Yellow Revolution.


スタバのバナナフラペチーノが、
おいしかったので、バナナをイメージして、
イエローのチュリップを、
撮ってみた。
ビートルズの、イエローサブマリンの、ジャケットも好きだなぁ。
オブラディ、オブラダ♪
イエローというと、スーパ戦隊ものでは、三枚目なのだけれど、
だれが、決めたのだろう?
そして、イエローは、卵黄の色である。
目玉焼きの真ん中は、世界の中心で、あるように、
イエローが、ある。
そう、絶対的に白身は、脇役で、
そして、絶対君主のように、太陽のように。
自己中心なイエローだなぁと、思う。
白身だけでは、悲しいかな、成り立たない。
でも、黄身だけじゃ、だめなんだよね、
「黄身にいっている、君だけじゃだめなんだ、白身も必要なんだ」
なんか、格言みたいだ、まぁ、いいや。
メロンイエローは、ぜんぜん、
イエローじゃなかった。
目玉焼きの話が、でましたが、
また、卵にもどると、
ぼくは、オムレツ、オムライスのイエローがすきです。
ほんわかしてて、なにか、包み込むような、感じがある。
そこに、ケチャップが、あると、最高です。
卵のシンプルな味が、楽しめて、
あたたかい気持ちになる。
時に人は、オムレツのような、あたたかさを、
求めているのかもしれない。
オムレツ用のフライパンというのが、あるらしくて、
形として、はいる、ぼくは、
なんだか、オムレツに挑戦したくなってきました。
シンプルだけど、深そうです。
そうだなぁ、レパートリーに、
おいしいオムレツとおいしいコーヒーが煎れられれば、
なんだか、日曜日の午後はしあわせな気がする。
オブラディ、オブラダ。
実は、水泳の事を書こうと、前置きに写真の説明を、
入れようとしたら、即興的に、
黄色についてかいちまったもんだから、まぁ、いいか。
オブラディ、オブラダ、だよ、人生は。
私は、こういう人間になりたい!!より、
オムレツをふわふわ、トロトロに、うまくできたら、
なんて、なんか、いいよね♪
呪術的な側面としての、髪をきる孝。
・美容院というのは、ものがたりの行き交う場なのかなとも、思います。
あるいは、あらゆる個人的な、あるいは、世間話が、
行き交う場なのかなとも、思う。
そこでは、なかでは、
中には、世の中で、かぶっている仮面を、とりはずして、
素の自分を、ある意味、だす人がいる。
まるで、占い師に、話すように、
今日の天気のことや、さいきんの出来事や、
さしさわりないことから、お悩み相談まで、
髪を切る過程で、髪を切るごとに、
紡ぎだす。
・一ヶ月に一回、あるいは、何ヶ月に一回、
定期的に、特定の美容師に、
ひとは、最近のお話や、あるいは、きょうの天気や、スポーツの話をする。
まるで、それは、ひとつの呪術的な儀式のような気もする。
聴く人は、また、一流の聴き手であることも条件なのかもしれない。
髪を切る過程を仕事にすることは、また、
そんな要素から、にんげんの進化とともに、
あらわれた、職種なのかもしれない。
お酒のバーテンダーも、そうかもしれないし、
そういう、中立的な場所が、
必要なのかもしれない、
常識をふまえながら、はなす、という行為を楽しみ、
聴いてもらう、という、
ニュートラルな、関係。
・もちろん、なにも、はなしたくないという人も、
もちろん、いるので、
それもわかるし、また、面白いところだなぁ。
けっこう、美容師さんは、いろんな人生を聴いている。
昔でいうと、もっと、儀式的な職業、じゃないか?
