だれにでも起こる事です。
そういう時は、やっぱり、助け合わなければ!!
でも、また、それでも、人間だもの…、があります。
自分の道を進みながら、「適切な依存」が、
人と人との関係なのかなぁ、と思う。
それは、本当の意味での、Happyな助け合いだと思います。
飲み過ぎには注意だし、おいしく飲みたいし、
歳をとれば、飲み方もわかってきますよね。
・人のお役に立てるということは、
ひとに、助けられるという事は、
自分は人間だと、自覚し、
酔いすぎないで、
つまり、自分は欠点をもった人間で、できることには限りがあること、
そうでありながら、それをわかったうえで、できることを考えていく事。
・つまり、おいしくお酒を飲む事に、
似ていると思います。
極端にいえば、人間関係は、おいしくお酒を飲む事に、
似ているのではないかなぁ、と思うのです。
そういうひとは、お酒との良い関係を、築いていますよね。
ぼくも、お酒はあまり…ですが、
コーヒーとのよい関係は、続いています。
・ぼくだったら、コーヒーとの関係が、
人間との関係で理想的かなぁ。
だれにも、迷惑をかけていないし、コーヒーを大切に淹れているし、
コーヒーに助けてもらってるし、
かといって、健康を崩していない、
コーヒーに過大なお金は、かけていないし、コーヒーを飲む事で誰かの負担になっていない。
(タバコは、他人に迷惑をかけている!!)
そして、胃に負担がかからないようにも、しています。
いい香りは、喜ばれますし。
適切な依存。。
ぼくは、コーヒーは素晴らしいなぁ、って思ってますし、
コーヒーも、豆を大切にすれば、それに答えてくれます。
適切な依存と、自立が、生きる上で、
大切だし、適切な依存は、必要な事です。
人間ですから、当然。
だって、それは悲しい世の中かなと、ぼくは思うのです。
ただ、適切、というのが、大切なのだけれど。
・お店との関係や、家族や、友人や、患者さんのことを、
考えたら、そんなことが、
ふと、浮かんできました。
あまり、まとまった文では、ないのですが、
これは、薬局を営むうえでも、
考えている事です。
やさしさの、上に、きびしさも自覚しないと、
成長しないのですね、
と、自分に、いいきかせています。
追記:ちょっと、はいった喫茶店の、
若い人の言葉遣いが、今時すぎて、
おじさんは、読書に集中できませんでした。。
恐がり、小さな。
・ぼくは、恐がりです、
それは、ぼくが、10年以上前から、
精神に病を抱えている事も、関係しています。
そして、臆病で、決断力や、判断力も欠けていると、
思っています。
薬局を、やっていると、
いかに、自分のやっている仕事が、
多くの人の、人生を左右すること、
小さな事から、大きな事に、
なることを、考えています。
これは、考えると、考えるだけ、
怖くなる事です。
自分の、判断や怠惰が、だれかを傷つけ、だれかを、巻き込む事。
・同時に、ぼくは、静かな生活を望んでいます。
多くは、望まないから、猫や、母や、父や、家族、そして、友達。
まわりの健康と元気で、
それを考えられる、静かな生活を望んでいます。
もともとが、交渉などは、苦手ですし、話すことも、
あまり好きではないし、大勢で行動するのも、苦手です。
ぼくは、冒険よりも、静かな生活と、
一杯のコーヒーと、お花と、カメラと、絵と、泳いだり…。
それを、望んでいます。
こころから、豆から挽いた、一杯のコーヒー、そして、猫。
猫を看取るのも、ぼくの今年の誓いだ。
だから、あたたかく、静かな生活をしたいこと、
伝えておきますね。
どうじに、それがどれほど貴重か。。
そして、また、亡き叔父が苦しんでいる姿をみて、
透析患者さんのことは、常に、頭にありました。
できること、できることは、ぼくはお医者さんではないので、
少ないです、できないことをしたら、おかしなことになります。
できることを考えていたら、
薬に対しての、腎臓の知識を深め、専門性を高める事。
腎臓薬物療法学会に入ります。
5年以上かかりますし、試験や、演題をやる等、
ハードルは、高いですが…。
