フラットデザイン。

写真は、もう、5年程まえになるでしょうか。
私が、友人と、mixiコミニュティで、作ったソフトボールチームの、
ユニフォームのロゴ。
チーム自体の存続は、うまくいかなくて、
また、ぼく自身も、その時より、
はるかに、忙しく、余裕がなくて、
もう、この学生的なノリは、やらないとは思うのですが…。
今回は、デザインのお話。
近々、Appleで、iOS7が、発表されます。
それは、今まで、光沢のあったアイコンを、
私の敬愛する、デザイナー、ジョナサン・アイブが担当してから、
(なので、ぼくも坊主なのです。)
より、フラットなデザインにするという予想。
考えてみれば、このユニフォームのクローバーも、
白と緑のグラデーションの光沢のあるデザインでした。
そして、無謀ながらも、Appleを意識した、デザインでした。
当時、ユニフォーム作りが、楽しくて、
担当した、設計をしている友人は、次回は、単色、モノトーンで、
シンプルにしたいといっていました。
本当は、そうしたいな、と。
かんがえていれば、今回のAppleのフラットデザインも、
また、そんな意味合いなのかなと。
友人の先見性は、さすが、設計のお仕事をされているなぁ、
と、感心してしまうのですが。
こんな、古い写真を、みつけて、
ちょっと、次のiPhoneのOSを、楽しみにしている私です。。
クローバーソフトボールクラブといいました。
たぶん、デザインが楽しかったんだなぁと、
今、思えば、思います。
es.
もともと、胃の強い方ではないのですが、
胃潰瘍の疑いがあるとのことで、
検査をうけることに、なりました。
たびたび、嘔吐や、吐き気に悩まされ、
仕事も、休み、休みしていたものですから、
ここで、えいやっ、と、
しっかり自分のボディを検査する必要があると思ったわけです。
というわけで、今日は、
ぼくは、熱にうなされ、吐き気と戦いながらの1日でした。
明日の仕事の工程を考えながら、
ブログを綴っています。
将来的に、科学では、
脳にチップを埋め込む研究をしていると、
何かの本で読みました。
それは、視覚や聴覚を、失っている人達の補助になるものです。
素晴らしい研究だと思いました。
実現すれば、いいですね。
そして、これは、自分にも、言い聞かせてる事なのですが、
他者の意見を、まるごと取り入れるのは、
自分の脳の中に他者のチップを埋め込む事と同じです。
もちろん、それが、うまく、
作用することで、流れがよくなればいうことありません。
けれど、あくまでも、制御しているのは、
自分という、自我なわけで…。
そこに、チップが超えては、いけない、
温かみのある、チップを埋め込みつつ、
(それは、視野がひろがり、きこえなかったものが、きこえるようになる。)
制御するのは、「es」です。
「es」をうまく使えればいいんですけどね。
胃潰瘍の疑いがあるとのことで、
検査をうけることに、なりました。
たびたび、嘔吐や、吐き気に悩まされ、
仕事も、休み、休みしていたものですから、
ここで、えいやっ、と、
しっかり自分のボディを検査する必要があると思ったわけです。
というわけで、今日は、
ぼくは、熱にうなされ、吐き気と戦いながらの1日でした。
明日の仕事の工程を考えながら、
ブログを綴っています。
将来的に、科学では、
脳にチップを埋め込む研究をしていると、
何かの本で読みました。
それは、視覚や聴覚を、失っている人達の補助になるものです。
素晴らしい研究だと思いました。
実現すれば、いいですね。
そして、これは、自分にも、言い聞かせてる事なのですが、
他者の意見を、まるごと取り入れるのは、
自分の脳の中に他者のチップを埋め込む事と同じです。
もちろん、それが、うまく、
作用することで、流れがよくなればいうことありません。
けれど、あくまでも、制御しているのは、
自分という、自我なわけで…。
そこに、チップが超えては、いけない、
温かみのある、チップを埋め込みつつ、
(それは、視野がひろがり、きこえなかったものが、きこえるようになる。)
制御するのは、「es」です。
「es」をうまく使えればいいんですけどね。
コンサート。

毎年のことなのですが、
亡き親友の、お母さんがご参加されているNPOの、
知的ハンディをもつお子さんたちの、
バンドの発表会にいってきました。
演奏は、一生懸命、この日のために、
どれだけ練習をされてきたんだろうと思いました。
心に、ひびく、あたたかな演奏でした。
例年は、無料なのですが、
今年から、有料になりました。
それは、やがて、演奏を聴きたいということから、
人が集まり、
子供達が自立し、
音楽で、お金を稼げる、バンドになろうという、
一歩だと、おききしました。
その道のりは、ぼくには、
厳しい道のりとはいえども…、
1つの答えではないかと思いました。
デイサービスなどで、リハビリをする場所などがたくさんある。
就労支援をするところは、多くある。
当然、社会の補助は大切で必要なのだけれど、
完全とは、いえないまでも、
自立を、目指していく事は、大切かもしれない。
そして、我々は、その手助け、支援をしながら、
そういうところを、目指していくべきではないかと、感じました。
子供達は、同情でコンサートに、来てほしくはないと、
ぼくは、感じるし、スタッフのかたにも、
そうおっしゃっていた。
楽しみに、きてほしい、と。
だから、ぼくも、今日は楽しみました。
口ずさみながら♪
パンを作ったり、クラフトを作ったり、いろんな就労支援があるけれど、
一歩ずつ、進んで、そして、
指導する人たちの、そして、はたらく人達それぞれ、
社会の支援や、あたたかい思いやりによって、
その音楽なり、製品を、
心から、楽しい!!いいモノだ!!
