4月2日、世界自閉症啓発デー 娘のつぶやき

 

 

昨日、4月2日は「世界自閉症啓発デー」

 毎年思うのですよ。 

もうすこしテレビなどで特集があっても

いいんじゃないか?って。

 

4月2日から8日までは「発達障害啓発週間」。

 世界中のランドマークが、癒しや希望を表す

「ブルー」にライトアップされる日でもあります。

 

ちなみに、なぜブルーがシンボルカラーなのかご存知ですか?

 ブルーには「癒やし」や「希望」「平穏」

という意味が込められているそうです。

 

また、自閉症の方には青色を好む人が多い傾向にある

とも言われています。

我が子たちもブルーが大好き

 

一人はキラキラとしたブルーが何よりも好きです。

そしてそれが動いたら最高。

スノードームの白い雪のようなヒラヒラが

あおいキラキラだったら

言うことなしなのです

 

昨日、藤沢市役所に行った時のこと。

 壁には、自閉症啓発デーに合わせたポスターや掲示物が

たくさん貼られていました。

 

 

 

 

 もうちょっとホールの真ん中だといいなあ。

手続きの順番を待っている人が自然に読めるような場所。

 

 

「自閉症の人たちは、こんな風に感じているんです」

わかりやすいイラストや言葉で、

自閉症の世界が丁寧に説明されていました。 

それを見ていた娘が、ふとこんな風にラインをくれました

 

 

「ここに書いてあることの6割ぐらいでも、

一般の皆さん(定型発達の方)が自閉症に理解をもっていたら……首から『私は自閉症です』

っていうカードを下げている意味があると思う」

 

 

私は彼女の意見はもっともだと思うのです。

ふだを下げていても、

何をどう困っているのかわからなければ

助けようがないですものね。

 

 

大きな音が怖いこと。 

予想外の出来事にパニックになってしまうこと。

 人の目を見て話すことが難しいこと。

 

市役所のポスターに書いてあるような、自閉症の特性。

 その6割でもいいから世の中の人が知っていてくださったら、

 

「もしかして、これがパニック?」とか、

「じゃあ、どうしたらいいんだっけ?」とか、

「落ち着いてもらうには??」とか、

 

想像していただける。 それはとてもとても助かることなのです。

 

そうすれば、そのマークをつけている

「本当の意味」が生まれますね。

 娘の言葉は、当事者としての切実な、

でもとても静かな願いでした。

 

世間がブルーに染まり、

「自閉症への理解を」と呼びかけるこの日。

 ほんの少しでも「知っていること」が、

自閉症の人を見かけた時の優しい想像力につながればいいなと、心から思います。

 

そして目に見えない他の障害を持っていらっしゃる方にも

その障害を知ることで

多様性の世界に近づく気がします。

 

自閉症啓発デー。 もし街でブルーのライトアップを見かけたら。 そしてもし、「私は自閉症です」というカードや、

赤いヘルプマークを下げている人を見かけたら。

世の中には様々なハードルを超えながら生きている人たちがいる

ってことを思い出していただけたら幸いです。

 

さあ、今日もまた、私たちの一日が始まります!

 

 

 

4月2日、世界自閉症啓発デー 娘のつぶやき

 

 

昨日、4月2日は「世界自閉症啓発デー」

 毎年思うのですよ。 

もうすこしテレビなどで特集があっても

いいんじゃないか?って。

 

4月2日から8日までは「発達障害啓発週間」。

 世界中のランドマークが、癒しや希望を表す

「ブルー」にライトアップされる日でもあります。

 

ちなみに、なぜブルーがシンボルカラーなのかご存知ですか?

 ブルーには「癒やし」や「希望」「平穏」

という意味が込められているそうです。

 

また、自閉症の方には青色を好む人が多い傾向にある

とも言われています。

我が子たちもブルーが大好き

 

一人はキラキラとしたブルーが何よりも好きです。

そしてそれが動いたら最高。

スノードームの白い雪のようなヒラヒラが

あおいキラキラだったら

言うことなしなのです

 

昨日、藤沢市役所に行った時のこと。

 壁には、自閉症啓発デーに合わせたポスターや掲示物が

たくさん貼られていました。

 

 

 

 

 もうちょっとホールの真ん中だといいなあ。

手続きの順番を待っている人が自然に読めるような場所。

 

 

「自閉症の人たちは、こんな風に感じているんです」

わかりやすいイラストや言葉で、

自閉症の世界が丁寧に説明されていました。 

それを見ていた娘が、ふとこんな風にラインをくれました

 

 

「ここに書いてあることの6割ぐらいでも、

一般の皆さん(定型発達の方)が自閉症に理解をもっていたら……首から『私は自閉症です』

っていうカードを下げている意味があると思う」

 

 

私は彼女の意見はもっともだと思うのです。

ふだを下げていても、

何をどう困っているのかわからなければ

助けようがないですものね。

 

