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偶然。

29歳のとき、ひさしぶりに彼女ができた。

ほどなくして、別れた。

その3年後、なぜか、松本に住んでいる彼女は、

はるか、遠くの、職場のコンビニで、再会した。

結局、うまくは、いかなかったけれど、

その、再会は、楽しんだ。



それを、懐かしんでいるわけでは、

ないけれど、

人生には、偶然、ほんの、ちょっとした、

偶然がある。

たとえば、コンビニであったのも、

ぼくが、「相棒」をみようと思ったけれど、

面倒だから、断念して、

コンビニにいったからです。

ドラマみたいな、偶然は、そうはないけれど、

最後は、偶然、天啓みたいなものだよね。



だいじなのは、その時、自分がそれをつかむ、

決断や、判断や、

日々、自分を磨く事を忘れないでいること。

そうでなければ、偶然は、つかめない。

日々、偶然待ちの、商売をしてるのかなぁ、

なんて、人間は、なんて、思う。

考えてみりゃ、数々の偶然が、

自分を作ってるのだなぁ、と、

良くも、悪くも。



偶然を待つのは、しんどい。

けれど、偶然を、かたすみで、

日々、悩みながら、

すごして、動けるように、

自分を、成長していきたいものだね。



偶然は、自分では、どうでもならないけれど、

ある意味、どうにかなるともいえる。



どっちでも、いいじゃん、

ということが、増えた事も、歳をとった証かも。



今日も、読んでくださって、ありがとうございます。

20歳の時にみたドラマ「オトナの男」をスマホで、みています。

ありえないけど、偶然って、そんなものかも。

役所広司と、古内東子さんが、いいね。

ホントの優しさ。

強くある、ということは、

優しい、ということは、

自分を持つ、ということは、

思いやる、ということは、

どういうことか、考えています。



ただ、ぼくは、

人と人との、関係を、大事に、

ゆっくり、温めあえることが、

大切なのではないかな、

とか、思います。

時には、温めあえない事もある。

…けれども。



いい人に、あるいは、優しい人に、

みせるのは、誰だって、できます。

ぼくも、そうです。

たぶん、ぼくは、偽善者だと思います。

でも、そんな、ぼくでも、

むつかしいんだけれど、

優しさ、本当の意味での、

自分を、とりつくおうのではなく、

都合良く、いい人で、いるわけでなく、

本当の意味での、やさしさ、思いやり、を

探していきたいと、思ってる。

それは、36歳にしての、目標です、ほんとに。




ぼくが、この1年で、感じた事は、

「人生にとって、一番、つらいことは、
自分が傷つくことではなく、
誰かを傷つける事である。」

と、いうことです。

来年は、できるだけ、

だれかを、傷つけず、

過ごしていければ、いいなぁ、

と、思います。

ほんとに。



ふつつかものですが、来年もよろしく。

早いか…。


腑に落ちる。

この、土日は、

なんだか、自分の中にあった、

冷たく凍ったものが、溶けた、気がした。

その場所に、いるときは、すごい不安定だった。

ただ、帰る時は、

春の自分が、戻っていた。

自分にとって、大切なことはなにか、

向いている事は、なにか。

好きな事はなにか。

なにが楽しくて、なにがつらくて、

なにが、自分を、不安定にしたのか。

なにを、もって、自分なのか。

なんだか、腑に落ちたんですよね、ほんと…。




ゆっくり、年の瀬に、考えようと思う。

そして、自分自身の探求だとも、思う。

まっとうに、生きよう。

そう、思った。

本来の自分に、トンネルをくぐり抜けて戻った、気がした。

ただ、街をふらついただけだったけれども、

それは、かけがえのない、

自分を戻す為に必要な儀式みたいなもの、

そう、感じている。



あのとき、ヤケになって、聴いた、

ミスチルのREMという、曲は、二度とききたくない。

あんな気持ちは、もう2度と味わいたくない。

できることなら、優しい歌を。

救いのある、心優しい、メロディを、

いつか、奏でられたら、

心から、そう、思う。



kosemura akiraさん、半年間、聴けなかったけれど、
やっと、聴けるようになった。

両刀。

感受性が、豊かって事は素晴らしい事だけれど、

その感受性が、いろんなものの、

障害になっては仕方がないと、

ぼくは、思います。



感受性を大切にするならば、

社会性も、同時に大切にしなければ、

成り立たないと思うのです。



たとえば、素晴らしい感受性をもった、才能、豊かな芸術家が、