腎薬物療法認定薬剤師を目指していきたいと思っています。
何事も、できること、できないこと、
たいせつですね。
できることを、ひとつひとつ、やっていきたいなぁ、
なんて、細々と、でも、小さなところから、意志をもって、
やっていきたいです。
ひさびさですが、読んで頂きありがとうございます。
小さいながらも、いろいろと。
それは、ぼくが、10年以上前から、
精神に病を抱えている事も、関係しています。
そして、臆病で、決断力や、判断力も欠けていると、
思っています。
薬局を、やっていると、
いかに、自分のやっている仕事が、
多くの人の、人生を左右すること、
小さな事から、大きな事に、
なることを、考えています。
これは、考えると、考えるだけ、
怖くなる事です。
自分の、判断や怠惰が、だれかを傷つけ、だれかを、巻き込む事。
・同時に、ぼくは、静かな生活を望んでいます。
多くは、望まないから、猫や、母や、父や、家族、そして、友達。
まわりの健康と元気で、
それを考えられる、静かな生活を望んでいます。
もともとが、交渉などは、苦手ですし、話すことも、
あまり好きではないし、大勢で行動するのも、苦手です。
ぼくは、冒険よりも、静かな生活と、
一杯のコーヒーと、お花と、カメラと、絵と、泳いだり…。
それを、望んでいます。
こころから、豆から挽いた、一杯のコーヒー、そして、猫。
猫を看取るのも、ぼくの今年の誓いだ。
だから、あたたかく、静かな生活をしたいこと、
伝えておきますね。
どうじに、それがどれほど貴重か。。
そして、また、亡き叔父が苦しんでいる姿をみて、
透析患者さんのことは、常に、頭にありました。
できること、できることは、ぼくはお医者さんではないので、
少ないです、できないことをしたら、おかしなことになります。
できることを考えていたら、
薬に対しての、腎臓の知識を深め、専門性を高める事。
腎臓薬物療法学会に入ります。
5年以上かかりますし、試験や、演題をやる等、
ハードルは、高いですが…。
腎薬物療法認定薬剤師を目指していきたいと思っています。
何事も、できること、できないこと、
たいせつですね。
できることを、ひとつひとつ、やっていきたいなぁ、
なんて、細々と、でも、小さなところから、意志をもって、
やっていきたいです。
ひさびさですが、読んで頂きありがとうございます。
小さいながらも、いろいろと。
進む、進む。
・雨の日曜日、ノンビリしたいところだけれど、
歯の痛みが、ひどくて、
正直、もうろうと、しています。
きょうは、ごはんも食べないで、
ゆっくりして、なんとか、明日みてもらいます。
(昨日は、断られました。薬局は断れないのに、歯医者は断れる、
個人的にですが、殿様商売だなぁ、とつくづく思います。
歯科の算定用件は、よくわかりませんが、医科、薬局が、地域の拠点として、
24時間という方向へ、進む中、
これだけある歯科医院は、どういう方向なのだろう?
と、他人事ながら、疑問に思ったりもして。)
・さて、いつも、自分を前にすすませてくれる、
尊敬する先輩がいます。
そして、その先輩に、力を頂いた事は、たくさんです。
ほんとうに、ひとを、前に進ませてくれる力を持っています。
ぼくも、その先輩のひとことが、なかったら…、
ということが、いっぱいあります。
・迷っている案件が、ありました。
仕事や、家族のことで、
いまも、精一杯ですが、その中で、
ぼくの中で、ずっと、やりたいこと、
がありました。
これは、こどもの頃からといっても、いいし、
ぼくの、人生をかけての、命題かなぁ、とも思っています。
・せんぱいの一言は、
「迷ったら、進め!!」
でした、この言葉を、ぼくは待っていたのです。
たぶん、そういうだろうなぁ、と思っていたのですが、
でも、その言葉をもらいたかったのです。
猪木のビンタみたいなものです。
思いきったら、吉日です。
迷いましたが、進みます。
どうなるかは、わからないにしても、
それで、なにか、かわらないにしても。
・いまは、地域医療に対しての、薬局がどうあるべきか?
