hatamarog -25ページ目

プロポーズの言葉をいうならば。

$hatamarog


忙しくなると、ぼくの髪の毛は、伸びる。

当然、忙しくなると、伸びが早くなる特異体質ではなくて、

単純に、髪を切るゆとりが、なくなるだけ。

基本は、坊主なので、

少し、伸びているだけで、気になる、気になる。

自分でカットしたいけど、失敗したからねぇ。。

これは、もう、将来のいるかわからない伴侶に刈ってもらうしかない。


プロポーズの言葉は、こうだ、

「ぼくの、髪を一生刈ってくれませんか?」

一発で、ことわられそうですね。。。



一応、Appleのデザイナー、ジョナサン・アイブのファンだからなんだけど、

坊主にしてるのは、楽なんだよね。

透明感。

$hatamarog


・透明感のある、という表現がある。

めったには、いないけれど、

透明感のあるひとだな、と思う人がいる。

そんな、人には、不思議と、

なんでもしゃべれる、吸い込まれそうな魅力がある。



・もちろん、タレントでも吸い込まれそうな透明感のある人が

(みかけだけですが)いるのだけれど、

実際に、そう感じる人は、

どこか、自分を消していているようなところもあり、

でも、消しているのだけれど、

矛盾するのだけれど、

そこには、確かにその人の奥底が見えていて、

だからこそ、

その、透明な部分に、

会った人達の、言葉や、感情や、悲しみや、喜びの、

どんな彩りでも、吸い込んでしまう、

そんな、信頼みたいなものがある。



・奇麗な水面は、

深い所まで、見えると同時に、

存在を消すからこそ、底がみえる。

それは、見ている人を吸い込む魅力がある。

あるいは、その水面は、自分の彩りを映してくれる。



透明感のある人って、そんな人だと思う。

紳士。

$hatamarog


・最近、真の紳士というものに、すごく憧れる。

というのは、いい歳になってきたもんだから。



・ファッションは、昔から好きで、

それこそ、仙台の古着屋をまわって、掘り出し物を探したり、

女性のように、バーゲンに並んでいた。

ただ、当時の写真は、けっこう、痛いです。



・歳を経て、清潔感のある、奇麗めで、

上品な服装を好むようになった。

ただ、それだけでは、なくて、

髭を丁寧に剃ったりだとか、歯を丁寧に磨くとか、エチケットの部分、
(知らない部分で加齢臭もでてるのだろうか?)

にも、こまやかに、今まで以上に気を配りたいです。



・それ以上に、礼儀だとか、挨拶とか、テーブルマナーとか、

あるいは、相手を大切にする気持ち、相手を尊敬する気持ち、

そして、いろんな世界があるという教養、謙虚さ。

あるいは、遊び心、ユニークさも含みながら、

それをふまえて、(他にもいろいろあるだろうけど)

紳士だと、感じます。

まぁ、なかなか、難しいから、今のぼくなんだけどね。



・ぼくというと、今日は、ボサボサの髪で、

ジャージを着て、書いています。

ノロの事も、あって、

で、けっこう、落ち込む事が続いて、

外にでていません。

明日から、立て直そうと思います。

はやりものに。

まいってしまいました。
薬局の忙しい時期に、ノロウィルスに感染してしまい、
昨日から、発熱、嘔吐、下痢の症状。
人にうつしたら、えらいことになるので、
隔離されながら、生活しています。
しばらく、お休みになりそうです。

ハイターを用意し、消化の良いもの、水分を取っています。
お薬を処方してもらって、吐き気を抑えています。
はやりものには、かかったことが、ないのですが、
今になって、かかってしまった…。
みなさんも、気をつけてください。

