40歳。
40の足音が聴こえて来るにしたがって、
ぼくは、いろんなことを、ゼロにしたくなりました。
今まで、できたことができなくなってきた。
身体や、心理的にも、大きな変化が…やってきた。
ここが、ふんばりどころだな、
と思う気持ちと、思うようにいかない気持ち。
ここで、ゼロにしてみよう。
人間関係も(ある程度は)維持しながらも、
会いたい人には会う、会いたくない人にはあわない。
必要なことは、やるけれども、
絶対に、やりたくないことは、やらない。
人は、人、じぶんは、じぶん。
ここ数年間で、いくつかのネガティブな事があった。
それについては、書きたくない。
がっかりすることも、多かったし、
なにより、じぶんに、がっかりすることも、多かった…。
そういう意味で、逃げない、
という意味で、40までの、組み替えが行われる前に、
ぼくは、なにかを、かんじとろう、
なにか、今しかできない、感覚をとどめ、
新しいスタートをきりたいな、と感じていた。
人間関係は、好き、嫌いにかぎらないで、
しばらく、Facebookや、
いわゆる現代の村社会的なものを、やめました。
たぶん、これは、ぼくが、震災で、
日常で、じぶんのかんじたことをブログで書こう、
という、気持ちと近いものがあると感じている。
それが、なんであるか?を、考える時期だとも、感じている。
とるにたらない、なんてことない日常を、できれば、送れる事ならば、
(それすら、大変な努力がいるのですが。)
その過程で、おのずと、
目指すべき道は、見えて来ると、考えています。
きょうも、ありがとうございます、少し固い文だったかな。
ぼくは、いろんなことを、ゼロにしたくなりました。
今まで、できたことができなくなってきた。
身体や、心理的にも、大きな変化が…やってきた。
ここが、ふんばりどころだな、
と思う気持ちと、思うようにいかない気持ち。
ここで、ゼロにしてみよう。
人間関係も(ある程度は)維持しながらも、
会いたい人には会う、会いたくない人にはあわない。
必要なことは、やるけれども、
絶対に、やりたくないことは、やらない。
人は、人、じぶんは、じぶん。
ここ数年間で、いくつかのネガティブな事があった。
それについては、書きたくない。
がっかりすることも、多かったし、
なにより、じぶんに、がっかりすることも、多かった…。
そういう意味で、逃げない、
という意味で、40までの、組み替えが行われる前に、
ぼくは、なにかを、かんじとろう、
なにか、今しかできない、感覚をとどめ、
新しいスタートをきりたいな、と感じていた。
人間関係は、好き、嫌いにかぎらないで、
しばらく、Facebookや、
いわゆる現代の村社会的なものを、やめました。
たぶん、これは、ぼくが、震災で、
日常で、じぶんのかんじたことをブログで書こう、
という、気持ちと近いものがあると感じている。
それが、なんであるか?を、考える時期だとも、感じている。
とるにたらない、なんてことない日常を、できれば、送れる事ならば、
(それすら、大変な努力がいるのですが。)
その過程で、おのずと、
目指すべき道は、見えて来ると、考えています。
きょうも、ありがとうございます、少し固い文だったかな。
お知らせ。
・森見さんの、「夜は短し歩けよ乙女」は、ひさしぶりに、
肩をぬいて、たのしく、読めたなぁ。
小劇場で、オリジナルの演劇をみているみたいで、
ほんとうに、よかったですよ。
無垢なところと、でも、無垢すぎるなぁとおもったりするけれど、
プロ野球の新人みたいに、
この荒削りがまた、いいんだよね、
みたいな感じがしますね。
とても、笑えますし。
ヒロインは、まるで、その一人称に恋をしたくなるくらいに、
素敵な文章でした。
きっと、作者さんと文通したら、ぼくは、好きになってしまうでしょう。
(作者さんは、男です。。すごい!!)
