「エイリアン、故郷に帰る」の巻(8)
「先生。必ず良くなってここから出ましょうね。
子供たちも待ってますよ。それから先生。鍼、持ってきましたよ。
漢方も持ってきましたよ。治療しましょうね。」
この時だ。
昏睡状態のはずの師匠が、一瞬がばっと起き上がって、
何かを強く訴えかけるような表情で、
その顔を寸分違わず、私の顔の方へと向けた。
早くここから出してくれ。
こう言っているに違いなかった。
そしてこの時、私は確信した。
この人は全部分かっている。
私がここにいることも。
私が何を言ったのかも。
すべて見えているし、
聞こえているのだと。
同じ日だったか。
後日だったか。
私は師匠に、こう話しかけたこともある。
「先生、早く良くなって子供たちの顔見ましょうね。
子供3人もいるんですもん。しっかりしないと。」
この時。
一瞬、師匠の顔が歪んで、
目には涙が滲んだ。
ああ。やっぱり間違いない。
この人は全部聞こえてるし、
全部分かっている。
もう疑う余地はなかった。
ただ。
私は、あの時、師匠にあんなことを言ってしまったことを
とても後悔しているし、心から申し訳なく思っている。
「先生、早く良くなって子供たちの顔見ましょうね。
子供3人もいるんですもん。しっかりしないと。」
何て残酷なことを
言ってしまったんだろう。
そんなことは、わざわざ私に言われなくても、
誰よりも師匠本人がそう思っていたに違いないのだ。
溺れかけ、水面へ浮かび上がろうと
必死でもがいている人に向かって、
「ほら。もっと頑張らないと溺れるよ?」
こう言うようなものだった。
何て無神経だったんだろう。
先生。本当にごめんなさい。
あの時のことを、師匠にどう謝ったらいいのか、
私は今でも分からない。
もしあなたの大切な人が、いわゆる昏睡状態でも、
いつもと同じように話しかけてあげてください。
手を取って。
あなたの大切な人には
聞こえています。
普段、気恥ずかしくて言えないようなことも
きちんと言葉にして伝えるチャンスです。
誰に笑われたって
いいじゃないですか。
誰に変だと思われたって
いいじゃないですか。
誰かに頭がおかしいと言われるなら、
喜んでそう言われたらいかがです?
あなたとあなたの大切な人の間には
あなたとあなたの大切な人にしか
分からない世界があって当然です。
一体、この期に及んで
誰に気兼ねがいるでしょう。
後日、師匠のすぐそばの患者さんに
面会に来た人が、ポカンとした顔で
私を見ていたことがあった。
どう見ても昏睡状態の師匠に、
私が普通に話しかけていたからだろう。
しかも日本語で。
でも、そんなことは
鼻毛ほども気にならなかった。
私にしてみたら、
話しかけない方が不自然だ。
この面会の人。
私と同年代くらいか、それとも、
もう少し若いお兄さんだったか。
数日後に見かけたときには、
師匠と同様、昏睡状態らしい
患者さんに話しかけていた。
お兄さん、大丈夫。
ちゃんと聞こえてるから。
きっとじゃなくて、絶対。

