やっぱり映画が好き -2ページ目

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

 

スイスの州立病院で看護師のフロリアは遅番勤務を受け持つ。人手が足りない職場環境は過酷で、その日はインターンの看護学生の指導も任されることになり、彼女のストレスは極限に達する…

 

人手不足と重責を担う看護師の姿が描かれる。医療知識や患者へのケアが必須となる反動でメンタルを苛む業務は、行動半径を狭めてしまい偏見が介入する。患者は入院という状況に納得できない。不機嫌が付きまとう人びとの苦しみにどう寄り添えるか、天使ではないひとりの勤務者としてトラブルが生じる度に怒りや悔恨を繰り返す。

 

偏見は理性ではコントロールできない。感情としてふと湧き上がるもの、でも差別は制御できる。言動というアウトプットを倫理でシャットダウンすればいい。レイシストはその理性が一部欠落している、しかしレイシストではない普通の人もうっかりその言動を止められないことが起きてしまう。"命の選択" はふとした誤った言動で判断を曇らせてしまう。そこにエッセンシャルワーカーの重責がのしかかる。

 

医療現場の終わりなき激務でも、ほんの少しの安らぎで医療従事者はなんとか明日の勤務に励む。その意は申し分ないが、ラストシーンは幻想的な要素よりもいばらの道を一歩前進する矜持を描いて欲しかった。私たちの命は限りあるゆえ、できる限りの医療はあるべき。終末期医療の是非に伴うアンサーは安易に見出せないが、新たな命、救われる命は見届けられる。共に育むこと、医療の本質がそこに潜んでいる。

 

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ソウルの女子大で講師を勤めるジョニム(キム・ミニ)は、叔父のシオン(クォン・ヘニョ)を臨時の演出家として招く。学園祭で寸劇を催す予定だったが、演出家と生徒の恋愛トラブルで、生徒は企画を離脱、演出家は解任という事態になり、俳優や演出家経験のあるシオンに打診したのだが、そこから見えてくるものは…

 

どんなに高尚でも下心あるんでしょ。ホン・サンス監督は定番の "情けない男" をこの主題で展開させる。対象となる男性に社交辞令でやり過ごしたり蔑んだ目で見つめたりする主人公・ジョニムの所作が面白い。

 

さらに本作は、演劇などの芸術性のアンチテーゼとして照明無き映像で進行する。夜の場面では人物の表情がほぼ分からない。分からないけど十分に伝わる。そこに高尚とは?と疑問を投げかける。"表現力=映像のクオリティ" を否定するホン・サンス監督の信条がうかがえる。でもね。深読みすると、ホン・サンス監督自身、主演のキム・ミニとプライベートで不倫してるよね、妊娠してるよね、と、一筋縄ではいかない自虐メタ構造へと行き着く。そう考えると、ラストのジョニムの静止画に監督自身の偏愛を勘ぐってしまう。やはり下心は人の性(さが)なのか。

 

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1990年代のアメリカ。両親との不和から現状に疑念が募る若者が自然を舞台に彷徨するロードムービー。実際に起きた出来事に基づくノンフィクション原作から着想を得てショーン・ペンが製作・脚本・監督を手掛ける。ショーン・ペン監督作で抜きんでて面白い。2007年製作。U-NEXTにて配信中。

 

様々な土地で出会う人びととの交流を経て主人公クリスは幸福と感じる瞬間の大切さを理解する。それはモノの豊かさや快適な空間の所有ではなく、自然の雄大さと人の謙虚さの平衡にある。私たちは自然の一部であり、支配者ではない。

 

謙虚は同調と似ているようで違う。謙虚は "驕り" という愚かさに無自覚ではない。"俺の言う事が正しいんだ" "批判する奴は排除する" ってな勇ましい断言をする輩には "で?" とやり返したくなる。"それちょっと前に言ってた事とちゃうやん" "辻褄おうてへんで" と関西弁で反抗するのはこの際良しとしよう。つまり自然という大きな力と権力者の横暴、どちらも抗う術が無いようだが、自然に対して制御ではなく手入れという配慮がある一方、権力が人を虐げようとする不条理には "間違っている" と声をあげる権利がある。無条件でその空気に流される "同調" ではなく、沈思黙考して正しい選択を判断するのだ。

 

ここで "驕り" の例をあげる。全国の街で開発(再開発)という名の自然破壊が蔓延っている。経済活性や物流・人流などと喧伝するが、昔からある言葉で「栄枯盛衰」人や場所はやがて衰えていく。それに気づかない(ふりをする)のは、如何なものか。そんな「栄枯盛衰」人による創造物はワンサイクルで終了なのだが、自然の力は繰り返し「栄枯盛衰」が巡る、このサスティナブルな側面は、自然の力に勝るものはない。ならば私たちは自然の力に居候すればいい。居候なのだから威張れないし心配りが必須となる。これが "謙虚" 。

 

終盤、静かな時を迎えるクリスは、そこに至る道程で自然や人びとと向き合い一喜一憂する。特別な出来事や体験は無いが、クリスにとってそんな特別じゃない日々こそ価値があり、それに気づいた彼に悔恨は無い。そこに幸福は宿る。

 

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