HARUのブログ

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ラッパの事、普段の事、色々。


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今自分もこの文章をiPadを使って書いているのだけど、現代は身近にデバイスが有って簡単に色々な情報にアクセス出来る。

何かのやり方を知りたい時、例えば僕がよく使うのは料理のレシピや知らない言葉を調べる時。

楽器の演奏方法や音楽の事もインターネットの上では沢山の意見があり、動画でレッスンを公開したり、幾らでも情報にアクセス出来る。

でも、生徒さんをレッスンしたり、話を聞いたり、ネット上のレッスン動画を見ていてあまりにも方法論ばかり流れていてもっとシンプルなメロディを奏したり、ハーモニーを味わったり、そんな事から離れてしまっている様に見える事が少なく無い。初心者は奏法に関する言葉は殆ど必要ないんじゃないかな。呼吸法や息の使い方、アンブシュアの鍛錬を先にやったら音楽に対する感覚がそこで止まってしまう事になぜ気がつかないのだろうか?
音楽に接して行けば自然に揃ってくる。揃ってきてから少しづつトレーニングすれば良い。揃ってないなら未だ揃ってないよって伝えるべきだ。

人気が有るものほど、方法論を簡単に手渡す傾向が強い気がする。

そして、その方法の多くは一番核に必要な音楽的な事を無視して見える事も少なくない。見えてないのかも知れない(とても残念だけど聴こうと言う意識が無いのかも知れない)

凄く音が通る様になった。
〜でも、音程は酷くなっていてフレーズや表情は身体への意識の為に消えてしまっている。ただ、音が出るようになっただけにしか聴こえない。それがどんなに正しい方法でもそれではNGなのだと思う。

具体的なコツを求める方が多いのだろうけど、それが実戦で役に立つのは音楽的な事が根底でクリア出来ていて初めて役に立つのであって、根底が無いと普通の車をコントロール出来ないのに、馬力の強いスーパーカーを一般道で走らせるようなもの。

ちゃんとソルフェージュが出来てイメージがあって毎日のトレーニングが出来て初めてコツが生きる。それを魅力あるものとして伝えられることがとても大切。

レッスンで教え手が言葉をかけて体験させる事は難しくないしそれはその場限りのマジックだと思う。僕もよく使う。
でも、大切なのはその時に出た音やその時の感覚をちゃんと覚えておく事。具体的な方法だけを覚えても役に立たないと思う。抽象的、主観的な音と言うものを求めるのに明確で具体的なものは厳密には存在しないとも思う。最終的に感覚的に判断するものを画一化した方法で論じるのはとっても危険だ。それに辿り着くヒントになる言葉は有るがそれが本質では無い。

正直に言うと、若い時はそのルールがあるのではないかと沢山探したけど結局全てのそういうコツが言葉として必要無くなった時に安定したし、そこから世界が拡がった。1つのものの見方、例えそれがどんなに優れたルールで有ってもそれに支配された途端に実は目の前のことを見失う事を経験から学んだ。半世紀かけて。

根底にあるのは音楽で有り、音感であり、結局は音楽をするために楽器を奏しているのだから、そこから少しでも目を離した途端に違うものを求めている事にいい加減気がつくべきだと思うことが少なくない。




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久しぶりな投稿になってしまった…

昨日は17時過ぎから23時半頃までレッスンして夕食を食べたので今日のラッパのスタートは夕方。もう、回復力が遅くて…
無理はしないで上手く鍛える。

最近のレッスンから。

受験のためにレッスンを辞める生徒さんとは最後のレッスンはベーシックのトレーニングの中のコアな部分と残りの時間はひたすらに何曲もデュエットをした。
多少の不具合は飛ばして。
音楽を楽しむ意味を印象に残して欲しかったから。


調子良く来てたのに突然不調になる人が居る。

こう言う時は少し戻る様なアプローチをしてから戻る人は問題は小さい。しかし、しばらく談笑などしつつ、時間を開けて吹いた時にまた吹けなくなる人が居る。
上手く戻れた人はそのブレイクの間に良くなって居る。


さてそこから問題の原点を見つける作業に入る。何処がどうなって居るでは無くて、何故そうなるか。
何を意識してるからそうなるか?
メンタルな面も含むのでとても繊細に扱う。

ある経験からその時は質問を次から次へとしつつ、色々なことを吹いてもらったり、アイディアを試す。実はここではその時に使う手法や何をやってどうなったかは大きな問題では無い。

生徒さん本人から問題が起こる原因になってで有ろう意識を「ポロっと本人の言葉」で白状してもらうためである。(笑)
大抵は本人にとっては大切だと思ったり、とても良いアイディアを見つけた!って事が実は時間が経つほどにそれが誤解で不調を招いて居る事が少なくない。本人にとっては絶対に良いと思ってるので中々に表には出てこない。

そこさえ出て来れば後はその意識をリセットするだけ。

ただ、こちらの予想外の事が有り、生徒さんも何とかこなして1カ月位その原因の意識を放置してしまうと戻るのに時間が必要になる。これは長期的にはプラスになる経験だけど短期的にはマイナス。そこからアイディアだけに頼ってドンドン変えていく事でイメージを完全に失う事すらある。
立ち戻って行く過程でまた違う工夫を加える事で迷路に入ることもある。先ずは分岐点まで戻る事。

