ソーシャルビジネスとは

「市場原理に基づくビジネス手法を

活用しつつ、社会課題を解決しようとする革新的な事業業態」

 

社会起業家とは「ソーシャル・イノベーションを起こす変革の担い手」 「新しい仕組みづくりにて、新たな社会的価値を創出する人」

自ら社会起業する人を Social Entrepreneur 

組織内にあって変革(SI)を起こす人を Social Intrepreneur

  

社会課題解決を目的とする事業体は、

①社会的企業(Social Enterprise) 起業時はソーシャル・ベンチャーとも※

②事業型NPO←寄付や助成金収入もあり、100%ソーシャルビジネスは少ない※

  

ソーシャル・イノベーションとは

【狭義】新しい社会的価値を創造するために 必要とされる商品やサービス、その仕組みの開発

【広義】(一般的な事業を活用し)社会的課題に取り組むための仕組みづくり

※「社会の仕組みを変革すること」がソーシャル・イノベーションなら、「社会の仕組みを変革する人」が社会起業家とも言える。

 

近年「SDGs起業」という言葉・・

CSRは「企業の社会的責任」だったが、「儲けてばかりでなく、社会貢献しなさい」と

外部からの圧力みたいな義務感でなく、本業での企業課題を解決するために

例えば女性の雇用を増やしたいとする。企業内保育園をつくれば

子育て中やシンママさんたちは安心して働ける。

つまり社会課題解決にもつながる。(中小企業なら数社で連携して保育園つくる)

このようにSDGs起業はソーシャルビジネスよりハードルは低く
コロナ不況からの復興局面から、たくさんのSocial Intrepreneurの出現が予期できる。

現在このための受け皿として、新しいインキュベーション組織構築中で、

このことはまたの機会に、ここで紹介させてください。

 

 

 

緊急事態宣言が出されれば、飲食店以外にもテーマパークや百貨店、大規模商業施設などに時短要請よりも強い休業要請を行う方向☆

また小中学校の授業を原則、自宅でのオンライン授業に切り替えたいとも彡

 

インパクトを出して、市民に危機感を植え付けたい意図はわかるが、

それを繰り返していると、むやみに経済的打撃が大きすぎる。

 

私的にはマスクと手洗いの徹底で、飛沫感染をピンポイント抑止がより重要だと思う。

 

下記は感染者の自主発表状況のまとめ(JX通信社)

 

夜の飲食店よりオフィス感染が多い!

複数にてオフィス内でのランチや喫煙場所などマスクを外しての飛沫感染が一番危ない★

企業の社内啓発&「社名を公表」などの行政指導の組み合わせが効果的なのでは?

ーーー   ーーー   ーーー

職場(オフィス、事業所、工場など) 120

医療施設(病院など) 117

福祉施設(老人ホーム、障害者支援施設など) 44

公共施設(市役所、警察署など) 26

商業施設(スーパー、百貨店、大型施設など) 23

飲食施設(居酒屋、キャバクラ、ホストクラブなど) 13

児童施設(保育園、幼稚園など) 9

教育施設(小・中学校、高校、大学など) 8

その他 3

 

2020年の対米輸出額は前年比17%減の約12兆円であるのに対し、中国への輸出額は(コロナ禍であるにもかかわらず)2.7%増の約15兆円で日本の最大の輸出相手国となっています。

 

また日本企業は生産面でも中国に多数の工場・拠点を置いているため簡単に中国政府のウイグル人権抑圧に対し批判に回ることはできない。

・ユニクロは中華圏の売り上げがすでに日本国内を上回っている。

・パナソニックは中国での売り上げを1兆円にすることを具体的な目標にしている。

・海賊版が横行する中国と距離を取っていた任天堂でさえ中国市場を無視できない現実がある。

 

※じじつ中国批判の立場を鮮明にしたH&Mに対しては中国国民から大きな反発が起きており、SNS上で不買運動を呼びかける声も出ている。中国のH&Mの1号店である上海の店舗では「閑古鳥が鳴いている」そうだ。

 