きっと、ぼくは比喩フェチなんでしょうね。
言葉の遊び方が、面白い人や、奇麗さなどに、
外見なんかより、ひかれる。
そういうところ、あるんだよなぁって思ったりしました。
物語や文章の力は、やっぱり、すごいよね。
そして、それが、あるべき物語ならば…。
・ブログは更新しますが、
自分としては、仕事以外は、
表舞台に立ちません。
病気の再発のため、仕事をしながらの、
治療となります。
基本的に、連絡手段も限られた形に、絞りました。
「必要な喪」と、じぶん、個人としての、
いろんな考えを、「まとめて」いきたいからです。
人間関係の休暇です。
少し、おやすみ、です。
不義理や、急に、連絡着かなくなってしまったという方もいるかも、、
でも、ご容赦ください。
これは、必要な事なのです。
よろしくおねがいいたします。
hatamaro
肩をぬいて、たのしく、読めたなぁ。
小劇場で、オリジナルの演劇をみているみたいで、
ほんとうに、よかったですよ。
無垢なところと、でも、無垢すぎるなぁとおもったりするけれど、
プロ野球の新人みたいに、
この荒削りがまた、いいんだよね、
みたいな感じがしますね。
とても、笑えますし。
ヒロインは、まるで、その一人称に恋をしたくなるくらいに、
素敵な文章でした。
きっと、作者さんと文通したら、ぼくは、好きになってしまうでしょう。
(作者さんは、男です。。すごい!!)
きっと、ぼくは比喩フェチなんでしょうね。
言葉の遊び方が、面白い人や、奇麗さなどに、
外見なんかより、ひかれる。
そういうところ、あるんだよなぁって思ったりしました。
物語や文章の力は、やっぱり、すごいよね。
そして、それが、あるべき物語ならば…。
・ブログは更新しますが、
自分としては、仕事以外は、
表舞台に立ちません。
病気の再発のため、仕事をしながらの、
治療となります。
基本的に、連絡手段も限られた形に、絞りました。
「必要な喪」と、じぶん、個人としての、
いろんな考えを、「まとめて」いきたいからです。
人間関係の休暇です。
少し、おやすみ、です。
不義理や、急に、連絡着かなくなってしまったという方もいるかも、、
でも、ご容赦ください。
これは、必要な事なのです。
よろしくおねがいいたします。
hatamaro
万年筆、面白がり、新しい文章。
・去年の5月頃から、急に、
ブログの内容が、重くなって、
まぁ、それは、自分なりきに、思い詰めていた部分が、
あって、それが、張りつめた糸がきれたように、
ポンっときれて、大きな事も、いろいろあって、
まぁ、ここは、ゆっくりやっていこう、
1年や、2年の遠回りは、この歳では、キツいんだけど、
まぁ、しゃかりきに、やってきた部分もあるし、
すこし、ペースをゆるめていこう、
と考えたのです。
・あまり、クヨクヨせず、ここで潰れたらなんにもならないな、と。
で、その以前にブログに書いていたペースや、
なんか、書いていた事が、じぶんで、
嘘っぽく感じてしまい(でも、正直な気持ちです。)
どんなことを、かいていたのか、
よく、思い出せないんだ。
悲しい事に。
泳ぎ方を、わすれちまったみたいに…。
・最近、理由あって、電車通勤してるんだけど、
(2時間かかる。)
「夜は短し歩けよ乙女」を読んでみたら、
吹き出すほど、面白くて!!
あぁ、物語ってこんなに、おもしろい、文章って、こんなに面白いんだ。
そう思うと、何事も、「面白い」がなかったら、
どんなに、正しくても、真面目でも、
根底に、面白いがなかったら、
なにも成立しないよなぁ、
と、ちょっだけ、感じたのであります。
正しいおもしろがりかたは、大切でしょう。
・ぼくは、新しい文章を、物語を求めているのかもしれません。
平凡で、普遍的で、いろいろあるけれど、
そこに、微量でも、面白いがふくまれていたら。
それは、恋愛でも、しごとでも、そうかなって思う。
苦しくても、大変でも、
まぁ、おもしろがろう、
そういう意味で、ぼく自身、おもしろがりながら、
なおかつ、丁寧に、ゆっくりと歩みをすすめたい、そう考えているのです。
そういう、言葉を描いてみたいな。
・今後の人生、面白がりながら、
あたたかい、セーターの編手みたいになれたらよいなぁ、
そう思っている。
様々な生地や、編み方を試行錯誤しながら。
今回から、万年筆をイメージしたフォントに。
思考錯誤しながら綴っていきます!!