不調の時に気をつける事。

☆☆☆先ずは、音や音楽のイメージは必ず持って歌う感覚(声で歌う感覚と同じ)を忘れないこと。これは楽器の技術以前の問題。
☆☆小さな呼吸で無くて自然かつ大きな呼吸が出来るメンタルやフィジカルのコンディションである事。

そして、

A
★頑張って音を出してないか?音を出すのに努力が必要で無いか?唇の振動が起きるのに何かしらチカラや強い息が必要ではないか?
☆音が自然に出るように。息が上手く吸えて、ちゃんとマウスピースがアンブシュアにセットされれば音は自然に鳴るし、唇は勝手に振動してくれる。

B
★息を吐こうとする努力が必要ではないか?
☆息は自然にたっぷりと吸えれば勝手に外へ向かう。脱力による溜息の様に一度に身体の外に流れでない様にコントロールして内から外へ流れる事。

C
★良い姿勢を頑張って取ろうとしてないか?
☆楽器がちゃんと持てて構えられれば、良い呼吸が自然に良い姿勢を生む。
(昨日のレッスンで、「めっちゃ良い姿勢になってるんですけど!」て感想が有った。今までは良い姿勢を取ろうと身体の外側の筋肉を強張らせて頑張っていたので腰に来てた。人はどうしても型やコツで間に合わせようとしてしまう。問題はコア)
※レッスン前に偏頭痛が酷かったのがレッスンを進める事で消えた。僕自身も変な格好でゴロゴロしてたいて腰痛っぽくなった時にラッパを練習したら消えた事がある。良い呼吸になると頭の中が晴れて気分も前向きになる。

D
★タンギングをするのに頑張って突かなくてはならなくなってないか?
☆自然に上手くいけば「タタタタ」と言葉を喋るだけで音はクリアーに自然と並ぶ。
(もちろん、ダやラetc.でも良い。言葉と同じ)

この4つは同時に黒星になるか白星になるか分かれる。どれかが白とか黒には先ずならない。

いつも白星で居られる様に吹く前に段取りを頭の中でイメージしてゆったりと時間を使い、イメージ通りに身体が勝手に動くように準備をする。

おまけ、、、最近パワーストーンを改めて持つ様になった。ちょっと考える事と考えさせられる出来事が有って。

昨日「楽器を吹く時にこれ付けてると僕にはキツイんですよね」と外して吹いた瞬間に音を聴いて「えーーー!そんなに変わるんですか???」と言われた。まぁ、良い悪いは別として変わるんです。(笑)



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わりと調子良くコンディションが保たれて段々と状態が良くなってる生徒さんが急に調子を落とし始めることが有る。

理由は主に二つ。

一つは練習のし過ぎで唇を含む身体が過労になって楽器を吹く時の身体のシステムが上手く働かない事。

もう一つは思いつきで意識的に何か工夫をしてバランスを崩し始める事。

前者の場合は練習量を落としたり、負荷を軽くしたり、休んだりする事で奏法のバランスが本当に崩れる前に疲労が回復すれば調子は戻る。

しかし、後者は少し厄介になることが有る。(前者が原因で後者へ進む場合も有る)

後者から立ち直るにはその意識を一度オールクリアしないとならない。

楽器の上達において工夫をする=考えることはとても大切で良い事だと思う。しかし、こうなる筈、こうすれば理論的に正しいからと言う思い込みは多くの場合はマイナスに働くと感じている。

何故か?
いつもレッスンで言うことだけど、イメージから始まり(理論から始まる事は100%無い)身体全体の多くの筋肉が同時にバランス良く動いて楽器の音は奏でられる。ちょっとした思いつきで、意識出来る筋肉を一つ動かした所でバランスを崩す事は有っても全体は動かないし、一つに強い意識を払う事で全体が同時に上手く動かなくなる。

金管楽器吹きは唇の状態に敏感だと思う。しかし、唇に感じる不具合や逆に調子の良さが唇に起因するとは限らない。楽器との最後の接点で有り、音の元となる「空気の振動派」を作り出す唇とそれを支える口の周りの筋肉に呼吸を含む身体全体(喉や舌の役割は大きい)の全ての結果が現れて感じ取って居るのだと思う。

表面の唇の状態だけを動かしても上手くいかないし、そこに至る何処か一点だけを動かしても全体は上手く動かない。

ただ、ポイントの一点を意識的に動かすことにより全体のバランスを動かす指導法は有りだと思う。そこは否定しないし教える時の大切な技術の一つとなるが、それが全てを決めるもので無くあくまできっかけに過ぎない。だから、その結果(上手く行った時のサウンドや身体の感触)を記憶せずに方法だけを覚えるのはナンセンスだと思う。方法だけ享受しようとするから根本的な所が動かない。

音を聴きつつ身体の状態をしっかりと感じ取って入れば身体がどの方向へ動きたがって居るかは判ってくるものでもある。そこから初めて考えることが生きてくる。
高い音が出ないから工夫して… 当たる事もあるが、ほとんどの場合は違うバランスになるだけで本当に上達して居るだろうか?
ある瞬間に上達するポイントが動けば人が変わった様に音に現れる。その人が良くなったってより人が入れ替わった?て位に変わるものである。そして、そのバランスが定着する様にトータルの感覚やサウンドとして覚えて、時間をかけて自分の物にして行くものだ。
学んでいる人が高い音を攻略しようとして瞬間的に出たとしても、それが曲の中でステージの上で使えなければ机上の理論になる。

攻略の最初から数年で音域が5度拡がるとか、限界が拡がらないまでも自分の吹ける音域の中の上の方の5度のサウンドや吹き心地が明らかに向上してないとしたらそのアプローチは考え直す必要が有ると思う。自分の出せる音域の中をより精度の高い良いサウンドにして行く場合は音域の拡がりは少しゆっくりになるかもしれない。いきなり拡げようとするのも無謀だろう。

どちらにしろ振り返った時に方法やその方法が上手くいってるかだけの確認の仕方ばかり上達して、自分の音やその音を奏する時の身体の変化が見られないと言う事はないだろうか?