▼小泉首相の靖国参拝で現地の日本料理店の破壊など、過去の反日デモや不買運動に苦しめられた日本企業の窮状はこれらでよくわかるが、目先の利益だけで経営戦略を立てるビジネスモデル自体がSDGsに反し、持続可能になっていかないことを今後は肝に銘じていくべきであろう。

 

良貨が悪貨を駆逐していかねばならない💚

 

「台湾明記」はただ中国を激怒させただけでなく、米国、そして世界に日本の存在の大きさを見せつけたと言っていいかもしれない★バイデン政権が欲しかったのは、新疆ウイグル自治区でのウイグル族や香港の人権問題でも、そのための対中制裁措置でもなかった。

 

どうしても日本に台湾問題について米国の危機感を共有してもらいたかったのだ。その「証文」が欲しかった。そして日本はその「証文」に判を押した。

 

「台湾防衛は、

①台湾の人々を守り

②中国軍を対米防衛線である第1列島線内に抑止し

③日本の領土保全を防衛

④中国軍の広範囲にわたる軍事的野望を阻止し

⑤台湾の自由市場体制と民主的価値観を守る擁護者としての米国に対するクレディビリティ(信頼性)を堅持する――といった目的にとって死活的に重要である」

 

▼トランプ政権時代、米中経済はお互いブロック化したが、日本経済はその間、さらなる中国依存化が進行している。

 

バイデン政権の対中危機感は理念共有したものの、台湾有事(来年の北京冬季五輪以降)や中国軍の尖閣上陸などに際したら、具体的アクションをどうするか?第2列島戦を突破されれば、日本列島全体を(尖閣どころでなく)中国海軍が取り囲む状況になる。

 

国際政治・経済・安全保障で、わが国への中国の影響は計り知れなくなる。いや★それ以前に米中一触即発が本当に懸念される。

赤血球にみられるたんぱく質で、アカゲザル(Rhesus monkey)のRHを取ってこの血液型はRHと言います☆RHがある場合→RH+ RHがない場合→RH-

人類の85%がRH+なのですが、残り少数派はRHを持っていないRH-です。

 

612種類の霊長類がいますが、その中で人間以外に一種類もRH-の生物がいないのです。(ちなみにネアンデルタール人もRH-ではないです。)

 

人は祖先の遺伝子しか継承できないのに、人類がサルから分かれて進化してきたとするなら、どう考えてもこの突然のRH-の存在は、不可解この上ないことですね!

 

ちなみに日本人のRH-は0.5%で、アフリカや中国も少ない。欧州のバスク地方など特定の地域に多く、しかも①平均よりIQが高い。②低体温。③赤毛・ブロンド。④クローン化できない。⑤第6感が強い。。などの共通点があるそう。

 

しかも欧州の王族たち(婚姻関係)にRH-は圧倒的に多いんだって☆

自然の摂理とは違う、何かの意図を感じますねー

 

Ps;RH-の母親が、もしもRH+の子どもを授かったら、ウイルスのようにRH-がRH+を外的だと認識して攻撃しRH+の子供が流産してしまいます。(新生児溶血性)現代では薬を母親に注射して対策していますが・・同種の人間どうしで、母親が自分の子供を拒絶してしまうってこと自体、ひじょうに不思議ですね。

 

H&M、イケア(スウェーデン)、ナイキ、パタゴニア(米国)、アディダス(ドイツ)といったグローバル企業が次々と中国政府のウイグル人への強制労働への懸念を表明したほか、英国政府は「人権侵害の産物が英国のスーパーの棚に並ぶことがないようにする」として、強制労働に関係した製品を英国内から排除すると発表している。一方、強制労働との関与が疑われる企業としてアップル、BMW、サムスン、フォルクスワーゲンなど、日本からはユニクロ、無印良品、しまむら、パナソニック、ソニー、日立製作所、TDK、京セラ、三菱電機、シャープ、任天堂など、14社が名を連ねていた。日本ウイグル協会らがこの14社に対して質問書を送ったところ、多くの企業が「強制労働の問題は確認できなかった」と回答☆パナソニックは14社のなかで唯一、質問に一切回答せず、同協会は「絶望的な思いがする」とコメントした。byMicrosoft News

