館花紗月の渡直人に対する言動、それは第9巻において、これまでのものと比べると、劇的とも言える程に大きく変わります。

(劇的に変わるスタンス)


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館花紗月のその態度の変化が渡直人、そして石原紫に大きな影響を与え、そして、この物語をまさに予測不可能な領域へと導いて行くのでしょう。


「館花紗月の言動の変化」では、第8巻末から第9巻にかけての館花紗月の言動の変化について考察していきます。トータルで7回を予定していますが、それぞれの考察の内容は以下を予定しています。


第1回:第8巻末における「好き」について

第2回:学校のプールでの述懐について

第3回:渡直人への告白について

第4回:告白後の石原紫とのやり取りについて

第5回:スイミングスクールでの会話について

第6回:休み明けの石原紫との会話について

第7話:第9巻末の出来事について


それぞれの回次が複数回となる場合もあるかもしれませんがご了承下さい。

今回は「第3回:渡直人への告白について」に関し投稿させて頂きます。



第3回:渡直人への告白について(前編)

[概要]

バイト先の前で石原紫と一緒に写真を撮った渡直人。そんな彼の前に館花紗月が現れます。頬を赤らめながら「直くんみっけ」と渡直人に話し掛ける館花紗月。館花紗月の唐突な出現に驚きを隠せない渡直人、そして石原紫。

そして、館花紗月は渡直人に向かって言い放ちます。

「私は直くんが好き」

館花紗月の表情には、浮き立つような感情の動きは感じられず、そして、その瞳に光はありません。

(告白(9巻第2話))

渡直人は呆気に取られたような、戸惑ったような、焦ったような、そして照れたような表情を浮かべながら、言葉を詰まらせつつ館花紗月に問い掛けます。

「それは、どういう意味の好き?」

館花紗月は答えます。

「アイラブユーの〝ラブだよ」

渡直人は放心したかのように口を開いて驚きの表情を浮かべます。

そして、渡直人は焦ったかのような口調で館花紗月に語りかけます。

「なんだよ、突然。いつものような冷やかしならやめろって」

館花紗月は本気だよ、と返した後、渡直人に問い掛けます。

「直くんは私のこと好き?嫌い?どっち?答えて」

(二択(9巻第2話))

[考察その1]

愈々、この物語が一挙に動き出すシーンであると言えるでしょう。

このシーンにおいて最も印象的なのは館花紗月の告白の言葉であることは言うまでもないでしょう。

これまでの館花紗月の言動、それはある意味で非常に抑制的なものです。そして、彼女の本音は中々掴み辛いものと言えるでしょう。

例えばですが、3巻第6話の最後のシーンは館花紗月の中々本心を明かさない態度が如実に示されたものとも言えるでしょう。

(掴み辛い本音(3巻第6話))

館花紗月は恐らくはこの時、渡直人が彼女との関係性を軽んじているような発言をしたことに対して怒りを覚え、また、そのことを切掛として、それまでに心中に抱いていた渡直人の態度に対する怒りを述べたものと思われますが、彼女の発言は極めて抽象的であったためか、渡直人は彼女の怒りの要因を理解することができませんでした。

(関連考察:3巻第6話における館花紗月の怒りについて

また、この少し前のシーンにおいて、旅行から帰ったら渡直人に告白すると、恰も宣戦布告と言わんばかりに述べる石原紫に対し、館花紗月は「すれば?」とつれなく答えるものの、去りゆく石原紫を極めて複雑な表情を浮かべて見やっています。

(穏やかならぬ表情(3巻第6話))

この時の館花紗月の表情からは、実に穏やかならぬ印象を受けてしまいます。その表情の下の感情、それは悲しみであるのかもしれませんし、或いは焦りであるのかもしれません。はたまた石原紫への羨望も含んだものであったのかもしれません。けれども、館花紗月はそれらの感情について、ついぞ言葉として口にすることはありませんでした。


そして、館花紗月の渡直人へのアプローチは、極めて慎重な傾向があります。

例えば5巻第3話において、渡直人が夜遅くに館花紗月の部屋を訪ねた時、館花紗月は渡直人に際どく迫りますが、その時も館花紗月は衝動的・軽挙妄動的に迫った訳ではなく、渡鈴白の話題を出して渡直人が家に戻る必要性があるかを確認したり、或いは石原紫の名前を出して彼の反応を確かめるなどし、そして渡直人の館花紗月への求婚まがいの言葉を聞いた上で行動を起こしています。