特にアンブシュアの動きはとても繊細。
例えばマウスピースは少なくと1/100mm単位で作られている。人によっては1/10000mmの違いを感じ取れるだろうし、1/1000mmの差がはっきりと音に現れるのを何度も経験してる。(これは変化を付ける場所により、多少大きく違いが有っても根本的に変わらない部分も有る)
アンブシュアも同じで我々が意識的に動かせる程甘い精度では無い事が多い。イメージから始まり呼吸や身体全体が上手くバランスを取り始めるとアンブシュアは自然に動き最適化されて行くし、それまでのアンブシュアに違和感を感じ始めてある方向へ動かしたくなる〜身体が求めてくる。それを音を頼りに身体に任せる事はとても大切で、外から見て分かるほどに動かしてしまったらそれはまた違うアンバランスを作るだけでナンセンスだとも思う。

もちろん、頼りになる幹になるいくつかのポイントは有る。しかし、それ以外は枝葉で有ってそこに意識を持ち過ぎると副作用の方が大きい。調子が落ちた時に枝葉を工夫して整えているうちに収集がつかなくなって行き、本来のイメージでは全くコントロールが利かなくなり、イメージ自体も信じられなくなることが有ります。

レッスンではどの枝葉に心を囚われてるかを探すのが大切になるし、時に時間も労力も必要になる。身体の動きだけを修正してもそれに対して命令を下している意識の変化が無くては根本の修正にはならない。そして、その為には聴くといく感覚を最大限に生かさないとならない。

どんなに科学的に物理的に医学的に正しくても、良いかどうかは音で判断するでしょ?それが無くてはもう音楽では無い。
そして、そこは科学的、物理的、医学的な数字には表れない(少なくともシンプルで万人が理解出来る数式にはならないだろう)。

基本的には演奏者も教師も生徒も耳(聴覚)に頼るべきで目(視覚)や机上の理論に頼るべきではなく、メソードは良い感覚や音を導き出す手がかりでしかない。魔法の方法なんて無い。

一歩一歩進んで、半年、一年、二年、数年経って振り返って見ると自分の歩んだ道や長さが判る。一歩一歩 歩める人は必ず上手くなる。

写真は10年程前は特別な才能が必要だと思っていた曲(少なくともバロックトランペットでは)。勿論、難曲だけど手中に出来る見通しは立って来た。40代を費やして登った山。




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長く通って下さってる生徒さんなのですが、大きな音が続いたり、高い音が続いたり、休符が頻繁に挟まったり、楽譜に追われたり、調子が落ちてくると息が鼻に抜けてしまう方がいらっしゃる。

以前からその方には伝えているのだけれどもそこにフォーカスして指摘する事は避けて来た。それは、意識する事で固さが生まれてそれが全体に拡がる方が良くないと考えて来た為。

この数年は長い経験年数が有る大人の方でももっと良くなる方向や考え方を、理解してもらおうと奮闘している〜これはとても繊細な事で、今まで培ってきたその方の方法や考え方を大きく修正する事、否定になる事も有るので長年に渡って避けていた部分もある。先ずは楽しんで欲しいし。上手く文章にするのは難しいのだけど、専門的に勉強をする人はまた別だがアンブシュアを含めて、その人が演奏出来ない(活動してる合奏に不具合が出る)状況は作らない様にしてる。一年先に良くなる試算が有ってもその一年の中で興味を失ってしまう可能性が有るから。もちろん、御本人の希望が有れば詰めてやるが「音楽を楽しむ」と言う観点からは余り好ましくないと考えている。少しづつで良いから改善して行き、何ヶ月、何年経った時に「あれ?良くなってる!」と言うのが理想的なのではないか?細かく奏法を考えて音楽を忘れてしまう位ならその方が何百倍も良いのではないか?と考えている。
一年先で無くて三年先に可能性が少しでもあるならその時々の活動に出来るだけ犠牲が生まれない様にと考えている。

だから、スルーして良いと判断した不具合はスルーする。スルーしない方が良いと思う事も他でカバー出来ると判断したら手はつけない。生徒さんが意識を持つ事で改善で無くて、他の部分を巻き込んでそれまで機能していたバランスを失い音楽を楽しむことから離れてしまう事が起こるのは避けたい。

このブログに書いてる殆どのことは愛好家の方や若い十代の子達の事が多い。僕は好んで田舎に住み、その状況ではそう言う方のレッスンが多い。専門生や愛好家でも演奏家並みに活動される方にはもっと違うアプローチになるとも思う。
(でも、基本は同じかな)

さて、息の鼻抜け。

これはアンブシュアや喉、呼吸から生まれる息の流れの不具合(スムーズに流れなくて息の行き場がなくなり苦しくなること)で、その苦しさを排除する為に口腔から鼻に抜ける弁を開いてしまうのが原因だと思う。

