発達障害の娘たちの「ガソリンスタンド」
こんにちは
子育ては自分育てだとも言います。
特に初めての子は、何が何だかもわからず、
必死になっているうちに、
自分が疲弊してしまうことがよくあります。
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そりゃあ、やったことがない、
しかも命に関わることですから、
産んだら、放っておいても
すぐに歩き出す動物くんたちとは訳が違います。
ですが、
これ、小さい時が大変、、大きくなったら楽になる、、、
と思いきや、、、
段々と、小さい時の「体力的大変」から
「精神的大変」に変わっていくのですね。
トイレについて行ったり、
おむつを変える手間はなし
、夜泣きもしなくなるけど、、、
青春の悩みは、見ることもできず、
匂いを嗅いでもわからない。
うつ伏せにしても治らないし。。。
つまり厄介になっていきます。単純ではなくなる。![]()
じゃあ、我が娘たちの子育ては、、と言いますと、、
これが常に新発見であり、
でも、それは成長とは違う、とても不思議な感覚です。
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新発見は、(大袈裟にいうと)毎日のようにありますが、
それが逆もある、、
これが自閉症の子育ての特徴かもしれません。
え?いつもそう考えてるの??
そんなこと思って言ってたの??
時々、会話の中にこれがあります。しかもお互いに。。。
例えば
Hはお腹が空く、、という感覚が独特です。
5分前まで、そんなに空いていない、、と言っておいて、
突然、急転直下、「お腹すいたー」を感じるらしい。
だんだん、お腹が空いてきた、、、ということがほぼない。
Hは他の人もそうなんだと思っていました。(今は違います)
だって、自分にとって、
それが当たり前だと、
周りもそうだと信じてしまうのは当たり前ですね。
「当たり前」があまりに違う娘との生活は、修行でもあります。
お互いに修行なのですね。片方だけではありません。
「どちらが悪いわけではない」
「ただの事実に良い、も、悪いもない」
「どちらが正しい、間違っている、もない」
この多様性の理解を試されます。
手で食べる。
箸で食べる。
フォークで食べる。
どれが正しいわけではなく、
どれも間違っているわけではないですね。
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え?手で食べるの?
え?箸を使うの?
え?フォークとナイフが必要なの?
これ、歴史、風習、周りを見ながら覚えていく慣習、それが違うだけで良し悪しなどありません。
この修行が毎日。なるほど、、そう考えますか、、、なるほど、、そう思えば、確かにね。。。お互いにそうなんです。
本当に毎日毎日自分に言われています。
「多様性が大事ってみんな、言ってますけど、
わかってますか?」って。
机上の空論になってませんか?
ちゃんとそのこと、考えてますか?
我が家では、本当にそこが大事なポイントです。
お互いの「当たり前」は
説明しなきゃわからない。
写真は、15日に、Hがアラカルトというユニットで行ったライブの1シーンです。
こんにちは
人はそれぞれ人と関わって生きて行きます。
誰もが1人で生きていくのは難しいですね。
我らは言葉を使って会話をしながら
コミュニケーションをします。
もちろん、耳が不自由な方は手話を使われますし、
ろう盲の方は(↓)
視覚障害と、聴覚障害がある、ヘレンケラーのような障害をお持ちの方です。
手の甲に、通訳の方が指で叩いて情報を伝えたりなさいますね。
だから一概に、会話といっても色々な会話があるわけです。
娘たちは、口での会話ができます。でも一見スムーズに見える会話は、、、
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水の上に出ている姿は一般的でも、足は必死になって水を掻いている、、そんな感じなんですね。
言われた言葉を、、、
映像に落とし込み、
そこから文字に起こして、
それを理解する、
そして
その答えも映像化して、文字に起こして、そして話す。
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この過程を瞬時に行なっていると聞いた時に、ひっくり返りそうになりました。
だから、畳み掛けて声をかけてしまうと、
どんどんわからなくなってしまう。
こうかな・こうかも、、あ、こっちかも、、なんて矢継ぎ早に声をかけたら、混乱しかありません。私、よくやっちゃいます。
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ですから、映像にできないことは、
言葉が理解できないんだそうです。
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長い文章になると、映像化は難しくなるので、
「ちょ、ちょっと待って」となりますし、
大勢のグループでの話し合いは、この映像が作りにくいですね。どんどん形を変えていく。。。
だからグループトークはとても苦手。1人ずつ話して、、って思ってしまうんだそうです。
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そして意見はしっかりあるのに、
頭をフル回転しているので、
そのタイミングも計れず、
言いたいことが言えずに終わることが多いのだと。
それでもオーバーヒートするぐらい頭を回して、
会話についていこうとしている。。。
周りにも、それがわからないから、どんどん進む。
そしてその反動(つまり話し合いなどが終わった後)はかなりの疲労を呼び起こします。
よく後から、
これを言えば良かった、
あれを伝えれば良かった
ということがあり、
どうして言わないのだろうと思っていましたら、
このプロセスが大変なんですね。
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コンビニなどで、袋、必要ですか?と聞かれた時も、
きっと袋を買って、詰める、、![]()
袋を買わないで手に持つ、![]()
その映像を両方浮かべて![]()
どうしようって真剣に考えているのだと思います。
そりゃ、答えるのに時間がかかりますよね。![]()
でもなるべく、人の話の腰を折りたくない、
人の話のテンポを妨げたくない。
で、結局、本来の自分を隠してしまう。。。
それが何年も続いていたんですね。
Hのコミュニケーションを助けるものの一つに
A A Cというツールがあります。
これは話せなくなった時に使用するものですが
日本ではまだまだ知られておらず、
ドクターたちにも、それ何?と言われることもあります。
明日はそのお話を。
急に話せなくなった時、
話すのが辛い時、
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Hは家の中でも使います。
こんにちは
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長い長いおやすみをいただきました。
いつも読んでいただいていましたのに、
大変失礼をしていました。
実は、、、娘Hのことで、自分の理解のなさに呆然として、
しばらく書けないでいました。
自分の中に、その気持ちの変化や、それに伴う対応、その他
上書きをしていたような2週間でした。
こんなこと、知らなかったのか、、、と思い、
書いては、時間が経ち、書き直し、、を繰り返して
御免なさい
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子育てには、色々な段階があって当然だと思いますし
それは人生初めてのことだったりすると
びっくりしたり、情けないと思ったりしますね。
私は自分がこんなにわかっていなかったとは。。
愕然としておりました。
こんなことが難しい。
こんなことが大変。
こんなことが決められない。
こんな時にパンパンになってしまう。
そういうことはある程度わかっていました。
ですが、根本的な認識が全く違っていました。
私はずっと彼女は色々なことができるけれど、
反面、難しいこと、ハードルが高いことがいっぱいあって
その障害が『重度の自閉症であること』なのだと思っていました。
ところが、違ったのです!!!