(入念な確認、慎重なアプローチ(5巻第3話))

感情や考えの表現は極めて控えめで、かつ婉曲的であり、また、渡直人へのアプローチも極めて慎重であった館花紗月。

そんな館花紗月が9巻第2話から第3話にかけてのシーンで見せる態度は、それまでのものとは真逆であると言っても過言ではないでしょう。これまでには見られない程、ストレートに自分自身の気持ちを表現しており、そして、気持ちを打ち明けるその過程には慎重さなど微塵も感じられません。

館花紗月がその言動をかくも変えてしまった理由には、以下の3つのものがあるものと考えます。


理由その1:館花紗月が意識してしまった渡直人への好意のエネルギーは圧倒的であり、最早、態度を取り繕う余裕が無くなっていた


理由その2:そもそも館花紗月は決断や行動が早い


理由その3:館花紗月が元来持っていた「共依存」的な性向が失われつつあった


以下、この3つの理由について述べていきます。


理由その1:館花紗月が意識してしまった渡直人への好意のエネルギーは圧倒的であり、最早、態度を取り繕う余裕が無くなっていた

館花紗月が渡直人への好意を意識したのは第8巻の末のことですが、実際には物語の開始時点から、根深く、そして強烈な好意を渡直人に対して抱いていたのでしょう。

それが顕在化しなかったのは、「第1回」(第8巻末における「好き」について)で述べさせて頂いたように、渡直人への好意を意識することを阻むための所謂「ストッパー」が館花紗月の心の中に幾重にも存在していたためだと思われます。

しかしながら、8巻第5話及び9巻第2話において、館花紗月の心の中の、その強固な「ストッパー」は悉く解除されていきました。そのため、館花紗月は、漸く自己の生々しく荒々しい感情の奔流とでも言うべきものに直面してしまったのでしょう。それは、館花紗月の心中に、ある種の恐慌をもたらすものだったのではないでしょうか。

(戸惑い、混乱(9巻第2話))



理由その2:そもそも館花紗月は決断や行動が早い

渡直人への態度、あるいは第8巻での「家族」を巡る態度などを除き、館花紗月の決断、そして行動は基本的に頗る迅速です。作中において、彼女が判断に躊躇している様子は余り見られません。

例えば、3巻第6話における藤岡先輩との対決場面においては、逡巡なく藤岡先輩を蹴り倒し、抗議する藤岡先輩の言葉などに一切耳を貸さず、ストーカーとして通報すると脅すことで事態を収束させています。

(介入、そして事態の収束(3巻第6話))

また、少し後の場面になりますが、9巻第5話の冒頭の場面において、渡鈴白から夏休みの宿題を終わらせたか尋ねられたところ、「初日に適当に終わらせた」と館花紗月は答えています。

(迅速な対応(9巻第5話))

館花紗月にとって、夏休みはバイトで多忙であったでしょうから、宿題なぞ早目に終わらせたほうが良いと考えたのでしょう(高校生の夏休みの宿題なのですから、それなりに分量もあると思われますが、それを一日で片付けるというのも相当な能力であるかと思われます。正誤や出来栄えは不明ですが…)。

為すべきことが明確であるならば、逡巡などせず素早く取り掛かるというのが館花紗月の本来の行動パターンなのかなと思われます。

9巻第2話のこの場面において、館花紗月は彼女の為すべきこと、それは渡直人に自分の気持ちを打ち明け、彼の気持ちを問うことであると考えていたのでしょう。

そして、館花紗月は逡巡無く、彼女の為すべきことを為したのでしょう。


理由その3:館花紗月が元来持っていた「共依存」的な性向が失われつつあった

内容としては「第1回:第8巻末における「好き」について)で述べさせて頂いた内容とほぼ同じものとなってしまいますが、念のため再度述べさせて頂きます。

第9巻までにおける館花紗月の渡直人への態度は、謂わば頗る受動的なものであり、その背後には、彼女の持っている「共依存」的な性向が色濃く感じられます。館花紗月の「共依存」的な性向が最も如実に現れているのは8巻第4話の「あがたの森公園」でのシーンだと私は考えます。