という、フィードバックが、
子供達にとって、なによりの、励みに、
自立を支援するのではないか?
そんなことを、考えた日でした。
そして、ぼくは、これからも、支援して、
良き音楽が磨かれていく事を願います。
良き音楽は、人を温め、演奏者も温め、循環していくもの。
気持ちも、そう、かもしれない。
(残念ながら、ぼくは、そんなえらそうなことを言えない、立場ですが。)
デリケートな話題のため、持論ですが、
お許しください。
姨捨山。
「姨捨山」という、民話を覚えているでしょうか?
ぼくは、介護だとか、高齢化していく日本に関して、
医療とは、どうあるべきか、
考えるたびに、この話を思い出します。
様々な、事情で、
ご家族の介護が、できたり、できなかったりする。
それは、仕事や、家族や、経済的な問題、
介護をする側、してもらう側の、こころの問題や、物理的な限界もあり、
一概に、こうであるべきだ、という答えはだすべきでない、
と、ぼくは、考えています。
ただ、民話として、
江戸時代でしょうか?
すでに、そういう事が考えられていた事に、
ぼくは、人間としての、
いろんな、家族だとか、親子愛だとか、自立に、
ついて、普遍的なことであるのだと、考える事が多いのです。
家族の物語があり、家族の気持ちがあり、
そこに、いずれやってくる、衰えや、死という問題に、
直面していくことになります。
そこで、結論みたいなものは、ぼくは、でない、だせない。
ただ、ただ、思う事は、
姨捨山という話が、残されているのは、
先人が伝えたい事として、
残されたと思います。
そこで、ぼくらが、やっていけることは、
いかに、高齢者を(そして、そのご家族、関係者)思いやり、優しい社会を、
作っていくかということに、なります。
ぼくでいえば、その場が、薬局であり、
そこから、いろんな形で、やっていけること、
お役に立てる事が増えるはず。
そんなことを、ぼんやり、考えています。
できることから、少しずつ、地道にやっていこう。
無駄なようなことも、それは、なにかに繫がるはずだと、思います。
ぼくは、介護だとか、高齢化していく日本に関して、
医療とは、どうあるべきか、
考えるたびに、この話を思い出します。
様々な、事情で、
ご家族の介護が、できたり、できなかったりする。
それは、仕事や、家族や、経済的な問題、
介護をする側、してもらう側の、こころの問題や、物理的な限界もあり、
一概に、こうであるべきだ、という答えはだすべきでない、
と、ぼくは、考えています。
ただ、民話として、
江戸時代でしょうか?
すでに、そういう事が考えられていた事に、
ぼくは、人間としての、
いろんな、家族だとか、親子愛だとか、自立に、
ついて、普遍的なことであるのだと、考える事が多いのです。
家族の物語があり、家族の気持ちがあり、
そこに、いずれやってくる、衰えや、死という問題に、
直面していくことになります。
そこで、結論みたいなものは、ぼくは、でない、だせない。
ただ、ただ、思う事は、
姨捨山という話が、残されているのは、
先人が伝えたい事として、
残されたと思います。
そこで、ぼくらが、やっていけることは、
いかに、高齢者を(そして、そのご家族、関係者)思いやり、優しい社会を、
作っていくかということに、なります。
ぼくでいえば、その場が、薬局であり、
そこから、いろんな形で、やっていけること、
お役に立てる事が増えるはず。
そんなことを、ぼんやり、考えています。
できることから、少しずつ、地道にやっていこう。
無駄なようなことも、それは、なにかに繫がるはずだと、思います。
つくる。
ものを「つくる」ということは、
割と、自分にはできないなぁ、とか、
面倒だなぁって、思う事だけれど、
実は、すごく楽しい事だと思っています。
ぼくなんかは、割と、
おもしろいものが、あると、
自分もつくってみたい、と思うほうだったので、
MSXで、ドラクエがでれば、
RPGゲームを制作しはじめたり、
漫画面白いなぁと思うと、友人と漫画雑誌を作る方でした。
たぶん、ぼくは、「つくる側」にも敬意があるし、
「つくる側」にも、なってみたいと、
常々、思っています。
「つくる」といことは、小学校とかでは、
図工などで、やることは多かったですが、
大人になると、機会は減るものです、
でも、つくったものに対して、
それ、いいよね?
