教育機関から社会への移行

医師との出会いの後に

すばらしい医師たちに巡り合い、

診察やアドバイスを受けた後は、

家族がどう対応したらいいのかが、ようやく見えてきます。

 

親子の関わり方にガイドがつき、

娘たちへの理解にもルート(やり方)が見えてきます。

 

医師からのアドバイスを受け、子どもの特性を理解し、

家庭での対応方法が分かると、親の心にも余裕が生まれます。

 

「ああ、なるほど」という安心感。

取扱説明書の1ページ目が開かれた瞬間です。

 

その安心感がなければ先に進めません。

実践をかさねていくうちに、

学校と社会とは全く「環境が違う」ということがわかります。

学校という「枠」の中での完璧さ

学校という「枠」の中では、

娘たちの完璧さが、そのまま評価につながります。

 

ミュージカル、演劇という二つのジャンルを

それぞれが選んだ我が家の双子の娘は、

在学中、誰よりも頑張り、誰よりも宿題をやり遂げ、

誰よりも早く行き、誰よりも精進しました。

 

それが彼女たちにとっての当然なのです。

好きな道に進んだ、精一杯やるのだ!

それにつきます。

 

 

その努力は、学校では褒められ、評価されました。

「ステージ上のうまさ」が、成績につながります。

ただ、社会に出たら、

残念ながら、それだけでは足りません。

「橋を渡る術」を、

自分で構築しなければならない

どんなに完璧な技術を持つマジシャンでも、

そのステージに出るための手段がなければ、

技術を披露することはできません。

 

人脈の構築、ファンの増やし方、

その会場に行くまでのストレスの回避、スケジュール管理、

人間関係の調整……。

これらのすべてが、「ステージに出るための橋」です。

 

 

学校であれば、その橋は、学校が用意してくれます。

学校の公演、卒業公演、業界関係者への発表の場が、

自動的に用意されています。

 

でも、社会に出たら、その橋は、自分で構築するのですね。

世界一の腕を持っていても、そこに行き着くまでの

「連続して渡っていく橋」を、自分でかけられなければその腕を発揮することはできません。

環境の変化による困難

学校と職場の環境は、大きく異なります。

学校は、構造化された環境です。

時間割があり、ルールが明確で、失敗が許容されます。

 

一方、職場は、より複雑で予測不可能な環境です。

結果が求められ、暗黙のルールが多く、

「空気を読む」ことが期待されます。

親の協力にも、限界があります

我が家の娘に対して、

私は、最大限の協力をしてきた!そうおもいます。

彼女たちの凸凹の「凸」を発揮できるように、

好きなことを選ぶことを応援し、

その強みを活かしていけるようにサポートしました。

 

でも、それは、学校という「枠」の中での話でした。

社会に出ると、親のサポートだけでは足りないことに、

困難に直面してからわかりました。

 

 

娘たちの完璧主義が、さらに問題を複雑にします。

学校では、その完璧主義が、成功につながりました。

でも、社会では、「完璧さ」を求めることが、

自分たちを苦しめることになります。

「こんなはずじゃなかった」という思いが、長く尾を引きます。

「それでもできること」

学校という「枠」がなくなった時、

その「橋を渡る術」を、誰が教えるのか。

その問題が、多くの発達障害者と、その家族を困らせています。

 

だからこそ、Hは、「生の声」を届ける活動をしています。

同じような困難に直面している人たちに、

「こういう困難がある」ということを知っていただく。

「自分たちだけじゃない」という気持ちの共有を届ける。

そして、「それでもできること」を、一緒に探していく。

親たちへのメッセージ

進学や就職を控えたお子さんを持つ親御さんへ。

学校での成功と社会での活躍は、

別のスキルが必要になることがあります。

 

でも、それは「できない」ということではなく、

「新しい学び」が必要だということです。

お子さんの能力は変わっていません。

ただ、環境が変わるだけなのです。

 