それを、問うていますが、
一方では、腎臓病の予防と、腎臓病のケアについて、
専門的な役割を担える事を、自分の中で、目標としています。
ジェネラリストであるべきことは、もちろんなのですが、
ぼくは、スペシャリストが、自分のあるべき方向と考えています。
そういうことで、道がひらけていくのかな、
進むしかないのですよね…。
雨の日は、ピアノのレコード。
バッハのグルードの演奏。
ロキソニンじゃ、ちょっと、この歯の痛みは…。
歯の痛みが、ひどくて、
正直、もうろうと、しています。
きょうは、ごはんも食べないで、
ゆっくりして、なんとか、明日みてもらいます。
(昨日は、断られました。薬局は断れないのに、歯医者は断れる、
個人的にですが、殿様商売だなぁ、とつくづく思います。
歯科の算定用件は、よくわかりませんが、医科、薬局が、地域の拠点として、
24時間という方向へ、進む中、
これだけある歯科医院は、どういう方向なのだろう?
と、他人事ながら、疑問に思ったりもして。)
・さて、いつも、自分を前にすすませてくれる、
尊敬する先輩がいます。
そして、その先輩に、力を頂いた事は、たくさんです。
ほんとうに、ひとを、前に進ませてくれる力を持っています。
ぼくも、その先輩のひとことが、なかったら…、
ということが、いっぱいあります。
・迷っている案件が、ありました。
仕事や、家族のことで、
いまも、精一杯ですが、その中で、
ぼくの中で、ずっと、やりたいこと、
がありました。
これは、こどもの頃からといっても、いいし、
ぼくの、人生をかけての、命題かなぁ、とも思っています。
・せんぱいの一言は、
「迷ったら、進め!!」
でした、この言葉を、ぼくは待っていたのです。
たぶん、そういうだろうなぁ、と思っていたのですが、
でも、その言葉をもらいたかったのです。
猪木のビンタみたいなものです。
思いきったら、吉日です。
迷いましたが、進みます。
どうなるかは、わからないにしても、
それで、なにか、かわらないにしても。
・いまは、地域医療に対しての、薬局がどうあるべきか?
それを、問うていますが、
一方では、腎臓病の予防と、腎臓病のケアについて、
専門的な役割を担える事を、自分の中で、目標としています。
ジェネラリストであるべきことは、もちろんなのですが、
ぼくは、スペシャリストが、自分のあるべき方向と考えています。
そういうことで、道がひらけていくのかな、
進むしかないのですよね…。
雨の日は、ピアノのレコード。
バッハのグルードの演奏。
ロキソニンじゃ、ちょっと、この歯の痛みは…。
想像というデッサン。
・なにかの社会的空気や、流れや、
あるいは、まわりに流されて、あるいは、判断を誤るとき、
人に対して、あるいは、動物や、植物に対しての、
敬意や、想像力がなくなるんじゃないか、
そんな、感じがします。
適切な想像力や、知恵があったら、
世の中の紛争や、争いはなくなる気はするんだけれど、
それが、人なのかなぁ、
なんて、日常でも、そんな気はするんですよね。
・ぼくも、もちろん、日常でも、
そういうことを感じます。
自分からでた、欲とか、
いいことをするんだ、これは、正しいんだ、
ということが、割と、人に、ご迷惑をかけていたり、
想像力の欠けている事が、
いろんな、仕事に、対しても、
患者さんに対しての、思いやりを欠いていたりね。
逆に、いえば、これはできない、
というのも、歳を取ったゆえの、想像力だと思うのです。
人生に、選択肢はありますが、
リスクを計算できないで、進むのは、
こどもの遊戯の、◯◯ごっこ、と変わらないと思います。
・ぼくは、想像すると、
良い方だと、うーん、たぶんいずれ、熟したら、
結果出るのかなぁということも、多いし、
逆に、こういうことをやっていたら、こうなるんだろうなぁという、
ネガティブなことも、だいたい、当たります。
ぼくは、悲観的ですが、ポジな部分では、
これを決めたら、徹底的なところもあります。
物語で、不思議な事が、偶然が起こる時、
それは、不思議でもなんでもなくて、
その主人公が、やっぱり、その不思議なことを、
起こす種をまいているからであって、成長であって、
そういうことなしに、不思議な事は、
起きないのではないかと思います。
で、その不思議なことって、
すごく、スペシャルなことでなくて、
