「ボーンズ・アンド・オール」 | やっぱり映画が好き

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

 

"推し" のルカ・グァダニーノ監督最新作。出演はティモシー・シャラメ、マイケル・スタールバーグ、クロエ・セヴィニーがグァダニーノ作品常連として名を連ねている。その演技合戦に負けず劣らずテイラー・ラッセル演じる主人公マレンに心が震える。

 

ルカ・グァダニーノ監督は過去作から一貫して様々な愛のかたちを描いている。今作は精神と肉体、そしていのちを食べる欲望と人命を奪う倫理の逸脱との対峙が主題となる。マレンと偶然出会う青年リー(ティモシー・シャラメ)は放浪する日々を送る。そして人を喰べる。倫理に抵触するリーのジャッジは捕食対象がクズか否か、スーパーマーケットしかり遊戯エリアの射的場しかり、弱者に無礼を働く者を巧みに誘導する。法という規律に違反する行為だが、私たちもベジタリアンではない限り他の種族のいのちを頂いている。殺人を擁護する意図はないが、いのちを食べる観点を変えると世界はどう見えるか。色眼鏡、偏見と密接につながった観点は "規律" という側面で大切であるが、人権(くどいようだが被害者にも人権はある)はどこまで守られるのか、社会に認められない側のジレンマがうかがえる。

 

このカニバリズム(人肉嗜食)を禁忌として遮断するように、マジョリティはLGBTQを排除していないか。ルカ・グァダニーノ監督は様々な愛のかたちを受け入れるも明確にカテゴリ分けをしない、性の垣根・偏見を取っ払って当然の環境を持ち込んでくる。故に性的少数者は社会や周囲の人々に対しての承認欲求をしない、咆哮しない。自身の立ち位置に窮屈さよりも居心地の良さを、社会に変革を求めるよりも衝突しない振る舞いを選択する。その生態に私たちは戸惑うもマイノリティの声を抑圧していないか、それは不道徳だと己の観点でしか判断していないか、そこに個人の尊厳を軽視する驕りや無知が露呈する。そこに気付いた時、私たちは変わる。社会も変わる。

 

ただ物語中盤の射的場のくだりから面白くなるかと思いきや凡庸な展開になってしまう。運命の覚悟と社会の背信が均衡していく先に何が待っているのかを期待するが、儚い愛に辿り着く恋愛悲劇では正直物足りない。もっとモラルを揺さぶるテーマへと進展できる。無力な弱者の抗いに込めるメッセージよりも、そのマイノリティの逡巡や歓喜が交錯する生活に、私たちが分かり合える愛情は通底する。マレンとリーに対するマジョリティとの駆け引きが物語の広がりを見せたのではなかろうか。こんな苦言を呈するも、ルカ・グァダニーノ監督は際立つ映像センスで猛攻する。だから私の "推し" なのだ。

 

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