面会を終え、ファンツンと
一緒にICUから出た。
スーイエンは
一足先に帰っていた。
もうすでに、午前3時に
近かったと思う。
師匠が入院していた5階は、
ICU専用フロアらしかった。
あるのは、面会客用の待合室、
自販機、トイレ。
あとは、患者の家族が寝泊まりできる
部屋と、スタッフルームだった。
待合室の椅子に腰かけて、
ファンツンと話をした。
話をすると言っても、私は中国語が話せないし、
ファンツンも日本語を話さない。
だから、筆談を交えながらになる。
兄さんは、夜、道に倒れていたところを
通行人に発見され、その人が通報してくれて、
ここに運ばれてきた。
入院までの経緯を
ファンツンが話してくれた。
道に倒れていた...?
「どこに?」
こう訊くと、ファンツンが
窓の外を指さす。
その先にあったのは、
病院近くのバス停だ。
そのバス停からは、師匠の台北での
住まい近くを走るバスが出ている。
台北で用事を済ませ、帰宅しようと
バス停に向かっている最中に、
気を失うかして、倒れてしまったのだろう。
ドクターの話では、
師匠は腎臓を患っている。
そのことは、誰よりも
先生本人が一番知っていた。
それを理由に、日本から
台湾に戻ったのだから。
師匠が入院する前の月。
まだ日本の自宅にいる際、
こう言っていた。
「おかしいね。おしっこの出方おかしいよ。腎臓悪いよ。」
すぐに私が鍼を刺した。
鍼を刺すと、
その時は良くなるようで、
「うん。いいね。効いてるよ。おしっこの出方変わったよ。すぐわかるよ。」
効果があるならと、毎日か一日おきだったかに、
鍼を続けていたのだが、
ある日、とうとうこう言った。
「ダメね。調子悪いね。私、台湾戻るよ。帰って漢方で治療するよ。」
私が鍼灸院を開業してまだ間もない頃だったから、
できれば傍で指導してもらいたいとも思ったが、
そういうことなら止めるわけにはいかない。
何よりも師匠の体が一番大切だ。
先生。ちゃんと治療してたんじゃないんですか。
道で倒れるほど悪かったのなら、
かなりの前駆症状があったはずだ。
たとえ漢方を飲んでいても、
病状を正確に把握した上で
症状にあったものを飲まないと、
ちゃんとした効果は期待できない。
どうして病院に行って
診てもらわなかったんですか。
こうも思った。
ただ、これに関しては察しがつく。
たとえどんなに具合が悪かろうが、
師匠が自ら進んで病院に行くはずはない。
師匠の患者さんの中には、
某大学病院から匙を投げられた人もいて、
「もう治る見込みはないので、あとは本人の好きなものを食べさせて
好きなことをさせてあげてください。」
こう言われていた人を師匠は治したし、
似たようなケースはいくつもあった。
だからだ。
自分ができることをできない場所は
信用できなかったのだろう。
治療家としての腕の良さと
豊富な経験、気位の高さが仇になった。
師匠が道端に倒れている姿なんて、
考えるだけで涙が出る。
でも、倒れていたのが自宅じゃなかったのは、
不幸中の幸いだったと思う。
台北の住まいでは、師匠は一人暮らしだ。
もし自宅で倒れていたら、
ずっと誰にも気づいてもらえず、
そのまま息を引き取ってしまっていた
可能性は十分ある。
というより、その可能性の方が
高かっただろう。
悪運の強い人だ。
先生。
その悪運の強さを
存分に発揮してください。
そして、早く良くなってください。
心からそう願った。