だから、必要以上なストレスを取れば消えて行くと判断をしていた。しかし、最近凄く全体的に良いサウンドで音域も拡がっているのに、休符の多いなど上にあげた場面で「鼻抜け」が起こる方がいらっしゃる。状態はかなり完全されてるのにいくつかの場面で以前の状態になる。身体の中に生まれるストレスを排除していっても、鼻抜けする状態を自ら作ってしまう〜これはその部分(鼻に抜ける部位)の習慣による過度の脱力と長いフレーズでは必要以上に身体や息の圧力を上げてしまうからだろう。

そこでフレーズを切って丁寧に吹いてもらうと少し改善。

改善した時に尋ねたら、フレーズを長く続けると上手くいかない所は「怖さ〜音が出るかどうか、上手く行くかどうか」を感じると言う事だった。

ああ、そう言うことか。。

要するに自らを追い込んで常に吹いてる。

そこで「怖くない様に物事を進めながら吹いてみて下さい。間違えても、テンポが落ちても、フレーズが切れても良いから、ただ、怖くない様にだけを気を付けて」やってみると、完全では無いが7割方の鼻抜けが無くなった。感想は「一つ一つが丁寧に出来たので鼻抜けが減った」との事。慌てる事で一つ一つの動作が曖昧になり、恐怖が生まれそれを後手に回りつつ力でカバーする事になる。そこに鼻抜けを挟む事で安心感が出る。しかし、その鼻抜けはエネルギーのロスを生んで効率良く吹くには賢明とは言えない。どうしても更に苦しくなり焦りを生む。

ここで、更に怖さが増幅される。

そこで、一つ一つ奏法や身体のチェックも出来るだろうが、それをやると、自分の経験、レッスンでの経験、レッスンを見ていての経験から音楽をするための楽器の扱いから遠ざかる方向へ進むと感じている。音楽をする瞬間にそんなことを考えてる余裕はない。何十や下手すると何百の動きをバランス良く全てが同時動きつつ音楽に意識を持つ事が出来ないとならない。音楽をする事は感覚として全てを把握出来るアプローチで無いと出来ない事。これは分析を完全否定するものでも無く、現状の把握を否定するものでは無い。分析や把握から不具合を知りそれを改善する為に細かくするので無くて全体をイメージを大きく使い考える事が大切だと思う。
(実際に鼻抜けを常に感じ取れる様にはなってもらったし、それがなくなる事で音へのエネルギーのロスが消えて結果的に良い方向に向かう事を感じてももらった。)

何故なら、例えば表現をすることと同じで、頭で考えて正しい音が出る様(並ぶ様に)にと音を整理整頓してから、エモーションをと考えても実は上手くいかない。同時に進行しないと。


細かく分析して修正するより「怖く無い様に進める」と考える事により他への意識が丁寧になり集中が上がるならその方が遥かに良い。出来れば「安心出来る様に」とポジティブに言葉を入れ替える方が良いかもしれないが、今は「怖く無い」の方が良いと思う。「怖い」というのが本人から出た偽りや誇張のないの無い言葉だから。ひょっとしたら「安心」変化するかも知れないが無理やりそうするとその時点で意識はずれてしまうと思う。机上の理論では上手くいかない事が多い。

言葉はすべての人で受け取り方も発し方も違う。相手との受け答えや発した言葉への反応の仕方で全て使い方を選ぶ様にしている。だから直接的な言葉が全て正しいアドバイスだとは思わない。




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This is just my opinion.
I don't know if that is correct for all.
However, someone may get some hints or some ideas form this. 

The first performance: 
I play with the just relaxing body.

The second: 
I play with a good body position for my body. It's comfortable for my body. Just comfortable.

The third: 
I play with the drawing up position like a military style. 

The forth: 
It's my best or better position for the playing trumpet.

The first, it doesn't make enough energy for the trumpet playing. 

The second, It's better than first position and third position. However it's not enough for the long phrase of the high part, the big sound, very small sound, and the widely resister. It needs much staminas for the long playing with that position.

The third position is made by my muscles of the outside. My inside is fixed and cannot move freely.

The forth and second, those position are small difference, but it's big diefferent. 
The looks, Third and Forth are close. But it's very different in my body.
The forth position makes inside of my body by a good breathing. It's very freely for the trumpet playing and my mind is kept cool in some tough situations.





 

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週末は状況とアレンジから殆どラッパに要求される音量の下限をさらに下へ超えるような音量で吹く場面ばかりのコンサートでした。

マウスピースやその他で作戦を練ってあったのですが、ホールへ行くと予想以上に音が響いて通ってしまう。これを抑えるのに苦労した。

1管のオーケストラ用にアレンジされており、弦楽器のピアノの延しのコードなどがラッパ(ビオラ担当)とホルンに来てたり弦楽器を超えてはならない。浮き立たせなくてはならない。普段は如何に効率良く響く音を無理なく空間に放てるかを意識してる事(ピアニシモでも響きを持って)もあり、元々の音のエネルギーが高い金管楽器にはこう言うのが一番難しい…

しかも、一番安定(音程や響き)させるのが難しい最低音域の少し前の音達。もちろん、普通のオケの楽譜にも何箇所かはそんなシビアな箇所は有りますが、1分以上も延々と吹いたり、何度も登場することは先ず無い。それでも、大きな編成ならラッパの特性が考えられてる事が多いのでピアニシモでも柔らかく響く音で十分です。今回は事情が特殊でアレンジにそこが考慮出来ない状況もあり厳しかった。

