本棚。

・年末は30日まで、仕事なので、
ぼくは、この連休は、
ひたすら、今年やるべきことを、やっています。
まずは、大掃除、
とくに、本棚に本が、おさまらなくなって、
新しい本棚をいれて、
整理しようと考えています。
あとは、年賀状を書いています。
クリスマスなんて、いつ?みたいな感じです(笑
冗談なんだけどね。。
・たとえば、ぼくの本棚は、
小説、エッセイ、写真集、雑誌、医療書…、
様々な、ジャンルがあります。
でも、多ければ、多い程、スッと本を出せなくなってしまいます。
存在さえ、忘れてしまう本もあります。
・ぼくらの、頭の中も、また本棚みたいなものかもしれない。
整理しなければ、必要な、考えや、アイデアや、感情が、
うまくでてこない気がします。
多くの情報が、あふれる世の中で、
頭の中の本棚には、多くの雑多な本が、入っていきます。
本当に大切にしていきたいメッセージは、本棚のスミにある、
忘れていた、あの、昔、読んだ大切な本かもしれないですよ。
・日々の忙しさの中で、埋もれた大切な本は、
あらためて、深く思い返して、
気付くものだと思います。
なにかのキッカケで、浮かんできたりしてね。
ぼくだったら、昔、読んだ大切な本は、
佐藤さとるさんの、「誰も知らない小さな国」だろうな。
でも、すぐに取り出せないんだよね、
読む時間も、なかなかとれない。
・でも、ぼくの根底を作った本なんだ。
読み返せば、たぶん、大切なメッセージが、
小学校の自分から、ぼくに送られている気がします。
たぶん、どんな人の本棚にも、
そういう大切な本が、あるいは、頭の中の本棚にも、
あるんじゃないかなって、
ふと、思いました。
今日のハタマロ:新しいMacBookでの、初ブログです。
設定に手間取りました…。
ずくなし。

・ぼくは、本当に「ずくなし」です。
って、いきなりいっていると、
信州以外のひとは、わからないですね。
しっかり、翻訳できないのですが、
方言で、やる事をめんどくさがり、根気がない、そんな意味でしょうか?
「ずくがある人だ」というと、
大変な事をあえて頑張る、実直なイメージです。
褒め言葉です。
「ずく」という言葉は、なにか物事に対するエネルギーを、
言葉に置き換えたものかもしれませんね。
まぁ、でも、ちょっと解説するのは、難しいや、やめちまおう…、
…というのが、「ずくなし」と言われるんですね、
ちよっと、わかりましたか?(笑
・ちいさいころ、ずくがない、ずくがないと、
本当に親はシンパイしていたのです。
あまり、何事も、つづけられず、
なにをやっても、中途半端な人間だったのです。(今もそうだけど。)
基本的には、ぼくは、「ずくなし」です。
ただ、ぼくは、歳を重ねるにしたがって、
「ずく」を大切にしたいと本当におもうようになりました。
患者さんの事を考えて、「ずく」を使おう、出そう。
薬の勉強を、「ずく」をだしてつきつめよう。
薬局のスタッフが共感できるように、
「ずく」をだしてコミニュケーションをしよう。
そして、大切な人や、家族への、心遣いに「ずく」をだしたい。
最近では、「ずく」をだして、大掃除しよう!!でしょうか。
・一方で、ゆるりとしたい時は、「ずくなし」でいようと思っています。
いつも、本気ならそれは疲れてしまうので。
ただ、「ずく」という、エネルギーみたいなものを、
大切にしたいと思っています。
ぼくにある、できるかぎりの「ずく」を使っていきたいなって思います。
・県外にでて、方言だなぁと思うのは、
「ずく」の他に「まえで」ですね、
方言は、なかなか面白いものです。
常套句。