いたとして、

近所や、ともだちや、まわりの人達や、

作品を売る、取引をする人達と、

うまくいかないとしたら、

その感受性は、才能の邪魔になっている。

いい仕事が、するには、社会性が必要だと思う。



でも、一方で、感じる心がなければ、

ヒトは、ヒトではない。

それを、内包しながら、

つつみながら、誰しもが、生きている。

感じる心が、なければ、

本当に、人を大切にはできない。

感じる事から、すべてが、始まる。

そう、隠しながらも、感受性も、大切なんだ。



社会性と感受性の天秤の中で、

ぼくらは、生きているように思う。

感受性だけで、生きていくほど、甘くないし、

社会性で、生きられるほど、甘くない。

両方、大事なんだ。

いわゆる、両刀使いで、いけたらいいですよね。



今年のクリスマスは、今年、お世話になったひと、
ひとり、ひとりに、ささやかな、
GIFTを贈ろうと思いました、そんなんもいいよね。

ヒトの形をした「ものがたり。」

ふと、思ったんだけど、

自分は、世の中の人達を、

いつしか、肩書きで、みているようになってしまっていたことに、

急に、気がついて、なんだか、

落ち込んでしまった。

社会に、毒されてしまったのかなぁと。



もちろん、ぼくは、

お気に入りの店や、一生懸命、しごとをしている人達に、

いいなぁ、と敬意を持っていた。

ただ、その人達の奥にある家族や、

その人達の、大切にしていること、

が、しっかりみえてなかったんじゃないだろうか?

表面上で、なく、深くね。。

おのずと、感謝や思いやりにかけていたのでは、ないか?



そのひと、個人には、ラベルのように、衣服のように、

肩書きは、社会には、つくのは、確かである。

けれども、ほんとのとこで、いえば、

そのひとの中にある、大切にしていることや、

大切なもの、

その人の、生きているという事、

その「ものがたり」が

本当のその人なんだ。



銭湯に、はいれば、

みんな、同じ、固有の人間である。

男女が愛し合う時も、衣服を脱ぐのは…、

いや、この話は、やめておこう、忘れてください。

でも、的外れでは、ないと思うのです。




「ものがたり」を理解せずに、

その人は、語れない。

肩書きや、地位や、名誉では、

ものがたりは、語れない。

悲しみ、嬉しさ、卑しさ、優しさ、ずるさ、怒り、

その人が、抱えた、

ものがたり、が、その人、

そのものでは、ないか。

ものがたりが、人の形をしたものが、

いわば、人ではないのだろうか?

そんな風に、ひとは、シワをふやし、白髪をふやし、

いきつくところまで、ものがたりを、作っていくのだと思うのです。



働きはじめたひとよ、

がんばってください。

その、がんばりも、あなたの、

ものがたりの一部であり、

あなた自身は、かけがえのない、ものがたりで、

作られてるんだよ。

こんな時間まで。

こんな時間まで、起きてます。
というのは、小学校の同級生の結婚式に、
東京にいくのに、いろいろ用意したら(たいした用意では、ないんだけど)
時間がたってしまって、
まぁ、寝ないでいくかっと。
ファミレスで、本を読んでいました。
なれないスーツを着て、
ネクタイは、ひさしぶりに、つけるもんだから、
YouTubeで、見ながら、
やっと、つけられました。
情けないですね、ほんと。
でも、ほんと、スーツを着る機会って、少ないもんだから。
これからは、多くなると、思うんですけどね(仕事面で。。)


素敵な披露宴を、
しっかり、目に焼き付けて、
心から、幸せを、祈ってきます。
チャオ。

がんばりかたの反省。

きょうは、一日中寝ていました。

朝から、身体がだるくて、

無理してでも、いこうと思ったんだけれど、

熱があってやめました。



思い当たるのは、昨日の夜、

今日は、泳ぐ日と、決めてあるから、

仕事を、薬歴をしあげておこうと、

ガツガツと、かなり遅くまで書いていました。

その後に、ちょこっと勉強して、

お風呂にはいって、帰りました。



…、で、結局、

無理な事、すこし、がんばりかたを、

間違えて、日々の仕事に穴をあけ、

ご迷惑を多くの方々に、かけるのは、

やっぱり、まずい、と思うわけです。


がんばるのはいいことで、

大切なことなんだけど、がんばりかたを、

間違えると、迷惑をかけると思います。

くらし、というものに、対して、

もっと、こころと、からだの健康と、

仕事に対して、かんがえていかなければ、と思いました。

無理なことは、しない、無理しない。

でも、正しくがんばる。

正しく、精一杯。

力を、抜いて、ね?