良い経験になりました。

でも、こういうコンサートだからこそ楽譜はちゃんとミスの無いものにして欲しい。28曲のオペラアリアで合わせの中で返す時間も殆どないし、普通は先ず無いアレンジがされている。前回やった方の修正の書き込みの音も全く違っていてさっぱりわからない曲も有り、酷な要求だと思ったのですが、アレンジャーに書き直してもらった曲も有りました。お陰でスッキリと解決した。


さて、昨日、今日と調子が何故かはまらない。

ふと気がついて以前に書いた爪先立ちをしてみたら、上手く出来なきい、、、あー、使わない様に努力するとすぐに出来なくなるんだと実感しました。それを全体のアンバランスとして感じる。

まぁ、楽な身体の状態では有るのですが、これではもっと音域や音量のレンジが広いものには対応出来ない。
最近、バッバのバイオリンの為の無伴奏の曲を練習に使ってるのですが、コンディションが崩れると本当に吹けない…
今日なんて全くダメ…

小さく吹くことに過剰に吊られて、身体のコアが緩んじゃってるですよね。

たまにそういう状態が良い状態で、そこからお腹を使ってと言ったり、息のスピードを上げて高い音や大きな音をという説明をされる事もありますが、それはとてもキツイ吹き方だと思ってます。僕はパワーで吹ける殆ど身体に恵まれてないし、アンブシュアも弱い(唇すこぶるも弱い)。息のパワーも余り使いませんし、バジングも極力避けて、全て身体や息、喉の使い方響きの捉え方のバランスで鳴らしてますから… 身体を元に響きをどう使うか?
だから小さい音でも響きをある意味殺さないとならない時は身体やメンタルにかなりの負担がかかります。

もっと身体の中にエネルギーを持ちそれを外に自然に放出する事をコントロールする方が音楽の表現も音の響きもずっと豊かになる。

それに普通の音量のハイトーンに息のスピードは要りませんし過剰に下から押す力も必要が無い。

でもデフォルトの状態が緩んでる、エネルギーの足りない状態だとそうしないと高い音も大きな音も出ません。高い音が強い音でしかならない、急にスピードの上がった音色になる、逆に急に細くなったりこもったりする、て時はバランスが取れてないとだと思います。上手い人の高い音は高く聴こえない。(もちろん、その時々の音楽や選ぶ音の表情にもよりますが…)

身体に蓄えたエネルギーのコントロールが出来る人は「喉」が使える人だと思います。大抵の名手は意識的に無意識に関わらず「喉」が実に上手く機能している。
僕にはそう見えます。

現在、全体のバランスを少し見直してるということもあり、ちょっとした事がとても影響し易いので少し丁寧に見直したいと思います。





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多分何度も同じ様な事を書いてるのだと思う。この内容だけで無くても同じ事を繰り返してるブログが沢山有るはず…


全部を整理してしまうのが良い、しなければならないのかも知れないのだろうけど面倒と言うのが本音(笑)

その時々で起こった事や感じた事を書いていって、どなたかが読まれた時にあれ?前と違うって事もおもしろいかもしれないと思ってる。
無責任と言うよりは変化してるって事なんだと思う。

もし、20年前に書いてたら今とは大きく違う気がする。

医学や科学でもそうでしょ?
変わらないことも沢山あるけど、覆って正反対の事が常識として取って代わる事も少なくない。人間のする事だから。人間が存在する意味を紐解ける程に人間が熟成したらくつがえらなくなるかも…

何か疑問や悩みの有るラッパ吹きやそれ以外の方が、このブログから何か考え方を変化させたり、ヒントを得られたらそれで十分だと思う。こう言う考え方もあるのだと。


私自身が、これが正しい、絶対だと言う考え方は疑ってかかる質だし、全ての人が一つの方向だけに向くことはどの世界やどの分野でも危ない傾向だと感じるから。


さて本題。
練習をし過ぎて調子を崩す事が生徒さんの中で多い。し過ぎと言っても、単純に長い時間、時間は短くても負担の大きな事ばかりやってたり、その両方でハード(実際に負担のかかる身体)となる唇やその他の筋肉に疲労が蓄積して時にはかなり危うい状態になってる事が少なくない。

先日の中学生さん。
昼間に目一杯吹奏楽の合わせをして夜にレッスンに来たら真ん中のソ〜ドで音が下に落っこちてしまう状態に陥ってた。
突然アンブシュアの支えが崩壊する現象。
明らかに過多な練習。吹き過ぎで身体が悲鳴を上げている状態。

学生も大人も愛好家の方の場合は最初にゆっくりと音を出しつつ「自然に音が出る」事を確認し体感してもらう事を毎回必ず最初に行う。調子が悪ければその時間は長くなる。余程でない限りある程度までその調子が戻るまで時間を延長してでも体感して持ち帰ってもらう。

息を無理やり吸う、音を出す時に特別大きな音や高い音の保持で無いのにお腹から押し出したり力を入れる、唇のバズを唇を閉じる力を使って無理矢理に起こす、高い音で同じ様に必死に唇を閉じる、きついタンギングで無理矢理音にする、マウスピースを腕の力のみで押し付けまくる… などなど、どれが残っていても自然な状態を感じられるまでは先に進まない様にする。
(そう言う意味で厳しいとよく言われる 汗)

