「ふるやのもり」を語る時。 | 働くママ(SOHO編)

「ふるやのもり」を語る時。

「ふるやのもり」を語る時は、まず、聴き手に暗闇を想像してもらう必要がある。
 

「はるか遠い昔、電気がない頃の明かりは何でしょう?」と問いかけると、「火!」や「ろうそく!」という答えが返ってくる。

 

そして、囲炉裏を登場させるのだ。

薄暗い灯火や雨音が、家に忍びよる者たちの気配を消してくれる。



 

当時は人と馬が同じ屋根の下で暮らす。

仔馬を狙って厩に潜む泥棒と狼は、囲炉裏を囲む老夫婦の会話を盗み聞きしている。

 

「おまえがこの世でいちばん怖いものはなんだ?」という爺さんの問いに、婆さんが「ふるやのもり」だと答えると、爺さんが大いに頷く。

「そうじゃなぁ。この世でいちばん怖いのは、ふるやのもりじゃなぁ!」

 

すると、泥棒と狼は、「この世でいちばん恐ろしい、ふるやのもりとは、いったいどんな化け物だろう」と肝が震えるほど怖くなり、身体を縮めている。

 

次第に雨が強まると、「そら! ふるやのもりが出た!」と老夫婦が叫ぶ。

それに肝をつぶした彼らは、「きゃあ、ふるやのもりが出た!」とパニックに陥り、恐怖にかられて逃げ出すのだ。




「ふるやのもり」は、怪談に通じている。

そして、夜を徹して語られる怪談の起源は、この世のものではない者たちへの語り聞かせであったらしい。

「世の中にはもっと恐ろしいモノがいる」と知らしめることで、家に近づく怪しきモノを祓う呪詞となり、「ふるやのもり」はその名残をとどめている。

折口信夫は、夜、怖い話をすることで家に近づいてくる怪しきモノに対して恣意行動をしているものととらえ、<御伽衆>の役割との関連を説いている。


昔話・伝説を知る事典 P. 209「古屋の漏」より抜粋

 

 

 

闇も静けさも怪しきモノも感じられなくなった今、「ふるやのもり」の本質も消えてゆきそうだが、思い描くイメージが聴き手に届く時、想像力はそれを補えるのかもしれない。

 

昔話は非日常世界への没入体験なので、今はなき囲炉裏を再現できる。

現代では、ろうそくの火でさえ珍しがられるが、しかし、私たちは火明かりを通して、物語を伝搬してきたともいえる。囲炉裏の歴史は古く、口承文学の起源の場でもある。家族で火を囲み語らうことが幸せであった時代のほうが、はるかに長い。

最も古い歴史を持つ暖房は「囲炉裏(いろり)」です。竪穴住居(約16,000年前)の時代から家の中に作られ、食物の煮炊きや夜間の照明を兼ねつつ中を暖めてきました。

 

 

囲炉裏の火、馬や狼、そして原始的な恐怖、それらの古くから紡がれてきた物語や風習が、現世では途絶えてしまっている。

それを少しでも取り戻したいと思う。

 

最近は、古い昔話にかなり肩入れしてしまい、自分ごとを語る言葉よりも、聞いてもらいたい昔語りが増えてきた。 年のせいかしらね。

現世との別れの準備かもしれないが、私の人生はまだしばらく続くのだろうに。