そういう場所が、失われてるのかなぁ、
と、思ったんだけれど、
飛躍しすぎたので、この辺で。
あるいは、あらゆる個人的な、あるいは、世間話が、
行き交う場なのかなとも、思う。
そこでは、なかでは、
中には、世の中で、かぶっている仮面を、とりはずして、
素の自分を、ある意味、だす人がいる。
まるで、占い師に、話すように、
今日の天気のことや、さいきんの出来事や、
さしさわりないことから、お悩み相談まで、
髪を切る過程で、髪を切るごとに、
紡ぎだす。
・一ヶ月に一回、あるいは、何ヶ月に一回、
定期的に、特定の美容師に、
ひとは、最近のお話や、あるいは、きょうの天気や、スポーツの話をする。
まるで、それは、ひとつの呪術的な儀式のような気もする。
聴く人は、また、一流の聴き手であることも条件なのかもしれない。
髪を切る過程を仕事にすることは、また、
そんな要素から、にんげんの進化とともに、
あらわれた、職種なのかもしれない。
お酒のバーテンダーも、そうかもしれないし、
そういう、中立的な場所が、
必要なのかもしれない、
常識をふまえながら、はなす、という行為を楽しみ、
聴いてもらう、という、
ニュートラルな、関係。
・もちろん、なにも、はなしたくないという人も、
もちろん、いるので、
それもわかるし、また、面白いところだなぁ。
けっこう、美容師さんは、いろんな人生を聴いている。
昔でいうと、もっと、儀式的な職業、じゃないか?
そういう場所が、失われてるのかなぁ、
と、思ったんだけれど、
飛躍しすぎたので、この辺で。
遠い太鼓。
村上春樹さんの、「遠い太鼓」をよんでたのだけれど、
ぼくの、いまの心境に似ていて、共感してしまった。
歳を、とる、40に近づくに連れて、
ぼくは、なんだか、この国を、
他の国から、眺めたい、
なんだか、この息苦しさから、逃げ出したい、
そんなことを、思うようになった。
思う所が、あって、
ここのところ、大事なものを、
失っている。
それは、ある意味しかたないことも、あった。
ただ、お金がらみや、仕事がらみや、
いろんなことで、周りとの距離が、
みょうに、おかしくなったり、離れたり、
そんなことが、多くなっている気がする。
それは、ぼくにとって、大切な物だったから、当然つらかった。
たぶん、ぼくは、家族を失ったら、この国にいる意味を、失う気がする。
ぼくには、まだ、やるべきことがあるのは、認識していて、
薬剤師としての、じぶんや、あるいは、親の介護や、家族を守る事。
主に、医療に関する、もっと、勉強したいということが多い。
でも、ちょっと、まとまったお金が蓄えられて、いろんな問題を解決したら、
海外で、勉強したいな、と思う気持ちが、強くなった。
いまのところ、結婚より興味がある。
勉強したいこと、は漠然としていて、
まだ、あまりにも、チープで形をなしていません。
やることも、やらなあかんことも、成長したいことも、多い。
けれど、1つの過程として、
ストレンジャーとしての、じぶんも、認識してみたい気がする。
そんなことを、考えていた。
ぼくの、いまの心境に似ていて、共感してしまった。
歳を、とる、40に近づくに連れて、
ぼくは、なんだか、この国を、
他の国から、眺めたい、
なんだか、この息苦しさから、逃げ出したい、
そんなことを、思うようになった。
思う所が、あって、
ここのところ、大事なものを、
失っている。
それは、ある意味しかたないことも、あった。
ただ、お金がらみや、仕事がらみや、
いろんなことで、周りとの距離が、
みょうに、おかしくなったり、離れたり、
そんなことが、多くなっている気がする。
それは、ぼくにとって、大切な物だったから、当然つらかった。
たぶん、ぼくは、家族を失ったら、この国にいる意味を、失う気がする。
ぼくには、まだ、やるべきことがあるのは、認識していて、
薬剤師としての、じぶんや、あるいは、親の介護や、家族を守る事。
主に、医療に関する、もっと、勉強したいということが多い。
でも、ちょっと、まとまったお金が蓄えられて、いろんな問題を解決したら、
海外で、勉強したいな、と思う気持ちが、強くなった。
いまのところ、結婚より興味がある。
勉強したいこと、は漠然としていて、
まだ、あまりにも、チープで形をなしていません。
やることも、やらなあかんことも、成長したいことも、多い。
けれど、1つの過程として、
ストレンジャーとしての、じぶんも、認識してみたい気がする。
そんなことを、考えていた。
ラフ。
あだち充の、「ラフ」を、
よんで、後が気になり、
中古で、全巻大人買いしてしまった。
面白い!!
