上品なヌード。
寒くなると、あたためることを考える。
それは、ひとを、自分を、お互いに、
そんなことを、ふと、思うこの頃です。
ぼくは、古書マニアであります。
ネットで、マイナーだけど、
興味深い、古い書物が、やすく売られている。
送料込みで、文庫本ぐらいで、幸せになれる。
最近は、落語のまくらだけを、集めた本が面白かった、ほんと。
日本のお茶という文化の研究書も買った。
興味が、いろいろなんだよね。
写真集を眺めるのも好きです。
自然風景も好きだけど、
いわゆるアートのヌード写真集なんかは、
性のあらがいたい、不思議なものを掘り起こされて、
なんだか、不思議な気分になる。
最近、1960年代の、ドイツの写真家が撮った、
DASMODELという、モノクロと色彩の交互な、
ヌード写真集に、見入っています。
それは、女性の美、エロチシズム??なんかが、
凝縮されていて、実に、上品である。
上品だけど、そこには、女性の、なんだか、
得体のしれないものを、感じて、
不思議です。
週刊誌の袋とじが(最近は、よく知らんけど)
いかに、安っぽいかわかる。
でも、いかにアートとはいえども、
エロオヤジなんだろうなぁ、そうなんだけど。
今日は、シンプルに古城そばを、ゆでて、
そば湯を、飲んで、明日は仕事。
スパイスさんに教えてもらったんだけど、
本当に、下手なそば屋さんより美味しいです。
おいしいものを作る人は、おいしいものを、知っているんだね。
それは、ひとを、自分を、お互いに、
そんなことを、ふと、思うこの頃です。
ぼくは、古書マニアであります。
ネットで、マイナーだけど、
興味深い、古い書物が、やすく売られている。
送料込みで、文庫本ぐらいで、幸せになれる。
最近は、落語のまくらだけを、集めた本が面白かった、ほんと。
日本のお茶という文化の研究書も買った。
興味が、いろいろなんだよね。
写真集を眺めるのも好きです。
自然風景も好きだけど、
いわゆるアートのヌード写真集なんかは、
性のあらがいたい、不思議なものを掘り起こされて、
なんだか、不思議な気分になる。
最近、1960年代の、ドイツの写真家が撮った、
DASMODELという、モノクロと色彩の交互な、
ヌード写真集に、見入っています。
それは、女性の美、エロチシズム??なんかが、
凝縮されていて、実に、上品である。
上品だけど、そこには、女性の、なんだか、
得体のしれないものを、感じて、
不思議です。
週刊誌の袋とじが(最近は、よく知らんけど)
いかに、安っぽいかわかる。
でも、いかにアートとはいえども、
エロオヤジなんだろうなぁ、そうなんだけど。
今日は、シンプルに古城そばを、ゆでて、
そば湯を、飲んで、明日は仕事。
スパイスさんに教えてもらったんだけど、
本当に、下手なそば屋さんより美味しいです。
おいしいものを作る人は、おいしいものを、知っているんだね。
泳ぐ事と、考える事、心持ち。
最近、なるべく情報は最低限に、
って思っています。
あるいは、なにかを調べる時は、
やむおえずながらは、仕方ないにしても、
なるべく、自分の力で、想像し、考えをまとめてから、
ひとつの、線が見えてからにします。
あふれる情報に、振り回され、
疑問におもったことは、検索すれば、わかってしまう社会。
でも、大切な事は、
自分の中にあり、自分の中で、
想像し、物事を考える力が、元々、そなわっているはずです。
聞こえが良い、あるいは、多くの顔のみえない、責任をとろうともしない、
雑音は、消すべきだと思うようになりました。
答えは、他人でもなく、googleでもなく、テレビでもなく、
自分の心の声さ。
ぼくは、最近、週3回、1時間、庄内のプールで、
泳いでいます。
肉体を、痛み付け、そして、息つぎをして、
泳ぐ事によって、心と身体が、一体化します。
自分の中に、日々、たまる毒素が、
完全では、ないけれど、
泳ぐ事によって、抜かれていきます。
そして、フォームが崩れると、
自分の不完全さや、煩悩みたいなもんを、考えます。
食欲、物欲、性欲、自己中心、感謝の心への不義理、誰かを傷付けてしまった事。
人とは、なんて、不完全なんだろうと。
でも、その、不完全さを受け入れながら、直していくしか無いじゃない。
それが、人間のありようだもの。
健康の為に、がんばって自分のペースで泳いでいる年配の方を、
みると、ぼくは、微笑んでしまう、素敵だな。
自分の身体と心持ちを大切にしているんだなぁって、ぼくも、そうありたい。
週末も泳ぐ予定です。
寝る前は、iPhoneで落語を聴きます。
テレビは見ません。ネットは、古書調べと、ほぼ日、恵文社、ANOTHERLOUNGE、
Twitterを時々。Facebookは見ません。
泳いで、本を読んで(それは、医療書から、小説、ヌード写真集まで多岐にわたる)