先日の中学生さんにはノータンギングで下のドからはじめてもらって、先ずは(半分以上はイメージの中の息の流れの練習になるのだけど)、息をゆっくり吸ってゆっくりたっぷりと吐く呼吸練習を挟み、その上に音が自然に乗っかる事をやって貰った。
息を吐く時には決して「お腹で押す意識や力を入れる意識を持たない事」息は自然に外に流れるし、それをサポート保持する事が大切でそれで自然に音が生まれない時はアンブシュアのシステムが上手く働いていない。逆も然り。

さて、吹くうちに良い響きに戻って来たのに真ん中の音で先に書いた様に突然アンブシュアも音も破綻してしまう。。

よくよく話を聞くと、以前にもコンクール前の集中練習で3日位同じ様な事が有ったと言う。
部ではどうしても唇や強い息で頑張ってさらに唇でそれを受け止めて音を保持してるのだろう。あるラインまで(これは人によって強さが違うのでボーダーラインは人によって違うから具体的には書けない)は何とかなるが、超えた途端に破綻する。とても危険な領域に足を入れてるのだと考える。そう伝えた。

バランスのイメージを取り戻すアプローチやその練習だけでレッスンを終える。以前より任されるパートの負担は上がっているので限界が来るのも早い筈。

また、以前に大人の方で時間が出来たからと練習しまくって上手く音が出なくなった方がいらっしゃる。

先ず出したアドバイスは3日間吹かないで下さいという事。
そして、中低音からゆっくりとした呼吸で丁寧に先を急がず少しづつ3〜7日間かけて音域を戻していく様に練習する事。

初心者には15〜30分以上は吹かない事、毎日で無くて良いから週半分くらい吹いて欲しい事を伝える。
最低限として週に2日ちゃんと集中して吹ければ少しづつだけど上達は望めるのではないかなと考える。もちろん、それでは鍛えた特別な耐久力を望むのは難しいし急激に上手くなるのも難しい。でも、毎日、吹き過ぎるよりはずっと良いと思う。現に生徒さんでそれくらいのペースでしか吹けない方も居るがちゃんと音色も音域も技術も向上してる。だから、レッスンは時間を長めにとってレッスンも吹く時間を休み時間と共にたっぷりと取る様にしている。
昨年から教えはじめ中学生になった子は上のアプローチで90分間のレッスンでも良い音を保ちつつ上のソまでバテずに吹ける。(まだ大きな音は吹かせてない)



ところで、いま筋力トレーニングを自分に行っている。(加齢による身体能力の衰えをカバーする為)
プッシュアップやストレッチ。
色々調べると毎日やるのは逆効果。
週に2回ほどが良いと書かれている事が多い。
実際にそうやってみると確かに効果がある。疲れがあるうちにさらに負荷をかけるのは逆効果。もし、毎日やるなら負荷を下げて回復出来る量で行う。

僕自身がバロックトランペットやナチュラルトランペットで高い音のフレーズや音楽をさらう時も同じ。コンサートに向けては殆ど毎日はやるのだけど、基本的に一回の負荷は小さく抑える。一回通しが基本。その一回の集中を上げて上手くいかない時は翌日に記憶を呼び戻して続きを行う。それでちゃんと本番に必要な耐久力や技術は得られる。反復練習を同じ日の中で無く、何日もかけて行うイメージ。
反復練習は確かに大切だし、出来るまでやると言うスピリットは基本だけど、負担の大きな事(例えば高い音)は反復より正確なイメージと集中力を使いそれを何ヶ月もかけて少しづつ組み立てる様に積み上げる事で無理無く確実になる。反復するうちに訳が分からなくなると言うのは逆効果。

(※イメージと書いたのは高い音を出す方法が、一般的に広まっている事と自分が上手く行き評価をしてもらえる方法〜結果を伴う〜が意識をする上で違うから。これは文字で書くのは誤解を生むし危険〜ただし考え方としてはこのブログの何処かに書いてます)


それを毎日、何日も、何週間も、何ヶ月も何年も積み重ねるうちに自然に全てはついてくる。ある時突然結果が出る事も有る。


耐久力は鍛えるだけで無くて、上手く全体のバランスを作る事で向上もする。そちらの方が大きいかも知れない。そして、耐久力と音量と音域は密接に結びついている。

これからコンクールのシーズン。
頑張って練習したのに当日が一番調子が悪いって事にならない様に、ステージの上で気持ちよくそれぞれの音楽が奏でられる事を、楽器を奏でる全ての皆さんが経験出来ますように。そして、音楽を一生の友と出来ますように。







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先日書いたブログの中に入れた動画を撮り、視返して、海外の知り合いから英語で説明が欲しいと言われて頑張って書いてるうちにふと思った。

姿勢が猫背、反ってると言う言葉が指す表面的な身体のポジションはあまり関係無いのではないかと。

要するに身体の内側が自然にちゃんと使えるか?内側が使えずに外側で頑張っちゃってるか?

