開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -70ページ目

算命学と私

なぜ占いの仕事をされるようになったのですか?

よく聞かれますが、なぜかどんどんと、こちらのほうへ引き込まれてきてしまったんですよね。

私の家では、代々続いてきた商売があります。
私で五代目になるのですが、子供の頃から親の姿を見てきたせいか、この商売がとてもいやでした。


朝早くから夜遅く迄働いて、腰を悪くして医者にかかる。
それでいて、たいして儲かっているとも思えませんでした。
この商売は、とても利益率の低い商売ですから、薄利多売にしなければならない。
すると忙しく働くだけ。


それでも親は私を大学まで進学させてくれました。
ただし本人は極楽トンボでふらふらとクラブとバイトに明け暮れていました。
そんな学生生活も終わりに近づき、就職活動をしました。
今思えば大バカやろうですが、大手広告代理店2社しか受けなかったのです。
当然、受かるはずもなく、しかたなく実家の商売を手伝うことになりました。


その就職活動の時に、地元で有名だった占い師のおじいちゃんに見てもらったことがあったのです。
その方は四柱推命と周易、気学、手相、人相など、いろいろな占術を使う方だったのですが、その方に就職活動について聞いたのです。
すると、今でもこれは覚えています。
天地否(爻は忘れました)が出たのです。

これでは合格するはずは無いですよね。

しかたなく手伝い始めた商売ですが、やはり面白くない。
全く興味が持てなかったのです。

そこで思い出したのが、あの占い師の先生。
あれはけっこう面白かったな。俺もあんなことが出来たら良いな。よし、教えてもらおう。

ということで、その占い師の先生の門を叩いたのです。
この先生には四柱推命を中心に、気学と周易を少し教わりました。

二年くらい、通ったでしょうか。
その後、鮑黎明という名前の中国人が紫微斗数の本を出した。これはなかなかすごいものだ。
という話を聞き、その本を自分でも購入して読み始めたところ、これが非常に面白い。
夢中になってしまい、四柱推命も気学も周易もほったらかしで、この紫微斗数ばかりを使うようになってしまいました。
そして、その当時、板橋にあった鮑先生のお住まいに押し掛けていって、半ば強引に仕事を手伝わせていただくようになりました。

そこで出会ったのが東海林秀樹さん。
今は幾つも著作も出されている大家ですが、その当時はお互いに駆け出し。東海林さんも鮑先生の鑑定を受けにいらしてました。
ここで東海林さんに出会ったのが、その後の自分の人生を大きく方向付けることになるとは、思わなかったですけれど。

鮑先生の手伝いをしながら自宅の商売もしていたのですが、だんだんと商売が忙しくなってきてしまい、鮑先生のお手伝いが出来なくなってしまいました。

その後、結婚し、子供が生まれて、しばらくの間、占いとは全く無関係の生活を過ごしていました。
東海林さんから「算命学という占いがあるんだけど、久しぶりにやってみないか?」というお誘いを受けて、東海林さんが講師をされていた学校へ入学しました。

しかしその直後、父が海外旅行から戻ってきてすぐに入院。二週間遅れて母も入院。
実家の仕事関係で大きなイベントを企画していたのですが、そのイベントの当日に父が他界し、その隣では母が手術。
その後、その母も半年後に他界しましたが、その二週間前に二人目の子供が生まれました。

私は兄弟がおらず、実家の仕事を全て一人でやらなければならなくなってしまいました。
その上、相続の手続きやら葬儀の手配やらで忙殺されました。

とても算命学の勉強をしに出かけていく余裕などありませんでしたので、その学校にあった通信制度を利用して勉強だけは続けました。

二歳半になっていた長女を車の助手席に座らせながらの仕事。
その車で通信講座で送られてくる資料の、先生の解説テープを繰り返し繰り返し聞きました。
一緒に送られてくるテキストを読んでいる余裕は無かったので、このテープを聞いている、車を走らせている時間が私の勉強時間でした。

今考えてみれば、この繰り返し同じテープを一ヶ月聞き続けたのは、とても良い勉強になったと思うのですが、その頃は忙しさと過度のストレスでノイローゼになりそうなくらい滅入っていましたので、そのテープを聞きながら車を運転している時が至福の時間でした。

その通信講座も終了し、あとは通学するしかなかったので、月に一度だけなら、と時間を作って通いながら勉強しました。

そして全てのカリキュラムを終了しました。

その後は縁あって幾つかの学校の講師をしたりカルチャーセンターで教えたり、また個人教授を頼まれることも多くなってきました。

これまでの人生の中でも、最も大変な時期を算命学と一緒に過ごしてきましたが、算命学を知らなければ、何故こんなことがおきるのか、分からなかったでしょう。

荒波に翻弄されるような時期も、算命学を知っていたからこそ、なんとか精神的に踏みとどまれた気がしています。

私には「反転大運天中殺」という運型がありました。
何もしらなければ、この運型にどっぷりとハマって、先祖から受け継いだものを全て無くした上で一家離散していてもおかしくなかったのです。

それが、算命学の知識があったため、精神的な覚悟ができたので、幾らかは軽くなったのではないかと思っています。

一般的には占いというものは、ちょっと胡散臭いもの、妖しげなもののように思われることもあるのですが、長い時間をかけて積み上げられて来た人間の知恵の集積です。
いくら科学が発達しても自然の流れには逆らえません。
その自然の流れを少し見せてくれるのが、いろいろな種類の占いです。
せっかくなら上手に、この知恵を活用していただきたいものです。

周易講義が始まります

新宿のバランガンメソッドで、6月1日から「周易講座」が始まります。

ごく簡単な方法で易を使えるように、全くの初心者を対象にした講座です。

周易講座


また、算命学の講座および無料説明会も6月1日に開催予定です。

算命学講座および無料説明会



お問い合わせはバランガンメソッドまでお願いいたします。

一日ワークショップ終了

$算命、周易、タロットを分かりやすく教えます 羽田一彦のブログ-一日ワークショップ



一日ワークショップで、簡単な周易の入門講座が、無事に終了しました。

長いようで短い4時間。

説明したいことの半分も伝えられなかった気分ですが、用意された時間内で精一杯やったつもりです。

周易をもっと簡単に説明できれば良いのですが、私の力不足ですね。

このマクラの部分をもっと工夫しなければと思います。

ただ、出席された方のアンケートを読ませていたところ、こちらが考えている以上に好評だったのは嬉しかったです。

「濃い内容でした」

「これまで本を読んで分からなかったことが良く分かりました」

「楽しかった」

等々、好評なご意見をいただけましたのでほっとしています。

ただ、

「ペースが早くて一部、分からなかった」

というご意見もいただきました。

これは私の癖なのですが、自分が話しやすいペースで講義を進めていくと、生徒さんの目が点になっていることがあります。

馴れている教室であれば、ここでペースを落とすなり、最初から解説し直すようにするのですが、今回のように初めての方ばかりのスペースですと、こちらもテンポがつかみにくいこともあり、このワークショップの4時間、ほぼわたしのペースで話をさせていただきました。

でも、次回のワークショップでは、もうちょっと話すペースも考えなければいけないと反省。

ごく初歩とはいえ、やはり4時間で周易の説明をするのは難しいです。