(共依存的な性向故の考え(8巻第4話))

ずっと誰かにとって邪魔者で厄介者』という考えは、館花紗月の対人関係における基本的な考えであり、「価値観」でもあったのでしょう。そして、その「価値観」とは、恐らくは「紗雪」との関係性において培われてしまったものだったのではないでしょうか。自分自身は他者にとって「邪魔者」であり、迷惑な存在である、そんな自分自身が他者に対して抱く願望もまた迷惑なものに違いない、というのが館花紗月の対人関係における考えだったのだろうと思われます。その他者に対して抱く願望とは、親しくなりたい、自分の気持ちを大切にして貰いたい、暖かく接して欲しい、自分自身を受け入れて貰いたい、優しく接して欲しい、といったものなのでしょうし、そしてそれらは元々、実の母親であろう「紗雪」に対して抱いていたものだったのでしょう。しかしながら、恐らく「紗雪」は幼き日の館花紗月のその気持ちを「邪魔」なものとして考え、拒絶的な態度で接してしまったのだと思われます。それ故に、館花紗月は彼女自身の願望に否定的な気持ちを抱くようになってしまい、現在ではその否定的な気持ちが、館花紗月が抱いている渡直人に対しての深く強い慕情を意識化させないように働いてしまったのではないでしょうか。そして、館花紗月は渡直人から「邪魔者」と思われたくないが故に、自分の願いを意識せず、彼の気持ちを最優先なものと考える態度を取るようにもなってしまったのでしょう。

5巻第5話の渡家でのお風呂において館花紗月が石原紫に対して語った『私と直くんは幼なじみ以上には絶対ならない。直くんもそれを望んでいる。』という、鬼気迫るが如き台詞は、その時の館花紗月の感情の感じられないような瞳の色と相まって、彼女の中にある、渡直人に受け入れられたい、好意を持って接して欲しいという半ば無意識ではあるけれども切なる願いと、「共依存」的な考えに基づいた、「邪魔者」になりたく無いために自分自身の欲求を表面化させてはならないという、謂わば強固な自己規範との相克を感じさせます。

(桎梏と願望の狭間にて(5巻第5話))

物語の開始以来、館花紗月を強く縛り付けていたその考えは、8巻第5話のラストから徐々に綻び始め、そして9巻第2話の学校でのプールの場面において、音を立てて崩壊して行ったのでしょう。


[考察その2]

この一連のシーンにおいて、館花紗月のその台詞と並んで印象的なのは、彼女のその瞳の色の変化なのではないでしょうか。


「私は直接くんが好き」と述べた時の館花紗月のその瞳は黒く塗りつぶされています。

(告白(9巻第3話))

しかしながら、渡直人とやり取りを交わしていく中で、完全に明るいものではなくとも、その瞳は徐々に彩りを取り戻して行きます。

(迫る「二者択一」(9巻第3話))

何故にこのような変化が生じたか?について考察します。

9巻第2話の最後にて渡直人の前に姿を現したばかりの館花紗月の胸中は、プールサイドの場面にて、渡直人への感情が「恋」であると自覚してしまったが故の苦悩と混乱で占められていたのでしょう。そして、自分自身では最早抑えられぬ衝動に駆られ、渡直人の前に姿を現した時も、その苦悩や混乱が彼女の胸中を占めていたことは想像に難くないでしょう。

(苦悩と混乱(9巻第2話))

しかしながら、謂わば事態の急変に戸惑い、館花紗月の気持ちを真正面から受け止めることを避けたい、回答することから何とか逃れたいとする彼とのやり取りの中で、彼の意思を確かめようとすることに館花紗月の思考は切り替わったのではないかと思われます。

(受け止めたくない気持ち、確認したい気持ち(9巻第3話))

心の中を占めるものの軸足が、渡直人への想いを自覚してしまったことに由来する苦悩や混乱から、渡直人の気持ちを確かめるための方々を追求するための思考へと変わったため、館花紗月の瞳の色はやや彩りを取り戻したのではないかと考えます。


今回は以上で終わらさせて頂きます。

最後まで読んで下さりありがとうございました。