ブログの内容が、重くなって、
まぁ、それは、自分なりきに、思い詰めていた部分が、
あって、それが、張りつめた糸がきれたように、
ポンっときれて、大きな事も、いろいろあって、
まぁ、ここは、ゆっくりやっていこう、
1年や、2年の遠回りは、この歳では、キツいんだけど、
まぁ、しゃかりきに、やってきた部分もあるし、
すこし、ペースをゆるめていこう、
と考えたのです。
・あまり、クヨクヨせず、ここで潰れたらなんにもならないな、と。
で、その以前にブログに書いていたペースや、
なんか、書いていた事が、じぶんで、
嘘っぽく感じてしまい(でも、正直な気持ちです。)
どんなことを、かいていたのか、
よく、思い出せないんだ。
悲しい事に。
泳ぎ方を、わすれちまったみたいに…。
・最近、理由あって、電車通勤してるんだけど、
(2時間かかる。)
「夜は短し歩けよ乙女」を読んでみたら、
吹き出すほど、面白くて!!
あぁ、物語ってこんなに、おもしろい、文章って、こんなに面白いんだ。
そう思うと、何事も、「面白い」がなかったら、
どんなに、正しくても、真面目でも、
根底に、面白いがなかったら、
なにも成立しないよなぁ、
と、ちょっだけ、感じたのであります。
正しいおもしろがりかたは、大切でしょう。
・ぼくは、新しい文章を、物語を求めているのかもしれません。
平凡で、普遍的で、いろいろあるけれど、
そこに、微量でも、面白いがふくまれていたら。
それは、恋愛でも、しごとでも、そうかなって思う。
苦しくても、大変でも、
まぁ、おもしろがろう、
そういう意味で、ぼく自身、おもしろがりながら、
なおかつ、丁寧に、ゆっくりと歩みをすすめたい、そう考えているのです。
そういう、言葉を描いてみたいな。
・今後の人生、面白がりながら、
あたたかい、セーターの編手みたいになれたらよいなぁ、
そう思っている。
様々な生地や、編み方を試行錯誤しながら。
今回から、万年筆をイメージしたフォントに。
思考錯誤しながら綴っていきます!!
迷いの森の扉。
ぼくは、「迷いの森」で、迷っている。
そこに、扉…、出口なのか、入り口なのか。
それを、探している。
ただ、それが現れるのを待っている。
どんどん、じぶんを追いつめていったりしていくと、
扉は、みつからなくなる。
あせれば、あせるほど、扉は消えていく。
扉が、閉じてしまうまえに、
出なければ、ならない。
なにかの、扉を、開く時、
それは、とても、深い部分に接しながらも、
前向きで、ある程度、
こころに、余白がなければならない。
あるいは、思いやりや、ユーモアだって必要だ。
余白が、なければ、扉はひらかない。
資格がないものが、扉をひらけば、
それは、大変な世界が待っている。
気持ちが、安定していて、
しっかりとした判断と、じぶんの弱さを、
自覚して、そして、それを強さにかえれていてること。
そして、その扉は、じぶんのためでなく、
だれかのために、開けていかなければならない。
それが、資格だ。
その、資格をもてれば、しるしをもてれば、
扉を開けた世界は、混沌から、安定した空気が、
ある再生した世界が、あるのだと思う。
その、資格をもたなければならない。
そのためには、からだと、こころで、
感じる、しかない。
まぁ、でも、気を抜きながら。
そこに、扉…、出口なのか、入り口なのか。
それを、探している。
ただ、それが現れるのを待っている。
どんどん、じぶんを追いつめていったりしていくと、
扉は、みつからなくなる。
あせれば、あせるほど、扉は消えていく。
扉が、閉じてしまうまえに、
出なければ、ならない。
なにかの、扉を、開く時、
それは、とても、深い部分に接しながらも、
前向きで、ある程度、
こころに、余白がなければならない。
あるいは、思いやりや、ユーモアだって必要だ。
余白が、なければ、扉はひらかない。
資格がないものが、扉をひらけば、
それは、大変な世界が待っている。
気持ちが、安定していて、
しっかりとした判断と、じぶんの弱さを、
自覚して、そして、それを強さにかえれていてること。
そして、その扉は、じぶんのためでなく、
だれかのために、開けていかなければならない。
それが、資格だ。
その、資格をもてれば、しるしをもてれば、
扉を開けた世界は、混沌から、安定した空気が、
ある再生した世界が、あるのだと思う。
その、資格をもたなければならない。
そのためには、からだと、こころで、
感じる、しかない。
まぁ、でも、気を抜きながら。
見かけ。
・ふだんのお休みと同じように、
母をつれて、いつものそば屋さんにいきました。
その、そば屋さんは、とても、おいしいので、
外出には、気乗りではない母も、
わりに、よろこんでくれます。
いつもは、そばと、ラーメンをセットで、
ふたりで食べるのですが、
きょうは、五目ラーメンに。
食べてかえったら、疲れが出て、
爆睡でした。
・ふだんは、近所の方、中心のそば屋さんなのですが、
きょうは、にぎやかで、
団体の方、10人ほど…。
ピアス、オールバック…、なにをやっている方なのだろう?