ほんと、ささやかなものかなぁという、気がします。
そういう、ささやかな物に、対しての、
不毛かもしれないけれど、努力する、
あとは、運を天にまかせる、
そう、考えると、根は、ギャンブラーなのかなぁ…。。
まいどのことですが、歯が痛い。
ほんと、今度は抜くんだろうなぁ。。。
これも、そうです、しっかり、磨かないから、こうなる。
あるいは、まわりに流されて、あるいは、判断を誤るとき、
人に対して、あるいは、動物や、植物に対しての、
敬意や、想像力がなくなるんじゃないか、
そんな、感じがします。
適切な想像力や、知恵があったら、
世の中の紛争や、争いはなくなる気はするんだけれど、
それが、人なのかなぁ、
なんて、日常でも、そんな気はするんですよね。
・ぼくも、もちろん、日常でも、
そういうことを感じます。
自分からでた、欲とか、
いいことをするんだ、これは、正しいんだ、
ということが、割と、人に、ご迷惑をかけていたり、
想像力の欠けている事が、
いろんな、仕事に、対しても、
患者さんに対しての、思いやりを欠いていたりね。
逆に、いえば、これはできない、
というのも、歳を取ったゆえの、想像力だと思うのです。
人生に、選択肢はありますが、
リスクを計算できないで、進むのは、
こどもの遊戯の、◯◯ごっこ、と変わらないと思います。
・ぼくは、想像すると、
良い方だと、うーん、たぶんいずれ、熟したら、
結果出るのかなぁということも、多いし、
逆に、こういうことをやっていたら、こうなるんだろうなぁという、
ネガティブなことも、だいたい、当たります。
ぼくは、悲観的ですが、ポジな部分では、
これを決めたら、徹底的なところもあります。
物語で、不思議な事が、偶然が起こる時、
それは、不思議でもなんでもなくて、
その主人公が、やっぱり、その不思議なことを、
起こす種をまいているからであって、成長であって、
そういうことなしに、不思議な事は、
起きないのではないかと思います。
で、その不思議なことって、
すごく、スペシャルなことでなくて、
ほんと、ささやかなものかなぁという、気がします。
そういう、ささやかな物に、対しての、
不毛かもしれないけれど、努力する、
あとは、運を天にまかせる、
そう、考えると、根は、ギャンブラーなのかなぁ…。。
まいどのことですが、歯が痛い。
ほんと、今度は抜くんだろうなぁ。。。
これも、そうです、しっかり、磨かないから、こうなる。
できること、考えて。
仕事中に、胸が痛くなり、息が苦しくなって、
今日は、ちょっと、かがみこんでしまった。
精神的なものなのか、喫煙者だし、年齢的に、
循環器に異常があるのか、
ついに、不健康自慢の歳か?
とりあえず、様子を見てみます。
家族や同僚には、話さない。
まぁ、気のせいだと、思うし、
こういう話題も、嫌なので、
ようするに、病気の否認の、状態でもあるかもしれないけれど、
あんまり、楽しい話題じゃないから…。
そういえば、薬剤師になって、今年が10年でした。
まぁ、10年、節目ですね、
10年やれば、なんらかの哲学的なものが、
しごとに対して、でてくるとはいうけれど、
まだまだだなぁ、というか、向いてないと思う事ばかりです。
国家試験予備校時代、レストレッグレッグス症候群になったことがある。
いわゆる、ムズムズ病で、足を、貧乏揺すりをしないと、
いられない状態で、周りからは、嫌われるし、
自分も、勉強なんてできなかった。
今は、いい薬がでてるけど、
当時は、そんな病名さえなかった、
語るべき人さえ、いなかった。
だから、まぁ、語るという行為や、
医療の進歩や、心と身体の、ひとつの、
まとめた見方が、これからは必要になってくると思います。
物語を意識した医療は、エビデンスに基づく医療には、
矛盾していない。
周りの理解だって、必要だし、
それが、当然、生活の中で支えになるのだから。
そんな経験を、どう結びつけるか、
そして、できないこともあるので、
それを、どれだけ、わかっていくか、
できること、
考えていきたいなぁ…。
今日も、読んでくれてありがとうございます。
落ち込んだりもするけれど、とりあえず元気です。
今日は、ちょっと、かがみこんでしまった。
精神的なものなのか、喫煙者だし、年齢的に、
循環器に異常があるのか、
ついに、不健康自慢の歳か?