綺麗に見えるアンブシュアなのに上手く音に鳴ら無い場合と少し癖が有る様なのに素敵な音がするアンブシュアと書くと分かり易いかもしれない。

高い方の音域を長いフレーズで長い時間快適に(根本的に楽では無いけど)コントロールするポジションや力のバランスと低音を常に豊かに安定してコントロールするポジションや力のバランスは「違いが有る」とは思うが、もし、良いと悪いと分けるとしたら身体の内側が上手く使えているのが良い状態で、外側で無理に頑張ってるのが悪い状態だと考える。

息の入るところもお腹、胸、肩、背中、と分けるのでなくて、方向も上や下その他と考えるより肺や身体全体が自然に膨らむ様に意識を持って、その息を上手く保持して上手く息を楽器を通して身体の外へ流す。上手く流すのに高い方では身体の中に高いエネルギーが要る。それは多分、呼吸を支える筋肉全般で元を作り、声帯の周りの喉筋肉で上手く蓋をしてコントロールする。上手く蓋をしてエネルギー(身体の中に生まれる圧力)をコントロールして唇に向けて送る。息を止めてはいけないと言うのはこのコントロールがが出来てなくて無理やり押さえ込む様に息を止め(喉の上の方や舌や唇)自然な息の流れに支障が起きる状態。それを回避するために無理矢理速い息を送り込むことは得策では無い。
低い方では蓋の開きが大きくもう少しゆったりしたエネルギーで沢山の息が流れる。
唇は完全には閉じず、欲しい音に必要な適切な開きを自然に身体が選べる様に流動的に保つ。舌は声帯(声門)周りの筋肉の動きから自然にポジションが決まる。
良くリップスラーが上手くいかない生徒はここの舌と喉の動きの連動が上手くいってない事が多い。(時にお互いを逆に動かそうとして機能しない)


身体の中のエネルギーを上手くコントロールするのに、力のかかる方向を感じる。これは例えばハイトーンでお腹で押すとか、お腹から息のスピードを上げると言う事では無いと思う。息の流れに生まれるエネルギー(身体の中に感じる圧力)に呼応してお腹に力が必要と感じるのかも知れない。ハイトーンで息は殆ど流れてないから。
(少なくてもバッハの作品の様な音楽ではそんなスピードを持った息では使えない。必要無い。)

身体の姿勢としては反ってようが少し猫背で有ろうが、身体の表面が緊張する様な使い方で無く内側が上手く使えれば特別な音域や音量以外は殆ど問題無く行くと思う。
(個人的には尾骶骨や仙骨が起きてる状態を勧める〜爪先立ちをすれば簡単に掴める)

表面の力は要らない。
インナーマッスルといって良いのか?自然な呼吸と共に内側が上手く使える事が大切。

此処はもう少しゆっくりと踏み込んで考察してみようと思う。


生まれて初めて行った沖縄のビーチにて(笑)
仕事の間の束の間のゆったりした時間。


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身体のポジション取り。

息のエネルギーの感じ方の方向。

自分の身体の上で実行して動画に撮りました。

一つ一つの解説は付けません。
言葉で書いても誤解を招くので。
アンブシュアやその他への「意識」は変えずに身体の姿勢や息のサポートの仕方を変える事で音にどう現れるかを試してます。

僕の考えるベター(ベストとは未だ言い切れませんが…)な選択〜レッスンで伝えたい事の技術的なエッセンスは直ぐに判ると思います。その方法が音やテクニックに縛られずに一番音楽が自然に現れる。吹く事(自然な息の流れ、唇の振動、音を動かす努力)に対する努力と言うか音を出す為の頑張りが一番少なくて、言葉を話す様に、そして、表情に沿った息の流れを選べば自然に音楽に寄り添った音になってくれる方法です。(少なくても僕には)
これが上手く行ってる時は音域、音量、音の並び、どんな状況下でも「吹き方」に縛られる事が無く「歌」に近くなる。
特に高い音域で軽く、弦楽器、歌、木管楽器と会話の求められる僕の専門ではそのコントロールが最適だと感じてます。
(上手く行ってる時は下も楽)

出て来る音の空間への響き方が全然違うと思うのですが…

映像を観れば判りますが、どのような動作がその身体のポジションに導いてくれるか?も判る様にはしてあります。きっと人によって微妙に見た目は変わります。(ポイントは身体のコア、芯の部分で表面の筋力は全く要りません。表面が緊張してる時〜力が必要な時は上手く言ってない時です。)また、それぞれの息やエネルギー(力)の方向を小さく右手で示してから始めたりしてます。(全てでは有りません)
この身体のポジションを見つける動作は自分の身体の上で探して、少なくてもこの10年ほどは説明に使って来てますが、昨年?読んだある声の本の中にも同じ方法の記述が有りびっくりしました。


アメブロの仕様の関係で三本に分けてあります。


みなさんの参考になれば…

それぞれの方にそれぞれの考え方が有るのでこれが絶対だとは言いません。こんなの… て思われる方はスルーして下さい。

私の生徒さん、それに準ずる方(笑)には参考になると思います。















テーマ:
演奏活動を始めると共にもう何年もレッスンを行なっている。
それはプライベートであったり、トランペットパートであったり。(合奏の指導もするけど今回の内容からは外れる)

トランペットパートをみる場合はある程度目標が決まっていて、例えばコンサートやコンクールへの目標の為と言う目安となるものが有りそこを目指す事が一番の目標となる。

個人レッスン。
専門的な勉強をしたい人もある程度の目標は明確になる。受験生に代表される様に。

クラブをやってる中高生も力を入れている子が多いからやはり目標は自然とはっきりとする。
しかし、中には本当に頑張りたいって言うほどの情熱を持たない子も居る。
また、愛好家である人、少し上手くなりたいからって思う人のレッスンがちょっと難しいと時々感じてしまう。

どこまで求めるべきなのか?

結論を先に述べると目標がある人や専門家を目指す人と目指す方向や目指すクォリティは変わらないと考えて進めている。
もちろん、進展の速度やそれぞれの状況を考慮する事は当然で、ただ先に進む事だけを求めるわけで無く、調子が落ちればそれを戻す手伝い〜トレーナー的なレッスンもとても大切なのだと思う。

専門家を目指す人とそうでないと人に差をつけないのは何故か?

