すごかった翼竜展
翼竜展を見学した
空を飛ぶものは鳥だけでなく何でも見てやろうと
翼竜展(大阪市自然史博物館・長居公園内)を
見学した。と言っても恐ろしいほど昔飛んでいた
翼竜の化石展だ。
(翼竜展は2007年11月25日まで)
これまでは恐竜展で少しおまけに展示してある
翼竜だが今回は翼竜ばかりの翼竜展だ。
ケツァルコアトルス
翼を広げると10m,アメリカのテキサスで
1971年夏、発見された。
白亜紀、ジュラ紀、三畳紀に飛び回っていた。
私は小さい頃よく空を飛ぶ夢を見たことがある。
山の上から手を広げ、足を蹴ると飛ぶことができ
た。空を飛びながら自分の家や村の上を飛び回った。
とても気持ちの良い夢で、寝る前に「今日も飛べますようにと」
願いつつ床に入ると同じように空が飛べた。
しかし翼竜のように飛べるような皮膚のひだが発達、進化
してこなかった、少年の頃の夢。
翼竜展は11月25日まで
自由に空を飛ぶのは大いなる夢だ。
台湾のヤイロチョウ研究家と京都で探鳥 野鳥とおして民間外交
世界的ヤイロチョウの研究家と京都で探鳥
台湾の林端興(Ruey-Shing Lin)さんから
メイルが入り京都に行くので探鳥したいとのこと。
birding pal(http://www.birdingpal.org/ )いうネットがあり、
そこに私のメールアドレスをアップしているのでメール
が入ってきたわけです。各国のバードウォツチャーが
ボランティアで助け合おうと言うもの。
何回か英語でメイルをやり取りし9月15日に
京都で会うことになった。
メイルアドレス見るとpitta・・・となっていたので
本人にヤイロチョウを研究しているのかと確認すると
そうだとのこと。、高知の中村滝男(生態系トラスト協会代表
http://www.h7.dion.ne.jp/~ecokochi )さんもよく知ってい
るとのこと。台湾でも何回か会っているし、
高知にも行ったことがあると言うことでヤイロチョウで
話は盛り上がった。
この時期どこに行っても鳥はいない、南港野鳥園か
淀川海老江でシギチドリでも見てもらおうと思って
林さんに聞くと、シギチドリは台湾も日本でも共通した
種が多いので見たくない、小鳥類のエナガ、コゲラ、
コガラ、モズ、ホオジロ、コマドリ、マミジロ、ノジコ、
コマドリ等が見たいとのこと。
京都御苑、京都植物園、金閣寺を案内し観光を兼ねて
探鳥した。コゲラ、エナガ、シジュウガラ、セグロセキレイ、
ハシボソガラスは何とか観察できた。
是非次回は冬に来てほしいと言って別れた。
彼も台湾の南投県に来てくれればヤイロチョウ100%見せてやると
言ってくれていた。
彼は台湾でヤイロチョウに足環を付けたり、小型発信機をつけて
その行動を研究しているとのこと。人口衛星による追跡調査は
まだ四、五年かかるとのこと。3グラムくらいの装置でないと
ヤイロチョウに付けられないということです。
帰省し母校のコウノトリの巣塔を見る
母校、豊岡市小阪小学校裏のコウノトリの巣塔
お盆にお墓参のため帰省したかったが、猛暑続きであり
もう少し涼しくなってから、彼岸のころにしようと思っていた。
実家の都合もあり9月16日に帰省することになった。
風はやや涼しく感じたが猛暑であった。
今回の帰省で、見ておきたいものがあった。
7月京都で日本野鳥の会近畿プロック会議があり、
柳生博会長にお会いした。柳生氏は「コウノトリフアンクラブ」
の会長でもあり、コウノトリの話で盛り上がりピールを
飲みすぎてしまった。
柳生氏と私、携帯のカメラで少しぼけている。
そのとき私は出石の小坂小学校が母校だと話したら、先日
その小学校に行き、講演し学校の裏にコウノトリの巣塔を
立ててきたとこともなげに話され、大喜びしました。
その巣塔に合いたかったのです。
コンクリートの立派な巣塔でした。
来年の春この巣塔でコウノトリの雛が誕生し、育つことが
できるかどうか、楽しみです。
それにはこの付近の農家の方々が、生き物がいる米作りをし、
コウノトリに餌が提供できるような自然環境になるかどうかが
カギです。
私が学んだ頃は木造校舎であったが、数年前に
近代的な校舎となった。
台風23号で一階まで浸かり、避難してきた人たちも
2階に移動し帰れなくなったとか。
全国からのボランティアの皆さんのおかげで教室の
泥や、グランドの流木などが取り除かれた。
実家で見つけた私が小学校に通っていた頃の
コウノトリの写真
学校に通う道で田圃でおばさんが働いていると
思っていたら、ちかずくとコウノトリが飛び出し
驚き、おばさんではなくコウノトリだったのか
いうことがあり、まだその一瞬を今でも覚えている。
私が中学校、高校に進む頃農家で農薬を使いだし
急にドジョウ、イナゴ、トンボなど田圃の生き物が
いなくなり、コウノトリがあちらこちらで死んでいた
という悲しいニュースばかりでした。
ついに昭和46年に日本産コウノトリは絶滅したのです。
レイチェル カーソンの「沈黙の春」はこの小坂の田圃でも
おきていたのです。
この当時の話は「野鳥」誌2005年12月号コウノトリ特集で
私のエッセイが掲載されている。
コウノトリの写真、岡本支部長さんが学生のころ、ここまで
来られて撮られていたと思うと感動します。
当時これだけの写真が撮れるカメラ、レンズと技術を持っておられた
恐るべきバードウォツチヤーです。
おそらくカラー写真の初期のもので驚きです。
大正12年のコウノトリの碑、「天然記念物鶴山鶴繁殖地」と
読める。おそらくここに赤松の大木があり、コウノトリが
巣造りして雛を育てていたことでしょう。今はただ碑が風に
さらされてたっている。
この付近に茶店があり京阪神から鶴(当時はコウノトリの
ことお鶴といっていた)の見物客が立ち寄ったとか。
閑院の宮さまが鶴を見物にお見えになり、「肥たんご」
を担いでいる農家の人を見て「あの百姓にも嫁がいるか」
とお尋ねになったという話を聞いたことがある。
この地に赤松を植え、て再びコウノトリが繁殖することを
願っています。
これは六方田圃の入り口のモニュメント。
この少し先で2005年に放鳥されたコウノトリが
2007年春雛をそだてた由里地の巣塔がある。





