仕事して、おいしいご飯を食べます。
36歳、独身ですが、まぁまぁです。
最近、オヤジギャグが笑ってしまうようになりました。
笑ったのは、
「今夜は射精しNight!!」
そうです、バカなんです(笑
って思っています。
あるいは、なにかを調べる時は、
やむおえずながらは、仕方ないにしても、
なるべく、自分の力で、想像し、考えをまとめてから、
ひとつの、線が見えてからにします。
あふれる情報に、振り回され、
疑問におもったことは、検索すれば、わかってしまう社会。
でも、大切な事は、
自分の中にあり、自分の中で、
想像し、物事を考える力が、元々、そなわっているはずです。
聞こえが良い、あるいは、多くの顔のみえない、責任をとろうともしない、
雑音は、消すべきだと思うようになりました。
答えは、他人でもなく、googleでもなく、テレビでもなく、
自分の心の声さ。
ぼくは、最近、週3回、1時間、庄内のプールで、
泳いでいます。
肉体を、痛み付け、そして、息つぎをして、
泳ぐ事によって、心と身体が、一体化します。
自分の中に、日々、たまる毒素が、
完全では、ないけれど、
泳ぐ事によって、抜かれていきます。
そして、フォームが崩れると、
自分の不完全さや、煩悩みたいなもんを、考えます。
食欲、物欲、性欲、自己中心、感謝の心への不義理、誰かを傷付けてしまった事。
人とは、なんて、不完全なんだろうと。
でも、その、不完全さを受け入れながら、直していくしか無いじゃない。
それが、人間のありようだもの。
健康の為に、がんばって自分のペースで泳いでいる年配の方を、
みると、ぼくは、微笑んでしまう、素敵だな。
自分の身体と心持ちを大切にしているんだなぁって、ぼくも、そうありたい。
週末も泳ぐ予定です。
寝る前は、iPhoneで落語を聴きます。
テレビは見ません。ネットは、古書調べと、ほぼ日、恵文社、ANOTHERLOUNGE、
Twitterを時々。Facebookは見ません。
泳いで、本を読んで(それは、医療書から、小説、ヌード写真集まで多岐にわたる)
仕事して、おいしいご飯を食べます。
36歳、独身ですが、まぁまぁです。
最近、オヤジギャグが笑ってしまうようになりました。
笑ったのは、
「今夜は射精しNight!!」
そうです、バカなんです(笑
つれづれ。
パンを、まるで本物のように書いた、木版画を予約した。
1つは、あんぱん。
1つは、クロワッサン。
薬局は、パン屋さんでも、カフェでもないけれど、
ふっくらしたお気持ちに、患者さんが、なれればいいなと感じた。
届いたら、待合室に飾る予定です。
イメージは、カラスのパン屋さんならぬ、薬剤師のパン屋さん(笑
カラスの薬局(これは、なんか怖いですね。)
一つは、自分用ですが、
部屋も、気持ちがふっくらすればいいな、との想い。
どちらを、選ぶかは、迷っています。
薬局の理念としては、あんぱん、かな。。
アンパンマンみたいな、薬局…。
自分は、どうかなって思うけどね。
高い出費ですが(車検もあり、携帯もかえたので。)
切り詰めていかねば。。
iPhoneに、したんだけど、
アドレス移行が、うまくいかなくて、
手入力にしたのですが、面倒で、
仕事関係と、家族だけ登録した。
で、なんの不自由もないというか、
まぁ、この歳になれば、電話なんて緊急時で、十分だなって思う。
なにかを、答えるのは、なにかと時間が、かかるものだ。
飛脚に、手紙を運んでもらうくらいが、距離感として、
いいんじゃないかと思ったりもします。
冬の間、母が温かい所で、静養することになりました、
大丈夫よ、
といっていたけれど、
いいいことなのか、良い事なのか。
でも、これだけ、一生懸命、ぼくたち、子供を心配し、育ててくれたんだもの、
羽をのばせば、いいじゃない、なんて答えておきました。
心配ですけどねー。
さて、松明祭り、秋は深まり、
ぼくは、冬物語を、飲みます。
冬が、はじまるよ♪
乾杯です。
どうでもいいことだけれど、
冬物語という漫画が、好きでした。
ハッピーエンドで、良かったんですが、
今、思うと、主人公が自分を見ているみたいで、イライラするんですよね。。
BOOKOFFに、いけば、たぶん、あります。
レベッカ・ブラウンの、「家庭の医学」というノンフィクションは、
母をみとる、親の闘病を、
シンプルに、綴られています。
素晴らしい本です。
この世に死は、さけられない、世の中では、何万分の一でも、
当事者にとっては、それは、一分の一です。
命は、たった、1つです、かけがえのないものだと感じます。
1つは、あんぱん。
1つは、クロワッサン。
薬局は、パン屋さんでも、カフェでもないけれど、
ふっくらしたお気持ちに、患者さんが、なれればいいなと感じた。
