シェイクスピアと妻そして子供たちの家族模様を背景に戯曲「ハムレット」上演へ辿り着く過程を描く。妻アグネスを演じたジェシー・バックリーがアカデミー主演女優賞を受賞した。
クライマックスからラストに至る場面、"ここまで壮大な前振りだったのね" と思わせる畳み掛けが巧い。このワンイシューで堂々とやってのけるクロエ・ジャオ監督は、もしかしたら観客に対して "はずす" とか "伝わらない" なんて不安を(感じてるけど)跳ね除けてしまう。そんな彼女の強かさがヒシと伝わる。
だけど、エンディング曲の「On The Nature Of Daylight」
この曲はこれまでも「メッセージ」「ディス/コネクト」等多数の作品で使われている。まぁ名曲なので使いたいのは分かる。分かるけど、そこ勿体ないなぁ…と、エンドクレジットを目で追うと音楽担当がマックス・リヒターと記されている。ん?自分の曲やん、"使い回してるやんけ" とぼやいてしまう。なんか "ずるい" っちゅうか、"芸が無い" っちゅうか、たとえば坂本龍一は他の作品に自分の戦メリの曲使わないよ、他の音楽家しかり、うーむ、私、了見が狭いのか。
いや、そんなことない。と言いたい。この曲を既成曲として、第三者が "お気に入り" もしくは "その場面" や "作品テーマ" に適合するかたちで採用する。なら納得できる。現実にデヴィッド・ボウイの楽曲は様々な作品で使われている。ところがヒリターさん、これは既成曲でもあんたの曲であって、新たにオファーされた映画音楽を軽んじるような手前味噌っぷりに訝しむんだよ。
すまんのぉ、リヒターはん、愚痴っぽくなって。エエ曲なんやで。それは間違うてへん。…なんで横山たかしひろし調になるんやろ。シェイクスピアからどんどん遠ざかっていく。
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