昨年の11月23日にウチの村で行われた「清沢神楽大祭」及びその周辺を取材・編集したテレビ番組が1月11日に放送されます ![]()
気が向いたら見てね~ ![]()
(私はたぶん映ってないだろうなあ)
(この日は仕事で見られない)
(我が家にはビデオが無い)
(誰かDVDにコピーしてくれんかの)
イベントに協賛してくれたダイドーグループは、ずいぶん前から、日本の祭りを応援している。
知らなかった。
有り難いこっちゃ。
元旦には、放置茶畑から、チッチッと、ウグイスの地鳴きが聞こえたのだが、あれから聞いていないなあ。
ウグイスではなかったのだろうか。
そう言えば、今年はまだ梅が咲いていない。
この写真はおととしの1月3日のもの。
昨今、あったかいと思っていたのだが。
今日は、ショートステイから戻ってくる母を迎えに行った。
穏やかな感じでよかった。
明日は初仕事だ。
起き損なわないように、連れ合いに助っ人を頼んだ。
先日、いっしょに散歩した時、伊豆あたりの温泉民宿にでも行こうか、と連れ合いを誘ってみたのだが、よい返事が来なかった。
もうあんまり遠出をしたくないらしい。
運転は私がすると言ったのだが。
ひとりでドライブするか。。。
ちょっとわびしいなあ。
今日もよく寝た。
寝過ごした。
お休みは明日で最後なのに。
三が日を過ぎたから、まあ、幕の内、じゃなくて松の内(元旦から7日あるいは15日まで)の間には、日の出を拝もう。
今日も、日がかわってしまったなあ。
夜更かしに自信があって、困る。
仕事に備えて、あすからははよ寝ねばならん。
お酒も今夜まで、と思って、サーモンユッケをさかなに、いただいたうまい日本酒を少々。
遅起きして、どうしようと思ったが、迷っているうちに行動、ということで、綿毛布の洗濯。
これで寝具はすべてさっぱりすっきり。
今夜もよく眠れるだろう。
洗濯が終わると、つれあいが散歩に出かけようとしていたので、いっしょに行くべ!
いっしょに散歩、何年ぶりだろうね。
毎日歩いている彼にはついてゆけないかな、と思ったが、結構私、歩けてるではないか。
ダンスのおかげかな?
いつもの見晴らしのいいところで、ふたりで駿河湾と遠州灘(?)を望む。
なんとか景色を入れつつツーショットを取ろうとしたのだけれど。
私はここで折り返す、と告げて、歩き続ける彼を見送ってから、ダンスの稽古。
踊っているところに彼がもどってきた。
立ち止まっているので、私の踊りを見ているのかと思ったが、そうか、待っていてくれているのか、と気づいて、もちょっと踊りたかったけど、いっしょに帰ることにする。
昨夜、自分の頸椎から上部胸椎のあたりをさわってみたら、猫背~という感じに前傾しているのがわかって、軽くショック。
猫背はわかっているけど、こんなに固まっているのか、と思ったところで、そう思ってしまうと固まってしまうのだ、と思い直し、今日の散歩では意識して背骨を柔軟に動かすようにしてみたのだ。
パソコンに向かう姿勢がモンダイなんだなあ。
日々の意識で悪化を防ぐことはできる、と、つどつど思い出すことにしよう。
散歩からもどった後は、「さあて」と、(ようやくの)大掃除。
と言っても、丁寧に掃除機をかけるだけなんだけど、障子のサンのホコリなども吸い取る。
三部屋と台所をやると、タイムアウト。
あと三部屋、明日できるかな。
今年初の運転だ。
患者さんの通夜。
最後にお会いしたのはおととしだったろうか。
八十過ぎにはとても思えないお姿だった。
急に具合が悪くなって、旅立たれたとのこと。
妻が、「ありがとう」くらい言っていってくれたらよかった、と話したとか?
おつかれさまでした。
お役目が終わったのだから、おめでとう、なのかな。
親族には決して言えないけども。
昨日布団を干したせいか、寝過ごした。
今日は陽の出るところを撮りたかったのに。
少し遅くなったし、空には昨日と違って雲が流れているから、迷ったけど、実行。
布団カバーと毛布カバーを洗って、毛布と枕を干す。
風が強いので、散歩はやめ。
日の当たる縁側のそばで、たまっている繕い物に取り掛かる。
ズボンとシャツのボタン付け。
ズボン6本のゴムの取り替え。
なんで、こんなにゴムが緩むのか?