大阪の街歩いていて「おおきに」の看板が気になって調べてみた。

 

大阪や京都でよく使われる「おおきに」の語源は、「大きに有り難し」☆

意味は二つあって「ありがとう」と「ひじょうに」「大いに」彡

 

だから「おおきにありがとう」と重ねれば最大級の感謝の意となります。

 

「おおきに、すんまへん」と言えば、「本当に申し訳ありません」という意味で、

また商談などで「おおきに、考えておきまっさ」のように使われるときは、

英語のNo Thank youに近い意味を含んでいる~♪
 

SIOネットワーク立ち上げでは、関西を中心にさまざまな先駆的社会起業家の講演会や活動現場に足を運び(当時まだSNSはなかったので)メーリングリストなどに参加していただき、双方向な情報コミュニティの場を形成しつつ、まだ起業前の「社会起業家の卵たち」を集めて、ネットワーク型支援を継続していきました。

たとえば当時、立命館大2回生だった垣内くん(バリアフリーマップを広めたいと、学生ベンチャーで株式会社ミライロ立ち上げたばかり)には4日間連続で、車椅子の彼に付き合ってあちこち事業拡大のためキーマンたちを連続紹介しました。

また大阪市大生だった川口加奈さんにはNPO法人Homedoorを立ち上げるずっと以前から「西成のおっちゃんたちの生活実態を知りたい!」と、ココルーム(上田假奈代さん経営の西成コミュニティ・カフェ)でモーニングのアルバイト斡旋、HUBchari始めたらさっそく大阪ガスさんにお連れし・・といった感じでずっと伴走し、重要な局面では支援もしてきました。

このような地道な積み重ねをしつつ、社会起業家とその支援者をゆるっとネットワークしたソーシャルキャピタルをベースに・・山中さん(JAE)高井さん(のあっく自然学校)森田くん(クレフ)片桐さん(農家のこせがれネットワーク)川口さん(Homedoor)らと共に、呼びかけ発起人として2012年9月ソーシャル・コラボレーションを合言葉に“大阪を変える100人”会議発足✩

 

ここまでSIOnetworkではおぼろげだった行政・企業・地域活動団体など、セクターを超えたさまざまな連携事業が生まれるプラットホーム機能を果たせ、”大阪を変える100人”会議というネーミング浸透とともに、社会起業家たち個々の活動域を広めるソーシャル・マーケティング支援に多少は貢献できたかと思います。

 

2016年8月末で、立ち上げから4年間勤めてきた100人会議の事務局長を後続に引き継ぎ、後方支援に廻りました。そこから手放すものがあれば、入ってくるもの有りで、昨春から準備会議を積み上げてきた「民都大阪フィランソロピー会議」でも、さらにブラッシュアップしたネットワーク・イノベーションにて、100人会議との連携も視野に入ってきました。

 

組織や立場は変わっていっても、縦割りにどんどん横串しを刺し、人と人をつないでいくことで社会を変えていくことに、これからも変わりはないでしょう~自分のライフスタイルが、ここに来てやっと確立してきました。

 

私の人生はこれからが本番だと思っています。

 

社会的な「成果」をもっと出すことが、激動のこの時代に「生きた」証であり、そしてそれを後世にバトンタッチしていけたらいいな!と思います。

高校三年のとき「本名宣言」した韓国人友人との出会いが私の人生最初の転換点であったならば、50歳を契機にビジネス界から社会貢献ライフにシフトしたのは第2の転機だったといえる。

その直接のキッカケは渡邊奈々さんの『チェンジメーカー』という著書を手にとったとき✩ そのころ日本で「社会起業家」って言葉はほとんど聞かれなかったが、本書には(慈善活動でなく)社会的事業通じて世界の壮大な社会問題の解決に向かうさまざまな事例で溢れていた。

 

事業手法で社会課題は解決できるんだ!