先ずは上手になり自由にできる事が増えると面白くなり先に進みたくなるものだから。その時に、行き当たりばったりでその場しのぎのレッスンをしてしのいで居るとそれが足かせになる事が有る。

根本的に上手くなるためにはやはりソルフェージュも含めてその人の内側からその人自身で動かす事が必要になる。この点はもう専門家であれ愛好家であれ変わりは無い。

ちゃんと感覚から伝えて、守るべき事やポイントでのコツを伝えながら上手く生徒が自分で上手くなれる手助けをしないとならない。気がつくべき事に気が付いてもらわないとならない。押し付けてはならない。
その人の中から引き出す事が大切。

実はそういうレッスンは時間(月日や年月も)がかかる。習う方も教える方もかなりのエネルギーを使う。

ちょっとコツを習って上手くなる、誰でもスッとできる様になるってのは実は表面的な場合だけだ。


本当に音楽を楽器の演奏を通して楽しもうとするとそうは行かない。レッスンを受ける場合はそこまで求めて居るのか否か?をちゃんと自分で意識する事が必要だろう。
(初心者の方を教えるのが一番難しい。先ずは楽しみを伝え、かつ、後々に本当に上達を目指す時に邪魔をしないものを構築しておくべきだから。そこをおろそかにしてしまうと経験者となった時に苦労する。だから最初にちゃんと習う事が大切だと言われるのだと思う)


ちょっと人より吹ける様に、音を出して楽しみたいって辺りなら習う必要はあまりないと思う。本当に上手くなりたい… これは今の自分より上手くなってより前に進みたいって思う事で演奏家レベルになりたいって意味では無い… て時にレッスンはとても効力を発揮する場合が多い。

ただ、手段を習おうとしてもあまり効果は無いと思う。その先生が何を見て何を聴いて何を感じて音を出しているか?そこをちゃんと感じて、先生が何を意図して言葉を発して居るのか?少なくとも大人なら考えて想像する事が大切。先生の演奏から盗む事も大きな効果が有ると思う。

教える側としてはそこをちゃんと伝えないとならない。そして生徒であるその人から引き出す事。手段は長い目で見るとそれ自体は大して役に立たない。音楽的な感覚を伴って初めて効力を発揮する。“その場に限りに有効だった”って事も少なくないし、以外に教え手がそこに気が付いてないと思う。
(僕自身も若い時は気が付かなかった。手段をあの手この手で伝えていた)

皆で上手くなろうも無い。

と思う。

自分で上手くなる。基本は一人で頑張る。
時にそれを競争するのは良い事だろう。
自分だけで気がつかない事をレッスンで気がつかせてもらう。仲間のアドバイスでも良い。でもそれを選択して活かすのは自分自身。

だから、僕のレッスンは時間もエネルギーも沢山使う。初心者と一部の方以外は1.5〜2時間 時にそれ以上かける。



さて、最後に最近レッスン中に気が付いた事。自分では当たり前なのに何人かの生徒さんがどうしても出来ない事。

上手く吹けないって人や吹けない時に、タンギングの毎と言うか音を出す度にも唇を上下の唇を完全に、または殆ど息が通らない程閉じてる人が多い。
マウスピースの中の事で見えないので本人も気がつかない。マウスピース無しで「タタタタ…」とアンブシュアを作りながらやってみて、タンギングの度に唇の真ん中にできる穴が大きく、ハッキリと動く人はそれはきっと発音や音のコントロールを邪魔してる。ちゃんと最初から準備して出来ていれば殆ど穴は動かない。穴は息を通す前から存在する方がずっと楽に発音が出来る。スラーよりもタンギングが苦手な人は観察して見ると発見が有るかも知れない。


後打ちなど休みを伴いタンギングをする時に発音と同時に常にお腹が動く人は息のホールドが上手くいって無い事が多い。舌の付け根から喉のコントロール〜トレーニングも足りないかも知れない。
ハイトーンが苦手、またはデカイ音でしか吹けない人にも同じ事が言えると思う。
ハイトーンが続くフレーズではこの部分のコントロールが身体の中に生まれるエネルギー(圧力)をコントロールする(生み出す)大切なスキルとなる。決して息のスピードでは無い。ハイトーンでは息は少ない。少ないという事はスピードも無い。(物理的にスピードが有って量が無いことはあり得ない)
身体の中に圧力、エネルギーを感じる。これは肺(腹筋や呼吸に関わる筋肉)から喉までの力のコントロールがとても大事だと思う。喉が使われると舌も使われる。K、H(ドイツ語のch)の発音と同じかそれより少し奥の部分。そこを過度で無く程よい加減にコントロールする事。これは歌えない、ソルフェージュがままならない、声が上手く出せない人には掴み難いと思う。ここからは想像だけど声をコントロールするテクニックにかなり近いのではないかな。

写真は少し難易度の高いバロックトランペットの自分への課題。この辺りを美しく優雅に演奏しようとすると息のスピードは邪魔。よく言われる "i" シラブルも音色を変えてしまう。逆にエネルギーを保ちつつ喉を上に拡げる感覚が美しいハイトーンを生み長いフレーズでも耐久力を生み出す。
師の教えも喉を開け!だった。
弦楽器や木管と会話の出来る師のこの優雅なハイトーンは身体を上手く使い喉を開いて響かせる事で生まれる。









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