 

大きな音が怖いこと。 

予想外の出来事にパニックになってしまうこと。

 人の目を見て話すことが難しいこと。

 

市役所のポスターに書いてあるような、自閉症の特性。

 その6割でもいいから世の中の人が知っていてくださったら、

 

「もしかして、これがパニック?」とか、

「じゃあ、どうしたらいいんだっけ?」とか、

「落ち着いてもらうには??」とか、

 

想像していただける。 それはとてもとても助かることなのです。

 

そうすれば、そのマークをつけている

「本当の意味」が生まれますね。

 娘の言葉は、当事者としての切実な、

でもとても静かな願いでした。

 

世間がブルーに染まり、

「自閉症への理解を」と呼びかけるこの日。

 ほんの少しでも「知っていること」が、

自閉症の人を見かけた時の優しい想像力につながればいいなと、心から思います。

 

そして目に見えない他の障害を持っていらっしゃる方にも

その障害を知ることで

多様性の世界に近づく気がします。

 

自閉症啓発デー。 もし街でブルーのライトアップを見かけたら。 そしてもし、「私は自閉症です」というカードや、

赤いヘルプマークを下げている人を見かけたら。

世の中には様々なハードルを超えながら生きている人たちがいる

ってことを思い出していただけたら幸いです。

 

さあ、今日もまた、私たちの一日が始まります!

 

 

    羽を生やして10センチ浮かんでみる

空から見たら「ちっぽけ」でも「いっぱい」の始まりにもなる。

 

 

 

若い頃から、私はよくこんな風に考えていました。

「背中に羽を生やして、10センチだけ浮かんで見てみよう」

目の前のことにどっぷり浸かってしまいそうな時、

ほんの少しだけ宙に浮いて、自分たちを上から見下ろしてみる。

 

 

 そのくせが、いつの間にか私の中に根付いていました。

それから時が経ち、

20年前、子供たちのキャンプのために書いた曲に、

こんな歌詞をつけました。

 

「地球から見たら、小さいね。お空からみたらちっぽけだね」

この歌詞を書いた時、

ネガティブなことは全く考えていませんでした。 

ただ純粋に、

「お空から見たらどんなに小さな親切や一歩でも、

それはとっても大事なことなんだよ」

ということを伝えたくて、こんな続きがあるのです。

 

「そのちょっぴりからはじまることはいっぱいあるんだ。

あなたの一歩が出会いのはじまり 

あなたの両手が 握手の始まり 

あなたの笑顔が 元気の始まり 

あなたのちょっとが いっぱいの始まり」

 

誰かがくれた「ほんのちょっと」の優しさ。

自分が踏み出した「ほんのちょっと」の一歩。 

それはお空から見たらちっぽけかもしれないけれど、

そこから「いっぱい」の幸せが

大きく膨らんでいく始まりなんだよ、と。

 

 

そして最近、YouTuberのサラタメさんが動画で語っていた

「宇宙視点」というお話に出会って、

若い頃からの私のこの感覚が、改めて腑に落ちました。

 

少し数字のお話をしますね。 

宇宙の年齢は、約138億年。

地球の年齢は、約46億年。

人類の歴史は、約30万年。 

 

138億年という途方もない宇宙の歴史から見れば、

私たち人間の100年という一生は、

ほんの一瞬の瞬きにも満たない時間です。

 

さらに私たちの「体」も不思議です。 

人間の体には約37兆個の細胞がありますが、

実は毎秒約380万個もの新しい細胞が生まれ、

古いものと入れ替わっているそうです。

約4年もすれば、全身の細胞はほぼ完全に入れ替わり、

私たちは「物理的に別人」になっています。

 

「なあるほどおお」

 

サラタメさんの言葉を借りれば、

「宇宙から見たら、私たち自身が細胞みたいなもの」。

 

「なあるほどおおお」

 

 138億年を生きる宇宙という巨大な生命体の中で、

私たちは毎秒入れ替わりながら生きている、

小さな小さな細胞のひとつと考えられる!

 

そう考えると、今日の修羅場も、

私がイライラしてしまった5分間も、

宇宙規模で見れば本当に「ちっぽけなもの」

 

ネガティブなことは

「空から見てちっぽけだ」と手放す。 

 

そしてポジティブなことは

「そのちっぽけなことから、いっぱいが始まる」

と大切に育てる。

 

「今日の私」と「明日の私」は、

毎秒380万個の細胞が入れ替わった、少しだけ新しい私です。

 

 娘たちも同じ。今日できなかったことがあっても、

細胞レベルで成長し、変化し続けています。

 

だから今日がどんなに大変でも、

夜には背中に羽を生やして、

10センチ浮かんでみる。

 

 そして明日の朝は、新しく生まれ変わった細胞の私で、

娘たちの「ちょっとの始まり」を見つけにいく!!