雪の日に。

$hatamarog



・いろいろと、家族の健康のことで、

ありまして、

ぼくとしては、けっこう考える事がありまして、

しばらくブログは、休んでいました。



・でも、みんなが、それぞれ、

大切な家族の事を、心配し、考えている事、

それを、想像することは、大切ですよね。

ぼくが、薬剤師になって、学んだ事は、

あたりまえだけど、そういうことかなとも思います。

この気持ちを、仕事のうえでも、プライベートでも、

相手の事を考える大切さ、

そんなものを、大切にしたい。

改めて、そう思いました。



・今日は、大雪です。

雪かきをしました。

近所の人、それぞれが、大変だけれど、

雪かきをします。

自分の家も、もちろんですが、

近所の方に迷惑が、かからないように、

雪かきをします。

お互いの事を、思いやる、

そんなところが、見えた気がしました。



・人と人との関係は、「思いやり」を、

分ける事、自分の中の気持ちの、

一部分を、分けあうこと。

「思いやり」の循環によって、世の中は回っている。

改めて、そんなことを感じた、週末でした。

希薄な、世の中だなぁと、感じる事は思う時もあるけれど、

雪を溶かすような、温かみ。

温かみって、ほんと、大切ですよねー。



・温かみという意味で、前も書きましたが、

安い万年筆を買いました。

温かみのある言葉で、感謝や、お礼や、近況を伝えたくて。

これからは、どんどん自筆で、いろんな気持ちを送れたらと思います。


追記:大王イカは、凄かった!!深海って、すごいですねーー。

ハンカチ。

ぼくの親友が亡くなった時、

大学のゼミの飲み会の帰りで、

所属教室の友達と、ひょんないきさつで、

二人だけで、仙台駅から、2時間ぐらいかけて、

話しながら、帰った事がある。



仙台駅から、ぼくらの住んでいる大学周辺は、

もちろん、20分でつく、

ぼくらは、いろんな話をして、

時には笑い、時には、これからの就職活動を、励ましあいながら、

歩いた、とても、ゆっくりと。



ぼくは、抱え込んでいるつらさを、どうしようもない寂しさを、

その娘に話した。

ぼくの高校の親友が死んでしまった、

実家で最後に飲んでから1週間後に、

それも、ひとりで。



その娘は、泣きながら、

そんなことを抱えていたの…と。

たしか、勾当台公園、杜のある公園。

ぼくは、感情が溢れ出て、泣いてしまった。

その娘は、ハンカチをくれた、そのハンカチがうれしかった。



ぼくらは、これからも、

生きていく上で、別れはやってくるんだと、

その時、感じた。

でも、この気持ち、

大切な人を亡くす気持ちは忘れずにいようと感じた。



多くの、大切な人との別れ。

ぼくも、今、いろんな事情で、同じ事を感じている。

その時のハンカチみたいに、

悲しみを拭いてくれる事が、どんなにうれしいことか。。

別れと、その悲しみは、どうしようもないものだけれど、

ハンカチを、出してくれる存在のありがたさ、

ハンカチを、取り出せるような存在になりたいと思った。

そんな風に、人と人とは、

どこかでつながっている。


悲しみを少し、拭いてくれるような人ほど、ありがたい人はいない。

あるいは、誰かの悲しみを拭けるようなそんな、

ぼくで、あれたらいいなと思います。

心から、そう思う。


Any??

$hatamarog




・万年筆を、買った。(安いやつです、もちろん)

オトナのたしなみとして、

きれいな文で、整った文で、心がこもった字で、

いろんな、感謝や、愛情や、思いやりや、

そんな、シンプルな気持ちを、

いろんな人に伝えていきたいと思った。

字は、下手なんだけど、

その言葉と筆跡で、

受け手の人が、テレビドラマの手紙を、読む場面で、

ぼくの声が聞こえてくるように。

(想像すると、恥ずかしいですね、ぼくの声はいらないや。)

そんなことを、願った。



・子供の想像力と、オトナの想像力って、

どう、違うんだろう?

同じ所も、あるんだろうね、きっと。

でも、少し違うような気がするんだよね。

コーヒー牛乳と、コーヒーのブラックとの違いみたいなもんですか?

すぐ、コーヒーに例えるのが、ぼくの悪い癖なんだろうけど(右京風)



・ぼくが、子供の頃を思い出して、今を比べてみたら…、

でも、忘れてるんだよな、失ったもんかもしれないなぁ。

忘れてるんだ、どうしても、思い出せないんだよねぇ。

いつか、世の、お母さん、お父さん、たちに、質問してみたいです。

「想像力」について。(思春期の子供の熱い、卑猥な想像力も含める。)

今年は、そんな話題を、しゃべりたいなぁ…。

職場の悪口や、世の悪口より、

楽しいんじゃないかな?なんて思う。

もちろん、ぼくも、人の事は言えないんだけどね、

ついつい。口がすべる…、むずかしいもんだなぁ。


・今日のブログは、

「わかんないなぁ、答えはないよねぇ、

答えは1つじゃないんだよねぇ、でも、そんなのも、いいんでないの?」

とピンぼけ気味の文です。

そのまま、ミスチルの歌詞になります、「Any」という曲。

では、では。

伝える事。

$hatamarog


・母が、僕ら、3人を生んだのは、

一人っ子で、母がずいぶん、寂しい思いをしたからと、

小さい頃聞かされた事がある。
(今では、時代が変わって、めずらしくないけど、当時は。)