届いたら、待合室に飾る予定です。
イメージは、カラスのパン屋さんならぬ、薬剤師のパン屋さん(笑
カラスの薬局(これは、なんか怖いですね。)
一つは、自分用ですが、
部屋も、気持ちがふっくらすればいいな、との想い。
どちらを、選ぶかは、迷っています。
薬局の理念としては、あんぱん、かな。。
アンパンマンみたいな、薬局…。
自分は、どうかなって思うけどね。
高い出費ですが(車検もあり、携帯もかえたので。)
切り詰めていかねば。。
iPhoneに、したんだけど、
アドレス移行が、うまくいかなくて、
手入力にしたのですが、面倒で、
仕事関係と、家族だけ登録した。
で、なんの不自由もないというか、
まぁ、この歳になれば、電話なんて緊急時で、十分だなって思う。
なにかを、答えるのは、なにかと時間が、かかるものだ。
飛脚に、手紙を運んでもらうくらいが、距離感として、
いいんじゃないかと思ったりもします。
冬の間、母が温かい所で、静養することになりました、
大丈夫よ、
といっていたけれど、
いいいことなのか、良い事なのか。
でも、これだけ、一生懸命、ぼくたち、子供を心配し、育ててくれたんだもの、
羽をのばせば、いいじゃない、なんて答えておきました。
心配ですけどねー。
さて、松明祭り、秋は深まり、
ぼくは、冬物語を、飲みます。
冬が、はじまるよ♪
乾杯です。
どうでもいいことだけれど、
冬物語という漫画が、好きでした。
ハッピーエンドで、良かったんですが、
今、思うと、主人公が自分を見ているみたいで、イライラするんですよね。。
BOOKOFFに、いけば、たぶん、あります。
レベッカ・ブラウンの、「家庭の医学」というノンフィクションは、
母をみとる、親の闘病を、
シンプルに、綴られています。
素晴らしい本です。
この世に死は、さけられない、世の中では、何万分の一でも、
当事者にとっては、それは、一分の一です。
命は、たった、1つです、かけがえのないものだと感じます。
苦み甘み、あわれ。
・人の心を、食品成分表にしたら、どうなるでしょうか。
たぶん、ぼく自身は、歓迎されない、苦みみたいなもの、
本来なら、ないほうがいいもの、
弱さや、矛盾や、卑怯が、かなり含まれています。
そして、その成分も変化して、機嫌が悪くなったり、誰かに迷惑をかけたりします。
いろんな、人を傷つける間違いをしたりします。
多くの人が持っている、業みたいなもの。
・同時に、その中には、もちろん、甘みみたいな、純粋さや、良心や、
思いやりがあります。
どちらも、ヒトであって、そのひとそのものです。
捨てたものではないな、と思います。
でも、キャラメルフラペチーノみたいな、甘みばかりの、
自分になれるほど、ヒトは、甘くない。
大事なのは、自分の中にある、多くの成分の中で、
その「あわれ」さ、
甘み、苦み、時には、辛み、いろんな味を認め、
ヒトとしての悲しさを、
どれだけ、認識し、強くなっていき、
迷惑をかけずに、まっとうに、生きていく事ではないかなと思います。
と、偉そうなことを、いっているけれど、
ぼくは、その「あわれ」さに、
なかなか、打ちのめされながらも、
人生って、だから、色々なのだな…、
と、噛み締めています。
悲しい生き物だよ、ヒトって…。
・大人になって、ビールや、コーヒーのブラックの、苦みを、
おいしい、と思うのは、
やっぱり、「あわれ」みたいな苦みが、
わかるようになったからじゃないかな、
なんて、思ったりしてね。
強くならないとね。
・昨日、庄内のプールに、いきました。
ラーラ松本と違って、泳ぐ事にひたすら集中できました。
読書でいえば、静かな喫茶店で、本を読んでいるのと、
ファミレスでガヤガヤしている中で、本を読んでいるくらいの違い。
そこには、なにか、ワクワクするものがありました。
純粋な泳ぐ楽しみがある。
しばらく、ぼくは、泳ぎ続けようと思います。
追記:熊井明子さんの、「私の部屋のポプリ」
自分が生まれる1年前にでた本です。
もしかすると、自分の親も読んだ事があるかもしれないなぁ。
素敵なエッセイで、まったく、色褪せない♪
たぶん、ぼく自身は、歓迎されない、苦みみたいなもの、
本来なら、ないほうがいいもの、
弱さや、矛盾や、卑怯が、かなり含まれています。
そして、その成分も変化して、機嫌が悪くなったり、誰かに迷惑をかけたりします。
いろんな、人を傷つける間違いをしたりします。
多くの人が持っている、業みたいなもの。
・同時に、その中には、もちろん、甘みみたいな、純粋さや、良心や、
思いやりがあります。
どちらも、ヒトであって、そのひとそのものです。
捨てたものではないな、と思います。
でも、キャラメルフラペチーノみたいな、甘みばかりの、
自分になれるほど、ヒトは、甘くない。