浅間温泉の、こうした排水路からは、
わかりにくいですが、温泉の湯気が出ています。
信州の寒さと、温泉のあたたかみの、融合した景色、大げさだけど。
・師走というものは、ほんとに忙しいもので、
なかなか余裕がなくなるものですね。
仕事面でも、そうですし、
家の事もいろいろと…、
以前より、やることは、たくさんになっています。
・余裕がないときは、なかなか、
ほんとうに大切にしていることが、ないがしろに、
なりがちです。
いそがしいから、しかたないよね…、
と、心遣いや、じっくり物事を考えてみていくことが、
できなくなってきます。
・でも、ほんとうに、ほんとうに、
大切な事は、そういう、ないがしろになっている人間的な部分で、
そこで、現実との、折り合いをつけて、
少しでも、しっかりと、
地に足をつけていく事が、大切なのではと、
ぼくは思っています。
やらなければならない事と、
やらなくてもいいけど、大切なんじゃないかなって事の、
天秤のバランスがとれたら、良いなぁと思います。
・いい気持ちで、新年が迎えられるように、
頑張りましょうね。
なんか、ほんと、常套句ですが。
自筆。

・最近、自筆で手紙を書く事が多くなりました。
もちろん、この時期ということもあるのですが、
メールで言葉を綴るより、
いろんな使っていない自分の部分が使われている気がするのです。
ぼくは、まず下手なら下手なりきに、
言葉だけでなく、文字にも、気持ちを込められるような気がします。
自筆の文字は、いわば、その人の表情に当たるものだと思うんですよね。
丁寧に、送り先の人の事に頭を巡らせ、
それを、文字に表情として現すこと…。
メールは、どんな人が書いても、同じ文字だから、
顔文字や、絵文字を使うんだけど、
表現としては、難しいなぁと感じる時があります。
便利なんだけどね。
・メランコリーの法則って、いったかな?
相手とのコミニュケーションは、声色、表情、匂い、しぐさ等の、
非言語が、大部分をしめていて、
その発する言葉は、数パーセントという、
研究結果を、いつだったか見ました。
まぁ、斜め読みしたのだけれど、
確かに、ぼくは、言葉と表情の一致で、はじめて共感が得られる、
と思っています、なかなかむずかしいんだけど。
顔の見える、コミニュケーションをしていきたいなぁと、
常々、思っています。
そういう、意味で、
先週は、自分の文字の、下手さに、
ほんとに、困ったなぁと思いました。
きれいな、日本語をかける人になりたいです、ほんと(笑
写真は、浅間温泉も温泉汲み場、暖かい温泉を利用している人も多いです♪
おいしい、笑顔。

・おいしいものを食べているとき、
だれもが、喜びや、嬉しさで、微笑む。
おいしいものを、食べてる時、不機嫌だったり、
おいしいものを、食べてる時、ニコニコしない人はいないでしょう。
・ぼくは、おいしいものを、おいしそうに食べている表情が、
一番、好きな表情かもしれない。
そこには、隠れた感情はないから、
そのひとの、本当に純粋な部分だから。
・たとえば、今日の夕食は、カレーライスだ。
ジャガイモ、タマネギ、牛肉をいれてじっくり煮込んだものだ。
おいしい匂いがする。
パートナーの女性が、ご飯少なめ、ルーはたっぷりに盛る。
いただきます、おいしいねぇと、
心から、笑いあう。
嫌な事も、今日はあって、大変だったけど、
それでも、微笑んでしまう。
テレビの悲しいニュースは流れるが、
食べあってる時は、おいしいものを触媒にして笑いあう。
そして、その笑顔もまた、いとおいし。
あたたかい風がふいている気がする。
そよかぜのような。
そんな瞬間に、しあわせって、こんな感じ??
って思ったりする。
…と、歯の治療で、麺類しか食べられない、ぼくは、そんな妄想を、
抱きました。(妄想ですいません。)
おいしく食べる笑顔、ぼくは大好きです♪
撮るしん。