旅のかたなのかな?
さすらいのバンドマン??
・歳をとったなぁ、というのは、
そういう時です。。
ピアスとか、つけてると、
ほんと、その人達に失礼なのですが…、
無意識に、怖く、感じてしまう…。
いつのまにか、ひとを、
見かけで判断する癖がついているじぶんに、
反省した日でした。
自分も、若い頃は、茶髪だったのにね…。
プライベートのファッションは、自由だと思うから。
歳はとりたくないもんじゃ。。
きょうも、読んでくれてありがとうございます。
新蕎麦は、たのしみ、この上無し!!
母をつれて、いつものそば屋さんにいきました。
その、そば屋さんは、とても、おいしいので、
外出には、気乗りではない母も、
わりに、よろこんでくれます。
いつもは、そばと、ラーメンをセットで、
ふたりで食べるのですが、
きょうは、五目ラーメンに。
食べてかえったら、疲れが出て、
爆睡でした。
・ふだんは、近所の方、中心のそば屋さんなのですが、
きょうは、にぎやかで、
団体の方、10人ほど…。
ピアス、オールバック…、なにをやっている方なのだろう?
旅のかたなのかな?
さすらいのバンドマン??
・歳をとったなぁ、というのは、
そういう時です。。
ピアスとか、つけてると、
ほんと、その人達に失礼なのですが…、
無意識に、怖く、感じてしまう…。
いつのまにか、ひとを、
見かけで判断する癖がついているじぶんに、
反省した日でした。
自分も、若い頃は、茶髪だったのにね…。
プライベートのファッションは、自由だと思うから。
歳はとりたくないもんじゃ。。
きょうも、読んでくれてありがとうございます。
新蕎麦は、たのしみ、この上無し!!
アイロンのある風景。
・ぼくは、最大の欠点は、
だらしがないことである。
もう、それは、ちいさいころから、
自覚して、直そうとしているのだけれど、
病的なまでに、だらしがないのである。
ようは、しっかりしろ!!である。
ほんと。
・そんなぼくだが、ていねいに洗濯して、
アイロンのかけられた白シャツを、着るのはホッとする。
なにかしら、混沌としたものが、
わりと、シンプルな世界観になる。
アイロンのあたたかみで、のばされたシワは、
いわば、日々の出来事のシワである。
いろんな、大変な事や、心ならずも、不義理をしてしまったことを、
アイロンを、かけることによって、
じぶんも、平面になるのである。
どんな値段のシャツも、
アイロンかけたてには、かなわないですよね?
