皆さんおはようございます
数日前にカリフォルニアのディズニーランド・リゾートの第2パーク、ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー・パーク(Disney California Adventure, DCA)のブエナビスタ・ストリートを走るレッドカー・トロリーが廃止されるかも知れない…というニュースをお伝えしました。
現地のファンの間では相当話題になっているようで、XなどのSNS上でも多数の関連投稿を見かけます。
全体的にはアトラクションの廃止に反対するファンの声が強い印象で、東京ディズニーリゾートでもしばしば見られる光景ですが、(まだ決定内容が発表されたわけではありませんが)廃止を決めた経営陣を非難する投稿も相当数あります。
その中で目立つのは、ウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOであるボブ・アイガーや、ディズニーパークを含めたエクスペリエンス部門の会長であるジョシュ・ダマロを1988年公開の映画『ロジャー・ラビット』に登場するドゥーム判事になぞらえる投稿です。
映画をご覧になった人はご存知と思いますが、作中でドゥーム判事は高速道路を運営して利益を上げるため、競合する路面電車を廃止するためにこれを買収します。
ディズニー社の経営幹部をドゥーム判事になぞらえる投稿は、この話を基にしたものです。
さて、ドゥーム判事による路面電車の買収の話、実は廃止が噂されるDCAのレッドカー・トロリーと深い関係があります。
『ロジャー・ラビット』の映画は1947年という時代設定ですが、ちょうどこの頃、現実世界のロサンゼルスでも路面電車の運命が大きく転換しつつありました。
今日のロサンゼルスの街は、自動車でないとどこに行くにも不便なほどの自動車社会となっていますが、100年ほど前には路面電車網が張り巡らされ、市民の足となっていました。
では、なぜロサンゼルスが自動車社会になってしまったのか
これについて、現地では非常に有名な陰謀論があります。
『ロジャー・ラビット』の映画の設定とほぼ同時期の1945年に、ナショナル・シティ・ラインズ(National City Lines)という全米各地で公共交通機関を運営する会社がロサンゼルスの路面電車を買収します。
それから約20年の間に、赤や黄色に塗装された車両がシンボルマークのロサンゼルスの路面電車網はバス路線に取って代わられるなどして消滅してしまいます。
このナショナル・シティ・ラインズの主要な株主が自動車製造業者のゼネラルモーターズ、タイヤ製造業者のファイアストーン、石油会社のカリフォルニア・スタンダード石油会社、フィリップス石油会社であったことから、自動車関連産業が自らの利益を図って結託し、自動車と競合する路面電車を廃止に追いやった、とする説がまことしやかに語られるようになりました。
ドゥーム判事のエピソードは、このロサンゼルスの路面電車を巡る陰謀論を下敷きにしています。
DCAのレッドカー・トロリーこそが当時のロサンゼルスの街を実際に走っていたパシフィック・エレクトリック鉄道の路面電車ですから、これを廃止する決定がドゥーム判事のエピソードを想起させるのは自然な流れかも知れません。
実際には、ロサンゼルスの路面電車を巡る陰謀論については、歴史的事実に基づいた様々な検証が行われています。
代表的なものとしては、カリフォルニア大学バークレー校ロースクールの教授イーサン・エルカインド(Ethan Elkind)がRailtown(『鉄道の街』)という著書の中で詳述しています。
これらの分析によると、そもそも1945年にナショナル・シティ・ラインズがロサンゼルスの路面電車を買収する以前から、路面電車が採算を取るのが難しい事業であったことが分かります。
具体的には、1913年以降第二次世界大戦の開戦までの間、レッドカーを運行するパシフィック・エレクトリック鉄道が黒字を上げることができたのはたった1年だけだったという記録からも明らかなように、1930年代までの間に、路面電車は乗客の減少による苦難の時期を迎えていました。
路面電車の乗客が大きく減少した原因は、バスとの競合です。
ナショナル・シティ・ラインズが路面電車を買収するずっと以前から路面電車はバスに乗客を奪われ始めており、1926年時点でパシフィック・エレクトリック鉄道の乗客とバス路線との競合は15%程度にとどまっていたのに対し、1939年には30%程度へと倍増していたそうです。
(詳細については以下のLA. Curbedの記事が大変よくまとまっています)
加えて、道路の上を走る自動車の数が増え始めたことで、路面電車の運行に遅延が目立つようになり、路面電車の利便性が低下して乗客が更に減少するという悪循環も発生していた模様。
そうなる原因を作ってしまったのは、ほかならぬ巨大な路面電車網そのものだったようで、街の中心部から郊外へと向かう路面電車の主要駅の近辺へとスプロール的に都市化が進行した結果、郊外と市の中心部との間の交通に支障を来すようになってしまったようです。
さて、本題に戻ってDCAのレッドカー・トロリーの廃止の噂をドゥーム判事の企みに結び付ける比喩は、見た目以上に含蓄があるように思えて来ます。
「犯人捜し」をしたい住民が槍玉に上げたのは、自らの利益のために路面電車を廃止に追い込んだ自動車関連業界の「陰謀」でしたが、本当の犯人は、自動車関連業界に支配された公共交通機関運営会社ではなく、路面電車を利用しなくなった住民自身でした。
ディズニーパークのファンの間では、ディズニー社の経営陣がアトラクション廃止の犯人であるかのように映ることも多いのですが、実際はアトラクションの廃止は大多数のゲストの好みの変化に起因するものかも知れません。
今ある大好きなアトラクションが無くなってしまわないように、日頃から愛着を表明することを惜しんではいけないのかも知れませんね