水泳の物語というのが、
タイムリー、
青春時代(ぼくの、青春はそんな甘酸っぱいものではないけれど。)
を、思い起こさせる。
できるかぎり、泳ぐ時間を作りたい。
こころと、肉体の、鍛錬、というより、ケア。
そして、なにより楽しいからね。
サクラだより、が、やってきています。
先週は、日曜出勤だったので、
ほんと、お休みが嬉しいです。
なにかと、ノンビリします。
少しずつ、少しずつ、あたたかい、くうきを。
与えたり、もらったり。
そんな、感触が、大切だなぁ。
よんで、後が気になり、
中古で、全巻大人買いしてしまった。
面白い!!
水泳の物語というのが、
タイムリー、
青春時代(ぼくの、青春はそんな甘酸っぱいものではないけれど。)
を、思い起こさせる。
できるかぎり、泳ぐ時間を作りたい。
こころと、肉体の、鍛錬、というより、ケア。
そして、なにより楽しいからね。
サクラだより、が、やってきています。
先週は、日曜出勤だったので、
ほんと、お休みが嬉しいです。
なにかと、ノンビリします。
少しずつ、少しずつ、あたたかい、くうきを。
与えたり、もらったり。
そんな、感触が、大切だなぁ。
顔の見えない悪夢。
じぶんは、基本的に、
これって、なんだかわからないけれど、嫌だなぁって、
思う事を、思い返して見ると、
それは、鏡でみるように、自分の嫌な部分だなぁ、
自分の中の見たくない部分だなぁ、
ということが、多いです。
だから、目をそらすことが多い。
テレビや、ネットや、週刊誌で、
非は、あるとはいえ、
あること、ないことを書く人たちに、
なんだか、嫌だなぁ、
というのは、潜在的に、
ぼくが、その「叩く側」に、
いつ加担するのか、わからない危険性を秘めているのかも、
と思います。
彼らは、責任の持たない言葉に、よって、
なにかを、損ない、自分も、損ない、
そして、なんら書いた事に、責任を持たないのです。
顔、がないんです。
これは、村上春樹さんの、「沈黙」から、
感じたことです、一部、引用です。
でも、どこかで、
ぼくは、自分の、そういう部分、
自分が、いつ、そうした「叩く側」や、「叩かれる側」
になるかなんて、わからないと思うんです。
いつしか、表情が、なくなって、
自分で、考える事をやめるような、
じぶん、間違ってないか?その気持ちが、なくなるのが怖い。
ぼくが、一番、怖い事は、
それなのです。
世の中で、なにが怖いといえば、そこなんだと、
ぼくは、思うんだけれど。
まぁ、少し、休みながら、コーヒを飲もう。
愚痴や、悪口や、批評より、じぶんで、考えてみよう。
できることから、しよう。
今日も、読んでくださってありがとうございます。
釣りが、したいなー。
これって、なんだかわからないけれど、嫌だなぁって、
思う事を、思い返して見ると、
それは、鏡でみるように、自分の嫌な部分だなぁ、
自分の中の見たくない部分だなぁ、
ということが、多いです。
だから、目をそらすことが多い。
テレビや、ネットや、週刊誌で、
非は、あるとはいえ、
あること、ないことを書く人たちに、
なんだか、嫌だなぁ、
というのは、潜在的に、
ぼくが、その「叩く側」に、
いつ加担するのか、わからない危険性を秘めているのかも、
と思います。
彼らは、責任の持たない言葉に、よって、
なにかを、損ない、自分も、損ない、
そして、なんら書いた事に、責任を持たないのです。
顔、がないんです。
これは、村上春樹さんの、「沈黙」から、
感じたことです、一部、引用です。
でも、どこかで、
ぼくは、自分の、そういう部分、
自分が、いつ、そうした「叩く側」や、「叩かれる側」
になるかなんて、わからないと思うんです。
いつしか、表情が、なくなって、
自分で、考える事をやめるような、
じぶん、間違ってないか?その気持ちが、なくなるのが怖い。
ぼくが、一番、怖い事は、
それなのです。
世の中で、なにが怖いといえば、そこなんだと、
ぼくは、思うんだけれど。
まぁ、少し、休みながら、コーヒを飲もう。
愚痴や、悪口や、批評より、じぶんで、考えてみよう。
できることから、しよう。
今日も、読んでくださってありがとうございます。
釣りが、したいなー。
最近の楽しみ。
にんげんの、奥深い部分や、
深いところまで、潜ると、
それは、生と死のこととか、病のこととか、
ひとの、矛盾や、嫌な部分とか、
あるいは、大変な時で、あっても、