・アイロンのある風景は、
たどれば、母性の風景かもしれない。
すくなくとも、ぼくは、そう感じる。
だから、アイロンがけは、ホッとする。
そんなふうに、洋服と対話すると、
それなりに、愛着もわくんだよね。
・だから、もっと、アイロンがけが、
うまくなりたいなぁ、と思っている。
アイロンのある風景とは、
アイロンをかける、あたたかみや、平和や、穏やかさのある風景だ。
母が元気だったころの風景だ。
いつか、「アイロンのある風景」という絵を描いてみたい、
そう、思っています。
いつかは、わからないけれど。
だらしがないことである。
もう、それは、ちいさいころから、
自覚して、直そうとしているのだけれど、
病的なまでに、だらしがないのである。
ようは、しっかりしろ!!である。
ほんと。
・そんなぼくだが、ていねいに洗濯して、
アイロンのかけられた白シャツを、着るのはホッとする。
なにかしら、混沌としたものが、
わりと、シンプルな世界観になる。
アイロンのあたたかみで、のばされたシワは、
いわば、日々の出来事のシワである。
いろんな、大変な事や、心ならずも、不義理をしてしまったことを、
アイロンを、かけることによって、
じぶんも、平面になるのである。
どんな値段のシャツも、
アイロンかけたてには、かなわないですよね?
・アイロンのある風景は、
たどれば、母性の風景かもしれない。
すくなくとも、ぼくは、そう感じる。
だから、アイロンがけは、ホッとする。
そんなふうに、洋服と対話すると、
それなりに、愛着もわくんだよね。
・だから、もっと、アイロンがけが、
うまくなりたいなぁ、と思っている。
アイロンのある風景とは、
アイロンをかける、あたたかみや、平和や、穏やかさのある風景だ。
母が元気だったころの風景だ。
いつか、「アイロンのある風景」という絵を描いてみたい、
そう、思っています。
いつかは、わからないけれど。
道、透明、フェリーニ。
フェリーニの「道」という映画をみた感想を、
抽象的にかいてみる。
つまり、それは、フェリーニについてでなく、
ぼく自身について、書いているもかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・透明感という言葉が、好きだ。
じぶんの色を、ただ、主張するのではなく、
みえないけれど、気づかないけれど、
大事な、なにかが、存在してる、
そして、なんでも、自由に、受け入れられる、
という空気のような。
透明感のある人、という表現は、
よくありますが、つまり、そういうひとは、
どんなことでも、色に、そまらず、
じぶんを持ちながら、でも、じぶんを隠し…。
孤独と、愛情を両立している感じ。
あらゆる、フクザツな物事や、感情をすべて、
融通無碍的な、感じだろうか?
雲の、ジュウザみたいな感じであろうか?
若い頃は、わりと透明感のある水のようなものは、
あるが、いろいろな、汚水がはいってきて、
それは、壊されていくのだろうか?
・なにかの、存在を感じるよりは、
感じさせないで、なにかの役に立っていたら、
いいのかな、とも思う。
それは、距離が離れていても、東京ーパリでも、
同じ時を、すごしている限り、つながっている、
きっと、そうだ。
・料理でいえば、隠し味。
感じさせないんだけど、これ、いれると、
いいんだよね、
みたいなもの、そんなものが、
重要かなとも思うようになってきた。
・フェリーニの「道」というイタリア映画をみたのだけれど、
その話にあるように。
そんな透明みたいなものが、実は失った時、
本当に、人が、深い悲しみに気づく事を、ぼくらは、自覚しなければ…。
と、じぶんを戒める。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日も、読んでくださってありがとうございます。
イタリアは、リタイアですが、スコットランドは、どうなるんだろう?
抽象的にかいてみる。
つまり、それは、フェリーニについてでなく、
ぼく自身について、書いているもかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・透明感という言葉が、好きだ。
じぶんの色を、ただ、主張するのではなく、
みえないけれど、気づかないけれど、
大事な、なにかが、存在してる、
そして、なんでも、自由に、受け入れられる、
という空気のような。
透明感のある人、という表現は、
よくありますが、つまり、そういうひとは、
どんなことでも、色に、そまらず、
じぶんを持ちながら、でも、じぶんを隠し…。
孤独と、愛情を両立している感じ。
あらゆる、フクザツな物事や、感情をすべて、
融通無碍的な、感じだろうか?
雲の、ジュウザみたいな感じであろうか?
若い頃は、わりと透明感のある水のようなものは、
あるが、いろいろな、汚水がはいってきて、
それは、壊されていくのだろうか?