とりあえず、様子を見てみます。
家族や同僚には、話さない。
まぁ、気のせいだと、思うし、
こういう話題も、嫌なので、
ようするに、病気の否認の、状態でもあるかもしれないけれど、
あんまり、楽しい話題じゃないから…。
そういえば、薬剤師になって、今年が10年でした。
まぁ、10年、節目ですね、
10年やれば、なんらかの哲学的なものが、
しごとに対して、でてくるとはいうけれど、
まだまだだなぁ、というか、向いてないと思う事ばかりです。
国家試験予備校時代、レストレッグレッグス症候群になったことがある。
いわゆる、ムズムズ病で、足を、貧乏揺すりをしないと、
いられない状態で、周りからは、嫌われるし、
自分も、勉強なんてできなかった。
今は、いい薬がでてるけど、
当時は、そんな病名さえなかった、
語るべき人さえ、いなかった。
だから、まぁ、語るという行為や、
医療の進歩や、心と身体の、ひとつの、
まとめた見方が、これからは必要になってくると思います。
物語を意識した医療は、エビデンスに基づく医療には、
矛盾していない。
周りの理解だって、必要だし、
それが、当然、生活の中で支えになるのだから。
そんな経験を、どう結びつけるか、
そして、できないこともあるので、
それを、どれだけ、わかっていくか、
できること、
考えていきたいなぁ…。
今日も、読んでくれてありがとうございます。
落ち込んだりもするけれど、とりあえず元気です。
37歳のご挨拶。

・ほそぼそと、37歳になったのですが、
まだまだ、自分が、立派な中年になってしまったという実感が、
わかないのは、まだ、気持ちが幼いのかな、
などと思います。
35から36になったとき、大きな、自分の中で、
変化が訪れたと思います。
外的にも、内的にも、よくも、わるくも。
たぶん、変わらないようでいて、少しずつ変化を重ねた30代。
40の足音が聴こえてきた今、ぼくは、
もう、1度、じぶんのあり方を見直してみたい。
40という、大きな変化の前に、
自分の足で立つという事が、どういうことかを、
かんがえてみたいなぁ、と思います。
そして、ちょっと、この1年、仕事でも、プライベートでも、
考えてきた事を、まとめてみました。
じぶんが、Happyに感じるのは、
自分は、力不足で、とるにたらない存在では、あるけれども、
誰かをきずつけないで、
周りを大切に配慮をもって思いやれて、丁寧に、
お互いに、あたためられていくことかなぁ。
で、大胆にいうとですね、すごく、大胆にいうと、
ストーブが、憧れです。
小さいけれど、いたらないけれど、そして、形の悪いけれど、ストーブに。
ストーブになりたいなんて、なれないかもしれないけれど。。
・それには、毎日、灯油を入れなきゃならない。
日々のせいかつの中で、灯油みたいな、さりげない、
嬉しいなぁ、とか、楽しいなぁとか、
あるいは、ネガティブな、
悲しいなぁ、とか、難しいなぁや、自分のひどい部分(たくさんある。)とか、
仕入れなきゃ、ならないんだよね。
それを、燃料にして、ストーブになれるのかなぁ。
そういう、ストーブになれるのが、
理想かなぁ、そのための努力を、
していく日々なのかなぁ、と思います。
・もちろん、ストーブとしては、まったく、至らない、
時には、温めすぎて、それが、危険をともなうことも、
暑すぎて、不快を伴う事もある事を、
そこに、ごまかしが、入ってしまう危険性があることも、
火は、あたためることもあるが、あるいは、
それが、やけどをするほど、決定的に、傷つける事もあることを、
また、十分に、自覚している、ということも、
37歳の条件だと、思っています。
そして、あたためるには、メンテナンスが大切だと思います。
しっかり睡眠と、食事、運動、無理のないペース、続けられるってこと。
歳のことも、あるけれど、そこも、大切かなと思います。
それが、わかってきたのが、遅すぎだけど、ぼくの大きな変化かなぁ。
あんこ <正直な、身の丈のわかった、自分できちんと温度を調節できる。>
いるか <ごまかすことなく、あたためることに対して、責任をもっている。>
うきわ <ポジティブでも、ネガティブでも、燃料はしっかり入れていける。>
えほん <火を使う事の怖さを、それが時には、傷つける事を自覚できている。>
おかし <そのための、持続できるペースや、メンテナンスに気をつける。>
そんな、ストーブになりたい、それが目標です。
おそらく、それは、一生を考える(仕事も含めて。)
ぼくの、テーマかなぁ。
いったからには、後戻りできねえぞ。
と、自分に言い聞かせます。
責任をもった、配慮のある、ストーブになりたい、
本当の意味での(ほんとう、というのは、すごく覚悟がいる、だが、持ちたい。)
あたたかみを持ちたい。
そして、それを楽しくできたら、
最高ですね♪
おもしろくて、でも、つらい、オモツライ。
そんな、歳を重ねた、ストーブになりたいです。
こころから、思います。
いろいろ、長くなりましたが、
これが、37歳、最初のご挨拶です。
長くなってしまいましたが、
きょうも、かわらずがんばっていきたいと思います。
そして、いろんな人に、心から、感謝を感じています!!