・ひさしく、余裕がなく、
カメラの話題は、ありませんでしたが、
最近、ちょこちょこ撮っています。
ただ、カメラの機種や、レンズの情報をみなくなったなぁ…。
・そんななかで、
ぼくが、気に入ったホームページがNHK長野の、「撮るしん」
信州のアマチュアカメラマンさんや、カメラ好きの方が、
信州の風景を投稿し、採用されたもの(?)が、
ブログ形式で、載せられています。
これまた、素晴らしいし、信州の自然の豊さを感じます。
で、こういう発表の場が、あるっていいですよね。
なにかと、自分の好きな事を発表する場が、あることは、
豊かだと、ぼくは、思うんですが。
写真は、他の方の撮影をみると、もっといいの撮りたいと思うんだよなぁ。
・ぼくは、時間があるならば、
伊豆とか、熱海(浅間と同じ匂いがします。)で、
1週間くらい滞在して、
温泉入って、寿司たべて、写真撮りまくって、
ゆるゆると、過ごしたいなぁ、なんて思っています。
あー、でも北海道の撮影旅も、楽しそうだなぁ。。
妄想です…まぁ、難しいですね。。
きょうも、あしたも、ていねいに。
人間関係、異性、井戸、animal.

・人との関わりあい、関係性において、
ぼくは、今まで、けっこう悩んでいる事が多いです。
まぁ、悩みのない人間関係なんてないと思うんですけどね。
・いろんな人と話して、考えた事は、
距離感を持つ人や、職場の人達とは、
相手の立場も考えながら、適度な距離感を保っていくこと。
できるかぎり、人のプライベートに干渉しないこと、
相手の事情も知らないで、無責任な事をいわないこと…。
で、あります。
もちろん、仲が悪いという事ではないです。
そういうのって、大切だと思うのです。
ぼくが、ワイドショー的話が、嫌いな方だということも、あるけど。
要は、自分じゃなにもやっていないのに、
他人のことを、とやかくいうのが、
たぶん、ウンザリしてきたんだと思います。
・一方で心底、分かりあいたいという人には、
「あー、気が会いますね、じゃぁ、手を握りましょう。」
では、なくて(極端な例です、フィクションです。)
お互いに井戸を掘りながら、
その井戸の水脈が繫がるような、
そんな関係を望んでいます。
とても、大変なことなんだと思うんですけどね。
・なんらかの病にかかった時、あるいは、困ったことが起きた時、
そんな時に、互いを、深く思いやれること、
そんなところに、ぼくは、
水脈が繫がっているのだなぁ、と感じる時が、あるのです。
そこに、人との関係性の本質が見える気がするのです。
この仕事をしていると、
プライベートでも、仕事でも、
そういうことを、考えずにはいられません…。
・そして、それが最も、優先順位が高い事であり、
たぶん、ぼくが、
望んでいる関係って、そんなことだと思います。
他の事は、たぶん、小さな事なのだと、
ぼくは思います。
たぶん、その価値観は、ぼくは、
ブレブレ人間だけれど、そこは揺るがない気がします。
いつか、井戸が繫がれば、いいなぁと思う。
…、といいつつ、エロ動画を検索しています。
すいません。
ぼくも、アニマルなので。
情緒。

・写真は浅間温泉の湯坂(ぼくの住んでいる所の坂の名前です。)にある、
旅館小柳さんの、蔵です。
この蔵は、その昔、浅間温泉に大正山という山が崩れ、
土砂がきた時にも、助かったという蔵。
旅館さんでは、お守りのようなものとして残してあるときいたことがあります。
・叔父と昔話をしていて、思ったのですが、
かって、景気のいい時期は浅間温泉は人でいっぱいでした。
そのなかで、街をきれいにしようと、
流れている排水路にフタをしました。
でも、それによって、浅間温泉の朝の光景、
排水路に旅館さんから、温泉が流れ、
それによって、川から、蒸気が立ちこめる情緒ある雰囲気が失われました。
・浅間温泉は、これといって、名所はないのですが、
温泉情緒が強みだと、ぼくは思っています。
とても、落ち着く光景がたくさんあります。
ぼくの子供の頃は、夜は観光客の下駄の音が、カランコロンと流れ、
とても、いい雰囲気でした。
温泉情緒を、大切に保存することが、
浅間温泉の強みかなぁと思っています。
得意な所でアピールする、何が強みかということを、
考えるのが、シンプルな観光の基本かなぁと思うんです、
個人的な考えで、ぼくがいうと、無責任だけど。
・浅間温泉には、三味線の素晴らしい音色を奏でる芸者さんがいらっしゃいます。
おもてなしの素晴らしい仲居さんがいっぱいいらっしゃいます。
いろいろ考えている、若い経営者さんもたくさん、いらっしゃいます。
浅間温泉は、今日も、元気です。
大好きです、浅間温泉。
今日は安静に。