大事なのは、自分の中にある、多くの成分の中で、
その「あわれ」さ、
甘み、苦み、時には、辛み、いろんな味を認め、
ヒトとしての悲しさを、
どれだけ、認識し、強くなっていき、
迷惑をかけずに、まっとうに、生きていく事ではないかなと思います。
と、偉そうなことを、いっているけれど、
ぼくは、その「あわれ」さに、
なかなか、打ちのめされながらも、
人生って、だから、色々なのだな…、
と、噛み締めています。
悲しい生き物だよ、ヒトって…。
・大人になって、ビールや、コーヒーのブラックの、苦みを、
おいしい、と思うのは、
やっぱり、「あわれ」みたいな苦みが、
わかるようになったからじゃないかな、
なんて、思ったりしてね。
強くならないとね。
・昨日、庄内のプールに、いきました。
ラーラ松本と違って、泳ぐ事にひたすら集中できました。
読書でいえば、静かな喫茶店で、本を読んでいるのと、
ファミレスでガヤガヤしている中で、本を読んでいるくらいの違い。
そこには、なにか、ワクワクするものがありました。
純粋な泳ぐ楽しみがある。
しばらく、ぼくは、泳ぎ続けようと思います。
追記:熊井明子さんの、「私の部屋のポプリ」
自分が生まれる1年前にでた本です。
もしかすると、自分の親も読んだ事があるかもしれないなぁ。
素敵なエッセイで、まったく、色褪せない♪
喜ばれると利益。
忘備録的に、いくつか書いていきますね。
ぼくは、気に入ったお店の人と、
話すのが好きです。
もちろん、商売ですから、
ある程度の線を引くのはもちろん、なのですが、
基本的にまっとうに、仕事をし、
お客さんに喜んで頂きたいという志を感じるお店、
丁寧なお仕事をされるお店は、
ぼく自身も、心地よい空間ですし、
なにより、自分も、
こういった仕事をしたい、という、刺激になります。
そういうわけで、買う、食べる、もてなされる、
の楽しみは、あるのですが、
元気や、あるいは、仕事への意欲を高められる、
良いインプットになるのです。
生きていく上では、商売というものは、
自分の意に反する事も、やむおえずあるかと思います。
でも、その誘惑にまけず、あるいは、咀嚼して、
まっとうに、丁寧に、やっていき、
そして、利益をあげる、
これは、素晴らしい事です。
喜ばれると、利益をあげるは、相反する事ではなく、
喜ばれるが、利益を生み、
利益が、喜ばれるにも、繫がる。
利益と喜ばれる、どちらもあって、
仕事が循環していくと思うのです。
それは、とても、大変なことですよね。
だから、素敵なお店って、すごい、かっこいいと思うんだ。
だって、利益をあげて、生活を成り立たせ、
なおかつ、人に、喜ばれてるんだもの。
そこしれぬ、苦労と孤独や、頭を抱える事も、多いんだろうけど、
もちろん、ぼくも、そこは追求していきたいです。
お金のことを、話すのは、あまり避ける事ですが、
そういう観点では、この2つは、大切なことですよね。
1つ気付いた事、休みの日、なじみのお店は疲れないのですが、
ぼくは、基本的に、3人以上の、
不特定多数と、しゃべると、
もう、クタクタに疲れてしまいます。
少し、不機嫌にもなります。
まぁ、いけないことなんだけど、
携帯ショップや、いろいろと、いって、
なんだか、昨日は疲れてしまいました。
元々が、社交的ではないのです。
最近は、山へ登りたいと思っています。
仕事用に、丸めがねを買いました、
もう、青年ではないので、素敵なおじさんに、
なりたいと思って、どうなることやら。。
ちょっと、疲れています。
ぼくは、気に入ったお店の人と、
話すのが好きです。
もちろん、商売ですから、
ある程度の線を引くのはもちろん、なのですが、
基本的にまっとうに、仕事をし、
お客さんに喜んで頂きたいという志を感じるお店、
丁寧なお仕事をされるお店は、
ぼく自身も、心地よい空間ですし、
なにより、自分も、
こういった仕事をしたい、という、刺激になります。
そういうわけで、買う、食べる、もてなされる、
の楽しみは、あるのですが、
元気や、あるいは、仕事への意欲を高められる、
良いインプットになるのです。
生きていく上では、商売というものは、
自分の意に反する事も、やむおえずあるかと思います。
でも、その誘惑にまけず、あるいは、咀嚼して、
まっとうに、丁寧に、やっていき、
そして、利益をあげる、
これは、素晴らしい事です。
喜ばれると、利益をあげるは、相反する事ではなく、
喜ばれるが、利益を生み、
利益が、喜ばれるにも、繫がる。
利益と喜ばれる、どちらもあって、
仕事が循環していくと思うのです。
それは、とても、大変なことですよね。
だから、素敵なお店って、すごい、かっこいいと思うんだ。
だって、利益をあげて、生活を成り立たせ、
なおかつ、人に、喜ばれてるんだもの。