母が生きていく中で、

私だったら、こんな家庭を作りたい、

そんな思いを、投影させて、

ぼくらは、3人兄弟で育ててもらった。

当時としては、かなりの高齢出産で、

大変な思いをしたかと想像する。

また、三人育てるのに、どんなに大変だったか…。



本当に、母は、偉大だなぁと思ったりする。

寝床に入ってからの、子守唄は、

なぜだか、今でも、浮かんでくる。

たぶん、ぼくがはじめてきいた音楽って、

テレビで聞いた、ヒットソングやCM音楽ではなくて、

子守唄だったんだろう、きっと。




・ぼくは、なんとなく自分が家族を作るのなら、

どんな家庭を作りたいか、

絵に描いた餅のように、考えている。

ほんと、絵に描いた餅なのだけれど。

そしたら、やっぱり、親が与えてくれたもの、伝えてくれた事、

が、ベースになると思う。



・だから、親に感謝したことを、時々、

記憶の奥底から、引っ張りだして、最近、思い出しています。

それが、カタチをかえて、

伝えていくものなんだと、考えています。

そんなことを、考えている。

もちろん、父親にしてもらって、嬉しかった事も、もちろん。


今日のハタマロ:お正月で、体重が増加。しぼらなきゃ、いけませんね…。

傷つき、傷つける事への、処方箋ってなんだろう?

$hatamarog



・誰かに、言われも無い非難や、

あるいは、ぼく自身が軽率な、あるいは、礼儀に反した事をして、

(両手で抱えきれない程、あると思う、うん。)非難を受けたり、

ろくに、知りもしないのに、軽卒な言葉で、

傷つけられたら、どうしているでしょうか?




・ぼくは、自分自身にかかっていると、考えている。

非難が、ぼくに向けられて、

そして、ぼくが、また、それをやり返したら、

それは、殴り合いであり、

結果、双方が傷つく事になる。



ぼくは、しばし、沈黙の時間を作る。



・ぼく自身が、間違った事をしたと考えると、

ぼくは、自分を、そこで見直し、

そして、その相手に対しての与えた痛みを想像して、

自分自身の痛みと感じ、痛みを引き受けながら、

自分を、少しずつ、これを機に磨いていくしかない、

それしかないと思っている。

相手を傷つける事ほど、悲しい事はないと、ぼくは、思う。

それが、考えの浅い、あるいは、感情の起伏が激しい、

ぼくにできることは、それしかない。

そこで、学んで、人にたいして誠実になろうと努めるしかないんだ。



・言われの無い事には、ある程度、仕方ないと思っている。

あるいは、自分の中で、大切にしてきたことが、

踏み込まれた時には、

ひとは、それぞれ違うのだ。

まったく同じ人間なんて、いないのだ。

と、ある種のあきらめと、

それに対しての耐性をつけるしかないのだと考える。



強くなるしかないんだ。



・ぼくは、強くなる為には、

フィジカルと精神は、結びついていると思う。

だれかと口論するぐらいなら。

ぼくは、ひとりで、身体を動かしていくルーチンで、

負荷をかけていくしかない。

あるいは、本を読んだりしながら、

物語をとおして、自分を再確認すればいい。


身体に負荷を与える事に関しては、

寒さもあり、なんだか続けられるか自信がないけれど、

時間を作っていくしかないな、そう思っています。

今のところ、ランニングと水泳の時間を作る事が大きな課題です…。



重い話なんだけど、それでも。


$hatamarog




・ぼくは、人生の中で、「死」というものの、

人の感情について、考えています。

それは、身近な高齢な家族、大切な人達との、お別れが近づいている、

そんなことを、最近、考えているのです。

必ず訪れる、お別れの時、

そんな時、ぼくは、どう接し、なにができるのだろうか?

どうしたら、悔いのない、お別れができるのだろう?

そんなことを、改めて考えています。

仕事柄、自分は、そういうことを、

考える事が多かったんだけど、

まだ、まだ、足りなかったのだなぁと感じています。



・医師のキューブラ・ロスの「死ぬ瞬間」という本は、

末期がん患者の、いかに死を迎えるかということを、

実際の取材、研究のもとに、書かれています。

「死」は、実際に経験して、話せないですよね?

ただ、死を迎える過程、そのときの、感情は、

ぼくは、経験して、自分の中で大切にしたいと思うのです。

重い話で、ぼくとしては、

なかなか読む気に、なれない気分でしたが、

今の、この状況だからこそ、読むいい機会だと思いました。

この、週末、読んでみようと思います。


人は、誰かが亡くなった時、

なぜ、死んだのか?

と、問います、

医学的なものでは、ありません。

バイク事故で、亡くなった親友は、

「頭を打った」というお話でした、

ただ、ぼくが、本当に知りたい事は、医学的事実ではなく、

なぜ、夜中にバイクを走らせたか?

なにがあったのだろう?ということでした。

それは、今でも時々、考えます。

そこに「物語」が必要になります。


・「別れる準備」みたいなものが、

今の、ぼくには、必要だと感じています。

そして、なにができるか?ですね。

いいかえれば、病に対する物語を尊重すること、大切にすること。

同時に、それは、患者さんに対しての姿勢でもあると思います。