信長や秀吉は他国に勢力を拡大し、国際情勢を鑑み、行動するグローバリスト★

 

家康はそんな戦国時代を終わらせ、藩どうしまた海外への領土拡大&経済成長を禁じ、

 

国外との貿易も制限した世界でも稀にみる太平の循環型持続可能社会を創ったリーダーだった💛

 

コロナ禍でSDGsが求められる、現在でも求められるリーダー像ですね。

 

元来、神社は日本人のコミュニティ機能を有していた☆

 

日本が日本らしくなくなってきたことの1つに、日本人の神社参拝が激減し、その経営は疲弊し、宮司や神主さんたちは兼業・アルバイトなど余儀なくされてる。(檀家も減り、中小神社の財務体質は平均、NPOのそれよりも厳しい。)

 

それにもかかわらず一方、全国8万社を文科省主導でネットワークし、神社や宗教的な人事に関する決裁権を持っている神社本庁(伊勢神宮が本宗)においては、総長が組織を私物化し、日本会議を通じて自民党の集票に利用されていて、どこが政教分離か?と思ってしまう。

 

私たちの周りからでも、利他の幸せを祈る文化をキープしていきたいですね💚

 

 

 

歴史にも政治にも、無関心な日本人はいるかもしれないが、無関係な人はいない。

 

何かを変えたい人はもちろん、何も変わりたくない変えたくない人にだって無関係ではない。

 

なぜなら急速に変化する時代に、変わらないでいるためにも、何かを変えないといけないからだ!(眞邊明人)

 

 

コロナ禍の現代でバーチャル内閣☆

徳川家康・織田信長・大久保利未通・豊臣秀吉ら(官房長官は坂本龍馬)

最強の内閣をつくったら、現在の国難をどのように乗り越えられるか?
わくわく読み進んでいます♪お勧め彡

地球環境の「環境」って言葉、前から何か気持ちの悪い言葉だなと感じていた。

 

調べてみると元は中国語起源で、11世紀に和製漢語として日本語に取り入れられた。

 

1900年からenvironmentの訳語として「人間のまわりを取り巻く周囲の状態や世界」との意味で使われ始めた。

 

だから「環境問題」は自然界とか人間界との境目で発生する問題をとらえた言葉なんだろうとは思う。

 

でもこれって本来の日本人の考え方からしてどうなんだろう?

 

ご飯や野菜、お肉を物質的な「栄養素」として食してるだけだろうか?(命をいただいて生きてる、私たちと動植物の境目はないのだ※)腸内の数億の微生物で私たちは生かされてるし、私たちの細胞内遺伝子の半分ぐらいは、長い年月の中でウイルスによって書き換えられ今に至ってるのだそう。

 

つまり私たちは自然界と別の世界にあり(二項対立)そのうえで自然との調和を図るのではなくもともと、人間も自然の一部💚ということが、実感値で忘れ去られてきた。

 

だから「環境」という言葉に違和感があったんだ~

 

社会と個人の関係も同じ・・

 

「社会が変わらない!」と人のせいにして嘆いたり、「地球が危ない!」って叫ぶ人もいるが、それって変わろうとしない自分自身が真っ先に一番危ないんでしょよねー笑

 

その直接的原因は伊豆山の山頂(大規模太陽光ソーラーパネル←写真上右側)

 

その近くにある産廃場の盛り土が5万立方メートル、不法に土砂が投棄されてそれが丸ごと崩れたと、土木のプロ出身の熱海副知事も認めています。

 

長年の不法投棄を見過ごして対策を講じてこなかった静岡県=産廃の許認可彡ちなみにメガソーラーも脱法で作られていたそう。

 

伊豆山麓には古代からある伊豆山神社は国家鎮護の神さまで(富士山パワーエリアとも連なる)伊豆山は神体山☆

 

神社の背後の山を利権で荒らす、欲とカネにまみれたヤカラがむやみに森林伐…それは「絶対してはいけない」ことなのである。

 

神仏や自然を粗末にして経済や観光ばかりを優先する政治家(首長?)や利権業者へのチェック機能が薄いですね。

 

今回の土砂災害はこれに留まらず、神仏からの事前警告と受け止める必要があると、私も思います。富士山が怒っている!