そこしれぬ、苦労と孤独や、頭を抱える事も、多いんだろうけど、
もちろん、ぼくも、そこは追求していきたいです。
お金のことを、話すのは、あまり避ける事ですが、
そういう観点では、この2つは、大切なことですよね。
1つ気付いた事、休みの日、なじみのお店は疲れないのですが、
ぼくは、基本的に、3人以上の、
不特定多数と、しゃべると、
もう、クタクタに疲れてしまいます。
少し、不機嫌にもなります。
まぁ、いけないことなんだけど、
携帯ショップや、いろいろと、いって、
なんだか、昨日は疲れてしまいました。
元々が、社交的ではないのです。
最近は、山へ登りたいと思っています。
仕事用に、丸めがねを買いました、
もう、青年ではないので、素敵なおじさんに、
なりたいと思って、どうなることやら。。
ちょっと、疲れています。
啓示。
ゲリラ的に、書きます。
最近は、仕事に追われる毎日、
家に帰ったら、すぐ寝る。
体調にともかく、気をつける。
それでも、追いつかない事が、いっぱいです。
でも、多くの人がそうして生きている。
その中のわずかな、温かみや光を求めて、
生きている。
少年のような心や、感受性は大切だけれど、
多くは、それは冷凍しています。
感じやすいなぁと、思ったら、
少し、気をつけなければならない。
時に、その感じやすさは、
生きづらくさせるものだ。
クールに、生きていきたいものです。
時々、忘れられたポケットから、
こんにちは、ぐらいがいいのかな?
今日、任天堂の山内前社長が亡くなられた。
ぼくは、任天堂のファンで、
1つの時代の終わりを感じさせた。
現在の岩田社長の、ぼくは、大ファンであり、
理想の会社だと思っている。
ぼくが、人生で1ばんつらい時期、
任天堂はソニーにおされて、迷走していた、
同時に、プロ野球の55本という記録にならぶ選手が現れた。
自分の価値観や存在が、おかしくなっていた時期だった。
今年も、いろいろと、あった。
任天堂は、経営不振。
55本をヤクルトのバレンティンが破ろうとしていた。
それは、11年前を思い起こさせた。
ぼくは、今年は、自分という人間に対して、
信じられないというか、自分不信になっていた。
人間は、申し開きができないと、
逃げ場はない。
でも、もう、55本は破られた。
山内さんも、残念ながら、亡くなられた。
なにかの、啓示、そんな気がします。
1つの、そういう時期を、
抜けていく感じ。
そんな感じを汲み取りながら、
今後の人生を、考えていきたい。
切に、そう願っている。
どう、判断するかは、自分だけれど、
向き合っていきたい。
人は、深い孤独の中で、生き、
傷つけ、傷つけられ、転んで、風邪ひき、頭痛と、
痛みをあたえ、受け、
迷惑をかけ、かけられ、(ぼくは、かけることが多い。)
本当に、弱い存在である。
ぼくは、本当に、いれものとしては、
空っぽな存在だ。
自分の色がない。
ただ、思う。
なんだろう、なにかの啓示じゃないかと、
よく、しっかり考えなさい、
よく、深く考えなさい、
自分のした事、
誰かを傷つけた事、
ご迷惑をおかけした事、
責任という事、
これから、君はどうしたいの?
本当の自分は、どう、思ってるの?
それは、君の1つの、
曲がり角であり、転機なんだから…と。
深く考えたいと思う。
不完全で、考えが足りませんが、
まっとうに、物事を考え、
いろんな、自分のした事、
いいこと、少し。
傷つけた事、たくさん。
ご迷惑をおかけしたこと、たくさん。
それを、考えながら…。
孤独と向き合いながら、ぼくは、考えていく。
こういこと、書くと、
なんか、宗教はいったの?と言われそうですが、
魂というものが、もしあるならば、
自分の魂を大切に、汚れないように、
扱わなければならないし、
つまり、汚れるような生き方は、
たとえ、処世術が良くてもダメだし、
同時に、大切な人の魂も、
大切にしていかなければならない。
そんな風に考えている。
結局、自分は、かわいいんだけれど、
けれど、周りの人って、
大切であり、尊重し、
筋を通さなければなと、思う。
最近は、金曜日は、
山辺の寿司屋、兼スナック?で、ひとりで、飲んでいます。
最近は、仕事に追われる毎日、
家に帰ったら、すぐ寝る。
体調にともかく、気をつける。
それでも、追いつかない事が、いっぱいです。
でも、多くの人がそうして生きている。
その中のわずかな、温かみや光を求めて、
生きている。
少年のような心や、感受性は大切だけれど、
多くは、それは冷凍しています。
感じやすいなぁと、思ったら、
少し、気をつけなければならない。
時に、その感じやすさは、
生きづらくさせるものだ。
クールに、生きていきたいものです。
時々、忘れられたポケットから、
こんにちは、ぐらいがいいのかな?