強く生きる姿や、
そういうものを、みていくと、
ああ、なかなか、難しいもんだなぁ、
と、今さらながら、
思う事があります。
でも、それがなきゃ、
感じなければ、やっぱ、だめだよな、
なんて、思う。
まぁ、けれども、
深い所に潜ると、やっぱり、
酸素が、足りなくなり、
どこか、人としてのリズムが、
おかしくなる事があるんだよなぁ。
そういった意味で、
ぼくは、仕掛け絵本のきにいったものを、
時々、購入しては、
楽しんでいます。
すばらしい、ファンタジーや、素晴らしい物語や、
色彩や、アナログの面白さは、
スマートフォンや、ITでは、
得られない、なんか、
大切な事が、なんか腑におちるし、こころ落ち着くのです。
ひととおり、落ち着いた後は、
薬局の待合室の本棚へ。
こども達が、喜んでみていると楽しい♪
おとなの方が、呼んでいてくれても嬉しい。
待ち時間は、苦痛そのものですが
(くすり自体は、本来なら、飲みたくないものだから。)
すこし、そんな楽しみがあったらいいな、
と、いつも、思うのです。
なんだかね、コンビニに並んでる、
週刊誌の記事が、チラッと、
あるいは、ワイドショーの文面みてると、
なんだか、みんな、それで、楽しいのかなぁとも、
思うんですよね。
まぁ、その人のうわさや、人の事で、
楽しめているのなら、それは、それで、
うらやましいな、とは思うんですけどね…。
ファンタジーというものは、
普遍的です、
架空の世界に、実は大切なもん、
含んでる。
ロック、ってより、ファンタジー、
そんな風に、思うのは、
ぼくが、一回りしたのかなぁ。
今日も、読んでくださってありがとうございます。
すこし、げんきです。
すこし、フクザツです。
深いところまで、潜ると、
それは、生と死のこととか、病のこととか、
ひとの、矛盾や、嫌な部分とか、
あるいは、大変な時で、あっても、
強く生きる姿や、
そういうものを、みていくと、
ああ、なかなか、難しいもんだなぁ、
と、今さらながら、
思う事があります。
でも、それがなきゃ、
感じなければ、やっぱ、だめだよな、
なんて、思う。
まぁ、けれども、
深い所に潜ると、やっぱり、
酸素が、足りなくなり、
どこか、人としてのリズムが、
おかしくなる事があるんだよなぁ。
そういった意味で、
ぼくは、仕掛け絵本のきにいったものを、
時々、購入しては、
楽しんでいます。
すばらしい、ファンタジーや、素晴らしい物語や、
色彩や、アナログの面白さは、
スマートフォンや、ITでは、
得られない、なんか、
大切な事が、なんか腑におちるし、こころ落ち着くのです。
ひととおり、落ち着いた後は、
薬局の待合室の本棚へ。
こども達が、喜んでみていると楽しい♪
おとなの方が、呼んでいてくれても嬉しい。
待ち時間は、苦痛そのものですが
(くすり自体は、本来なら、飲みたくないものだから。)
すこし、そんな楽しみがあったらいいな、
と、いつも、思うのです。
なんだかね、コンビニに並んでる、
週刊誌の記事が、チラッと、
あるいは、ワイドショーの文面みてると、
なんだか、みんな、それで、楽しいのかなぁとも、
思うんですよね。
まぁ、その人のうわさや、人の事で、
楽しめているのなら、それは、それで、
うらやましいな、とは思うんですけどね…。
ファンタジーというものは、
普遍的です、
架空の世界に、実は大切なもん、
含んでる。
ロック、ってより、ファンタジー、
そんな風に、思うのは、
ぼくが、一回りしたのかなぁ。
今日も、読んでくださってありがとうございます。
すこし、げんきです。
すこし、フクザツです。
円、縁、◯。。。
循環的な、円を描くような、
そんな、思いやり、関係っていうのが、
最近、大切なのではないかな、
と、ふと、思いました。
自分が、ひとつの、
円の中の一つになったり、触媒になったりして、
その円を、豊かにしていく。
円の中の、他の人も、
また、その円を豊かにしていく。
自分の、なにげないことで、まわりもヨカッタ。
円の中に、いる人がいてくれてヨカッタ。
自分さえ、良ければ、自分が面子を、
保てば、自分を良く見せられれば、
そういう気持ちが、あると、
円は、循環しない。
たぶん、それは、経験上、
確信できる。
それは、大きな事じゃなくていいのだと思う。
ほんとうに、微量でも、
少し含まれている、穏やかな心持ちが、
あればいいんじゃないか?