私はそこにきづくのが遅かったと思います。

彼女たちの障害にも気づくのが遅かった。

そして、環境の変化がどれだけ彼女たちにとって

ストレスフルか?に関しても。

 

医師との出会いは、確かに大切です。

そして、その後、「橋を渡る術」をどう教えるのか、

どう支援するのかが、さらに大きな力になります。

 

学ぶ立場から、職場への適応を見据えた支援を、

早期に検討することで、お子さんの可能性は大きく広がります。

 

就労移行支援などの利用を、学校卒業前から、準備することで、スムーズな移行が実現します。

 

 

何より大切なのは、「完璧さ」を求めるのではなく、

「その子その子ができることを、一緒に見つけていく」

ことです。

 

親のサポート、

医師のサポート、

専門家のサポートが組み合わさることで、

お子さんは、自分のペースで、

自分らしい道を歩むことができると実感しています。

 

 

Hは、今、そうした「生の声」を届ける活動を続けています。

 

同じような経験をされている方がいたら、どうぞお気軽にコメントをお寄せください。

 

皆さんの経験や情報も、社会全体の理解を深め、多くの親たちに希望をもたらす、大切な一部だと思っています。

 

「大好きなのに、大変」

その矛盾を抱えたまま、ここにいていい

 

子どもを育てていると、

矛盾した気持ちに苦しむことがあります。

大好きなのに。抱っこして、頬擦りしたいほど愛しいのに

 

毎日大変。

あなたが生まれてから、私の生活は大変になった。

 

この二つの気持ちが、同時に存在する。

そして、その矛盾に苦しむ。

「こんなことを思ってしまう私は、

母親としてダメなんじゃないか」そう思ってしまう。

矛盾は、矛盾じゃない

でも、それは当たり前のことだと思います。

 

私自身も、そういう時、あります。

双子の娘たちを育てながら、何度もそう思いました。

 

「大好き」と「大変」は、矛盾してる???

いいえ、、

両方とも、本当の気持ちです。

 

愛しているからこそ、大変なのです。

どうでもいい相手なら、大変だとも思わない。

 

でも、大切だからこそ、うまくいかないことに苦しんでしまう。

思い通りにならないことに疲れる。

 

「大好き」と「大変」は、セットなんですね。

それでも、「こんなことを思ってしまう私は、母親としてダメだ」と思ってしまう。

 

その気持ちも、よくわかります。

私も、これでいいはず、ダメだ

こんなにがんばっているんだから、でもうまくいかない

 

その行ったり来たりですね。

 

でも、ある時気づいたのです。

「大変だ」と思うことは、悪いことじゃない。

 

「大変じゃない」と自分に言い聞かせることが、一番苦しい。

「大変だ」そして「それでも、大好き」

 

なんですよね。

その両方を抱えたまま

彼女たちにはおりに触れて言っていました

 

「大好きだからね」と。

 

「大好きなのに、大変」

その矛盾を抱えているあなたは、ダメじゃない

そうおもいます。

 

真剣に向き合っているから、大変。

 

どうでもいいと思っていたら、矛盾なんて感じない。

大切に思っているからこそ、苦しい。

そう、苦しいですよね。

 

大変になるぐらい好きなんだから

苦しいんだと思います。

 

先日投稿した記事が、

システムのバグで読点だらけになってしまい、

大変読みにくくなっておりました。

申し訳ございません。

改めて、書き直しましたので、お時間があれば

お読みください

 

 発達障害の双子と共に

〜歯磨きは、毎晩の「大決心」

 

 

「歯磨きをして寝るのに、"やらなきゃ"とは思わないでしょう?そのくらい習慣にすればいいんです」

 

自己啓発の本でよく見る、この一文。 

そのたびに、私は心の中でつぶやきます。

——いや、我が家は違うのです、と。

 

 

娘たちにとって、歯磨きは"最大の難関"。

 毎晩、勇気を振り絞って挑む「大仕事」です。

 

感覚過敏は、外側だけではありません。 口の中はとても繊細で、歯ブラシのような"異物"が入ると、吐き気を感じてしまう。

 