今日、任天堂の山内前社長が亡くなられた。
ぼくは、任天堂のファンで、
1つの時代の終わりを感じさせた。
現在の岩田社長の、ぼくは、大ファンであり、
理想の会社だと思っている。
ぼくが、人生で1ばんつらい時期、
任天堂はソニーにおされて、迷走していた、
同時に、プロ野球の55本という記録にならぶ選手が現れた。
自分の価値観や存在が、おかしくなっていた時期だった。
今年も、いろいろと、あった。
任天堂は、経営不振。
55本をヤクルトのバレンティンが破ろうとしていた。
それは、11年前を思い起こさせた。
ぼくは、今年は、自分という人間に対して、
信じられないというか、自分不信になっていた。
人間は、申し開きができないと、
逃げ場はない。
でも、もう、55本は破られた。
山内さんも、残念ながら、亡くなられた。
なにかの、啓示、そんな気がします。
1つの、そういう時期を、
抜けていく感じ。
そんな感じを汲み取りながら、
今後の人生を、考えていきたい。
切に、そう願っている。
どう、判断するかは、自分だけれど、
向き合っていきたい。
人は、深い孤独の中で、生き、
傷つけ、傷つけられ、転んで、風邪ひき、頭痛と、
痛みをあたえ、受け、
迷惑をかけ、かけられ、(ぼくは、かけることが多い。)
本当に、弱い存在である。
ぼくは、本当に、いれものとしては、
空っぽな存在だ。
自分の色がない。
ただ、思う。
なんだろう、なにかの啓示じゃないかと、
よく、しっかり考えなさい、
よく、深く考えなさい、
自分のした事、
誰かを傷つけた事、
ご迷惑をおかけした事、
責任という事、
これから、君はどうしたいの?
本当の自分は、どう、思ってるの?
それは、君の1つの、
曲がり角であり、転機なんだから…と。
深く考えたいと思う。
不完全で、考えが足りませんが、
まっとうに、物事を考え、
いろんな、自分のした事、
いいこと、少し。
傷つけた事、たくさん。
ご迷惑をおかけしたこと、たくさん。
それを、考えながら…。
孤独と向き合いながら、ぼくは、考えていく。
こういこと、書くと、
なんか、宗教はいったの?と言われそうですが、
魂というものが、もしあるならば、
自分の魂を大切に、汚れないように、
扱わなければならないし、
つまり、汚れるような生き方は、
たとえ、処世術が良くてもダメだし、
同時に、大切な人の魂も、
大切にしていかなければならない。
そんな風に考えている。
結局、自分は、かわいいんだけれど、
けれど、周りの人って、
大切であり、尊重し、
筋を通さなければなと、思う。
最近は、金曜日は、
山辺の寿司屋、兼スナック?で、ひとりで、飲んでいます。
しばらく、休ませて頂きます。

hatamaroからの、ご挨拶です。
しばらく更新を、休ませて頂きます。
形を変えて、ブログを続けるか、
あるいは、辞めようかなと、
いろんなことを、考えましたが、
とりあえず、このままの形で、休止することにしました。
思い入れがあり、2011年6月から、
綴っていった、hatamarogですが、
少し、休む時期が、来たようです。
ぼくは、今、自分自身を、しっかり見つめ直してみたいのです。
今、この時間を。
今までは、こんな表現はどうかと、思うんだけど、
書く事で、セックスみたいな、楽しさや、共感がありました。
それが、いつしか、マスターベーションみたいなものに、
なっていることに、気付きました。
それは、書くだけ、書いて、
スッキリしたという、ひとりよがりなもの、
元々、そうだったかもしれないけど、
それが、誰かを傷つけ、あるいは、自己中心的なブログに、
なっているなと、感じたからです。
なにかを、書きたかったら、そこに共感がなければいけません。
あるいは、共感というものを、
ぼく自身、もう、少し考えていきたいと感じているのです。
それは、ぼく自身が、誰かの身になって、立場になって、
考えたり、相手の事を思いやる気持ちが、欠けている事を、
強く、感じたからです。
責任や、思いやりや、そんなものを、
自分の力で、物事を考える力を、想像力を、
もう1度、見直していきたい。
そんな、区切りの時期なのです。
書く事は、本当に楽しい。
だから、また、たぶん戻っては来るんだろうと思います。
どんな形にしても。
だから、もし、ブックマークしている方が、いたら、
そのままに、しておいてもらえたら、嬉しいです。
形としては、残しておきます。
もしかしたら、ふらふらと、書き始める事もあるかもしれないので。
連絡のない、友達のアドレスを、
メモリーに登録しておくと、ふと、
いいことが、あるようになると、いいんだけどな。(笑
Macのキーボードで、文を書き、
そこに、オリンパスペンで、写真を撮って、
推敲して、感じた事、思った事を、
書いて、意識的に、
プライベートは書かないを心情に、エッセイみたいにやってきました。
書く事は、たとえば、サーフィンが好きな先輩にとっての、波乗りみたいなものです。
facebookは、登録していますが、実は、あまり好きではなく、
見ることも、すくなく、Twitterで、連携しているのみです。
今後は、時々、Twitterで、つぶやくと思います。
@hatamaroです。
よろしくです。
よかったら、フォローリクエストくださいね。
では、では、
パワーアップして、戻ってきます。
今より、強く、タフな、大人に。
その時まで。。
元気で!!