激しくなくとも、大きくなくとも、
円のように、循環していく、
心持ちや、思いやりが、
あれば、いいのだと思う。
円のように、循環していくこと。
しあわせって、なんだろうって、考えたら、
自分が、というより、
円のように、循環していくことが、
まわりを笑顔にするような、
そんなものが、プライベートでも、仕事でも、
大切だなって、思う。
そこには、思いや、配慮や、そういうものが、
含まれるはず!!
でも、それを揺るがす、誘惑が、
人には、あるのも、事実だ。
それを、通り抜けて、
円を描けたら、いいなって思う。
特別じゃなくても、
円の中に、いると安心する人がいる。
周りに迷惑をかける、周りを悪い意味で、
巻き込む、しあわせは、しあわせじゃない、
と個人的には思います。
円は、プライベートでは、「縁」になり、
誤解をおそれなければ、悪い意味ではなく、
良い、お金のつきあい方として、
仕事では、文字通り、「円」になる。
吉本ばななさんの、「ハゴロモ」
という小説は、まさに、
「円」の物語で、ある。
円のような、そんな、関係。
ぼくは、公私にわたって、
そんな風に、考えている。
まぁ、3%増税分、
円を、大切にしていきたいなぁ、なんて。
そんな、思いやり、関係っていうのが、
最近、大切なのではないかな、
と、ふと、思いました。
自分が、ひとつの、
円の中の一つになったり、触媒になったりして、
その円を、豊かにしていく。
円の中の、他の人も、
また、その円を豊かにしていく。
自分の、なにげないことで、まわりもヨカッタ。
円の中に、いる人がいてくれてヨカッタ。
自分さえ、良ければ、自分が面子を、
保てば、自分を良く見せられれば、
そういう気持ちが、あると、
円は、循環しない。
たぶん、それは、経験上、
確信できる。
それは、大きな事じゃなくていいのだと思う。
ほんとうに、微量でも、
少し含まれている、穏やかな心持ちが、
あればいいんじゃないか?
激しくなくとも、大きくなくとも、
円のように、循環していく、
心持ちや、思いやりが、
あれば、いいのだと思う。
円のように、循環していくこと。
しあわせって、なんだろうって、考えたら、
自分が、というより、
円のように、循環していくことが、
まわりを笑顔にするような、
そんなものが、プライベートでも、仕事でも、
大切だなって、思う。
そこには、思いや、配慮や、そういうものが、
含まれるはず!!