いつもありがとうございます!!
無事に。。
・無事、いもうとの、結婚式が終わって、
ホッとしています。
こういうのは、まぁ、性格でますよね、
ぼくなんかは、ハンカチわすれたり、カメラの充電が切れていたりと、
まぁ、普段の自分がすごくでました。
でも、いい式だったな、
とても、あたたかい式だった。
妹には、じぶんの知らない、人生の明るい部分や、
あるいは、つらい部分があって、
そのなかで、助けてくれたり、心配してくれたり、
それまで、続いていたあたたかいものに、
囲まれている事を、すごく、感じました。
だから、まぁ、ほんとに、
つらい時期を乗り越えた人は、本物だよね。
これからが、また、大変だと思うけど。
がんばっておくれ。
・来てくださった、みなさんに、
ひとり、ひとりにビールをつぎにいって、
大きさの違いは、ひと、それぞれにあるけれど、
いろんな人の、お気持ちが感じられて、
それは、兄として、嬉しかったです。
兄も、頑張らなくてはと思います。
お相手の、お寺さんも、
ちょっと、こういうのはどうかと思うのだけれど、
パワースポットみたいな、なんか、心が和む感じで、
時々、遊びにいかせてもらおうかな、と思いました。
(まぁ、そんな顔だしたら、迷惑だけどね。。)
・引っ越しの、準備をしていると、
まぁ、こんだけ、本をもってるなぁ、
と、あきれてしまったり、読んでしまったり、
処理に困るもの(それは、秘密だ。)
まぁ、どこからとりかかろうか、と思案中です。
あっ、それと、ほんと、
おもったのだけれど、
大切な日や、節目の時の、天気って、
転機って、感じで、
すごく印象に残るのは、なぜでしょうね。
写真撮影の時、雨がやみました。
よかったなぁ。
きょうも、読んでくれてありがとうございます。
お祝いのお気持ちも、ありがとうございました。
ホッとしています。
こういうのは、まぁ、性格でますよね、
ぼくなんかは、ハンカチわすれたり、カメラの充電が切れていたりと、
まぁ、普段の自分がすごくでました。
でも、いい式だったな、
とても、あたたかい式だった。
妹には、じぶんの知らない、人生の明るい部分や、
あるいは、つらい部分があって、
そのなかで、助けてくれたり、心配してくれたり、
それまで、続いていたあたたかいものに、
囲まれている事を、すごく、感じました。
だから、まぁ、ほんとに、
つらい時期を乗り越えた人は、本物だよね。
これからが、また、大変だと思うけど。
がんばっておくれ。
・来てくださった、みなさんに、
ひとり、ひとりにビールをつぎにいって、
大きさの違いは、ひと、それぞれにあるけれど、
いろんな人の、お気持ちが感じられて、
それは、兄として、嬉しかったです。
兄も、頑張らなくてはと思います。
お相手の、お寺さんも、
ちょっと、こういうのはどうかと思うのだけれど、
パワースポットみたいな、なんか、心が和む感じで、
時々、遊びにいかせてもらおうかな、と思いました。
(まぁ、そんな顔だしたら、迷惑だけどね。。)
・引っ越しの、準備をしていると、
まぁ、こんだけ、本をもってるなぁ、
と、あきれてしまったり、読んでしまったり、
処理に困るもの(それは、秘密だ。)
まぁ、どこからとりかかろうか、と思案中です。
あっ、それと、ほんと、
おもったのだけれど、
大切な日や、節目の時の、天気って、
転機って、感じで、
すごく印象に残るのは、なぜでしょうね。
写真撮影の時、雨がやみました。
よかったなぁ。
きょうも、読んでくれてありがとうございます。
お祝いのお気持ちも、ありがとうございました。
生きているって、素晴らしい!!
