故事ことわざには本来の意味と違った使われ方をされることがままあります。
例えば、「初心忘るべからず」
つい慣れてきた頃に、始めたころの初々しい気持ちを忘れてしまっていること
に対しての戒め、的な使い方をしてしまいがちだが、それは×。
世阿弥(能)の「花鏡」からの言葉からの本来の意味としては、(今は達者な
芸事の)熟達者であったとしても、初心(=始めたころの未熟で無様な姿)を
時には思い出し、(そうならないようにこれからも)芸事に一層精進しなさいよ、
という意味である。
そんなわけで「初心~」を、ついこないだまでビギナーだったヤングの人が
最近の馴れを戒めるために使っちゃうと、「コラコラちょっと待て!」となります。
「情けは人の為ならず」
『崖からあなたを突き落とすけど、精進して這い上がってきて下さい。それは
あなたのためを思ってのことです』というような、「巨人の星」的な使い方は×。
正解は、情けをかければ、かけられた人もハッピーだし、(もしかして)かけた
あなたにも(鶴の恩返しを含めて)いいことがあるかもしれないから、どんどん
かけましょう、というもの。
「敗軍の将 兵を語らず」
私はつい最近まで、『高校野球の監督が、5回にショートがトンネルした失点
が最終的に決勝点になってしまい、惜敗する。試合後の監督のインタビュー
で「あのときのショートが・・・」と、個人の責任を問うような発言をしちゃダメ
だよ』のように考えておりましたが、これは×。
正解は『5回にワンアウト3塁までランナーを進めるチャンスに、乾坤一擲、
監督はスクイズを仕掛けたが、バッテリーがそれを見抜き、ランナー本塁で
憤死。結果それが最後まで響いて、試合に負け、試合後の監督のインタビュー
で「あのときのスクイズが・・・」とペラペラ喋っちゃいかんよ』というもの。
以上3つ、ちょっと違うかもしれませんが、ニュアンスで説明いたしました。
(ちゃんとした意味はご自身でお調べください)
最近このように文章を書くことができ、尤も今までも社内向けには書いてきて
いたのですが、改めて言葉の意味を一層正しく使わないと、という気に
させられています。文を書くと頭の体操になっていいものですね。