 

 

 

競争社会自体を否定はしない。

 

それはどんな人も、自由により良い人生(幸せ)をつかむ機会があるのは良い社会ですね☆

 

成果を高めれば、社会の発展にも貢献できる。

 

しかし一方で、格差を生み出すことが大きな欠点彡健全な競争とは、お互い足の引っ張り合いをせず、お互いの成長を支え合えるのが理想ですね💚

 

フランス革命の「自由・平等・友愛」で、

平等は「チャンス(機会)の平等」で、

友愛は「社会保障」の意★やはりリベラル思考は大事ですね~

 

※ちなみに「結果の平等」は社会主義で、成長をとだされ、イノベーションのかけらもありません。霞が関(官僚社会)は社会主義で、福祉や公教育に社会主義を持ち込むのもよくないです。

 

1840年にアヘン戦争が勃発した当時、英国のジャーディン・マセソン商会がアヘン輸出の主役を担い、大英帝国艦隊を清に展開させた張本人がこの商会でした。

 

長崎のグラバー商会こそマセソン商会が日本に作った代理店で、グラバーが坂本龍馬を介して武器販売を行い、薩長同盟を支えて倒幕に大きな影響を与えたことは史実ですね。

 

維新直前に、長州は5人の若者(井上馨・伊藤博文など)を英国に留学させましたが、この面倒をみたのもグラバーとマセソン商会でした。英語も満足にできぬ20代の若者が、一生涯英国に恩義を感じたことは想像に難くありません。彼らがのちの維新政府中枢に当然のごとく躍り出ました。

 

一方、明治維新当時にも民主主義に通じる「四民平等」を目指していた人々がいました。それは坂本龍馬、日本司法の父とされる佐賀藩出身の江藤新平、そして西郷隆盛らですが、いずれも最後は不幸な運命をたどっています。

 

これら四民平等を訴える人々を粛清した後の維新政府要人が歴代総理大臣をはじめ長州と薩摩で占められ、戊辰戦争を起点とする薩長史観は、現在の政治にまで大きな影響力をもたらし続けています。(安部前首相も山口出身)

 

明治維新とは、は英国のアヘンマネーを背景に薩長の下級武士が皇室を「錦の御旗」に政治利用し、徳川から政権を奪取したクーデターでした☆★☆

 

自発的に大政を奉還した徳川慶喜も龍馬と考え近く、ムダな内戦を極力なくし、天皇を中心に日本国を統一し、雄藩連合にて比較的民主的な政権をつくり、いち早く産業を発展させ、列強に対峙していこうとしたかったと思います。

 

歴史のたらればが許されるなら、あの悲惨な日中戦争から太平洋戦争への道を回避したまったく違う近代日本史になっていたでしょうね。

 

”大阪を変える100人”会議メンバー福井宏昌さんが、発達障がい児の運動療育をしつつ、淡路島で新たにNPO法人立ち上げ、農福連携&ホースセラピー事業に挑戦されています。想いを語る動画ご覧ください。

このような事業は(私のかかわってるだけでも)高槻市や奈良市でも進行中💚社会のトレンドになってきてますね。

 

 

 

 

注:)”大阪を変える100人”会議は、大阪を中心とする社会起業家たちのプラットホームで、日々さまざまな社会を変えるコラボレーションを生み出す場をつくっています。

2012年に私も立ち上げ発起人となり、その後4年間、事務局長を務め、現在は顧問アドバイザーとして引き続き関わっています。大阪を変える100人会議 (osaka100kaigi.com)

贈与経済は太古の昔から連綿と現在も存在し(子育て・家事・町会)社会から経済を分断したのは欧州発の搾取型資本主義★

 

企業活動を持続可能へ、経済合理的にも突き詰めれば「非営利との融合」にならざるを得ない☆

 

持続可能経済は結果として、NPOとの境目もなくしてゆく彡

「保守」とは、 旧来の風習・伝統・考え方などを重んじて守っていこうとする考えで、日本の保守は総じて、議会制民主主義を尊重し革命やテロに反対する。

(「右翼」は議会制にも反対する独裁志向)

 

「リベラル」とは人権・寛容・正義を基礎とした自由主義☆保守政治家の中にもリベラリストは多い。

 

ちなみに「左翼」とは貧困層の立場に立ち、より平等な社会を目指すための社会変革を支持する思想で、社会・共産主義的 、進歩主義、急進的な自由主義、無政府主義傾向などがあり、リベラルとは大きく違う。

 

アメリカ合衆国建国時の流れで言うと、(当時保守の)イギリスから逃れてきたピューリタンたちはみなリベラルだった。

 

ところが西部開拓で土地を開墾し、地主になった彼らは勝ち組を形成し保守(→共和党)に変質した。その後も移民流入は増え続け(←今も)土地をもたない貧困層は民主党を形成・支持し、そのリベラル自体の概念も変質していった。つまり福祉国家を通じて所得の配分を要求(→国家社会主義へ)

 

このように俯瞰してみてくると、中世封建社会が自由・平等・友愛を掲げたフランス革命によって終焉したが、その担い手はリベラル中産階級(ブルジョアジー)だった。

 

その後チャップリンの映画にあったように、資本主義の発達とともに、勤労者の人権が阻害され、格差は広がり、フランス革命やアメリカ建国の理念は失われた。

 

いまの北欧はリベラル思考が豊富に実現された地域で、日本の高度成長期も曲りなりに中産階級が厚く、長くは続かなかったけれど幸せ度の高かった時代でした。ただ発展途上国を搾取・犠牲にしたうえでの先進国仲間入りだった視点は忘れてはならない。

 

いまSDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれてる本質的背景がざっくり見えてきますね💚