「エイリアン、故郷に帰る」の巻(11)
身の置き場は決まった。
次はあれだ。
「拝拝したいんだけど...」
義妹たちに、こう告げた。
拝拝とは文字通りの意味で、お寺や廟で
お参りや願掛けをすることを言う。
師匠の状態を考えると
一刻も早く行きたかった。
どこに行けばいいのか分からない
私のために、2人は一緒に行ってくれた。
病院の前からタクシーに乗って行ったのだが、
何せ初めての場所で、結局、どこの何という
お寺に着いたのかは、今でも謎のままだ。
立派で荘厳なお寺だった
ことだけは間違いない。
きっと、有名なお寺
だったんじゃないだろうか。
お祀りされているのが、
神様なのか、あるいは仏様なのか。
言葉の問題があって、義妹たちに訊くことが
できないのが残念だったが、これは仕方がない。
とにかく。
先生の回復をお願いしなければ。
自分が願い事をするのが
どんな存在なのかも分からずに
頼りにするには、身勝手で
間違いだったのかもしれない。
お祀りされている神様か仏様にしたって、
外国から、しかも初めてやって来る人間に
いきなり大きな願い事をされても、
迷惑で困惑するだけだったのかもしれない。
でも、その時は、自分にできることなら、
どんなことでも精一杯やってみるしかなかった。
意地でも無理でも、心を落ち着け、
気持ちを集中して、人智を超えた
存在に祈って、助けてもらいたかった。
義妹たちにと一緒に拝拝した後、
病院に戻った。
彼女たちがいなければ、
少なくても、その日のうちに
拝拝に行くことはできなかった。
本当に助かったし、一緒に拝拝して
くれたことが有難かった。
2人にお礼を言って見送った。
次はあれだ。
病院の地下には、売店と食堂と
セブンイレブンがある。
セブンイレブンに行って、
電話のプリペイドカードを買った。
台湾の多くの公衆電話では、
このカードを使って、
国際電話をかけることができる。
電話機に「国際電話がかけられますよ」という
内容が書かれた、黄色いプレートが
貼ってあれば大丈夫だ。
師匠が入院しているフロアにも、
この電話が設置してあった。
以前、台湾にしばらく住んでいた頃、
師匠に教えてもらって、
このカードを使ったことがあったが、
使い方をすっかり忘れてしまっていた。
電話にカードを差し込むと、アナウンスが流れてきて、
どこかのボタンを押すように促されるのだが、
中国語じゃ分からん...
もしかしたら、英語のアナウンスも
あったのかもしれないが、
とにかく分からん...
特に、最初に使うときは、カードに書かれた
通し番号を押した上に、まだ何かを押す必要があるようで、
実際、ただ単に国番号と電話番号を押すだけでは
何度やっても繋がらず、
それ失敗ですから。云々云々....
らしき事を中国語で畳みかけられてしまう。
こりゃ困った...
かと言って、
あきらめるわけにはいかない。
無事に台湾に着いたことや、
先生がどんな様子なのかを
日本にいる家族に伝えなければならない。
病院をウロウロしながら、誰か教えて
くれそうな人がいないか探してみた。
1階の受付に行ってみたが、
日曜日だったからだろう。
閑散としている。
こりゃダメだ...
さらにウロウロしているうちに、
前の晩、最初に訪れた
緊急外来の受付まで来ていた。
昨晩と同じ若いナースがいる。
「すみません。このカードの使い方分かります?」
下手くそな中国語で訊いてみた。
「はい。分かります。」
おお! 日本語じゃないか!
どうやら、私が日本から
来たことを知っていたらしい。
メモ用紙に、スラスラと
カードの使い方を書いてくれた。
このおねえさん。
話を聞くと、日本語を
勉強しているとのこと。
偉いねえ...
昨晩もいたのに、まだここにいるということは、
ぶっ通しで勤務しているということだ。
そんな激務の合間を縫って、
別のことを勉強しているなんて、
心から尊敬してしまう。
台湾には、このおねえさんの
ような人がとても多い。
仕事帰り、または学校帰りに、
学校通いをしている人がたくさんいるのだ。
「助かりました。本当にありがとう。」
こうお礼を言うと、自分がいるのは何曜日だと、
親切に勤務予定まで教えてくれた。
心が弱っている時には、人様の
親切がいつも以上に身に沁みる。
このおねえさんのお陰で、
たとえ少しの間であっても
塞いでいた気持ちが明るくなった。
この気持ちのまま、日本に電話をかけよう。
おねえさんが、カードに書いてくれた
通りにかけてみた。
「お母さん? みんなどうしてる?」
ちゃんとかかった。
おねえさん、ありがとう!
「うん。こっちは変わりないよ。みんな元気。」
子供たちは、隣家の両親宅に
預かってもらっている。
師匠の様子、入院までの
経緯などを話した。
でも、子供たちには詳しいことは
言わないで欲しいと伝えた。
余計な心配をかけるだけだ。
「大丈夫。パパはきっと良くなるから。」
こう伝えてもらえば十分だ。