・生きていて、よかったなぁ、
と思う事は、妹の晴れ姿を、みれることだ。
一家全員で、祝福できることだ。
そう、明日、妹の披露宴です。
当日は、おもいっきり祝福してあげたい。
そして、今日が、最後の家族の夜である。
母が、脳梗塞で倒れてからは、
介護から、食事まで、家族の事を、
自分を犠牲にして、やってくれいた、
そんな、感謝の気持ちを、こころから、贈りたい。
・妹も、また、
苦労を重ねてきた。
妹は、大学に行った時、体調を崩し、
入院生活を送った。
死を考えた事は、何回もあったと言っていた。
親は、心配して、
私達が、死んだら、誰がこの子の面倒をみるの、
といっていた。
ぼくが、当時は学生だったが、
病気というもの、
身体的だけでなく、心の部分、
そういうところに、注視するのも、
また、そういった経緯があります。
・ここで、個人的な話を。
ぼくは、去年の夏、
書くのは、この1回だけだけれど、
死ぬ事ばかりを考えていた。
でも、死ぬ事は、やはり、怖かった。
そして、また、命を扱う仕事の人が、
命を大切にしないのであれば、
それは、自分の生き方に後悔がある。
そう、思った。
やはり、甘えだったのだろうと、思う。
そして、なによりそういった気持ちに、なったのは自分だけではない。
もっと、傷ついた人が、いる。
・今も、生きる事に、
いろんな、疑問や、葛藤や、自己嫌悪など、
肯定できない部分が、多くあるのだけれど、
そして、未来を、想像する回路が、
ぼくから、抜けているのだけれど、
それでもね、
生きてるって、素晴らしい。
こんな日が、くるなんて!!
と、ぼくは思うのです。
・だって、妹が、ぼくが、あるいは、家族が、
生きているおかげで、妹の幸せな結婚を祝え、祈る事ができる。
そして、また、生きている事で、
叔父を見送る事ができた。
生きてるって、素晴らしいのである。
いろんな、苦しい場面が、ある。
弱い部分に、悩む日々や、
自分の信頼とか、ただしい、ことに対して、
自身が持てない日々がある。
いまも、正直、悩んだり、落ち込んだり、自己嫌悪の毎日である。
だ、けれども、
生きてるって、素晴らしい。
そして、「生きる」ことを考えることに、
ぼくらの仕事は、向いていて、
そして、また、
生きている事で、明日という日を、
家族一同で、迎える事ができるのだから。
心から、おめでとう。
そして、また、末永く、
兄弟で、生きてるって、素晴らしいを感じられたら、
いいと思う。
それだけでなく、周りの大切な友人や、大事な人、
あるいは、今は連絡のとれない人達、
かって、旧交を温めた人、
いまは、もう連絡のとれないひと。
深く傷つけた人…。
・そんな、ひと、全部を含めて、
いろんなことが、あっても、
やっぱり、生きてるって、素晴らしい事なんだ。
どんなに、絶望に襲われる事が、あっても、
生きている事は、素晴らしい事だ。
それだけは、言える。
配慮なく、決定的に、誰かを傷つける事がある。
それは、消せない、それは、背負っていく。
その覚悟は、ある。
・それを、含めて、生きていることは、素晴らしいんだ。
生きている事は、オモツライのだ、
すごく、ゆるい、言い方をすれば。
この日の、ために、
妹は、生きているって、素晴らしいを感じたのではないかと思う。
ぼくも、また、生きていてよかったなぁ、と思う。
できれば、ぼくの中で、関わりある人が、
健康に、生きてるって、素晴らしい、
と、思えればいいなぁ、と思う。
いや、十全とは、いえずとも、
なにげないことで、
生きてるって、素晴らしいと思えたら、いいなぁと、
思います。
時間なく、書いた事なので、これが、また不快や、傷つけたらごめんなさい。
それは、今から、謝っておきますね。。
きょうも、読んでくれてありがとうございます。
お相手がお坊さんなものですから、
差別化するために、髪を少し伸ばしました。
2014.6.6 hatamaro.
