やっぱり映画が好き

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

 

最近のノーラン監督作品、見どころはあるんだけど、肝心の物語がつまらない。叙事詩に基づくので古典芸能を楽しむ感じなんだけど、展開の意外性はなく、回りくどくてユーモアがほとんど無い。

 

トロイアの木馬のくだり。木馬の中でオデュッセウス(マット・デイモン)たち兵士が潜んでいた。その閉鎖空間は彼らの糞尿まみれだった…ってココ話膨らませようよ。例えば…

 

○トロイアの城内(夜)

夜番の守衛が城壁でだべっている。

 

守衛A「あー、俺も今晩の宴行きたかったなぁ」

守衛B「ほんま、ほんま。ケータリングいつもより豪華やったで」

守衛A「ウソやん。くっそー今月のシフトついてないわー」

 

オデュッセウスたちが木馬からこっそり出てきて守衛に忍び寄る。

 

守衛B「ん?なんか匂うで」

守衛A「こんなとこまで料理の匂いせぇへんやろ」

守衛B「ちゃうちゃう、おまえ屁ぇこいた?」

守衛A「こいてへんわ。あ、臭っ。めちゃ臭っ」

守衛B「うわ、これ屁ぇどころちゃうで。強烈やん。おまえ、うんこ踏んだんちゃうの」

守衛A「踏んでへんて。ほら、見てみぃな(足の裏を見せる)おまえちゃうの」

守衛B「アホか。なんかだんだんキツなってきたで」

 

オデュッセウスたち、守衛に襲いかかる。

オデュッセウス(小声で)「誰が "うんこちゃん" やねん」

守衛B「くっ…さっ…」斬られて倒れる。

守衛A「くっそー」へっぴり腰で自分が脱糞する。

 

ってな感じで。え?シモ全開はあかん?全然ノーランっぽくないって?そやね、町田康っぽいよね。まぁこれくらいブリブリ…ちゃうブイブイいわして欲しいのよ。

 

やはりシノン(エリオット・ペイジ)とアンティノオス(ロバート・パティンソン)の主従関係にもっとエピソードを重ねたら終盤、盛り上がったように思える。"あの小道具" の出し方がめちゃヘタ。終盤の格闘シーンもイマイチなんだよなぁ。

 

うーむ、この仕上がりどうよ、ノーラン監督の周りに優秀ブレインいてないの?機材とキャストは豪華だけど、モヤモヤする。

 

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ある晩に起きた殺人事件。その容疑者として逮捕・起訴された青年ベン(ベン・ウィショー)は、泥酔状態だった当夜の記憶が無い。しかし殺人という犯罪は決してしていないと主張する。果たしてベンは無罪を勝ち取れるのか。2008年製作。全5話。U-NEXTにて配信中。

 

クリミナル・ジャスティス(刑事司法)の欠陥がサスペンスとなって進行する。冤罪はなぜ起きてしまうのか。公権力側の思い込みと保身、その代償は計り知れず、被告側の犠牲は時間を含めて取り戻せない。公判の不手際を主軸に置きながら決して説教臭くならない構成は、ベンを苛む人権のあり方に私たちが共鳴するからであろう。母親が息子ベンを不審に思う境遇は心をかきむしる恐怖である。

 

陪審員制度とは一体誰の為にあるのか。刑事裁判では原告は検察、所謂公権力となり、被告は大方が一般市民である。法令など規律に明るくない為に弁護士という専門職に頼らざるを得ない。しかし弁護士が事務的に案件を処理しようとするような状況になれば、信頼を失い被告はどう対処すべきなのだろうか。待ち受ける絶望と真相の闇が被告のメンタルを苛んでいく。制度の不備だけでなく、しきたりや打算という暗黙の了解が、弱者を社会の闇に引き摺り込んでいく。

 

ミステリーと社会風刺が絶妙にミックスされた今作は様々なところで称賛されて、のちにアメリカや韓国、インドでリメイクされる。連続ドラマとして展開が巧い。そしてミステリーの原則、真犯人は第一話に登場してます。果たしてわかるかな?明智クン。

 

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「ANORA アノーラ」のショーン・ベイカー監督が2012年に製作した作品。彼の作品に共通するのは自身が兼任している編集の巧さ。今作でも絶妙に物語が進行する。

 

ひょんなことから知り合うふたりの女性。親元離れた若きジェーンと、夫と死別した独居老婆セイディーの駆け引きは、ラストの隠された事実によって胸を打つ。そうか、ジェーンの愛犬スターレットが失踪した時のセイディーの焦燥は、こういう過去が呼び起こされたのかな、と様々な憶測を与える効果はまさに "行間を読む"。そこでセリフ無しでジェーンがみせる表情が良い。

 

こうした編集のリズムを得意とする作り手が少なくなってきたように感じる。そこは潤沢な資金力ではなく、自身のセンスや知識、技量による。ショーン・ベイカー監督はそこに映画愛を込めている。彼が受賞スピーチで訴える映画館への愛情はここに通底する。

 

日本で個人的に好きな編集者は、往年の杉原よ志、現在では田端華子、いずれもハッとさせるモンタージュをみせる。この "編集" をテーマに様々な分析したいけど、長ったらしい文章は、それこそリズム悪くなる。またの機会、小出しにしてまいります。ヨイヤサ。

 

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