 

羽を生やすのではなく

イルカになって入浴するのも手ですけどね

 

 

発達障害の双子と共に〜月曜日はスマホを見ない日

 

毎週月曜日に、私は娘たちと一つの約束をしています。

それは「三人で一緒にいる間は、携帯やパソコンを一切見ない」という、とてもシンプルなルールです。

 

 

なぜ、こんなルールができたのか。

それは、娘たちから、こんな言葉を投げかけられたからです。

 

トイレや、ちょっとした買い物で席を立った娘たちが、

戻ってくる。

そのほんの数分の間に「今がチャンス!」とばかりに

スマホを覗き込んでいる私を見て、

彼女たちは言いました。

 

「私たちのこと、考えていないの?

私たちのこと、好きじゃないの?」

 

 

ズッキー〜ん

 

その言葉に、私の頭の中では、

たくさんの言い訳が渦を巻きます。

 

「大好きだから、色々共に行動しているでしょ!」 

「いつも一緒にいるんだから、たまには一人にさせて!」 

「あなたたちにわかりやすい言い方をずっと考えてる。

ちょっと休憩させて!」

 

でも、娘たちは、そんな私の心の内側まで、

すべてお見通しです。

 

私が一杯一杯になって、

スマホの世界に「逃げている」ことにも、気づいている。

 

「スマホがなかった頃は、

ちゃんと手を広げて、心で待っていてくれたじゃない」

 

はいいい、そうでしたああああああ

 

「あの頃は、私も若かったから…」 

「少し、疲れちゃって…」 

「それでも、大好きな気持ちは変わらないよ」

 

どんな言葉を並べても、それはただの言い訳であります。

だから、私たちは決めました。

 

月曜日は、何があってもスマホを見ない日。

 

彼女たちがトイレに行こうと、

二人で別のお店に行こうと。

 

私はただ、そこで待つ。

その手持ち無沙汰な時間が、

いつの間にか、私にとって大切な

「デジタルデトックス」の時間になっていました。

 

スマホという、あまりにも賢くて便利な相棒と

距離を置く月曜日。

 

それは、私が「アーチスト」や「事務所の経営」から、

純粋に「母」に戻るための、大切な日なのかもしれません。

 

 

 

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今日、私は誕生日を迎えました。

 

日付が27日から28日に変わった深夜、

娘たちが「おめでとう」と手渡してくれたのは、

ムーミンの物語に出てくる「ご先祖様」のぬいぐるみ、

のような、姿勢矯正グッズでした。

 

ムーミンたちの遠いご先祖であり、

冬の間、ストーブの裏からそっと家を守る精霊のような存在。

 

私がいつからか大好きになった、この愛らしいキャラクター。

娘たちがくれたのは、

椅子と体の間に挟むと姿勢が良くなるというぬいぐるみで、

 

まるで一緒に仕事をしてくれているかのように顔を出す姿に、

思わずいい子いい子

(ご先祖様なのに子供扱いか?!)

 

その日の夕食後、娘のNが、

とあるお店の中で、突然涙ぐみました。

 

「本当はね、このお店の中で、お母様に『好きなもの、なんでも買っていいよ』って、言いたかった」

 

その言葉を聞いて、ここ数ヶ月の彼女を思いました。

 

今頃はイギリスで女優として働き、

もっとたくさんのプレゼントを買ってあげたかった、

という悔しさ。

 

夢を追いかけて必死に頑張り、

心と体を壊して日本に戻ってきてからの、この数ヶ月。

身も心も「一人立ち」していたはずなのに、

また家族の元に戻ってきてしまった悔しさ。

彼女はずっと、自分自身と闘っていました。

 

 

「少しでも元気になってくれたら、それが何よりのプレゼント」

じゃなくて、、

 

あなたが「そこにいてくれるだけで、大きなプレゼント」

なのです。

 

寝ている時間の方が長かった日々から、

少しずつ笑顔が見られるようになり、

今日の病院での彼女の姿を見て、私は少し安堵しました。

そのちょっとの笑顔こそが、ちょっと元気になった証拠かな?

 

 

頑張っている最中に、これ以上頑張れない、

というリミットが自分ではわからない。

無理がたたって倒れるまで、人に頼ることができない。

それが、彼女たちの特性でもあります。

 

主治医は言います。

「どれだけ人に助けを求め、助けてもらえるかが大事だ」と。

 

今はまだ、

「そんなこと、言えない」 「なんて言ったらいいかわからない」 「もし、断られたらどうしよう」

 

相手の反応が予測できないことへの恐怖が、

彼女たちから「助けて」という言葉を遠ざけちゃう。

 

Nが再び私と一緒に暮らし始めて、9ヶ月。

誕生日の夜に娘が流した涙と、ご先祖様のぬいぐるみを胸に、

今日もまた新しい日が始まるのだ。