では、また、寝ます。

アイリッシュ。

・先日、タリーズに、

読書と勉強をしに、いったら、

タリーズライブで、喫煙室を使用するとのことで、

困ったなぁと、思ったんだけれど、

まぁ、いいか、と、普通の席で、

コーヒーを飲んでいました。



・でも、せっかくだから、

見てみようと思って、

みにいったら、結局、ずっと、聴いていました。

とても、楽しかった♪

いろんな方が、演奏されるのですが、

課題曲が「糸」中島みゆき、とのことで、
(ぼくの大好きな曲です。)

必ず、曲目に「糸」をいれています。

アレンジが、それぞれ、かわっていて、

とても、楽しく歌っていて、いい雰囲気。



・ぼくが一番よかったのが、

アイルランド音楽、アイリッシュを、

バイオリン、ギター、ティンホイッスル(はじめて聴く楽器でした。)

の3人での演奏。

上品で、心に響いて、温かい音楽でした。

ティンホイッスル(アイルランドのリコーダー)は、簡単に吹けて、

しかも千円でかえる楽器とのこと。

年配のご夫婦は、踊ってノリノリで、微笑ましかったな。

ほとんどのミュージシャンが、信大生の方でした。

素敵でした。



・こういう「場」が、大切なのだと思います。

なんであれ、なにかを発表できる「場」が。

それが、いろんな人の交流や、温かみを生むし、

なにより、楽しいではないですか。

松本にも、そういう場が、増えたら良いと思います。



信州大学ケルト音楽研究会さんの、

演奏は、また、聴きにいってみたいな、と思いました。

小さいけれど、いい音楽聴ける、

プラチナチケットより、素晴らしい。





矜持。

・京都にある、個性的書店、恵文社一乗寺店の店長さんが書いた、

「街を変える小さな店」を読みました。

この書店は、レターセットや、雑貨、

あるいは、古書、写真集、めずらしく、かわいい外国の絵本など、

ほかには、ないセレクトされていて、

通販ですが、よく利用しています。

実際の店舗も、とても、本好きには、たまらない雰囲気で、

大好きな場所の1つです。

先日も、外国の絵本を、薬局の待合室用に購入し、

お子さん達に喜んで頂けてよかった♪



・本の内容は、書店に限らず、

これからの、個人店は、どうあるべきか?

大型店が、できるなかで、個人店に学び、

魅力的な街作りをさぐってみようというお話。

松本にイオンモール、そして、amazoneの台頭、

個人店は厳しくなる。

ただ、それでは、街は、魅力を失うのではないか?

そんな、これからのヒントを頂けた気がしました。

個人の薬局を営むにあたって、

いろいろ考えさせられました。



・街にとって、身体の中の、臓器にするならば、

心臓が、行政のサービス、交通や、インフラとして、

なくてはならないものならば、

個人のお店は、あることによって、

自分の脳の中の、血液の巡りがよくなる、

身体の血行がよくなる、血の通ったものです。

それも、なくてはならないものだと、個人的に思います。

どうすればよいか?

大切なお店を大切にすること。

このお店は、街の宝だなぁ、本当にあってよかった、

友達がいてよかったと思うように、大切にすること。



・そして、個人で営む薬局に関しては、

本を読む上で、矜持という言葉が、1つのキーワードでした。

地域の医療を担う薬局としての、地域医療に貢献する矜持は、

大切にしたい。

その上で、薬局の取り巻く、周りが、変わっていく中で、

さらに、サービスできることも、追求して、

より、薬局のある村を活性化していきたい。

そんなことを思いました。



・そして、ぼくのプライベートにも1つの矜持があります。

それは、奥底に秘めた矜持ですので、

語れませんが、自己満足かもしれませんが、

ぼくの中で、大切にしている矜持です。

あるいは、こう生きていこうという、

1つの矜持。

聞けば、そんな事…と思うと思うけれど、

ぼくの中で決めた事です。

今日も、丁寧に、いきましょう。



今日のハタマロ:富士吉田を発音するときに、
「富士!!吉田!!」といってしまい、
なんか、氏名を読んでるみたいだと事務の方に笑われた。
日本語の発音が、おかしいのは昔からです。

漠然とした、ステップ。

今、私は、仕事において、

次のステップにむけて、いろいろと考えています。

くわしいことは、もっと具体性が、

でたら、綴りますが、

私が、幼少時より、抱いていた、

薬剤師になった、きっかけというものが、

その根底となっています。

ふだんの業務を、丁寧にこなしながら、

最終的な地点として、

こんな、仕事をしたいなぁ、

こんな、貢献をしたいなぁ、

という、原点みたいなものを、

イメージしながら、準備を始めていきます。

簡単なことではありませんし、

膨大な勉強、

学術的な発表など、経験のないことが、

多くあります。

はたして、

それで、結果的に貢献できるかは、

不安になりますが、

ひとつのステップとして。

ふと、薬局の方に、お話したので、



綴りました。