1980年代のアイルランドで実在していたマグダレン洗濯所。炭鉱商人の経営者ビル(キリアン・マーフィー)はクリスマスが近づく季節に石炭をマグダレン洗濯所に届ける。ビルはそこで目撃した事実に動揺し悩んでしまう。マグダレン洗濯所を管理運営する修道院という禁忌の領域で、不遇な女性の不当労働と人権侵害が横行していた…
不都合な真相に見て見ぬふりをする、信じないことでやり過ごす。それは私には無関係な事柄なのだから手を差し伸べる理由が無い。そうやって問題を看過して社会は円滑に成り立つのか。虐げられる弱者は見放していいのか。ビルは疑念を抱く。それは彼の過去と密接に繋がり、この連鎖は誰かが断ち切るべきなのだと思い詰める。
惜しむらくは、今作はビルの決断という起承転結の "転" で終幕を迎える。原作はどうであれ、その先に派生する家族の動揺や近隣住民や修道院の冷遇を描いて欲しかった。そこに主題の核心が露わになって面白くなるはずなのだ。
倫理観が崩壊する事実になぜ私たちは沈黙してしまうのか。ガチャや自己責任が逃げ口上になっていないか。カウンターカルチャーや社会運動をパヨクなどといった嘲笑の対象にするならば、問題は改善されないどころか我慢が美徳といった理不尽な価値観を肯定させてしまう。するとそこは権力側がほくそ笑む絶望の淵、万人は注視するだけ。この不合理は現在も続いている。
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