と言っても、もうひと月くらい経ったか。
高校生の長男が怒って家を飛び出したことがあった。
その前日。
息子のiphoneに電話した。
ちょうど電話の履歴を削除している最中だったそうで、
その時に着信があるとフリーズするらしい。
実際フリーズしてしまったそうで、息子は半ばパニックに陥った。
電源を切って入れ直しても動かない。何を試してみてもダメ。
帰宅後も、こたつの中で暗い顔をしながら、ずっと電話をいじっている。
「ああ... 部活の連絡があるがんに。LINEできんと困る。」
そりゃ気の毒だな。
「明日あんたの携帯持ってって、見てもらってあげるから。」
「うん。」
こんなに落ち込んでいる姿も珍しい。
だから何とかしてやらねばと思ったのよ、母ちゃんは。
次の日。
契約している携帯電話の会社に持って行って
見てもらったら、何のことはなかった。
受付のお姉さんは、ものの1分もかけずに
サクサクと直してしまったのだ。
直すというほどのものですらなかったような。
とにかく。
息子のiphoneは復活した。
落ち込んだ様子を可哀相に思っていたし、
私からの電話の最中にフリーズしたという後ろめたさもあって、
直ったことを1秒でも早く知らせてあげたいと思った。
お?
そういえば、今日は課外授業じゃなかったっけ。
市内のホールで3年生の発表会があるって言ってたじゃないか。
よし。
そこまで持ってってあげよう。
きっと喜ぶぞ。
だから思った通りにしたのよ、母ちゃんは。
少しでも早くホッとさせてあげたかっただけなのよ。
ホールに着いて、中まで入って、担任の先生を見つけて、
席にいた息子に取り次いでもらって、電話が直ったことを知らせた。
ああ。いいことをした。いいことをした。
実にいい気分じゃないか。
渡した電話を床に落としていたけれど、
みんなの手前、息子はきっと照れていたんだろう。
かわいいじゃないか。ははは。
お礼なんていいから。ふふふ。
親子じゃないか。わはははは。
ところがだ。
うちに帰って来た息子は、文字通りブチ切れていた。
「なんでみんなの前に出てくれんて!」
「へ?なんでって。あんたに早く電話直ったこと教えてあげようと思って。」
「だからって、わざわざ来んでもいいやろ!」
「だって。電話なかったら困るやろうと思って。」
「そりゃそうやけど!なんでみんなの前に顔出すげんて!
俺めちゃくちゃ恥ずかしいやろ!!!!」
めちゃくちゃ恥ずかしい...?
ああ。そうかいそうかい。
そんな恥ずかしいかい。
悪かったな。
「ふざけんなよ!!!!!」
最後には、こう捨てゼリフを吐いて、息子は家を飛び出して行った。
直ったiphoneに電話しても出ない。
LINEの返信は悪態オンリー。
友達のうちに行くと言っていたけど、
そんなことで人様に迷惑をかけるのは許さないと伝えた。
おいこら息子。たいがいにしろよ?
別に皆の前でストリップしたわけでも
歌って踊り出したわけでも、大声で叫んだわけでもないだろうが!
そこまで腹立てるんなら、いっそほんとに脱ぎゃよかったわい。
お前のiphoneからBGM流してもらってな!
そうだ。曲はあれがいい。
"Can't Take My Eyes Off Of You"
「君の瞳に恋してる」?
いや違う。
この場合は「君から目が離せない」と訳すのが正しい。
そうだ。誰も母ちゃんから目が離せなくなる。
色んな意味でな!わはははははは。
そうなりゃ、次の日から学校行くのが楽しみだな。
思春期山盛りお抱え中の16歳ニキビ小僧め!!!!
てか、もう二度と学校には行けないか?
うん、まあ。そうね。行けんわね。
結局、その夜は外で時間をつぶしたらしく、
11時を過ぎてやっと帰宅した。
「もう二度とするなよ!」
ふん。ああそうかい。分かったわい。
顔出さなきゃいいんだな?
ああそうですかい。そうですかい。
今度フリーズした時は、電話の契約解除してくれるわ。
覚えてやがれ。このこわっぱめ。
母ちゃんなめんなよ。
「ねえ。もし母ちゃんがすごーく美人やったら、顔出しても良かった?」
「うーん。そうやな。うん、いいかも。」
なんだとこのガキ。
母ちゃんが不細工だと暗に言ってることは承知の上なんだな。
残念だがな。
DNAは思い切りお前が受け継いどるわ。この阿呆め。
「ほう?そうか。例えば芸能人でいうと誰?」
「うーん。そうやな。綾瀬はるかかな。」
綾瀬はるか...?
けっ。
悪かったな。
母ちゃんが北川景子にそっくりで。

ほれ息子。
この人も母ちゃんによく似てるじゃないか。
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