と思う事は、妹の晴れ姿を、みれることだ。
一家全員で、祝福できることだ。
そう、明日、妹の披露宴です。
当日は、おもいっきり祝福してあげたい。
そして、今日が、最後の家族の夜である。
母が、脳梗塞で倒れてからは、
介護から、食事まで、家族の事を、
自分を犠牲にして、やってくれいた、
そんな、感謝の気持ちを、こころから、贈りたい。
・妹も、また、
苦労を重ねてきた。
妹は、大学に行った時、体調を崩し、
入院生活を送った。
死を考えた事は、何回もあったと言っていた。
親は、心配して、
私達が、死んだら、誰がこの子の面倒をみるの、
といっていた。
ぼくが、当時は学生だったが、
病気というもの、
身体的だけでなく、心の部分、
そういうところに、注視するのも、
また、そういった経緯があります。
・ここで、個人的な話を。
ぼくは、去年の夏、
書くのは、この1回だけだけれど、
死ぬ事ばかりを考えていた。
でも、死ぬ事は、やはり、怖かった。
そして、また、命を扱う仕事の人が、
命を大切にしないのであれば、
それは、自分の生き方に後悔がある。
そう、思った。
やはり、甘えだったのだろうと、思う。
そして、なによりそういった気持ちに、なったのは自分だけではない。
もっと、傷ついた人が、いる。
・今も、生きる事に、
いろんな、疑問や、葛藤や、自己嫌悪など、
肯定できない部分が、多くあるのだけれど、
そして、未来を、想像する回路が、
ぼくから、抜けているのだけれど、
それでもね、
生きてるって、素晴らしい。
こんな日が、くるなんて!!
と、ぼくは思うのです。
・だって、妹が、ぼくが、あるいは、家族が、
生きているおかげで、妹の幸せな結婚を祝え、祈る事ができる。
そして、また、生きている事で、
叔父を見送る事ができた。
生きてるって、素晴らしいのである。
いろんな、苦しい場面が、ある。
弱い部分に、悩む日々や、
自分の信頼とか、ただしい、ことに対して、
自身が持てない日々がある。
いまも、正直、悩んだり、落ち込んだり、自己嫌悪の毎日である。
だ、けれども、
生きてるって、素晴らしい。
そして、「生きる」ことを考えることに、
ぼくらの仕事は、向いていて、
そして、また、
生きている事で、明日という日を、
家族一同で、迎える事ができるのだから。
心から、おめでとう。
そして、また、末永く、
兄弟で、生きてるって、素晴らしいを感じられたら、
いいと思う。
それだけでなく、周りの大切な友人や、大事な人、
あるいは、今は連絡のとれない人達、
かって、旧交を温めた人、
いまは、もう連絡のとれないひと。
深く傷つけた人…。
・そんな、ひと、全部を含めて、
いろんなことが、あっても、
やっぱり、生きてるって、素晴らしい事なんだ。
どんなに、絶望に襲われる事が、あっても、
生きている事は、素晴らしい事だ。
それだけは、言える。
配慮なく、決定的に、誰かを傷つける事がある。
それは、消せない、それは、背負っていく。
その覚悟は、ある。
・それを、含めて、生きていることは、素晴らしいんだ。
生きている事は、オモツライのだ、
すごく、ゆるい、言い方をすれば。
この日の、ために、
妹は、生きているって、素晴らしいを感じたのではないかと思う。
ぼくも、また、生きていてよかったなぁ、と思う。
できれば、ぼくの中で、関わりある人が、
健康に、生きてるって、素晴らしい、
と、思えればいいなぁ、と思う。
いや、十全とは、いえずとも、
なにげないことで、
生きてるって、素晴らしいと思えたら、いいなぁと、
思います。
時間なく、書いた事なので、これが、また不快や、傷つけたらごめんなさい。
それは、今から、謝っておきますね。。
きょうも、読んでくれてありがとうございます。
お相手がお坊さんなものですから、
差別化するために、髪を少し伸ばしました。
2014.6.6 hatamaro.