・なにかの、存在を感じるよりは、
感じさせないで、なにかの役に立っていたら、
いいのかな、とも思う。
それは、距離が離れていても、東京ーパリでも、
同じ時を、すごしている限り、つながっている、
きっと、そうだ。
・料理でいえば、隠し味。
感じさせないんだけど、これ、いれると、
いいんだよね、
みたいなもの、そんなものが、
重要かなとも思うようになってきた。
・フェリーニの「道」というイタリア映画をみたのだけれど、
その話にあるように。
そんな透明みたいなものが、実は失った時、
本当に、人が、深い悲しみに気づく事を、ぼくらは、自覚しなければ…。
と、じぶんを戒める。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日も、読んでくださってありがとうございます。
イタリアは、リタイアですが、スコットランドは、どうなるんだろう?
ぼくの部屋。
・じぶんの中で、なにかが違うなぁ、とか、
からだを、動かしているときに、なにか感覚がちがう、
そういうのは、ことばでは、表現できないのだけれど、
サインとして、あらわれているものだと思います。
そこで、かわらなければならないものを、かわらずにあるものも、
あるのだけれど、そこを見極めなきゃ、いけない時がある。
・そんなににんげんは、かわらないものだけれど、
ただ、1つ、
じっと、考えや、いろんなきもちを、
ひとまず、まっさらにして、整理するためには、
まずは、向き合って、あらゆる点で、
じぶんの中の、正や、負の感情を、考えてみる事だと、
ぼくは、思う。
重大な決断をする時、誰かになにか大切な事を、
伝える時、それは、ちらかった部屋で、
そして、自分にしっかり問いかけるのではなく、
相手を思うのではなく、自分の都合で考えて、
(自分の都合が優先させている時は、なにかがおかしくなっている状態だ。
仕事でも、プライベートでも。)
さらに、深夜の、光が、部屋の灯りしか無い時、
してはいけない。
(そういう、経験があります。とてもつらい記憶です。)
・たぶん、ぼくに必要なものは、
十分な、こころの中の、部屋の整理と、掃除と、
地下室までいって、あるいは、
隠された暗い部分も、みていきながらも、
部屋を把握できるように、
することなのかな、とも、思う。
・そこには、コーヒーカップもあるし、様々な洋服も、
本から得た知識や、様々な亀裂や、ゴミもある。
それを、丁寧に、紐解いていかなければならない。
たぶん、それは、他の誰にでもできない。
たぶん、じぶん、だけである。
それが、必要なのだろう、と感じている。
・そうなると、来客者には、ひとまず、部屋(自分の中)はみせられない。
つまりは、ここ何年かは、(いつまでとも、いえない。ずっとかもしれない。)
そっとしてほしい…ということ。
じぶんという、個人の復興なのかな、
とも感じています。
からだを、動かしているときに、なにか感覚がちがう、
そういうのは、ことばでは、表現できないのだけれど、
サインとして、あらわれているものだと思います。
そこで、かわらなければならないものを、かわらずにあるものも、
あるのだけれど、そこを見極めなきゃ、いけない時がある。
・そんなににんげんは、かわらないものだけれど、
ただ、1つ、
じっと、考えや、いろんなきもちを、
ひとまず、まっさらにして、整理するためには、
まずは、向き合って、あらゆる点で、
じぶんの中の、正や、負の感情を、考えてみる事だと、
ぼくは、思う。
重大な決断をする時、誰かになにか大切な事を、
伝える時、それは、ちらかった部屋で、
そして、自分にしっかり問いかけるのではなく、
相手を思うのではなく、自分の都合で考えて、
(自分の都合が優先させている時は、なにかがおかしくなっている状態だ。
仕事でも、プライベートでも。)
さらに、深夜の、光が、部屋の灯りしか無い時、
してはいけない。
(そういう、経験があります。とてもつらい記憶です。)
・たぶん、ぼくに必要なものは、
十分な、こころの中の、部屋の整理と、掃除と、
地下室までいって、あるいは、
隠された暗い部分も、みていきながらも、
部屋を把握できるように、
することなのかな、とも、思う。
・そこには、コーヒーカップもあるし、様々な洋服も、