I'LL BE BACK.
ただ、音楽はそこにあった。
昔の好きだった歌は、今の自分には、
価値観があわなくて、なかなか共感できないものです。
世の中の、嫌な部分や、多くの悲しみや、現実というものに、
あまりにも、多く接してきたかもしれません。
ふと、中学、高校と大好きだった、
槙原敬之さんを、聴きました。
なぜか、涙がでてしまいました。
それは、共感というものではなく、
ただ、まっすぐだった、自分が、思い返されたからです。
ただ、音楽はそこにあった。
今とは、質の違った、悲しみや、葛藤や、
誰かを想う、まっすぐさ、未来への希望。
思えば、青春の1つに槙原さんは、あった。
昔の歌は、今の失った自分を、思い出すためにあるかもしれません。
下駄箱にいれたラブレター。
元気だった母。
医者になりたいと、遊びもせず、深夜2時まで勉強していた中学時代。
受験の失敗。
いじめを受けていた事を隠していて、親には、見せなかった日々。
ただ、音楽(槙原敬之さんは、)そこにあった。
そこには、ネットも、携帯もない、おおらかな日々だった。
よけいな情報が、ないだけ、心穏やかな日々を過ごせた気がする。
ぼくだけかもだけど。
ただ、音楽はそこにあった。
聴いたとき、風景が浮かぶ。
青い自分、海のような地平線。
人は、変わる。
自分も、周りも変わる。
世の中も変わる。
それは、時の流れ、仕方がないことだと思う。
でも、音楽は形を変えても、
いつも、ぼくを、衣につつみ、変わらない自分も、変わらない風景も、また、
あるいは、思い起こしてくれる。
ぼくの、できる仕事が、できるだけ多くの人に、
ぼくの、行動が、
誰かを、傷つけず、損なう事無く、
そんな、音楽みたいな役割に少しでもなれれば、いいと思う。
心から、そう、思う。
そういう、人間になりたいと思う。
本当に、そう思う。
価値観があわなくて、なかなか共感できないものです。
世の中の、嫌な部分や、多くの悲しみや、現実というものに、
あまりにも、多く接してきたかもしれません。
ふと、中学、高校と大好きだった、
槙原敬之さんを、聴きました。
なぜか、涙がでてしまいました。
それは、共感というものではなく、
ただ、まっすぐだった、自分が、思い返されたからです。
ただ、音楽はそこにあった。
今とは、質の違った、悲しみや、葛藤や、
誰かを想う、まっすぐさ、未来への希望。
思えば、青春の1つに槙原さんは、あった。
昔の歌は、今の失った自分を、思い出すためにあるかもしれません。
下駄箱にいれたラブレター。
元気だった母。
医者になりたいと、遊びもせず、深夜2時まで勉強していた中学時代。
受験の失敗。
いじめを受けていた事を隠していて、親には、見せなかった日々。
ただ、音楽(槙原敬之さんは、)そこにあった。
そこには、ネットも、携帯もない、おおらかな日々だった。
よけいな情報が、ないだけ、心穏やかな日々を過ごせた気がする。
ぼくだけかもだけど。
ただ、音楽はそこにあった。
聴いたとき、風景が浮かぶ。
青い自分、海のような地平線。
人は、変わる。
自分も、周りも変わる。
世の中も変わる。
それは、時の流れ、仕方がないことだと思う。
でも、音楽は形を変えても、
いつも、ぼくを、衣につつみ、変わらない自分も、変わらない風景も、また、
あるいは、思い起こしてくれる。
ぼくの、できる仕事が、できるだけ多くの人に、
ぼくの、行動が、
誰かを、傷つけず、損なう事無く、
そんな、音楽みたいな役割に少しでもなれれば、いいと思う。
心から、そう、思う。
そういう、人間になりたいと思う。
本当に、そう思う。
キューブラ・ロス。
人間は、業の深いものだと思います。
ぼく自身が、業が深く、
たとえ、どんなひとでも、
それを抱えているとしても、
ぼくには、少なくとも、いろんな業があります。
医師キューブラ・ロスの、「死ぬ瞬間」
これは、ずいぶん昔の本なんですが、今、読んでいるところです。
死んでいく人の心のケアについて、
実際に、末期がん患者さんに、触れた事を書いた本で、
医療従事者には、バイブルとなっています。
医療従事者が、向き合う、死というものに対して、興味深く読んでいます。
死の過程において、
ぼくは思うのですが、悔いのないようにするには、
意義深い人生にすることだと思います。