彼女は重度の自閉症だったんです。
え?
それはわかっていたんですよね、ってお思いになりますよね。
それが
わかって
いなかったんです。
きっかけは、ある動画をみたことでした。
それはある知的障害のある自閉症の男の子の動画でした。
不意の出来事
予想外の天気に![]()
彼の体は揺れて
聞いた言葉は理解できても![]()
心や脳が追いついていけないために、
自分を落ち着かせるために、体を打とうとしたり。
不安そうなその表情![]()
どうなるんだ?という途方に暮れた感じ![]()
どうしたらいいんだというモヤモヤした態度![]()
彼女とそっくりでした。
私はハッとしました。
あああ、彼女は本当は、こうしたいんじゃないか?と。
自然な彼女はこうなんじゃないか?と。
もちろんパニックの時には自分をコントロールできませんが、
毎日の生活で、彼女は普段から、このぐらい不安なんじゃないか?と。
かねてから、誰かと会う時には、自分のままでいると
人の話を遮ってしまったり
気を使わしてしまったりするので、
だから、非自閉症の人のように振る舞ってしまうと。
いわゆる、マスキングです。
もちろん、ここに何度か書いていますが、
それはある程度知っていました。
が、、その涙ぐましい努力を
告白してくれました。
なんてこと。。。
彼女は本当に毎日大変な思いを、私が思っている以上に
していたってことがわかりました。
この2週間ほどの私に起きた
「なんだ、そうだったのか」は
一度では書けないので、これから書き続けます。
みなさま、本当に久々に読んでくださって
ありがとうございました。
こんにちは
みなさまはご自分にどんな立場を幾つお持ちですか?
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母である、娘である、息子である、会社員である、ボランティアをしている、役員である、学校の役員をしている、、
妻である、夫である、とか、いくつかのスタンスがあるかと思います。
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そのまま自然に生まれたままの方はどなたもいらっしゃらない。
生きていく為にに、色々な影響を受けていらした。当然ですね。
私の場合にもいくつものスタンスがあります。
これ、うまくバランスが取れる時と、
そうでない時があるのです。
今は、実家に来ているので、母の娘として1人。
娘Hも来ているので、母として1人
経営者で1人、音楽家として1人、音楽教育をするものとして1人、企画者として1人、
この棲み分け、時々すごく難しいことがあります。![]()
楽しい時、そして
大変な時もある。
今日はちょいと大変な日でした。
色々な自分が色々なまちまちにアップダウンがあればいいのですけれど、今日は、どの自分もイマイチ。
ケロッグの栄養の5角形に例えると、その5角形の面積がちっちゃーい日。
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普段はそんなことのない、頭痛も発令。肩もパンパンであります。
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特に娘の母としては、
そんなこと、やったらダメに決まってる!ってことを私がしでかしたり、
そんなこと、先に言っておかなきゃってことが、後回しになったり
そんなこと、言っておかなきゃ、パニックになるよってことを忘れちゃったり。
そんなこと言ったら気にするに決まってる!を言っちゃったり
こういう時には「うっかり」が出ますねえ。ただでさえ、うっかりなのに、あっちゃーしまったが出る日。
自分だけならいいですが、その先に、NやHがいると、本当に情けなくなります。もっと頭、働けーーー!!
プーさんのように人差し指を頭に付けて「Think!!」って。。
こういう時には鏡を見るといいんですってね。
大丈夫って自分に言うといいっていう方とかもいらっしゃいます。
今、母が寝たので、セブンイレブンにHと散歩。
井村屋さんの、あずきバーを買って、
裏をみたら、添加物のなさにびっくり。
小手先のおいしさじゃない。
永遠の美味しさは、この辺にあるのかもしれない。
これをチンしたらお汁粉になるという説も納得。
Hとの和やかな会話もあって、ほぐれて帰宅。。。でした。
よくわけがわかりませんが、、
井村屋のあずきバーを、お手本にしたいと
思った日でした。
はちゃめちゃな時の自画像