周囲から信頼と羨望を集めた
その道数十年のベテランでも、
仕事でうっかりミスをすることはある。
自分に絶対的な自信があるだけに、
そのミスを部下に指摘されることほど
バツの悪いことはない。
普段からエラソーに、
細かいことまで口うるさく
部下を指導している上司なら尚更である。
ファッション販売歴30年以上の私でも、
時々うっかりミスというものはある。
最近は昔の自分では考えられないような
単純ミスがメッキリ増えた。
気の弛みなのか、
それとも加齢によるただのボケなのか…
お客様にご迷惑を掛けるようなミスは
さすがにないが、
中西や仁田にそれを指摘されるのは、
プライドの高い私にとって
耐え難いものがある。
かといって、逆ギレするのも大人げない。
しかしある時、
そんな場面で有効で画期的な対処法を
私は編み出したのである。
たいてい中西と仁田は、
言いにくそうにこう切り出す。
「あのぉ…、GMがやった○○なんですが…
間違ってたんですけど…」
一瞬、ドキッ！とする私は、
心の動揺を微塵も見せず
努めて冷静かつ鷹揚に、
「ああ、それか。よく分かったな。
君達がこの間違いに気づくかどうか、
実は試してみたんだよ。
これからも時々
こういうトラップを仕掛けるから、
油断せず常にチェックを心掛け、
仕事に精進してくれたまえ。
私は君達の成長を願っている。
君達は試されているんだよ…」
こういう時の私は、こんな長台詞を
自分でも驚くほどスラスラ言えるのである。
一瞬、キョトンとした表情を浮かべる彼らも
世の中の仕組みや大人の狡猾さを
そろそろ理解できる年頃だけに、
敢えて反論はしない…
というよりも、
空いた口が塞がらないのかもしれないが…。
私は次世代を担う彼らに、
ファッション知識や販売技術だけでなく
これから長く続く人生において
幾度も立ちはだかるであろう不条理や、
価値観の違う人間に対峙した時の対処法…
云わば、生きる術を伝授することも、
先輩としての責務だと思っている…
というのは、
だいぶ後になって思いついたのだが…。
さて…
こんなことを何度も繰り返していると、
彼らにもメキメキ免疫力がついてくる。
先日も、販売したスーツのお直し伝票が
ジャケットとパンツそれぞれ逆に付けていた
という私のミスを中西に指摘された。
「さっき、伝票の付け間違いという
GMが仕掛けた罠を発見したので、
直しておきました」
と笑顔で言う中西に対し、
「おお、そうか。今回もよく気づいたな。
なかなかいいぞ。その調子、その調子。
君はまだまだ伸びしろがあるぞ。
これからも気を抜くなよ」
と私はケロッと答えた。
高度な腹の探り合いと見る向きもあるが、
これは厚い信頼関係に基づいた
互いを気遣う愛情に満ちた
やり取りであると信じたい。
中西の成長も素晴らしいが、
私も今では、
無意識のうちに罠を仕掛けるという
高等技術が身についてきたらしい。
はあ？
さて、その日の帰り際…
翌日休みだった私は、
日中に書き上げたお客様へのDMを
明日ポストに投函するよう中西に頼んだ。
そして、休み明けに出勤すると…
レジカウンターの上に
一枚の伝言メモが乗っていた。
もちろん私は今回も、
そんな罠を仕掛けた覚えは一切ないし、
切手も全て貼ったはずだと思っていた…
ふーむ…
私は自分自身のやること成すことが
いよいよ恐くなってきた。
中西に対しての贖罪意識も
少なからず湧いてきたものの、
このメモの文面からは、
私への非難やイヤミを
さりげなく伝えるという、
高度に計算され尽くした意図を
感じ取ったのも事実。
もしやこの男は、
すでに私の狡猾さのレベルを
軽く超えてるのかもしれない…
と思った瞬間、
私はハッ！と気づいたのである。
中西や仁田が指摘する私のミスは、
実は彼らが仕組んだ
巧妙な罠なのではないかと…
私は今まで何一つミスはしていないのでは…
遅番で出勤してきた中西に、
私は飄々と言った。
「あれを簡単にクリアするなんてスゴいな。
君にはもうあのレベルじゃ失礼だろうから、
これからは難易度をレベル５に引き上げることにしたよ」
「いやGM、もう勘弁してください。
特に繁忙時は絶対に止めてください！」
中西の目はマジだった。
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「Cheap Trick」
“甘い罠”
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メンズビギ マルイシティ横浜店 GMより
コチラも見てネ❗
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