それを懸命に我慢して、歯を磨く。

 

「歯磨きのように習慣に」という言葉は、

多くの人にとって真実でしょう。 でも、その「当たり前」が、

誰かにとっては「当たり前」ではない。

 

世の中の「普通」と、我が家の「普通」は違う。 

それでいいのだと思って暮らしています。

 

 

 

「ここにいちゃいけないよ」

——虫が苦手な娘が、小さな命に語りかける理由

 

蜘蛛が大の苦手な娘が、

家に入ってきた小さな虫に、そう優しく語りかけていました。

 

ルンルン

 

怖くて、本当は触りたくもないはずなのに。 

彼女たちは、家に入ってきた虫を、決して殺しません。

 

ハートのバルーン

 

窓を開け、ティッシュでそっと誘導し、

時には紙に乗せて、外の世界に返そうとします。 

その姿を見ていると、不思議な気持ちになります。

 

飛び出すハート

 

怖いのと、助けたいのと、その両方が心の中にある。

 彼女たちの世界では、それは矛盾しないのです。

 

ハートのバルーン

 

そんな彼女たちの姿を見て、

中学生のときのことを思い出しました。

 

照れ

 

ある式典で、校長先生が壇上から誇らしげに言いました。 

「我が校から、こんな優秀な生徒が出ました」

こんなビルをたてた、この会社の社長になった

女性で初めての、議長になった、などなど

 

チューリップ

 

帰宅した娘が言ったのです。 

「わたし、転校したい。。。

優秀な生徒を自慢する校長先生より、

道端の踏まれそうな花を救う生徒を自慢する、

そんな校長がいる学校に移りたい」

 

ピンクハート

 

私たちはつい、「優秀」かどうか、

「役に立つ」かどうかで、物事の価値を判断してしまいます。

 

ダッシュ

 

でも、彼女たちの世界は、

もっとシンプルで、もっと本質的

 

わんわん

 

命は、ただそこにあるだけで、価値がある。 

優秀かどうかは、関係ない。

 

ネザーランド・ドワーフ

 

虫に語りかける彼女たちは、私に本当に大切なことは何かを、

いつも教えてくれているようです。

 

 

 

良かれと思って言ったのに…。

「助言」が「否定」に変わる瞬間

 

今日は、娘と台所に立ちました。

 発達特性のある彼女は、マルチタスクが苦手です。

 

えーん

 


ひとつのことに集中しているとき、


別の指示が入ると、動きが止まってしまいます。

 

ショボーン

 

 でも私はつい言ってしまう。


「その前にお皿を出すといいよ」


「調理台を片づけてからやると早いよ」


「封をあけておくと、すぐ使えるよ」

 

プンプン

 

 どれも“助けたい”気持ちから出る言葉です。


でも、彼女には彼女なりの順序がある。

 そして私は「まかせた!」と言いながら、


やっぱり何かを言ってしまう。


 

プンプン

 

そのたびに、彼女はピタリと動きを止めて言います。 

「どんなにやっても、お母様の満足には足りないんだね…」

 

雪の結晶

 

 ちがうんだ


楽になる方法を伝えたいだけなのに。


ダメだなんて思っていないのに。

 でもきっと、“やりながら”言ってしまうと、


それが彼女には「それでは不十分」と感じてしまう。

 

うずまき

 

教えるより、伝えるより、

まず、相手のやり方を、信じて、見守ること。 

 

チュー

 

もし、何かを、提案するなら「始める前」に、

選択肢として、そっと、渡すこと。

 

驚き

 

台所での、小さな、すれ違いが、教えてくれたのは、

親子関係だけでなく、仕事や、あらゆる人間関係における、

コミュニケーションの、本質でした。 

 

真顔

 

「助けたい」という、こちらの正義が、

相手の尊厳を傷つけてしまう前に、、、

 

ピンクハート

 

こちらの「つもり」が彼女を傷つけることになってしまうのは

親として「しまった!!!」と思う瞬間です。