でも、それを揺るがす、誘惑が、
人には、あるのも、事実だ。
それを、通り抜けて、
円を描けたら、いいなって思う。
特別じゃなくても、
円の中に、いると安心する人がいる。
周りに迷惑をかける、周りを悪い意味で、
巻き込む、しあわせは、しあわせじゃない、
と個人的には思います。
円は、プライベートでは、「縁」になり、
誤解をおそれなければ、悪い意味ではなく、
良い、お金のつきあい方として、
仕事では、文字通り、「円」になる。
吉本ばななさんの、「ハゴロモ」
という小説は、まさに、
「円」の物語で、ある。
円のような、そんな、関係。
ぼくは、公私にわたって、
そんな風に、考えている。
まぁ、3%増税分、
円を、大切にしていきたいなぁ、なんて。
準備、はじまり。
・ぼくらの、人間の、
死亡率は、100%です。
と、いってしまえば、
当然、なのだけれど、それは、はっきりした事実なのです。
・ぼくは、思うのだけれど、
スポーツ選手が試合前にする準備や、
仕事の、準備のように、
別れる準備を、日々、
どこか、片隅においていてもいいんじゃないかな。
思い出や、してもらったことや、それからのこと。
残された人の、生き方や、
いなくなったひとの、それからを、考えながら。
・ぼくは、死ぬのが、小さい頃、すごく怖かった。
クリスマスに、「無限の命」を
サンタにリクエストして、
困った親は、なにも、おけなかった(ごめん。。)
そうなのだ、死は、必ず訪れる。
どうなるの?ということは、疑問にありましたが、
最近、大切な人の、別れがあって、
いっそう、お別れの準備というものが、
大切だと、感じました。
・診断的には、亡くなっても、
みんな、どこかで、見守ってくれている。
そして、それは、始まり、なんだと感じます。
そういう、意味で、
絵本「かないくん」(谷川俊太郎、松本大洋)
は、すばらしい作品です。
短い物語に、死とは、
というものが、漠然と、そして、明らかに、
なにか、を感じます。
ぼくらは、常に準備し、どこかで、
先に行ってしまった人の、人生を、持っていきながら生きたいですね…。
そんなことを、思う日は、
雪です。
なかなか、春はまだかいなって、感じですね。
死亡率は、100%です。
と、いってしまえば、
当然、なのだけれど、それは、はっきりした事実なのです。
・ぼくは、思うのだけれど、
スポーツ選手が試合前にする準備や、
仕事の、準備のように、
別れる準備を、日々、
どこか、片隅においていてもいいんじゃないかな。
思い出や、してもらったことや、それからのこと。
残された人の、生き方や、
いなくなったひとの、それからを、考えながら。
・ぼくは、死ぬのが、小さい頃、すごく怖かった。
クリスマスに、「無限の命」を
サンタにリクエストして、
困った親は、なにも、おけなかった(ごめん。。)
そうなのだ、死は、必ず訪れる。
どうなるの?ということは、疑問にありましたが、
最近、大切な人の、別れがあって、
いっそう、お別れの準備というものが、
大切だと、感じました。
・診断的には、亡くなっても、
みんな、どこかで、見守ってくれている。
そして、それは、始まり、なんだと感じます。
そういう、意味で、
絵本「かないくん」(谷川俊太郎、松本大洋)
は、すばらしい作品です。
短い物語に、死とは、
というものが、漠然と、そして、明らかに、
なにか、を感じます。
ぼくらは、常に準備し、どこかで、
先に行ってしまった人の、人生を、持っていきながら生きたいですね…。
そんなことを、思う日は、
雪です。
なかなか、春はまだかいなって、感じですね。
エイプリル。
エイプリルフールと、言う事さえ、
忘れてしまうような、
診療報酬改定、消費税と、
バタバタしています。
ただ、ぼくは、
この日は、うそをつくよりは、
うそをつくことに、ついて、
いろいろ、考えたい日でもあるのです。
たいていの、うそというものは、
その人自身を、ぼくを含めて、
蝕み、そして、深く、ひとを傷つけます。
できるだけ、正直でありたいと思うのが、
ひと、だけれど、
時に、人は、うそをついてしまいます。
オトナになるほどに。
とりかえしの、つかない、
どれだけ、傷つけたんだろう、
という、うそを…。
それは、自分自身も傷つけます。
善意でも、悪意でも、
うそは、うそです。
ぼくは、かなり、
うそということに、ついて、
去年から、考えてきました。
自分の面子を、保つ、ウソ。
自分を、よく見せる、ウソ。
結局、うそをつくのは、
じぶんの、保身のためなのではないか、
ひとは、自分がかわいい、
そういう誘惑に、相手への配慮や、気遣いをなくしてしまうのではないか。
だから、いつも、思うんだけど、
明らかに、これは、うそですよ、
でも、そういうの、あったらいいね!!