楽しくとも、つらくとも。
それは、他の人達を、助け、思いやる気持ちを持つ事。
他の人達を、傷つけ、迷惑をかけないこと。
それでも、過ちをおかしてしまう、弱い人間なのですが…。
そこは、本当の強さだと思います。
エゴは、いつも、襲って来る。
それに、打ち勝つ、
強くなりたい。
相手を痛みつける、あるいは、勝敗の強さではなく、
本当の強さは、負の感情、思いやりのないこころを、打ち払う強さ。
思いやりのない心、エゴを、一刀両断する強さ。
敵は、相手ではなく、自分の中にあるのだと感じます。
ぼくは、その観点から、いえば、
失格かもしれません。
ただ、ひとつ、その2点を、
常に思いながら、努力をしていくこと。
ひたすら、努力をしていくこと。
矛盾のある人間だけれど、
ぼくも、すこし、まっとうになれるんじゃないかという、
当たり前のことなのですが、
ようやく、そんなことを、考え始めました。
ぼく自身が、業が深く、
たとえ、どんなひとでも、
それを抱えているとしても、
ぼくには、少なくとも、いろんな業があります。
医師キューブラ・ロスの、「死ぬ瞬間」
これは、ずいぶん昔の本なんですが、今、読んでいるところです。
死んでいく人の心のケアについて、
実際に、末期がん患者さんに、触れた事を書いた本で、
医療従事者には、バイブルとなっています。
医療従事者が、向き合う、死というものに対して、興味深く読んでいます。
死の過程において、
ぼくは思うのですが、悔いのないようにするには、
意義深い人生にすることだと思います。
楽しくとも、つらくとも。
それは、他の人達を、助け、思いやる気持ちを持つ事。
他の人達を、傷つけ、迷惑をかけないこと。
それでも、過ちをおかしてしまう、弱い人間なのですが…。
そこは、本当の強さだと思います。
エゴは、いつも、襲って来る。
それに、打ち勝つ、
強くなりたい。
相手を痛みつける、あるいは、勝敗の強さではなく、
本当の強さは、負の感情、思いやりのないこころを、打ち払う強さ。
思いやりのない心、エゴを、一刀両断する強さ。
敵は、相手ではなく、自分の中にあるのだと感じます。
ぼくは、その観点から、いえば、
失格かもしれません。
ただ、ひとつ、その2点を、
常に思いながら、努力をしていくこと。
ひたすら、努力をしていくこと。
矛盾のある人間だけれど、
ぼくも、すこし、まっとうになれるんじゃないかという、
当たり前のことなのですが、
ようやく、そんなことを、考え始めました。
自分の健康。
ぼくらの仕事は、患者さんの健康に、
気遣う仕事なのですが、
自分自身のからだを、大事にしてなかったのかなぁ?
と思う事があります。
しっかり休んで、その方がむしろ、まわりに迷惑をかけません。
ぼくも、30半ばを、すぎて、
立派な中年。
しっかり、からだを、立て直そうと思います。
長期休暇が2度も頂き、
ご迷惑をおかけしました。
打撲、腎盂腎炎と、20代から続く…持病と、
次々と、身体のことについて、考える事がありました。
しっかり、自分のペースを、持っていきたいと思います。
最近は、民藝関連のことが、
面白くなっています。
良いモノ、デザインには、
いろいろと興味があるのですが、
日本、松本と多く関連ある、
民藝に関して、勉強していきたいなぁ、なんて思っています。
今まで、ほっておいた音楽も、
再開したい気持ちもありますが…、難しいかなぁ。。
気遣う仕事なのですが、
自分自身のからだを、大事にしてなかったのかなぁ?
と思う事があります。
しっかり休んで、その方がむしろ、まわりに迷惑をかけません。
ぼくも、30半ばを、すぎて、
立派な中年。
しっかり、からだを、立て直そうと思います。
長期休暇が2度も頂き、
ご迷惑をおかけしました。
打撲、腎盂腎炎と、20代から続く…持病と、
次々と、身体のことについて、考える事がありました。
しっかり、自分のペースを、持っていきたいと思います。
最近は、民藝関連のことが、
面白くなっています。
良いモノ、デザインには、
いろいろと興味があるのですが、
日本、松本と多く関連ある、
民藝に関して、勉強していきたいなぁ、なんて思っています。
今まで、ほっておいた音楽も、
再開したい気持ちもありますが…、難しいかなぁ。。