本から得た知識や、様々な亀裂や、ゴミもある。
それを、丁寧に、紐解いていかなければならない。
たぶん、それは、他の誰にでもできない。
たぶん、じぶん、だけである。
それが、必要なのだろう、と感じている。
・そうなると、来客者には、ひとまず、部屋(自分の中)はみせられない。
つまりは、ここ何年かは、(いつまでとも、いえない。ずっとかもしれない。)
そっとしてほしい…ということ。
じぶんという、個人の復興なのかな、
とも感じています。
感謝をおくれるって。
・しごとでも、プライベートでも、
立場が、じぶんより、
よわいものに対しては、強く出るひとを、
ときどき、みて、気分がわるくなるときがある。
それは、最近では、ネットでも多く観られるし、
ふつうに買い物や、食事をしていても、
相手が、にんげんである、
ということを、忘れてしまう事が、多い時代のような気がします。
だから、わりと、
ありがとう、とか、ごちそうさま、とか、
そういうの、小さな事だけど、大切ですよね。
ぼくは、お客様は、神様です、
というのは、ちがうなぁと、前から、
おもっています。
神様な、わけではありません、
お店も、お客様も、同じにんげんだと思うのです。
心を、もっている、同じにんげん。
しごとの、動機に、お役にたちたい、喜んでもらいたい、
HAPPYになってもらいたいが、あるように、
それに対しては、最低限の、敬意や、マナーが必要だと思うのだけれど。
ぼくも、ご迷惑おかけすることが多いのだけれど…。
・ぼくは、本を読むのが大好きだから、わかるんだけど、
本を、読んでいて、すごく面白くて、(映画でも、音楽でも。)
作者に、ごく例外を除けば、直接、ここ面白かったよー、
って、届けられることって、ないと思うんです。
だから、おいしいご飯とか、大切なものを
(それは、形でなくてもさ。)
頂いてね、
ありがとうって、感謝の気持ちを
作ってくれた人や、大切な、かたちないものを、くれた人に、
送れるって、
素敵なことだと思いませんか?
ぼくは、そう思うんだけど、コーヒー1杯でも。
いや、ちょっとした、お茶でも。。
立場が、じぶんより、
よわいものに対しては、強く出るひとを、
ときどき、みて、気分がわるくなるときがある。
それは、最近では、ネットでも多く観られるし、
ふつうに買い物や、食事をしていても、
相手が、にんげんである、
ということを、忘れてしまう事が、多い時代のような気がします。
だから、わりと、
ありがとう、とか、ごちそうさま、とか、
そういうの、小さな事だけど、大切ですよね。
ぼくは、お客様は、神様です、
というのは、ちがうなぁと、前から、
おもっています。
神様な、わけではありません、
お店も、お客様も、同じにんげんだと思うのです。
心を、もっている、同じにんげん。
しごとの、動機に、お役にたちたい、喜んでもらいたい、
HAPPYになってもらいたいが、あるように、
それに対しては、最低限の、敬意や、マナーが必要だと思うのだけれど。
ぼくも、ご迷惑おかけすることが多いのだけれど…。
・ぼくは、本を読むのが大好きだから、わかるんだけど、
本を、読んでいて、すごく面白くて、(映画でも、音楽でも。)
作者に、ごく例外を除けば、直接、ここ面白かったよー、
って、届けられることって、ないと思うんです。
だから、おいしいご飯とか、大切なものを
(それは、形でなくてもさ。)
頂いてね、
ありがとうって、感謝の気持ちを
作ってくれた人や、大切な、かたちないものを、くれた人に、
送れるって、
素敵なことだと思いませんか?
ぼくは、そう思うんだけど、コーヒー1杯でも。
いや、ちょっとした、お茶でも。。
傷跡。
中学、高校と、
ぼくは、わりにというか、
まぁ、いじめられっこな、わけで、
当時は、笑い事になっていたけれど、
いま、思うと、
現代だったら、結構、大きな問題になっていたと思う。
時代というもので、
そこが、セーフかアウトか、
そもそも、やられた本人は、時々、
思い返しているのだから、そんなもの関係ないとは、
個人的には、思う。
時代が、変わったから、許されなくて、
時代が、そうだったかから、良い、
そういうものではないなぁ、と。
これは、体罰でも、喫煙でも、言える事ですね、ほんと。
じゃぁ、ぼくが、まったく、
だれも、傷つけていないか?