・今日は歯医者でかぶせものをする予定が、
状態が悪く、
一度抜いて、根冠を奇麗にして、縫ってまたはめこむ(?)という、
大掛かりな手術になってしまった。
これで、だめだったら、抜歯ねー、という話。
・ぼくは、過去の事で、いろんな後悔をするんだけど、
健康面では、歯をしっかり磨いてなかった事は本当に悔やんでいます。
もともとが、だらしない性格なので、
けっこうサボっていました。
親は、本当に後悔したらしく、
何度も、歯だけは大切にしなさい、と言われていました。
親の言う事は聞くもんですね…。
35歳にして、つくづく思います。
今は、縫った糸が気になり、痛みが続きます。
ゆっくりしたいけど、さっさと寝ようと思っています。
夕食はマルちゃん生麺(具無し)で、食べて、
(痛みがあるときは、麺類がいいです、そして、おいしい。)
3日経てば、抜糸なので、
この、週末は、なんだか無理しないで、
身体を気遣う週に、なりそうです。
なんだか、最近、いろんな意味でバタバタしています、
余裕がないなぁ、と自分でも反省しています。
美味しいもの食べたいなぁ、お酒のみたいなぁ、
そんな、シンプルな事を、大切に思ったぼくです。
歳の瀬は、おいしものを食べたいものです。
・暮らしの手帖を、はじめて読んでみましたが、
なかなか、面白いですね♪
若い頃は、ポパイ、ホッドグプレスと、
いかに、女の子を口説くかを研究し(役に立たなかったけど。)
いまは、本当に、豊かな生活ってなんだろう?って雑誌が好きです。
今日は、明日も、たぶん、安静に。
歴史。

・「歴史」が、昔から好きでした。
化学の実験より、数式をいじるより好きでした。
ある時期は、戦国時代がすきでした。
ある時は、世界史がすきでした。
また、あるときは、「昭和史」なんかが面白かったりします。
・歴史は、ドラマがあり、
人間の本質的な良い部分、悪い部分が出ています。
目をそむけたくなるような、残酷なこともあり、
また、こんな風にして、我々はなりたって、現在に至るのだと感じます。
歴史から、学ぶ事は多いです、
歴史は繰り返すといいますが、できれば、
悲劇的なことが、ないよう、
僕らは、学んでいかなければなりませんね…。
・1つの時代の歴史にも、興味がありながら、
ぼくは、個人の歴史にも、興味があります。
それを、訊くと、
あぁ、この人のこういう部分は、こんな歴史があって、
成り立ってきたのだなぁと、腑に落ち、その人を理解できる気がします。
個人の歴史に、共通することは、すなわち「大切にしてきた事」です。
「大切にしてきた事」を、ぼくは、よく大切な友人のあいだでも、
間接的に、患者さんとのお話の中でも、
訊く事が多いのですが、
その人の「大切にしてきたこと」が、わかれば、
ぼくは、その人の「大切にしてきた事」は、
できる限り尊重しようと努力したいと考えています。
・自分が「大切にしてきたこと」と、相手の「大切にしてきたこと」が、
お互いに、わかっていると、お互いHappyな気分に
なれるんですよね、わりと。
人類の歴史は、過ちの歴史であり、発展の歴史でもありますが、
個人の歴史は、すなわち、「大切にしてきた事」だと、
ぼくは思います。
そうです、今日も、明日も、ていねいに。