・・・
最近のゴムは弱いんじゃないのか。
百均で買ったものだし。(これは偏見になるか)
我が家は山が近いので、日が沈むのが早い。
今日は、洗濯物を干す以外は外に出ていないと思い、14時ごろ、出てみる。
ちょうどおひさまは山の端(は)。
ダンスの稽古を少々。(毎日の積み重ねが大事!)
ズボンのゴム、というと、思い出すことがある。
もう15年くらい前、患者宅に往診施術していたころ。
施術中に、患者宅に訪問者。
患者は鍼を刺している最中で動けないので、私が用件を聞くと、ゴム紐は要らないか、と。
患者に伝えると「要らない」とのことで、引き取っていただく。
高齢の女性だった。
ビニール袋に裁縫用の小間物を入れたものを提げて、家々を訪れているのだ。
施術が終わって帰り道、その女性が街道を歩いているのを見かけた。
いったいどこからやってきたのだろう。
どれだけ歩いているのだろう。
ちょっと切なくなった。
ゴム紐の彼女と一緒に、思い出す人がいる。
もう30年以上前になるのだけれど。
額縁屋に勤めていたころ、店だから、飾ってくれると思うのだろう、花を売る女性がやってきた。
小雨が降る日だった。
おそらく近隣に住む高齢の女性が、自転車につないだリヤカーみたいのに商品を載せている。
雇われ人だし、雨だし。
店頭で断ったら、見てくれるだけでもいいから、と彼女が言った。
小分けに包んであるキンギョソウは、雨に降られてよれよれしていた。
とても売れるとは(買おうとは)思えない花だった。
そっけなく、引き取ってもらった。
買いたいとは思わなかったけど、彼女らの姿を思い出すと切なくなる。
切なくなっているのは、こちらの勝手な妄想なのかも知れない。
彼女らはたくましくて、売れるまで何軒でも歩いて、しっかり利益を得ているのかも知れない。
売りにゆく、という行動をとることが、とにかく必要なのかも知れない。
必要のないものを情けをかけて買ったとて、それもどうなのかと思う。
私の中に残る切なさを、時折、持て余す。
昨夜遅くに床に就いたので、早起きはあきらめていた。
が、早くに目が覚めたという連れ合いがはよからラジオをがんがんつけている。
うー。
けど、めげずに、遅起き。
今年はウチの集落の中で、我が家1軒しか、忌(いみ)がかかっていない世帯が無い。
ご近所さんが(生まれてこのかた)「史上初」ではないかと話していた。
毎年恒例の新年会は村の神社の拝殿で行なう。
ケとハレを大事にする村人は、新年会を辞退する。
我が家1軒ではしょうがないので、連れ合いとふたりで9時に参拝する。
ウチの村の神社の鳥居はいい感じに苔むしている。
いつからあるのだろう。
この村に24年も住んでいるのに、知らないんだな。
神社に生えている杉の大木。
改めてみてみると、ほんとに大きい。
何十年も前に雷が落ちて、内部が空洞になったと言われている大樹も、今なお見事だ。
年末にいただいた日本酒の蓋を開けて捧げ、二礼二拍手。
持参した器に注いで、かみさまと、連れ合いと、乾杯。
本当は、もっとかみさまによろこんでいただきたくて、連れ合いに笛を神前で吹いてくれないかと頼んだのだが、拒否された。
私は大祓祝詞を読もうかと思っていたのだが、献杯だけになった。
昨年1年の感謝。
この村(から)の平安と幸福を祈る。
かみさまによろこんでいただけただろうか。
小学校が閉校になって3年。
この道を通う生徒もいない。
日の当たる平坦な道で、ダンスの練習。
こうして毎日積み重ねたら、うまくなりそうだな。
暖かい日だ。
空が青い。
やっぱ、早起きして初日の出を見るのだった、と、ちと、後悔。
歩いて、踊ったら、心身うごく。
玄関掃き清めて、小メロンの漬物つくって、キムチのもとを作って、洗濯して、風呂掃除する。
3日間の、何も予定が入っていない貴重な日。
すぐに終わってしまいそうだから、何か始めようと思った。
また、ブログ、書き始めようかなっと。
茶工場跡にほかされた木の棒。
先にわっかが付いている。
何に使われたものだろう。
虫取り網?