そんなのは、嘘になる。
決定的に、ひどい事を、いったり、
無責任な嘘をついたり、そんなことは、山ほどあるし、
いまも、できるだけ努力はしているけれど、
同じ事は、してしまうことも、ある。
ただ、忘れない、繰り返さない、それが、
大事だと、感じている。
小学校の時に、自由研究で、
浅間の歴史というものを、やったとき、
近代において、戦争の体験を、
近所の人に、インタビューしたことがある。
あの時は、実際の経験をききたかったのだけれど、
(しっかり、受け止められたかは自信がない。)
その、話をきいたことを、今、思い返すと、
やはり、昔の事だから、
ぼくには、関係ないということでなく、
あくまでも、ぼくらは、
その、責任を引き受けて、
同じ、過ちは、犯さない、
それが大切だと、感じる。
忘れない事。
多かれ、少なかれ、ぼくは、
だれかを、傷つけ、そして、自分も、損なう可能性を、
常に、秘めている。
ぼくが、去年から、感じ続けている事は、
忘れないし、背負っていかなければならない。
それは、ぼくが、いじめの記憶を、
時々、思い返すように、
また、傷つけた人も、思い返す事があるからだと思う。
うまく、言葉にできないけれど、
そのために、一生懸命、必死で生きる。
そして、忘れない事。
受けた傷は、表面には、みえないけれど、
逆に、それは、一生、消えないものとして、
残ると、
ぼくが、どうしようと、形にして、取り除く事は、できないのだ。
だからこそ、その中で、できることを、やろう。
単純に、言葉に、できないけれど。
よんでくれて、ありがとうございます。
細々と続けていきたい、そう、思っています。
ぼくは、わりにというか、
まぁ、いじめられっこな、わけで、
当時は、笑い事になっていたけれど、
いま、思うと、
現代だったら、結構、大きな問題になっていたと思う。
時代というもので、
そこが、セーフかアウトか、
そもそも、やられた本人は、時々、
思い返しているのだから、そんなもの関係ないとは、
個人的には、思う。
時代が、変わったから、許されなくて、
時代が、そうだったかから、良い、
そういうものではないなぁ、と。
これは、体罰でも、喫煙でも、言える事ですね、ほんと。
じゃぁ、ぼくが、まったく、
だれも、傷つけていないか?
そんなのは、嘘になる。
決定的に、ひどい事を、いったり、
無責任な嘘をついたり、そんなことは、山ほどあるし、
いまも、できるだけ努力はしているけれど、
同じ事は、してしまうことも、ある。
ただ、忘れない、繰り返さない、それが、
大事だと、感じている。
小学校の時に、自由研究で、
浅間の歴史というものを、やったとき、
近代において、戦争の体験を、
近所の人に、インタビューしたことがある。
あの時は、実際の経験をききたかったのだけれど、
(しっかり、受け止められたかは自信がない。)
その、話をきいたことを、今、思い返すと、
やはり、昔の事だから、
ぼくには、関係ないということでなく、
あくまでも、ぼくらは、
その、責任を引き受けて、
同じ、過ちは、犯さない、
それが大切だと、感じる。
忘れない事。
多かれ、少なかれ、ぼくは、
だれかを、傷つけ、そして、自分も、損なう可能性を、
常に、秘めている。
ぼくが、去年から、感じ続けている事は、
忘れないし、背負っていかなければならない。
それは、ぼくが、いじめの記憶を、
時々、思い返すように、
また、傷つけた人も、思い返す事があるからだと思う。
うまく、言葉にできないけれど、
そのために、一生懸命、必死で生きる。
そして、忘れない事。
受けた傷は、表面には、みえないけれど、
逆に、それは、一生、消えないものとして、
残ると、
ぼくが、どうしようと、形にして、取り除く事は、できないのだ。
だからこそ、その中で、できることを、やろう。
単純に、言葉に、できないけれど。
よんでくれて、ありがとうございます。
細々と続けていきたい、そう、思っています。