っていう、ウソというより、
明るい、現実とはなれた、
だれも、傷つかない、上質なうその、
ために、こんな日が、
あるのかもしれませんね。
にんげんは、常に、本当の事をいっていたら、
疲れてしまいます。
だから、ときどき、ほらを吹いて楽しむ、
そんなのが、大切だなぁと、思います。
社会では、うそをつきたくないけれど、
河合隼雄先生の、ウソツキクラブに入会して、
ウソを楽しんで、
普段では、大切な事では、
ウソをつきたくない、って思う。
できれば、そう、思う。
ほんと、それは、去年から、
ずっと、考えてきた、
ぼくの、テーマであります。
結構、人生の、テーマかもしれない。
新年度、がんばりましょう。
これは、ほんとの気持ちですよ。
忘れてしまうような、
診療報酬改定、消費税と、
バタバタしています。
ただ、ぼくは、
この日は、うそをつくよりは、
うそをつくことに、ついて、
いろいろ、考えたい日でもあるのです。
たいていの、うそというものは、
その人自身を、ぼくを含めて、
蝕み、そして、深く、ひとを傷つけます。
できるだけ、正直でありたいと思うのが、
ひと、だけれど、
時に、人は、うそをついてしまいます。
オトナになるほどに。
とりかえしの、つかない、
どれだけ、傷つけたんだろう、
という、うそを…。
それは、自分自身も傷つけます。
善意でも、悪意でも、
うそは、うそです。
ぼくは、かなり、
うそということに、ついて、
去年から、考えてきました。
自分の面子を、保つ、ウソ。
自分を、よく見せる、ウソ。
結局、うそをつくのは、
じぶんの、保身のためなのではないか、
ひとは、自分がかわいい、
そういう誘惑に、相手への配慮や、気遣いをなくしてしまうのではないか。
だから、いつも、思うんだけど、
明らかに、これは、うそですよ、
でも、そういうの、あったらいいね!!
っていう、ウソというより、
明るい、現実とはなれた、
だれも、傷つかない、上質なうその、
ために、こんな日が、
あるのかもしれませんね。
にんげんは、常に、本当の事をいっていたら、
疲れてしまいます。
だから、ときどき、ほらを吹いて楽しむ、
そんなのが、大切だなぁと、思います。
社会では、うそをつきたくないけれど、
河合隼雄先生の、ウソツキクラブに入会して、
ウソを楽しんで、
普段では、大切な事では、
ウソをつきたくない、って思う。
できれば、そう、思う。
ほんと、それは、去年から、
ずっと、考えてきた、
ぼくの、テーマであります。
結構、人生の、テーマかもしれない。
新年度、がんばりましょう。
これは、ほんとの気持ちですよ。
咲く。

暖かくなって、
ふと、みると、
花が咲いていた。
きいろの花。
大雪が、昨日のことに、おもえるのに、
あぁ、知らないうちに、
花は咲く準備を、していたのだなぁ、
と、ふと思った。
当たり前の、話だけれど。
すごく、寒い中でも、
花は咲く準備をしている、
日々、芽吹くときを、
待ち望んでいる。
でも、自身は、芽吹くのは、咲くのは、
いつなのか、実感はないのだろう。
あくまでも、感覚として、
なのだろう。
様々な、ひとの、
営みの、物語において、
混沌としたり、あぁ、なんだか、うまくいかない、
つまらない、なんでこんなことを、
理不尽、自業自得、力不足、迷い、悩み、
そんなことは、いっけん、
無駄なように、思える。
でも、それは、
芽吹くため、花を、咲かせるために、
ひとつの、大切な物かなぁ、とも思う。
思春期が、必ず、あるように、
そういう時期は、必要なのだと思う。
花を、咲かせたい、
というより、
花を咲かせる時期を大切にしていきたいと、
ぼくは、常々、思うのだけれど。
そういう時期は、いろんな、
通常とは、見えないものが見えるとも、思う。
そんな風にして、物語を紡いでくものなのかなぁ、
誰もが、咲くのを、望んでいて、
けれど、咲かないかもしれないとも、思いながら、
花開くときを、待っているのかなと、
そして、ぼく自身も。
そう、感じた。