とか、褒められると、嬉しいものですよね。
つくる、楽しさを、最近は、
どこかで、味わいたいと感じています。
余裕が生まれるならば。
このブログも、ぼくにとって、自分の思考を、
つくる場でもあります。
やめようかなぁ、なんて思う事も、
何回か、ありましたが、
元気な限り、続けていこうと思っています。
よろしくお願い致します。
改めて…。
割と、自分にはできないなぁ、とか、
面倒だなぁって、思う事だけれど、
実は、すごく楽しい事だと思っています。
ぼくなんかは、割と、
おもしろいものが、あると、
自分もつくってみたい、と思うほうだったので、
MSXで、ドラクエがでれば、
RPGゲームを制作しはじめたり、
漫画面白いなぁと思うと、友人と漫画雑誌を作る方でした。
たぶん、ぼくは、「つくる側」にも敬意があるし、
「つくる側」にも、なってみたいと、
常々、思っています。
「つくる」といことは、小学校とかでは、
図工などで、やることは多かったですが、
大人になると、機会は減るものです、
でも、つくったものに対して、
それ、いいよね?
とか、褒められると、嬉しいものですよね。
つくる、楽しさを、最近は、
どこかで、味わいたいと感じています。
余裕が生まれるならば。
このブログも、ぼくにとって、自分の思考を、
つくる場でもあります。
やめようかなぁ、なんて思う事も、
何回か、ありましたが、
元気な限り、続けていこうと思っています。
よろしくお願い致します。
改めて…。
告知。
あまり、こういう告知はしませんが、
ぼくが、個人的に応援している、
知的ハンディを乗り越えて自立を目指すこどもたちの、
NPOケセラの、コンサートがあります。
6月2日 松本市音楽文化ホールで、1時からです。
入場料は有料ですが、
ぜひ、これるかたいらしたら、
きていただければ、幸いです。
ぼくも、もちろん、いきます。
ご参加お待ちしております。
ぼくが、個人的に応援している、
知的ハンディを乗り越えて自立を目指すこどもたちの、
NPOケセラの、コンサートがあります。
6月2日 松本市音楽文化ホールで、1時からです。
入場料は有料ですが、
ぜひ、これるかたいらしたら、
きていただければ、幸いです。
ぼくも、もちろん、いきます。
ご参加お待ちしております。
向かい合う。

・歯医者の治療が終わり、
ぼくは、かなり、歯については、
かなり気をつかうようになりました。
なので、安い買い物では、ないのですが、
歯医者さんのおすすめする、電動歯ブラシを購入しました。
若くないなぁ、と思います。
歯周病なので、ケアについて考えるようになりました。
・歳をとると、
きらびやかな、20代とは違い、
シンプルなことに、重きをおきます。
つまり、健康であること、心のケアも、
しっかりしておくこと。
歳をとると、おそらく、
ぼくの年代も、そうだと思うのですが、
話す事は、健康のことが多くなっていきます。
美容とか、オシャレよりも。
・そして、ぼくの仕事は、
健康というか、人の根本、
病と、どうつきあっていくか、
あるいは、生きる事への、
物語を大切にしていく仕事です。
そのへんを、しっかりと、
とらえつつ、向かい合っていくのが、
ぼくの、これから…なんじゃないかな?
個人的には、向かい合っていくのが、
大事で、それは、
ぼくにとって、カタチはありませんが、
少しずつ変わりながら、なんとなく先に見えているもの、
なんだと思う。
よく、わからない、表現だとは、自覚しているけれど。
36歳の足音が、聴こえてきます。
人生の時間って、限られてるんだなぁと、
実感します、大切にしたいですよね。
あい、あい、あい。

「あい」という言葉は、いろんなものに、
含まれてるなぁ、と最近思います。
・で「あい」
・お尻「あい」
・わ借り「あい」
・わ価値「あい」
・太助「あい」
・人と人との、お突き「あい」
時には、悪い事も突きあうこともあるけれど、
なるべくなら、良き所を突きあいたいもんだなぁ。
くすぐってるみたいに、笑えたらなぁ。
なんて、人との関係は、
「あい」が基本的になっているのかなぁ、
なんて改めて思うの毎日なのであります。。
淀んだものも、含めて「あい」なんだなぁ、
なんて思うわけです。
「あい」は難しい…、表面上なんて、いくらでもできるわけだけれど。
だから、上の6つも、微妙に、間違っております。
それぐらい、難しいですよね?
正確に、「あい」は伝えるのは難しいんだよなぁ、いまさらだけど。
というか、正確な「あい」なんてないんじゃないだろうか?
ハートのカタチは、たえず流動的に、
プリンみたいに、カタチをかえているんだと思います。
「♥」だけで、あらわせるもんじゃないよねぇ。
今だったら、「あい」ス、クリーム。
コンビニにもあります、
でも、その中にも、「あい」入っております!!
「あい」す、の、美味しい時期ですね♪
「あい」を探して、なんてタイトルのドラマか、小説が、あった気がします。
日常に探せば、いっぱいかもしれませんね…。
うん、「あい」を探してみよう。
小さくても、どんな、いびつなカタチをしていてもね。
今日のハタマロ:映画「バイオハザード」のDVDを全部みおえました。けっこう怖かったです。
暇なんです。