 

学生時代のボランティア活動を振り返り・・ビラ配りしても、イベント活動しても、社会は1ミリたりとも変わらなかった苦い経験を思い出す。

また営利目的なビジネス界の裏表やドロドロした人間関係に癖々してたこともあった。

 

そんなとき長野県飯田市へ太陽光発電のセミナー合宿にて、市民選挙の立場から市川房枝さんを擁立し 「第3世界ショップ」「市民バンク」「WWB/ジャパン」など、 社会起業を支援する活動を次々と事業化されていた片岡 勝さんと出会い、氏が理事をされている東京・田町の一新塾(大前研一氏創設:国会議員や首長・NPOを養成するコミュニティ・スクール)で新たに「社会起業家コース」が設立されたという話を聞き、片岡氏の紹介で再度一から社会問題を学ぶため2005年、一新塾へ入塾しました。

 

卒塾後も、関西の一新塾OB・塾生たちのコミュニティ運営(世話役)を継続することになり、このときネットワーク活動にてソーシャル・キャピタルを形作る才が自分にあることに気付きました。また今まで自分の経験してきた経営スキルを社会課題にかけ合わせて出来ることも模索しました。

 

その当時、自分自身の社会的ミッションは「日本で埋もれた環境技術をNGO視点で公害大国・中国に橋渡し」できないかと、九州社会起業家ネットワーク(SINKa)を通じて大連に行ったりして、環境コーディネーターの真似事などしていました。

 

このSINKaの中心メンバーから「施さん、関西に社会起業家のネットワーク立ち上げてください!」と強く要請が有り、大阪に帰って大阪NPOセンターのYさんや、当時パナソニックの社会貢献事業を精力的にこなれていたKさんなどに相談&ご協力を得て2008年「ソーシャルイノベーション大阪(SIO)ネットワーク」設立し、これはのちに2012年「大阪を変える100人会議」の前身ともなりました。

 

 

 


上海から帰国し、私は本社(遊企画)の経営課題に取り組んだ。

経常利益のすり減ってきたカラオケ事業を縮小するため、

翌年(1999年)3フロアーで営業していたVIPSTAR2号店を2階・3階のみとし、1階をパチスロ専門店に業態替え✩1999年11月スペースファンタジーOPEN

この事業は1年で失敗し、さらに1億円の借金が増えてしまった^^;

ここまでは社長(父)の投資意向に従って、現場の事業を推進してきたが2000年の11月からは私主導にて、1階に他社企業をテナント入居させ賃貸不動産業を始めることになる。

1階にはビデオ関連の会社が入居してくれたがうまく営業が成り立たず、短期で数店入れ替わっていく。ユニバース味園地階のVIPSTAR1号店も、このころ閉店した。

 

2001年11月に癌で父親が逝去し、その時点での弊社の負債総額は6億円に膨れ上がっていた★

 

家族会議を開き、弟たちは遺産相続どころか、大きな借金を前に途方に暮れ、相次ぎ相続放棄したので、仕方なく男気で6億をかぶってえいやっ!と社長に就任した。当時の収益規模からして、金利が重くのしかかる。貸し剥がしを目論む大手メインバンクとの戦いが始まる!

 

2003年3月、私たち家族と母親が住んでいた吹田市千里ニュータウンの120坪ほどの土地・建物がやっと売れた。(私の家族は阿倍野区へ移住)上海への投資もなんとか分割で回収が進み、銀行への負債を圧縮していった。

 

同年10月、1階にローソンが入居(→現在は丸亀製麺が盛業)

2005年それまで直営のVIPSTAR2号店(2階・3階)も閉店し、そこに関東に手広く展開する居酒屋チェーン店が入居✩これで完全に全館貸ビル業へ転換したことになる彡

この間、アメリカからのニュービジネスや韓国や中国に行ったりもして・・様々な新規事業を研究したが、これといって本業に組み込めるものはなかった。

 

そんな折、、海外の社会起業家を紹介した『チェンジメーカー』(渡邉奈々)という一冊の書物に出会い、ここに大学時代から長らく封印してきた社会貢献人生へ再転換の時期が訪れることに・・続く。