だとしたら、はるかな昔のもの、だな。
(子どもが走り回っていた風景は何十年も前だ)
久しぶりです (^^ゞ
今年もあと4週間。
早くも、と思うけれども、まだ4週間、と思うことにしたいと思っています。
4週間のうちにやりたいことがいろいろ。
大掃除はその隙間に入り込めるでしょうか (;^ω^)
12月10日(日)に友人が世話役をやっているイベントでお話させていただくことになりました。
以前は月に1度、しばらくはオンラインで隔月で「寺子屋シャーラ静岡」という集いが開かれています。
清水区興津の龍津寺(りょうしんじ)を学び舎とさせていただき、「宗教と医療の繋がり」「死生観」「生きる智慧」「今を生きる」などについて、学びあってきました。
12月に、ついに念願のリアル開催が決まりました ![]()
地域の寺子屋や子ども食堂、身近な大切なかたを亡くされた人のためのグリーフケアなど様々な活動をされている勝野住職。
アーユルヴェーダの研究・実践をされている上馬場先生。
「自分自身」であるシャーンティ(平安)を発見するヨーガをおこなうイケメン・ヨギーの古屋先生。
マニアックなくすりの専門家・熊猫堂の戸塚先生。
ホリスティックに暮らすための「てをつかうひと」。黒子になりたい世話人・白井先生。
それと、異端鍼灸師の私の6人が30分くらいずつ「冬の養生」などについて(脱線しそう)お話させていただきます。(私は5番目 (^^ゞ )
場所の関係で、ヨガに参加したい方は予約していただけると助かります。
Facebookイベントページはこちら →
https://www.facebook.com/events/6898799860204836
オンライン予約はこちら →
https://peatix.com/event/3781937
4日間の “みたからの集い” が終わった。
「みくさのみたから」 とはなんなのか、説明はできないので、興味が湧いたら、出会ってみてほしい。
私が最初に知ったのは、友人が紹介してくれた、子供を学校にやらずに自給自足している家族のブログだった。
ブログぬしの女性が、自給自足の暮らしの中で、「“みくさのみたから” があるから、だいじょうぶ」 と書いてあるのを読んで、興味が湧いたのだった。
今はね、みずからたやすくすこやかにはれやかに生きる術(すべ)だということ、すごいということはよ~くわかるんだ。
(代掻きと田植えでもそんなに疲れなかったのは、凝りを感じるたび踊っていたからかも知れない)
さて、ついに明日に迫った 「アンネの日記 朗読カフェ」。
昨日から、稽古している。
読みながら録音し、聞き直し、何度も再生を繰り返しながら職場の準備や片づけをし、気づくところを直してゆく。
録音した声は、どう聞いてもおばさんだ。
アンネは13、14くらい。
アンネならどう語る?
この言葉はちゃんと生きているか。
アタマが聞き取れない。
語尾がわからない。
大仰にしゃべるな。
ヘンなくせは要らない。
アクセントに注意。
ああー。
やってもやっても、気づくところが出てくる。
だけど、この過程が好きだ。
苦しいけど、楽しい。
明日は最高に楽しもう。
アンネの誕生日(の前夜祭)なのだから。
(7日のリハーサルにて)
田植えが終わったので、ようやく、11日の 「アンネの日記 朗読カフェ」 の稽古ができる。
とは言うものの、正直、明日からの 「みくさのみたから 東海4日間の集い」 に氣を奪われている。
3日間は友人に乗せて行ってもらうが、 明日の晩はひとりで行って帰って来なければならない。
掛川と言ったら、田んぼで通う藤枝のちょっと先だけれど、運転が得意ではない私にとって、ひとりで、夜に、慣れない道を、トラックに紛れて、ワークショップの後にも、運転しなければならないというのが大変なプレッシャーなのだ。
いつか、夜にひとりで行って帰ってきた時は、かちんこちんに緊張していたらしく、3日くらい体中が痛かった。
なんでこんなにからだがエライのか、最初はわからなかった。
指が攣るほどハンドルを握りしめて、首を固めて前を凝視して、無事帰還の祈りを絶え間なく唱えながら、車を動かしていたのだ。
今回は3日くらい前から気合いを入れている。
余分な力を抜いて、だいじょうぶ、だいじょうぶ、きっと気持ちよく言って帰って来られる、と思い描いて。